9:全ては収束へ

 

西雲がホームページで公開した長文には多くの反響が寄せられた。中には綺麗にまとめ過ぎているというような意見もいくつかあったのだが…一連の事件はようやく終止符を打とうとしていた。その翌日―。

「元ライオンの覆面が持っていた携帯電話の履歴から、彼がハルカへ電話をしていたという事が分かった。ウイルス所持者、元ライオンの仮面、ハルカの3人で計画をしたという事までは分かったようだが…問題は本当の首謀者が誰なのか―」

 社長が今までの経過報告を受け、委員会メンバーを集めて会議を行っていた。

「我々としても真犯人が国会にいる…というような展開ではどうしようもありません。警察でも犯人捜索は続行中のようですが―」

「ガールズ グレート、グループ50に共通するのは過去にサーティンが行っていた商法をベースにしている所でしょう。あの商法を利用すれば色々な場所でお金が使われ、 最終的にはどんな形であれ税金として国会に入ってくる。向こうとしては、あの商法を根絶される事は色々な意味で嫌がるでしょうね」

「現状としては、政府公認のアイドルでも現れない事を祈るしかないでしょう。税金的な意味や西雲が警戒するという意味でも」

 結局、警察でも真犯人を発見する事は出来ず…最終的には犯人は嶋社長を含めて4名という事になった。グループ50の元メンバーに関しては表向きには未成年という事もあって名前は公表されていない。

「それは、本当かね…」

 社長が大声で驚く。周囲の委員会メンバーも社長の声に困惑する。どうやら、社長に送られてきた緊急のメールを社長が確認した事に由来するようだが…。

『嶋社長、保釈される。保釈金は―』

 メールには、嶋社長が保釈される事を伝えるスポーツ新聞のコピーが添付されていた。

「先ほど、重大なニュースが飛び込んできました。嶋社長が保釈されたようです―」

 会議室に置かれていたテレビを点け、情報番組が放送されているチャンネルを回す。

『先日、サウンドサテライトの一件で逮捕されていた嶋基秋氏が推定5億円の保釈金を事務所側が支払う事で釈放されました。釈放された刑務所から中継です―』

 中継映像では、嶋社長が刑務所をカメラに囲まれた状態で出てくるシーンがTVRで流された。保釈金を事務所側が払ったという事実にも驚くが、それ以上に金額には委員会に出席した周囲も驚いていた。

「まさか、5億円という額を提示した方も提示した方だが…」

「5億円というのは推定に過ぎない。実際は10億というレベルになっていても不思議ではない。それだけ、嶋社長には使い道があると向こうが判断したのだろう」

「サウンドサテライトの件は解決したが、嶋社長が釈放された事で新たな戦いが始まるのか」

 周囲からは嶋社長が利用価値のあるという判断を受けて保釈されたのでは…という声が大半を占めていた。

「嶋社長の件もありますが、それ以上に不穏な動きはあるかもしれません。元ルシフェルのメンバーがとあるアイドルをプロデュースするという記事が音楽雑誌等で取り上げられていて、ネットではそれが次のターゲットになるのでは…という噂もあります」

 南雲がある雑誌の1ページを開いて周囲に警戒するように意見するが…。

「現状では サウンドサテライトの件が解決した事が非常に大きい。仮に第2のグループ50が現れる可能性があったとしても、サウンドサテライトのような大規模事件にま では発展しないだろう。音楽ファンも、おそらくはそれを望まない。委員会としては警戒するが現状では様子見…という所か」

 兆候だけで音楽意識改革委員会が動いていては限られた予算も使い切ってしまう。今は経過を見ていくしかない…という流れになっている。

「分かりました。社長がそこまで言うのであれば…」

 南雲は社長が様子見と言った事には納得はしていないが、会議の席という事もある為かこの場はあっさりと引いた。

(必ず、この事件は大規模な事件に発展する可能性がある。事前に手を打たないと…)

 今は対策を練る為の時間が欲しい…と南雲は思った。

 

 嶋社長が保釈され、車で到着したのは事務所ではなくとある大型アミューズメント店舗だった。この店舗はボーリング、カラオケ等も完備し、最近になって店舗数を伸ばしている傾向のある会社が運営している。

「とりあえず、この封筒を受付のスタッフにお渡しいただければ…」

 運転手が渡したのは、若干厚みがある程度の茶封筒である。これは何の意味があるのだろうか…そんな事を思いつつ嶋は封筒を受け取って店舗内へと向かった。

「まずは…これでOKと言った気配か」

 運転手に変装していたのは飛鳥だった。何故に飛鳥が嶋社長の車を運転していたかは不明だが、社長が事前に対策を立てていたのだろう…と思った。しかし、1本の電話が事態を急変させた。

「社長が指示したのではない? では、一体誰が指示を…」

 電話によると、嶋社長の誘導に関しては何も指示をしていないようだ。嶋社長の釈放は社長もニュースで見て初めて知ったのだという。では、今回の誘導は誰が…?

 

 アミューズメント店に入った嶋は、綺麗な内装に驚いていた。

「昔は、こういった複合店舗はなかったのだがが…時代が変わったのか」

 ダーツコーナーの隣には受付があった。その受付に先ほどの茶封筒を渡すと、スタッフが再び茶封筒を返し、受付にいた別の男性スタッフが嶋をカラオケルームへと案内した。

「ごゆっくりどうぞ…」

 男性スタッフが去った後に嶋がドアを開けると、メタトロン、ハルカ、サイネリア、皆本の4人がカラオケに興じていた。既に3時間ほど前から何曲か歌い始めている。

「何の冗談だ…これは?」

 流石の嶋も呆れていたが、呼ばれた時にはサイネリアもハルカも皆本も嶋と同じようなリアクションをしていたのである。

「君が今日釈放されると聞いてね。大規模人数でカラオケが出来る部屋を借りて来た。君には…その理由は何となく分かると思うが」

 メタトロンの言っている事が嶋には把握できないでいる。何故、カラオケルームなのか…という事実もあるが。

「こちらも嶋社長には聞いておきたい事がたくさんあります。それに答えてもらう意味でも自分はここに来たのですが…」

 そう答えたのはサイネリアだった。サイネリアはメタトロンにハルカと一緒に来るように指示されて来たのである。

「自分も、社長には聞きたい事が…」

 皆本もサイネリアと同じようである。

「あと2~3人呼んであるのだが…来るのが遅いのだろうか?」

 メタトロンがメールを確認している。どうやら、他にも何人か呼んでいる人物がいるようだ。

「メタトロン、これは何の冗談だ…」

 一声と共にドアを開けてやってきたのは西雲だった。隣には紫苑と翼も一緒にいる。どうやら、途中で合流したようだ。

「どうやら、あと1名は来ないようだな。メールで来られないという返事が来ている」

 メタトロンがスマートフォンを周囲に見せる。そこに書かれている人物の名前は…。

「ちょっと待て、その人物は確か―」

 サイネリアが思い出したかのようにメタトロンの行動を止める。そして、西雲が一言。

「元ダッシュのエレキピアノ担当だな…」

 メタトロンが呼んだもう一人とは、今回の事件で逮捕された恐竜の覆面、ダッシュのエレキピアノ担当の彼である。現在は保釈されたという話を聞いているのだが…。

「全ての真相を聞きたいか…とメールを打ったのだが、断られてしまったよ。今は全てを知りたくはない…と。それと同時に、全てを受け入れる時間を欲しいとも言っていた―」

 そして、メタトロンは全ての真相を話し始める。

「とりあえず、カラオケの方は中断して本題の方に入ろうか…。あれは嶋社長がスレを立てる1週間前にさかのぼる…」

 

 嶋社長がスレを立てる1週間前、ウイルス作成者が今回の作戦を立案した。この作戦は特定の合言葉がなければ閲覧が不可能な状態にしてある程に厳重なロックがされていた。

『これで、日本の全てはグループ50が手に入れる事になる…』

 彼はグループ50による日本支配という物を考えていたらしい。当然だが、そんな事を考えれば意識改革委員会は黙っていないだろう。武力介入という言い方も乱暴だが、そんな事をすればグループ50のファンにも迷惑はかかるだろう。

『このウイルスとウイルスプログラムがあれば…作戦は全て上手くいく』

 とあるガ ンシューティングゲームから一連の作戦のヒントを思いつき、今回使用されたコンピュータウイルスと対ウイルスプログラムを作った。対ウイルスプログラムに 関してはサウンドウェポンのロケテが行われていた事、別のゲーム関係の会社がサウンドウェポン技術を応用した計画を考えているという事でサウンドウェポン 用に仕様を変更した。

「それが、ヴァルキリープロジェクトだった…という事か」

 サイネリアは言う。ヴァルキリープロジェクトも口外無用という事で水面下進行していたのだが…それが外部に漏れたという事なのだろうか?

「ロックは、なかったように思えたが―」

 嶋社長は作戦に関して簡単に閲覧できたと説明した。

「暗証番号が既に解除されていたコピペ記事を確認した…という事か」

 どうやら、西雲の言うとおりに暗証番号不要で閲覧できるコピペサイトに今回の作戦の概要が書かれていたらしく、嶋はこれを参考にして作戦を思いついたと話した。

「サウンドウェポンの技術流用は既に何件かあったと確認していたが、意外な盲点もあった物だ…」

 西雲の言う通り、サウンドウェポンの技術は既に個人で独占して所有できるような規模の物ではなかった…という事を今回のヴァルキリープロジェクトで証明していた。

 

『何故に、うちの会社はグループ50をCMに起用しなかった…』

 他のワクチンソフトの会社ではグループ50を起用している所もある。そこのソフトはシェア1位になっていると聞く。なのに、起用したアイドルは―。

『シェア2位ではグループ50を起用できない理由もあるのか。CMに起用してほしいという声はあるのに…』

 結局、CMには紫苑が起用され、彼は会社を休みがちになったという。それから、掲示板に入り浸りになる毎日となり、最終的には集まったメンバーで作戦を決行しようとしていた。

「あの会社にそんな事情が…」

 紫苑は困惑する。CMに起用された時には広報を含めたCM担当の人は歓迎ムードだったのに…。

「この辺りは色々あるからな。会社によって反応はそれぞれだろう。彼の運が悪かったのか、それとも…」

 嶋は若干だが同情していた。CMのギャラが上昇していたのも原因の一つとして考えられるが、それ以上に向こうの社長がグループ50に対して否定的な社長だったのかもしれない…と補足した。

 

 作戦決行の数日前、彼はひとつのスレを立てた。

『ガールズグレートのような二の舞にはならないシングルチャートでの1位の取り方』

 このスレでは主にガールズグレートではなくグループ50を中心とした話題で誘い込みをかけて、最終的に作戦に必要な人材を集めるという…物だった。

 しかし、反応はいまひとつだったらしい。グループ50のスレを立てると、意識改革委員会に監視されているというのもあるが…スレ自体が削除されてしまう危険性があって都合が悪かった…という状況だった。

『何故、人出が集まらない。以前のスレで集まった人員だけでは計画が進まない…』

 そんな焦りが、人員リストにある人物を潜り込ませる結果になった。

「それは一体、誰の事でしょうか。それが嶋社長の事なのでは―」

 皆本はメタトロンに質問するが…。

「自分に関しては向こうも把握していた。まさか、本物の社長が紛れ込んでいるとは…向こうも気付かなかったようだ」

 皆本の質問に答えたのは、意外な事に嶋だった。

 

 そのある 人物とは、転売で1億を稼いだという…あの人物だ。旧ライオンの覆面と言えば分かるだろうか。彼はグループ50のCDの転売を繰り返して大量の利益を得て いた。そんな事をすれば税務署からマークされて意識改革委員会に通報されるのが当然だろうと思われていた。しかし、その通報は全くなかった。泳がされてい た訳ではなく、情報が意図的に回らないように仕向けられていた。

「警察も行方を追っていた位だからな…あの人物は」

 サイネリアの言う通り、旧ライオンは警察を含めて複数の組織が行方を捜していた重要人物だった。サウンドサテライトにいたという情報が一般に発表されたのは本人が逮捕されてからである。

 旧ライオンの情報を外部に流出させたのは飛鳥悠なのでは…とされている。しかし、これは全て仮説にすぎない。

 

 作戦決行時に同じタイトルのスレを立てようとした時には、既に同名の別スレが嶋社長に立てられていた後だった。話には加わったが、結局は自分が最初のスレを立てた本人とは言えなかったらしい。その後、作戦決行の準備をしてサウンドサテライトへ彼は向かった。

 

 彼がサウンドサテライトに到着する前にはサイネリアが既に潜入済な上に嶋社長と合流済だった。その上、サイネリアの手元にはウイルスと対ウイルスプログラムのコピーがあった。この流れは、今来ているメンバーには全員分かるとは思うが…。

「結局、自転車で向かう途中で謎の人物から変装道具等と一緒に受け取ったカバンの中に入っていたのだが、誰かは結局わからずじまい…。一時は政府の人間かと思ったが―」

 サイネリアは当日に一式を受け取った時の状況を、こう説明した。服装が背広と一般的ではない上に、その色は夜景と若干だか同化していた事から黒系だと思われる。

 サウンドサテライトに到着した彼は、ウイルスに対抗できる手段であるサウンドウェポンの持ち合わせがなかった為に、サウンドサテライトから離脱し…パソコンにアクセスして事の真相を確かめようとした―。

『シャットダウンだと?』

 しかし、 彼のパソコンは突然のシャットダウンをした。これはサイネリアが侵入者の使っていた暗証コードの解除プログラムから分析、ログを削除しようとしていたのだ が、最終的には彼のパソコンに入っていたデータのいくつかも飛ばす結果になった。この状況は警察もデータを復元するのに困っていた…。

「やはり、あの時の侵入者は…」

 嶋には若干の覚えがあった。深夜に別の侵入者の形跡があった事をその後の事情聴取でも聞かれていたからだ。

「さすがに、こちらで使っていた対ウイルスプログラムの効果が強すぎた…という事になるだろう」

 サイネリアは謎の人物から手に入れたウイルスデータと対ウイルスプログラムを自己アレンジして、更なるパワーアップさせていたのである。

「その後は…ここにいるメンバーならば、既に知っている通りの流れになった。面倒なので重要な所まで飛ばす事にする…」

 メタトロンは話を続けた。話はスラッシャーの逮捕後まで進む。

 

 事務所が 家宅捜索された際、グループ50の研修生の書類等も調査し、そこで新たな事実を発見した。研修生の何人かが偽スラッシャーが犯人になるように書類に細工を していたらしいのだ。さすがに意識改革委員会も偽の情報を見破る事に関しては専門だったのであっさりと見破ったのだが…。

「ハルカ、この人物に見覚えはないか?」

 西雲が茶封筒から取り出したのはグループ50の研修生メンバーの写真数枚である。

「見覚えはないですが、この人達が数日後に書類偽造で逮捕されたようなニュースは病院でも聞きました。心は…特に痛みませんでした。何故かは分かりません」

 ハルカには見覚えのなかった人物だったのだが、西雲には数人に関しては―。

「この中の二人を別の研修生と一緒にゲームセンターで見かけた事はあるのだが…一緒というよりは別の研修生を探している途中で彼女を見つけたような流れに見えた―」

 それは意識改革を呼び掛ける為に例の文章をホームページに発表した前日だったような…と西雲は付け足す。

 

 研修生としては嶋社長が逮捕されるのは都合が悪かったのだろう。今回の一件は、最悪のケースでグループ50その物がなくなる恐れがあり、研修生にとっても大問題になっていたからだ。そこで思い付いたのが、全ての罪を偽スラッシャーに押し付けるという物だったのだが…。

「その辺りも最終的に委員会に見破られ…嶋社長は逮捕される流れになった」

 サイネリアの言う通りである。過去にもサーティンの件で前身となった団体が煮え湯を飲まされた経験を持っている。今のような意識改革委員会になったのは、あの社長がリーダーになってからである。

 

「所で、この文章は一体…」

 嶋社長が茶封筒から取りだしたのは、とあるゲームのパンフレットだった。そのパンフレットはサウンドウェポンの物である。

「同じ物は、ここにも…」

 サイネリア、皆本、紫苑、翼の茶封筒にも同じ物が入っていたのである。紫苑と翼はプレイしていないという話だったが…。

「あの写真は西雲の持っていた封筒だけに入れた。西雲以外は意識改革委員会にもマークされている可能性があったからな…」

 メタトロンの声のトーンが若干変わったように見えた。

「これから話す事は他言無用…という事で頼む。これは、意識改革委員会も隠している情報だからな…」

 メタトロンは他のメンバーに念を押して話す事が外部に漏れないようにした。

 

「これからに話す事は完全に憶測の域を出ていない話だ。ネットに流したとしても誰も信じないだろう。逆に―」

『架空小説乙』

『そんな憶測で大丈夫か?』

『つぶやきサイトより冗談なネタだな…』

「―そんな事になる可能性が大きいのは事実だろう。現に、先ほどまで話した事も警察からの情報と意識改革委員会の資料をバラバラにしてパズルのように組み合わせて作った憶測話でしか過ぎない。ただ、その中には事実があるのは間違いない」

 メタトロンの話を聞いて、周囲が驚く。先ほどまでの話が憶測の域を出ないという衝撃的な事実もそうだが…。

「警察の情報…だと?」

 一番驚いたのは嶋だった。そんな簡単に警察の情報を簡単に持ち出す事が出来るのか…という事実に。

「警察に関しては、自分の知り合いに話の通じる人がいてね。確か無精ヒゲの―」

 それを聞いたハルカが驚く。確か、保護観察扱いにしてくれた刑事さんがそんな特徴だった気がする…と。

「あの刑事に交渉したのはメタトロンだったのか…」

 サイネリアも驚く。ハルカの一件もあるのだが、サイネリアの場合はサウンドサテライトの一件でも重要ポジションにいるからだ。

「サイネリアの事もハルカの事も、色々と気になる事が浮上したからね。既に向こうも警察に話をしている所なので先手を打たせてもらった。サウンドサテライトにあった例のサウンドウェポンの破片は既に研究所に回収させてあるから、そちらの心配はしなくてもいい」

 何事にも先手を打つメタトロン。彼は何の得があってこんな事をするのか…それは他のメンバーにも分からなかった。

 

「では、本題に入ろう。グループ50の一件を陰で操っていたのは国会―総理大臣と言われている」

 それを聞いた瞬間、驚きよりもあまりの衝撃に声が出なくなっていた。大体、そんな事ではないかと予測していたメンバーも何人かいたようだが…。

「国家規模でグループ50を潰すなんて…どんな考えがあって―?」

 皆本の話も一理ある。グループ50が売れれば売れるだけ、楽曲使用料となる印税や所属事務所からの法人税等も入ってくる。それを考えると、グループ50を潰すのには矛盾が生じる。ただ、それは一般的な考えによるものだろう。向こうの考えは別に存在すると思われる。

「推測だが…グループ50では税収面等では期待には応えたのだろう。しかし、別の面で期待に応えられなかった…」

 嶋社長は言う。プロデュースを担当していた本人だからこその本音だろうか。

「話によると、自分の元バンドメンバーが新しいアイドルに楽曲を提供するらしいという話がメールで届いた。税収面では期待に応えていた…という部分は正解なのかもしれないだろう」

 メタトロンの言う元バンドメンバーとはルシフェルの事である。解散には紆余曲折があり、さまざまな憶測を呼んだのだが…。

「楽曲に関 しては、海外の反応等が悪かった事に加えて、西雲隼人等に代表される音楽ゲーム勢、同人で活動する飛鳥悠等の同人音楽勢、更にはプリンセスに代表されるソ フトで作曲を続ける作曲家等に押される関係で向こうも方針転換を考えざるを得なかったのだろう。そこで、例のスレを別の議員が偶然見つけた。ウイルスのコ ピー等は別のコネ等を使って入手、自分達が不死鳥の覆面を演じて計画自体を潰す魂胆だったのだろう。その途中でサイネリアを見つけ、自分達が実行するより も効率が高いであろう選択肢を選んだ―」

 確かに黒い背広の人物というのも国会議員等であれば一定の納得は出来るかもしれないが…それでもサイネリアは納得できない部分がある。

「だったら、自分に渡さずに共闘体制を取る事も可能だったはず―」

 サイネリアは言うが、それを否定したのは意外な人物だった。

「向こうは、あるアイドルグループを作る体制にあったのでしょう。ならば、ここは当初の計画を変更してでもアイドルグループを作る方に重点を置く必要性があった…と」

 サイネリアの共闘体制を否定したのは西雲だった。

「サーティ ンも同じような商法をやっていて税収的には都合がよかったのでしょう。しかし、彼女たちではアイドルの人気としては若干弱かった。そして、次にターゲット としたのはガールズグレートだった。こちらはレコード会社とゲーム会社による談合が原因で自滅という気配ですが…」

 西雲はサーティンからつながる一連のアイドル商法に疑問を抱いていた。そして、グループ50では大量の税収はあった物の満足のいく結果ではなかった為に―。

「次に向こうが動くとすれば、歌唱力もあって楽曲も完成度も高いアイドルが来るのは間違いないだろう。その為に完成度の高い楽曲を作る事が出来る作曲家等を探しているとしたら…今回の件も納得がいく」

 元ルシフェルのメンバー、彼らほど政府が探している好材料は存在しないだろう。彼らに思いとどまらせれば…とも思ったがメタトロンは逆効果だと答えた。

「この政府説自体が作り物と言われるような説である事は既に説明はしたはずだが…」

 今はどうする事も出来ないのか。サウンドサテライトの事件は全て解決の方向に向かっているのに、新たな事件が起こるのを待つしかないのだろうか…と。

「事件になるかならないかはファンの心がけ次第でどうとでも変わる。自分は、それを信じている。そして、これからも音楽は人を楽しませる事のできるものだと信じている!」

 西雲はそう宣言した。まだ事件にもなっていないのに事件になると決めつけて曲を出させないのは逆に事件になるのでは…と。

「西雲の言う通りだ。まだ曲も出していない上にグループも出来た訳ではない。それに文句を言って自粛しろ…というのでは何も作品を作る事が出来なくなってしまうのは事実だろう。まずは、出来た作品に対して評価をするという事からだ…。話はそれからにしようではないか」

 メタトロンが全てをまとめて話は終了となった。

「あと2時間弱しかないが、あとはこのメンバーで何曲か歌って解散とするか…」

 メタトロンは言うが、カラオケの延長申請をするのはハルカだった。

「自分は19歳だから、まだまだ大丈夫だと思うけど…」

 延長に関してハルカが意見を言っている内にカラオケの番号コードを調べてリクエストしたのは皆本だった。余談だが最年長は嶋社長で36歳、次いでメタトロンと西雲が30代、サイネリアが25歳、紫苑が24歳、皆本が23歳、翼が22歳…という所か。

 

『スーパーヒーロー・カラーレンジャー』

 画面上には、タイトルが表示されているが何故か皆本以外の一同が笑いの渦に包まれている。選曲者は皆本である。

「すまない、笑いすぎたようだ。曲を選ぶ順番は決めていなかったが…今の席順で左回りをしていく方向で行こうか―」

 メタトロンは笑いをこらえようとするが…自然と笑い出してしまう。

「それ以上笑ったりしたら…」

 皆本がメタトロン達を睨むようにしてニッコリとほほ笑む。

(今の表情、完全に怒っているかも…)

 紫苑もさすがにこの状況では笑いを抑えることしか出来ない…と思った。

 

 歌う順番としては皆本、ハルカ、メタトロン、サイネリア、西雲、嶋社長、紫苑、翼という左回りになる。

「それはそうと、何故この曲?」

 嶋社長が皆本に問いかける。しばらくして…皆本は助けてもらった白虎の覆面の事を思い出した。

「あの人が…好きだった曲だからです―」

 イントロも始まり、皆本が歌い始めた。

『レッド、ブルー、イエロー、ピンク、ブラック…集え、我らのカラーレンジャー―』

 皆本がいつも以上にシャウトをかけて歌っている事に紫苑と翼も驚いた。いつもはシャウトをするような曲は歌わない為に意外な一面も…と二人は思った。

 

 次は自分…と言わんばかりにハルカもリモコンと番号コード表を片手にリクエストをする。その後は、あっさりとメタトロンに渡すが…コード表をチェックせずに神業のような番号入力ですぐにリクエストを送信した。

「速いなぁ…」

 そんな事を思いつつサイネリアは番号コードを見るが…歌いたい曲がない…というような表情をしている。

「サイネリア、ここは5機種を統合したカラオケになっている。歌いたい曲がなければ別の番号コード表を調べるといい…」

 小声でサイネリアにアドバイスする。その小声は皆本のシャウトにかき消されるような小声だったのだが、すぐにサイネリアは何を言っているのかが分かり、別のテーブルに置かれた番号票に手をかけた。

「これか…」

 そして、一発で番号を見つけたらしくリクエストを送信する。

『突き進め~!』

「突き進めー!」

『立ちあがれ~!』

「立ちあがれ!」

 皆本のシャウト後の歌詞の括弧付き部分に何故か歌う翼と紫苑。考えてみれば、カラーレンジャーは自分が友情出演していた番組だったという事を今思い出し、笑ってしまった事を申し訳なく思った翼だった。

『我らのスーパーヒーロー! カラーレンジャー!』

 皆本の意外な一面を見たような3分間…という流れだった。次は、ハルカの選曲のようだ。

 

『ブレイブ&ジャスティス』

 タイトルを見て『?』と思ったメンバーもいたがサイネリアはそれが何の曲か把握していた。

「これは、サウンドウェポンにも入っているレジェンドナイトのボーカル曲か。最近になってカラオケに入ったと聞いていたが、この機種だったのか…」

 本来であれば飛鳥の楽曲を歌いたかったのだが、同人楽曲という事もあって入曲交渉中というケースが多いので、いつも音楽プレイヤーに入れていたこの曲をリクエストしたのである。

(彼女にしては珍しいリクエストだが…あれがグループ50に入って封印していた本来の自分なのかもしれないな…)

 メタトロンが小声でつぶやく。

『勇敢なる者よ、この剣を手に…』

 ヴァイオリン演奏のパートで彼女が歌っているのは一種のセリフパートである。セリフパートは字幕表示がない為に何を選曲したか把握しているサイネリア以外には『?』という状態になっている。

『さぁ、この剣を天にかざせ!』

 セリフを思わず言ってしまったのはサイネリアだった。この部分も字幕表示がない為に何を言っているのか…と思われたがハルカは先に言われた…と状況を把握した。

 ピアノ パートに突入し、ここからは歌詞も通常に表示される。しかし、歌詞はほとんどが英語表記になっている為かサイネリア以外にとっては何を歌っているかがさっ ぱりだったのだが、ハルカの表情を見ると、グループ50時代では見せなかったような生き生きとした笑顔を見せている。

 

『ピアノオブビート(TVエディション)

 タイトルよりも女性ボーカルの曲なのでは…とサイネリアは思った。この曲は巷で話題になった深夜アニメの主題歌では…と反応したのは皆本である。TVエディションとはアニメ版でオンエアーされた時のサイズに編集されているという事なのだが…。

「この曲、歌おうと思っていたのに…」

 悩んでいて選ぶのに手間取った紫苑は別の曲を選ぶ事にした。被っていても別に問題はないと思うが、相手はメタトロン。カラオケとはいえ、あの美しいボイスは健在である。  

それを考えると勝ち目はない。仕方がないので紫苑は第2候補の曲をリクエストしようとしたが、ここで予想外の人物に…。

「悪いが、それは自分が選曲しているぞ…」

 紫苑が入力している選曲番号を見て西雲が指摘する。これも駄目か…と思った紫苑は第3候補曲をリクエストする。こちらは被りがないように見えたが…。

「それ、自分の十八番…」

 翼と被っていたのだが、気づかないで入力したようだ。

『星は見える。でも、どうして雲は見えないの―』

 本来は女 性の高音が求められる曲のはずだが、メタトロンにはそれがまったく無意識に出せているように思える。これが神業なのだろうか…と。曲自体もピアノメインで 少し前に話題になるのもうなずけるような曲調である。こういった曲を歌うメタトロンというのも非常に珍しく、過去に発売されたルシフェルのアルバムでも女 性ボーカル曲をカバーした事はあったのだが、ここまで高音が求め垂れる曲は過去に歌った事はなかった。

『あの空へと…願い届けて―』

 歌い終わった後には生拍手が鳴り響く。

「拍手モードを入れておけばよかった…」

 皆本は思うが、西雲に拍手モードは止めた方がいいと指摘された。

 

『ゴッドオブハーツ(TVサイズ)

 次はサイネリアの番なのだが、タイトルにあるTVサイズという記述が気になった。メタトロンが選曲した曲と同様に短いサイズという事らしい。さりげなくだが、この曲も女性ボーカルである。

「本来であれば、5分以上の曲だが…メタトロンみたいに上手には歌えないという事情でテレビサイズという事に…」

 5分以上が1分30秒ほどに短縮されたバージョンだが…。イントロは、意外にもテクノ調と思わせるような曲調から始まった。

「字幕が英語…?」

 翼は疑問に思うがその疑問はサイネリアの歌いだしを聞いて更に深まる事に―。

 

『歌は万能ではないと、人は言う』

『物語は都合よく自在に操る事は出来ないものだと、人は言う』

『破滅した世界は人類が望んで選んだ道だと人は言う』

『神の導き―人は神がいなくてはこの世界すら変える事は出来ないのか?』

『神はどこに? 神の心は何処にある?』

 サイネリアはバックのテクノミュージックに意図的に合わせずに歌う。

この場でこの曲を歌うのはさすがに…とは思ったが、自分が印象に残ったロボットアニメのオープニングテーマだった為、つい選んでしまったのである。

「歌詞が違うように見えたが…気のせいか」

 西雲はサイネリアが歌詞を無視して歌っているように見えた。翼も同じように疑問に思っていた個所である。

「これは、俗に言う対訳バージョンで…簡単に言えば英語歌詞バージョンと日本語歌詞バージョンで別々に存在する…と言った方が早いかな。今歌ったのは日本語バージョンで曲テンポに合わせないで歌ったのは仕様―」

 どうやら、カラオケに入っていたのは英語歌詞バージョンだった為、あえて日本語バージョンで歌いたかったので日本語歌詞で歌ったのである。本来であれば、日本語歌詞対応でテンポもそれに合わせた物もあるが…ない物ねだりになりそうな気配だった為―。

「なるほど…そう言う事だったのね」

 翼はサイネリアの説明を聞いて納得したようだった。

 

『その華は咲く、果てしない空に』

 この曲も実は女性ボーカル曲である。立て続けに女性ボーカル曲が続くのは仕様なのか…と皆本は思った。自分が歌ったのは男性ボーカル曲だったからだ。

「ちょっと待って、何故にこの曲をリクエスト…」

 ちょっと待ったコールを出したのは紫苑である。本来であれば紫苑が歌うはずだった曲を何故か西雲に取られたという事に納得がいかない様子である。

「こちらとて、まさか皆本がカラーレンジャーを歌うとは想定外だったからだ」

 そんな事を西雲は言いつつもマイクを握って、直後にシャウトする。前奏の激しいギターサウンドの後に、歌詞が続く…。

『この華は何処に咲く? この華弁(はなびら)は空に散る? 自分はあの流れ星に平穏を願い祈った―』

 如何にも西雲らしい仮名のふり方をした歌詞だなぁ…と紫苑は思ったが、考えてみるとこの曲の作詞と作曲は西雲本人。それを考えると彼が歌うというのも意外というか―。

 そして、更に考えるとここまでギターを使っているのにも関わらず、曲調も日本的、歌詞もそれらしい日本調の歌詞が続く。これら全てを西雲は考えて曲を作っていたのかと思うと…驚くばかりである。

「西雲隼人とはいえ、完璧超人という訳ではない。それはグループ50の一件でひとつの答えが出ているはずだ…」

 メタトロ ンは西雲がグループ50やサーティン等の楽曲を聞かず、販売方法等が納得できなかった為に一連の大鉈を振るう行動に出たのでは…と思っていた。これらは今 までの発言やホームページ等のコメントを推測しただけなのだが、大まかの部分は当たっているのかもしれない…と。

『我は願う、この宇宙(せかい)が平穏で時が流れる事を―』

 西雲の目にはうっすらと涙のような物が見えていたように思えた。

 

 次は嶋社長の番のはずだが…。どうやら紫苑に順番を飛ばされたようだ。

「順番は守りましょうね」

「順番は守るべきだと思います」

「社長が可哀そうだから順番は守ろうな」

 サイネリア、ハルカ、西雲から総ツッコミを受ける。嶋社長の方は順番が飛ばされた事に関しては気にしていないようだが…。

『鳳凰蒼翼』

 曲名を見て『?』状態になっているのはサイネリアである。

「ほうおう・そうよく…あの曲か」

 曲名に気付いたのは西雲だった。メタトロンも気付き、3番目に気付いたのは十八番を取られた翼だった。

「よりによって、あの深夜アニメの主題歌を取られるとは思わなかった」

 翼は言うが、紫苑には困った事があった。

「誰か別パートを歌ってくれる人はいないかしら。一人で4人分のパートは流石にメタトロンクラスではないと厳しい物があるのよ…この曲」

 紫苑の呼び掛けに応じ、最終的に紫苑は2役、残りは翼、皆本で歌う事になった。ハルカは曲自体を知らない為に対象外となったようだが…。

「メタトロンは流石に対象外ね―」

 対象外と言われても何の対象外だ…というのが正直な気持ちである。彼が知らない曲であるのが唯一の救い…?

『それは流星―』

 最初のパートは紫苑が歌う。

『その羽は蒼き輝きを放ち―』

 次のパートを歌ったのは皆本だった。

『大空に希望に満ちた音を奏で―』

 3番目に歌いだしたのは翼である。本来であれば全パートを歌える自信のあった曲だったにも関わらず…以下略。

『その未来は、これからの―』

 最後のパートは紫苑が歌う。事実上、紫苑が2人分を歌うのは…こういう事だったのかもしれない。

『明日をつかむ為の蒼翼(そうよく)

 最後は3人で息もピッタリ決める。さすが同じ事務所所属のアイドルと言ったところだろうか…。

 

 次は順番を飛ばされた嶋社長である。

『トーキョー24デイズ』

 かなり聞き覚えのないタイトルが出て来たが、J―POP辺りの曲だろうか?

「まさか、嶋社長がこの曲をチョイスするとは…」

 最近になってサウンドウェポンに収録されていた曲の為、皆本が何のタイアップかどうか調べていたら…。

「聞いた事がある。数年前に放送されていた特撮ドラマに東京24デイズという物があったな…そのオープニングテーマか」

 スーパーヒーローシリーズ等とは一風変わった特撮作品があった。それが、深夜に放送されていた東京24デイズだった。メタトロンも見覚えがあるのだろうか?

『東京24デイズ、それは東京に潜む凶悪犯人を迅速に逮捕する為に結成された、警視庁直属の特殊ロボットチームの別名。彼らの行く手をさえぎる物は何であろうとハイスピードに対処する。それが、東京24デイズの存在理由だから―』

 歌詞というよりは一種のナレーションという気配もするが、そのナレーション後にパトランプのサイレン音が響き渡る。その後に警察物とは到底思えないようなポップ調の曲が流れだす。

「あれっ…こういう曲だったか?」

 西雲も思わず記憶の片隅から思い出そうとしたが…結局は思い出せなかったようだ。

「確か、人間より少し大きいサイズのロボットが出てくる作品だったか。オープニングも凄かったが、毎週出てくる犯人役のゲストが予想外に豪華で―」

 サイネリアが西雲に簡略しているが説明を始める。説明と言うよりも若干だが布教に近いかもしれない。

『急げ! 24デイズ! 進め! 24デイズ―』

 深夜で放送される作品という事だが、歌詞や曲のノリは昔の特撮ヒーローシリーズの主題歌の流れに近い物があるのかもしれない。

「今度、機会があったらDVDを調べてみる事にしようか…」

 結局、西雲はサイネリアの布教に耳を傾けて嶋社長の歌は聞いていなかったようだ。

 

「最後は私ね。これが終わると1周目が終了…かな?」

 翼が曲名の出るのを待っている。さっきは十八番を取られてしまったのだが、今度は大丈夫だろう…と思っていた。

『バトル・オブ・トライデント』

 流石に被っていたらどうしようと思った翼だが…。

「2週目の曲が…」

 何と悔しがったのは皆本だった。紫苑辺りが悔しがりそうだったが…。

「これの元アニメって…紫苑さんはスルーしていたとか。あるいは、違う流れですか?」

 余談だが、この曲を歌っているのは紫苑である。つまり、事実上は紫苑の持ち歌という事になるのだが―。

「皆本が歌いたそうに見ていたから譲ったのに…あれっ?」

 実は少し前に皆本がこの曲を歌おうと紫苑に直訴していたのである。丁度、嶋社長が歌っていた辺りである。

「そう言えば、ヴァルキリーのSF的なアーマーって、バトル・オブ・トライデントでビキニアーマーとか露出度が高い衣装とかが出てきていたから…それの裏返し的な気配がしましたが―」

 皆本がいきなりサイネリアの核心を突くような意見を述べる。スラッシャーに関してメットはヴァルキリーと同型なのだが、それ以外の要素にバトル・オブ・トライデントの影響を受けているのでは…という造形が見られたからである。

「ヴァルキリー自体は元ネタが別に存在するが…色々とあってデザインを丸ごと変更した経緯があって、今のデザインになった。確かにレスキュー部門で作られていた物を元にしたのは間違いのない事実だが、最終的にはプロジェクトに流用する際に変更はしている」

 サイネリアからは意外な答えが返ってきた事に皆本は驚いた。ヴァルキリーのデザイン変更は事実だが、その経緯はレスキューへの流用とは別の理由があったからだ。

 曲のイントロが始まり、翼もマイクを持って歌う準備をしている。そこに1本の電話がかかってきた…。

「もうそんな時間か…。では、延長をしない方向でお願いします―」

 メタトロンが受けたのは、受付からの電話だった。2時間弱とあの時は言っていたようだが…。

「すまない。最初の話とメンバー待ちだけで軽く1時間オーバーは使っていたようだ…」

 メタトロンが両手をついて謝る。彼のこういったシーンを見る事自体も珍しい気配がする。残り時間は1時間少々である。

「どれ位の時間を取っていたのですか…」

 紫苑が問いかけると、メタトロンは5時間取っていたというのだが…。

「どうやら、嶋社長が来るのに時間がかかったというのも原因だが…あのメンバーで社長が来るまでの間―」

 メタトロンが言うあのメンバーとは、サイネリアとハルカ、皆本である。

「まさか、話で中断するまで音楽ゲーム楽曲と特撮ソングのメドレーになるとは予想外だったというか…自分が普通の曲を歌わなかったらメタトロンがどうなっていた事か―」

 今回のカラオケの主宰はメタトロンという事になっている。場所の予約も彼が行っている。

「カラオケに関しては、次の機会にでも回すとして…」

 メタトロンの話を聞いてハルカが歌い足りない表情をしているが…。

「流石に今回は自分も久々に歌った事があって疲れた―」

 メタトロンの表情を見れば、どんな状況か一発で分かるような気がする。それ程、今回のメタトロンは精神的にも疲れているのかもしれない。とりあえず、ハルカはカラオケの延長に関しては提案しない事にした。

『終わらないその激戦の中、新たなる歴史の予兆を―』

 既に翼は1番を歌い終わり、2番に突入する所である。

「後は時間まで歌って、個別に解散…と言った方向になる気配だな」

 西雲も大分疲れている。歌ったのは1曲だったが…それ以上にこれからの課題が出て来た事に気持ちの整理がつかない状況である。

「時間は午後4時…と言った所か。延長するとすれば個別になるだろう―」

 延長する予定はなかったメタトロンだったが時計を見て、まだ何とかなるのだろう…と思った。

「私は歌い疲れましたから、まだ歌っていない紫苑や翼辺りにでも譲りますわ」

 皆本はハルカと一緒に歌っていた事に加えて、シャウトの連続で声がかれそうな気配である。飲み物は飲んでいるのだが…。

「実は、別枠延長すると思って別の人を呼んで―」

 紫苑が話をしていると、翼の歌っている途中に入ってきたのは飛鳥だった。

「これはどういう事だ…」

 飛鳥が現状で入るメンバーの顔触れを見て驚く。まさかメタトロンだけではなく、嶋社長もいるとは…。

「カラオケの第2部をやると聞いてメンバーを募集していた所で―」

 紫苑が飛鳥に事情説明をする。プロデューサーは別アイドルと一緒に仕事中、南雲にもメールを送ったが別のゲーセンにいて合流が不可能らしい。さすがに社長は仕事中で呼ぶ訳にもいかない。

「この時間帯はそろそろ終わるから、受付に電話してメンバー調整して部屋を取りなおす方向になるだろう。あくまで延長する場合限定だが」

 延長に関しては特に反対意見はなかったが皆本のみは歌い過ぎて声がかれる寸前の為に離脱する事にした。

「自分が受付に行って再度部屋が取れるか聞いてみる事にするが…そんな人数で大丈夫なのか?」

 2ケタ人数でなければ3時間位時間を取れば何とかなるだろう…そんな思いでいたメタトロンだったのだが、その予想は大幅に裏切られる事になる。

 

 第1陣のカラオケが終了し、皆本はメタトロン達と別れた。ここにはゲームコーナーもあるので、息抜きには丁度いい…と思ってゲームコーナーへ向かった所で、意外な人物を見つけた。

「誰かと思ったら、皆本か…」

 槍型サウンドウェポンで高い難易度曲をクリアしていたのは南雲だった。エキストラステージも難なくクリアしている所を見ると…かなりの時間練習をしていた事になる。

「まさか、さっきのメール…」

 皆本は疑問に思った。南雲は別のゲーセンにいる為に合流不可能…という内容のメールを紫苑に送信したはずである。

「ここがゲーセンというのは間違っていないはずだが、ここにカラオケも併設されていたのは初耳だな―」

 メールを送ってわずか2分弱で届いたのはどう考えてもおかしい。テンプレを用意していたのならば話は分かるのだが…。

「とりあえず、意識改革委員会も真犯人については一定の範囲だが特定はしたらしい。特定できただけで捕まえる事は現時点では不可能だが―」

 南雲は皆本達が大体だが何の話をしていたのかは理解出来ていた。メタトロンが関係している地点で、そう言う流れになっているのでは…と予感していたのだが。

「やはり、近い内に何かが起きると…」

 皆本は思った。再び、同じような商法を展開しようとしている存在は必ず現れる事になるだろう…と。

「モグラ叩きの繰り返しになるのならば、あの商法を作りださなければ良かった…と最初に例の商法を確立した人物は言っていたようだが、現状では手遅れ―」

「手遅れではありません。絶対、誰かが軌道修正をしてくれるはずです。それは自分なのか、自分以外の誰かは分かりませんが」

 手遅れの後に何かを続けようとした南雲を皆本は止めた。そして、誰かが軌道修正をしてくれる事を信じている…と皆本は言う。

「とりあえずは、何も出てこない状態では対策の立てようもない。向こうの出方を待つしか…方法はないのかもしれない―」

 そして、彼はエキストラステージの選曲を始めた。

 

 同日、一部が閉鎖されたヴァルキリープロジェクトの研究施設に電話が入った。

「計画は順調に進んでおります」

 電話に出たのは研究所のリーダー格の人物である。サウンドサテライトの一件でもヴァルキリープロジェクトに貢献した人物で、サイネリアとは別の部門を担当している。

『サウンド サテライトの一件は、こちらでも証拠を抹消するのに時間がかかった。それに加えて嶋社長の一件と研修生の情報操作―それだけでもかなりの資金を消費してい る。グループ50が歴史から抹消される事で、我々は年間5兆円規模の税収を失う事になった。赤字国債も1000兆規模になるのは時間の問題だろう。いかな る手段をもってしても赤字国債を減らさなければ、日本経済は確実に崩壊する―』

 電話の主は若干だが音声も変更され、テレビ電話で会話をしているにも関わらず顔は狼の覆面姿の為、素顔を知る事は出来ない。黒の背広に何やら桜の形状をした金色のバッジを付けているのだが…。

「税収を確保する為のアイドルバブルを続ける必要性は十分理解しております。その為の新兵器も既に準備を完了し、試験段階に移行しようとしています」

『量産型サウンドウェポン、試作型を大幅に改良してコスト面を抑えた最新兵器―』

 モニターに映っているのは、ヴァルキリープロジェクトから得た情報を元に作りだした日本刀型のサウンドウェポンだった。

「現状ではサウンドウェポンのゲーム用に使われる物ですが、実際はそれ以上の効果をお見せできるかもしれません―」

『くれぐれも、それを利用してアイドル狩り等という事は考えないように。事態が急変でもした場合、西雲隼人が今回の件に介入する事も十分にあり得る―』

「ご心配なく。既に新たなアイドルユニットとなるGユニゾンも動いております。それに加えて、別の会社に西雲の会社を何とかするように対策を講じてあります―」

 リーダー は何かを確信していた。アイドルバブルを続ける事で日本経済を盛り上げ、最終的には税収を年10兆円から50兆円という大規模な額に引き上げる事を野望と して抱いていた。彼にとっては、音楽業界よりもアイドルビジネスや赤字国債をなくす事の方が重要な課題であった。

『君が選挙で立候補をしなかった事が意外な所で役に立つとは…予想外だよ』

「ええ…。その通りですね」

『そろそろ、時間だ。向こうにも計画が漏れるのだけは防ぎたい。今後も連絡は小出しになるかもしれないが…君の研究には期待している』

「一刻も早く、赤字国債に振り回されない日本経済になる事を期待しております―総理」

 そして、電話は切れた。国の借金とも言える赤字国債を速く0にする事…それが彼の目的のひとつであった。なぜ、このような手段に出るまでになってしまったのか―。

 

 その翌日、メタトロンに1本の電話が入った。電話の主は、意識改革委員会の社長だった。

「やはり、アイドルバブルを続けようとしているのは芸能事務所だけではなかった…という事ですか。音楽ファンは、この状況をどう思っているのでしょう―」

『我々としても、全力をもって一連の行動に関して様子を見るつもりだが…』

「確かに国の財政が危機的状況になっている事は、新聞等でも多く取り上げられているが…まさか、赤字国債を減らす手段にアイドルを利用しているとは…驚きでした―」

 そして、社長との電話が終わった。その数分後にはレッドから電話が入ってきた。

「例のディスクは、役に立ったようだね―」

 

 良作の音 楽を求める音楽ファン、利益を多く得る為にさまざまな手段を講じるレコード会社や芸能事務所―。埋まる事の決してないような溝を埋める物とは何なのか…。 西雲は音楽ゲームの楽曲が、溝を埋める可能性を持っているのでは…と活動をしていた。そのひとつがサウンドウェポンである。その他にも西雲は多くの音楽 ゲームを世に生み出し、数多くのファンを虜にしていった。それは西雲が海外でも取り上げられている所から見ても明らかである。

しかし、今回の事件で彼が直面した現実は非常に厳しい物だった。それはCDシングルチャートが過去に1位を取る事が一種の目標だった時代とは違い、今は芸能事務所やレコード会社が更に利益を得る為に次々とアイドルを投入しているような印象を彼に与えた。

最近ではアイドル人気投票をCD購入者限定で行い、組織票を行う為に大量にCDを購入するケースもあるという。これでは、曲を買うというよりは違う商品を買っているような流れである。何故、このような事態を今まで放置してしまったのか―。

こういった流れを変えるような新たな変革が起こらなければ、西雲隼人は再び音楽業界に大鉈を振る事になるのかもしれない。

 

(ああ、今回も駄目だったようだ…日本は音楽に関して、先進国だと思ったのだが―)

 本来ならば聞こえないメタトロンの声が誰かの耳に届いた。このメッセージが何を意味しているのか、現時点で知る者はいない…。

                 完