1:式典1週間前

 都内某所にあるビル。社長室でパソコンに入力されたデータと向き合う人物がいた。

「ガールズグレートは今回の件で無期限の活動休止に…この影響が同じ事務所のグループに飛び火する可能性は少なくない…」

 彼は芸能事務所社長の嶋基秋(しま・もとあき)、ガールズグレートの大規模PRとして企画していたコラボは予想外の結末を迎えて―最終的にはグループの無期限活動休止に追い込まれたのである。


  対戦格闘と音楽ゲームを融合させた体感型ゲーム『超音人伝説』(ちょうおんじんでんせつ)に ガールズグレートの楽曲を収録、幅広いユーザーを獲得しようと嶋は考えていたのだが、隠し楽曲の解禁方法にガールズグレートの楽曲のプレイを必須とする出 現条件やレコード会社と開発元のゲーム会社との談合が発覚する等の事実が明らかになってからは抗議等の電話が殺到し、最終的にはガールズグレートは活動休 止となったのである。

 このPRは本来であればほぼ確実に成功するはずであった。しかし、ある組織の介入で失敗したと言う説が浮上した事が事務所の緊急会議で明らかになっている。

「今までは上手く行った事が、最近になって次々と上手く行かなくなっている。西雲隼人が音楽業界に―」

 西雲隼人、大学時代に音楽ゲームの基礎を生み出し、現在の音楽ゲーム業界を支える重要人物の一人。過去に自身が作曲した楽曲を収録したアルバムがアルバムチャート2位を記録したのだが―。

「確か、グ ループ50の基礎となったアイドルであるサーティンのアルバムが1位になった時の事か…。しかし、後にサーティンの楽曲で盗作疑惑が浮上し解散になった。 ファンは盗作の事実はなく、ライバル会社のでっち上げと非難、次々とアイドルグループが解散に追いやられ、最終的には残ったアイドルは一握りほどになっ た。そんな状況を救ったのはガールズグレートだったのだが…あの末路になるとは予想外か…」

 過去にサーティンというアイドルグループが一連の商法に関する基礎を築き上げたと言う。それに便乗するアイドルグループが量産されていった結果、アイドルバブル状態になってしまった。

そ のバブルがはじけ、音楽業界は一部のベテラン歌手やヴィジュアル系バンド、アニメソング歌手等が独占する流れになってアイドルがチャートインする事がバブ ル崩壊後はなかった。稀にアイドルの曲がランクインしたとテレビを確認した結果、ゲーム作品の架空アイドルだったという現実に何度頭を痛めたことか…。

「音楽には生まれた意味があると西雲は言っていたが、サーティンやガールズグレートに関しては評価すらしなかった…」

 西雲は過去に『音楽には生まれた意味がある』と雑誌のインタビューで語った事がある一方でサーティン等に関してはこう語っている。

『今のアイドルは音楽ではなく、一種の消耗品になっているような気配がある。それが芸能事務所によるものかレコード会社の方針による物かは分かりませんが…』

そういった事情もあるのかどうかは不明だが、ガールズグレートやサーティン等の楽曲に関して、西雲は評価を避けていた。

「今、一番売れているアイドルはグループ50である事はデータでも証明されている。それなのに海外からは『メッキアイドル』と酷評を受け、ネット内でも一部を除いては評判が下がるばかり…。この状況を何とかしなければ…」

 今、日本の音楽業界で一番の売り上げを誇っているのはグループ50であり、その規模はTV出演やグッズの売り上げ等を含めると約10兆円にも上るという…。

しかし、海外の反応は冷ややかであり、逆に西雲の楽曲や音楽ゲームの曲等が特集で組まれる程である。

 

「西雲の次に警戒すべき人物は…」

 嶋が次に閲覧していたのは、ヴィジュアル系とは違う珍しいバンドのデータだった。

「ルシフェル…ボーカルのメタトロンを中心としたバンドだったが、メンバーの意見が合わずに解散。今はボーカルのメタトロンのみがソロ活動を続けている…か」

 ルシフェル、メタトロンの定評あるボーカルを含めて楽曲の完成度では他のヴィジュアル系バンドでも太刀打ちが出来なかったインディーズバンドだった。

しかし、メタトロン以外のメンバーが音楽に対する価値観の違い等の理由で解散となったらしい。詳細に関しては音楽雑誌でも週刊誌の類にも書かれていない程、解散に関しては謎になっている部分が多い。

「そう言えば、今週辺りにメタトロンのソロシングルが出たと言う話があったな…。それ以外にも数多くのヴィジュアル系バンド等が新曲をリリースしている…。まだ7月のテレビ改変期には程遠い中で、どうしてシングルを出そうとするのか…」

 この時期にシングルを出せば、軽くミリオンを突破するのは可能だと。そして、グループ50の海外進出への足がかりになる…と。 

ドラマ主題歌等で大物アーティストを起用し、グループ50とぶつけられた日にはチャートで1位を取る事は難しくなるだろう。

「そうと決まれば、作戦決行の為の計画を進めることにしよう…」

 嶋が何かをネット掲示板へ書き込みを始めた。どうやら、何かの募集を思わせる物に見えるのだが…。

 

 数日後、西雲は何かを考えてながら自分の会社に到着した。先日に起こった超音人伝説の一件はシングルチャートを何か勘違いしているような動きがあるのでは…と一連の流れを見て思っていた。

「シングルチャートで1位を取る事は、過去には一種のステータスシンボルになっていたが…今のチャートを見ていると、新人アイドルを売り出す為のPR活動に使われているような気配がする。本当に音楽ファンがこの流れを望んでいる…はずはない」

 西雲は今のシングルチャートは過去のステータスシンボルであった時代とは様変わりしてしまっている。その流れに対して激しい憤りを覚えていた。

「音楽ゲー ムをプレイしているユーザーからも色々な意見をもらう事があるが、あのシングルチャートどおりの楽曲を収録しても音楽ゲームユーザーから受け入れられるの か…他社製品では積極的に収録する動きがある一方で自分は賛同できない…。今、音楽ゲームにも変化が必要とされている。この流れにどう対抗していくべきな のか…」

 西雲は悩 んでいた。他社の音楽ゲームでは今のヒットチャートを繁栄したようなライセンス曲が収録されているのだが、一部作品を除いた西雲の制作した音楽ゲームには オリジナル楽曲は収録されているが、ヒットチャートに収録されているようなライセンス曲は1曲も入っていない。

これに関しては会議でも何回か議題に取り上げられている為、幅広いユーザーを取り入れるためにも対策をしていくのは必要になると思われる。

「海外の音楽ゲームでも現地のライセンス曲を収録していく動きはあるだろう。その中で自分の作品だけオリジナル楽曲のみに頼り続けるのも限界なのだろうか…」

 西雲は悩みつつも新作となるサウンドウェポンを開発している。

「音楽ゲームは対戦格闘ゲーム等と違い、操作面が独自の物になっていることが多い以上は別のシステム等で差を付けなくては…」

 操作に関 しての技術が確立され、それが統一化されている対戦格闘ゲーム、ここ最近の傾向では初心者ユーザーを取り入れるために操作面を簡単にする、ファンを取り込 むために他社作品とコラボする、有名イラストレーターを起用する、魅力的なキャラや設定等の工夫がされている。

音 楽ゲームの場合は操作面に関しては対戦格闘ゲーム等と違い、機種によってバラバラで統一化されていないのが現状である。同じジャンルでも、7つ鍵盤と皿や 9ボタンといった独自の物、太鼓、ギター、ドラムと言った実在する楽器をベースにしたコントローラーを使う物、16枚のパネルや液晶のパネルをタッチする ような物、珍しいではガンシューティングで使うような光線銃まで十人十色の状態になっている。

「音楽ゲームが対戦格闘等と違って、共通の筐体が使えない事も操作系統の多様化等の原因になっているのかもしれない…」

 西雲はそんな事を思っていた。そこで考えたのは共通の筐体を使いつつ、コントローラーに関しては全く別の物を利用すると言う音楽ゲームである。そのコンセプトを基にして制作したのが、今回のサウンドウェポンである。

「対戦格闘では複数のメーカーから作品が出ているのに対し、音楽ゲームは自社製品が大半と言う現状…」

 対戦格闘 ゲームはさまざまなメーカーから出ているのに対し、音楽ゲームの半分以上のタイトルは西雲の会社から出ている作品である。音楽ゲームの分野は事実上の一人 勝ち状態になっている。これが数年以上は続いている為、西雲にとっても対抗できるだけのライバル作品が欲しいと思っていた。

「他社から音楽ゲームが出ているのも事実だが、超音人伝説以降は大きな新作は出ていない現状をどうするべきか…」

 サウンドウェポン以外にも水面下でロケテストが行われている作品はあるかもしれないが、情報が乏しい為に詳細が見えてこないのである。その為、目立った新作が超音人伝説以降は出ていない形となる。

「西雲、ニュースで凄い物が映っているのだが…」

 同僚のスタッフが西雲に声をかけた。色々と疑問に思いながらも映っていたテレビを見ると…。

「ニュースの速報テロップか…?」

 速報テロップを見てみると、何処かで見覚えのあるような施設の名前があった。

『本日未明、東京台場にオープン予定の音楽施設『サウンドサテライト』にて大規模停電が発生。原因は調査中…』

 西雲は予想外の事態に震えた。現在は建設中で、全ての音楽を体感する事ができる大型音楽施設『サウンドサテライト』が謎の停電を起こしたのである。太陽光を使った自家発電システムに問題があったのだろうか?

「あの施設が停電…。何かのトラブルなのだろうか…」

 西雲は思った。普通に停電しただけならばニュース速報が出るはずはない。これは非常事態と言っても過言ではない。

(あの委員会も動き出す、という事か…)

 西雲はテレビを見ながらつぶやく。

 

 スマートフォン携帯でテレビを見ている人物がいた。彼は本屋へ向かっている途中だったのだが、速報テロップが出た辺りで1本の電話があった。

「南雲君、既に知っていると思うが…非常事態が発生した。君にも本部に来てもらう事になる方向で…」

電話の主は社長である。社長とは、音楽業界の意識改革を推進する組織の社長である。  

こういう組織の場合は社長ではなく別の呼び方をするのかもしれないのだが、本人が社長で通す…という事で誰も言及はしない。

 そして、南雲皐月(みなぐも・さつき)は行く予定だった本屋ではなく、組織の本部が入っているビルへと大急ぎで向かうことになった。

 

 組織から南雲の電話にコールがあったのは、社長の電話があった数分後、幹部たちは既に原因を特定しているようだが…南雲には話すような流れではないようだ。いつも通りに作戦会議室へ足を踏み入れると、社長と先客1名が南雲を待っていた。

「南雲君も到着したようだな…」

 社長の隣にいた人物は飛鳥悠(あすか・ゆう)、彼は音楽ゲーム専門の作曲家で少し前に起こった芸能事務所とゲーム会社の超音人伝説を巡る談合事件がきっかけで組織へと入った人物である。

「用件は…あの事件ですね」

 説明を受けなくても、大体の事はニュース速報やネット等でも流れているので把握できた。事件は、東京台場のオープン予定だったサウンドサテライトで発生した。

「今回の報道等では大規模停電と言われているが、実際はコンピュータウイルスらしいという事が調査員の報告で判明している。何者がどんな目的でウイルスを仕掛けたのかは不明だが…」

 社長の説明を聞く限りでは、ウイルスを仕掛けたのがテロリストの類とは考えにくいと聞こえる。確かに、大型施設の爆破等となるとテロリストが関係していると見てもおかしくはないのだが、施設はオープン前であり大勢の客が入っている…と言う訳でもない。

「そこで、推測したのが…」

 飛鳥は南雲にファイルを渡した。そこには衝撃的なデータが載っていた。

「これは、本気でこの路線と考えている…という事ですか?」

 南雲は目を疑ったが、ウイルスの発生したエリア、事件の発生日等から推測した物で現状では憶測の域を出ていない。

「君も分かっているとは思うが、我々の目的は音楽業界の正常化だ。このような事件を起こし、自分達の曲を買うように仕向けるような事や宣伝に利用する行為はあってはならない。このような事態を防ぐ為に我々が存在する以上は…」

 社長の言 う事にも一理ある。自分達のCDを売る為ならばどんな手段も取る…そんなアイドルやファン等を取り締まる為、過去に何度かあった握手会チケットを巡るトラ ブルやイベント入場券の転売騒動、発売前日のCD大量転売等の行き過ぎたPR活動やそれを冗長する行動等に歯止めをかける為に音楽意識改革委員会は存在す る。

「以前のゲーム会社とレコード会社の談合も…今回の件と同じ事務所の所属アイドルが関係していると聞いている。もしかすると、君達には事務所に向かってもらう事になるかもしれない」

 ふと疑問に思った。社長は南雲達に事務所に向かうように…と。サウンドサテライトへは誰が向かっているのか…。

「向こうには、既に別の組織が向かっているという情報がある。我々ではウイルスに対抗出来る手段がない以上、彼らに頼らざるを得ないのが現状だろう…」

 対抗手段…現在開発中のサウンドウェポンを応用した特殊兵器ではダメなのだろうか…と南雲は思った。あれならば少しでも抵抗をする事は可能なはずである。

「我々でも試作型のサウンドウェポンは開発中ですが、データが不足している為に実用化が出来ていないのが現状…。今回は彼らに頼るという事に…」

 飛鳥は南雲の思っている事が分かったようだ。確かに実用化するには戦闘データとまでは行かないが、サウンドウェポンのデータ類も今のままでは足りない。手元に存在するのは西雲隼人が過去に作成した物やロケテスト等から得たデータのみである。

 会議終了後、現場に動きがあった事をニュースが速報で伝えた。

『東京台場の『サウンドサテライト』の大規模停電の原因が特定されたようです。どうやら、原因は施設内にある機械の暴走である事が調査員の…』

 事態は我々の予想外の方向へと向かっていった。

 その夜、1機の輸送機がサウンドサテライト上空を飛行していた。識別は取材ではなく別の物であった。

 輸送機のハッチが開くと、そこには右腕に事前に用意されていたと思われる大型のブラスターを装備、SFアクションゲームに出てくるようなスーツを身にまとった人物が姿を見せた。そして、上空200メートルある距離からダイブする―。

 

(神は告げている、音楽業界に新たなる風を吹き起こすべきだと―)

 西雲隼人の音楽業界に大鉈を振り下ろした一件を始め、何度かの改革を行ったにも関わらず、客寄せパンダに近いアイドルバブルにレコード会社や一部の芸能事務所が頼り切っている体質を変える事は出来なかった。

純粋に音楽を楽しんでいたユーザーも今の音楽業界の現状を見て次第に離れ、音楽はアイドルを売り出す為の道具としてしか認知されなくなった…。そして、音楽意識改革委員会が設立され、西雲隼人に続く音楽ゲーム作曲家が増えていき、やがて―。

(そして、彼女が全ての鍵を握っている―)

彼女はダイブ中に、頭の中で聞いた事があるような声を聞いた―。