1:新たなステージの始まり

 

 音楽業界意識改革提案が出され、色々なニュース番組で提案の内容が判明していったのだが…その内容に驚きの声を上げる者がいる一方で、内容が想定の範囲内と思う者も何人かいた。

「これは、予想していたとはいえ…絶句の一言しか出ないな」

 この法案を見て想定の範囲内と思っていたのは飛鳥だった。それ以外にも何人かの音楽に関係する人物からは予想範囲と言う者もいた。

 

「どういう事なの…」

 一方で、紫苑のように提案に絶望した者もいた。確かに同じ種類のCDを複数に分けて販売する方式やチケット同梱で売り上げアップやCDチャートの底上げを意図的に狙った物に関しては規制をかける方向にはなっているものの、販売の禁止ではない為に同じ事の繰り返しになるのでは…と言う逃げ道を作った状態での意識改革となった。唯一の救いであるのは、特典なしCD等をオークションに発売前日や当日に大量出品する事を禁止にした事だった。これによって、月に1億と言う荒稼ぎをするような出品者は現れないようになった。ただし、発売1週間後には出品できるという事になっている為、大量出品者が現れる点に関しては同じである。

 

「結局、こういう結果になったか。歴史は繰り返される…という事か」

 都内のスタジオで新曲のレコーディングをしていた青年は政府が意識改革を元々行う予定はなかったのでは…と推測していた。

「結局は、自分達の利益を優先した見せ掛けだけの意識改革に終わったか…。西雲隼人が黙ってみているとは到底思えないが…」

 彼は自分よりも、この見せ掛けの改革案を見た西雲隼人がどういうリアクションを取るのか…という点を懸念していた。

「そろそろレコーディングを再開するぞ…」

 バンドのメンバーに呼ばれた青年はレコーディングの準備を始めた。

「メタトロン、行けるのか?」

 スタジオに入った青年、メタトロンを心配する同じバンドのメンバー。顔色を見る限りでは、今回の意識改革に関しての失望感でテンションが下がり気味に見える。

「大丈夫だ、レコーディングには問題ない」

 メタトロンの一言でレコーディングは再開したが、数日後にメタトロンが取り直しを希望し、結局は今日の音源は使われない事になった。普通に曲を聞く限りでは問題はないのだが…分かる人間には微妙に感情の変化で曲が違って聞こえると感じる人物もいる。メタトロンのボーカルは神がかっている、感情の籠め方が他のアーティストと桁が違う等とネットで言われている理由も、そこから来ているのかもしれない。

 

 数日後、西雲の会社とは別の会社が異色の音楽ゲームを発表した。

「対戦格闘と音楽ゲームを融合した新たな作品です…タイトルは、超音人伝説(ちょうおんじんでんせつ)です」

 記者発表会の席でスタッフが作品の説明をする。どうやら、対戦格闘ゲームと音楽ゲームを組み合わせた作品のようだ。

「この作品で扱う筐体は通常の格闘ゲームで使われているようなビデオゲーム用筐体ではなく、体感型の大型筐体になります」

 大型モニターに映し出されていたのは、その昔に流行したカラオケボックスを思わせるような個室のような筐体だった。中には、人が数人程度ギリギリ入るようなスペースにディスプレイと選曲用の機械があった。選曲用の機械にも小型モニターが付いているが、あくまでゲームで使うのは前方の大型モニターになるようだ。

「専用コントローラーの代わりとして、このブレスレットを腕または足にはめてプレイします…」

 スタッフの手には1つのブレスレットがあった。どうやら、これがセンサーの代わりになるようだ。このセンサーが画面に出てくるプレイヤーの動きと連動しているのである。

 基本的な動作は、昔にあったパンチングマシーンのキック等もありになったバージョンと言うシンプルな物になっている。投げ技等も導入しようと考えていたが、モーションの認識等のシステム面で課題が残る為に実装はされなかった。これだけでは普通にモニターに映し出された相手を攻撃するだけで音楽ゲーム的な要素は全くない。

「音楽ゲームとしての要素も入れる為に、こういった仕様を実装しました。それが、体力ゲージの下にあるサウンドゲージです…」

 画面に映し出されたのは、ゲーム画面である。見た目は3Dの対戦格闘と同じでプレイヤーとキャラの視点が同じになっている。

 次に、画面には一番上に体力ゲージがあるのだが、それとは別にサウンドゲージと言う物が用意されている。これが音楽ゲームの要素を入れたゲージなのだろうか。

「このサウンドゲージは、基本的には曲のリズムに合わせる事や周囲の観客を盛り上げるバトルをしていく事でゲージが上昇する訳ですが、相手からダメージを受けても体力ゲージが減少するだけでサウンドゲージは減りません。サウンドゲージが減るのは、曲のリズムから外れた場合や格闘ゲームで一般的に使われているパターンハメの類を何度も使う事でもゲージが減っていきます。基本的には体力ゲージがなくなる事でバトルには敗北しますが、サウンドゲージが一定量残っている限りは体力が自動的に回復するので、サウンドゲージが残っている限りは捨てプレイはせずに最後まで戦う事をオススメします…」

 その他にサウンドゲージが減る行動としては、相手の攻撃を避けて自分は攻撃をしないでタイムアップを狙うような時間稼ぎプレイや体力がゼロになる寸前で回線切断等をする事で対戦を無効にする等でもサウンドゲージが減るようになっている。意図的な回線切断でなければゲージは減らないが、あまりにも悪質と判断されるようなケースはゲージが一気にゼロになる。サウンドゲージはゼロになると演奏失敗となり、体力ゲージが満タンに近い状態でも敗北扱いになる。あまりにもプレイスタイルが他のプレイヤーに影響を及ぼすようであれば、IDの使用停止等の処置が取られる。

「この作品では単純に相手を倒すようなプレイではなく、周囲の観客を盛り上げるようなプレイが特に重視されます。対戦格闘ゲームでも一方的なハメによるプレイ等が推奨されないのと同じ事です…」

 彼は言う。一方的なハメや初心者狩りのプレイ等によって、この作品の盛り上がりに水をさす形にならないよう、さまざまなシステム等を導入する事で永続的にプレイするプレイヤーが増える事を望んでいた。

「これらのシステムを導入しても、完全にそういったプレイヤーをゼロにする事は不可能かもしれません。その辺りはプレイヤーのモラルにも関わってきます…」

 彼は訴え続ける。色々なジャンルで課題となる点は色々と浮上している。そういった課題が全くなくなる事はないと。しかし、浮上した課題をクリアしていき、これから浮上してくる課題を減らす事は可能だと…。

「横道にそれてしまいましたが…今回の作品ではプレイヤーが永続的にプレイしてくれるスタイルを確立するのが、今回の目的になっています。続いては、プレイの流れについて…」

 続いて、彼は一連のゲームの流れを説明し始めた。

「プレイの一通りの流れとしては、クレジットを投入、プレイヤーエントリーを行う、モードの選択…と言う流れになります。モードによってプレイ曲数は異なりますが、基本は最大3曲となります」

 プレイモードは通常3曲をプレイするスタンダードモード、全国のプレイヤーとも対戦できるオンラインバトルモード、指定された曲を全てクリアする事で報酬が得られるミッションモードの3種類がある。

 プレイヤーのエントリーはエントリーカードをカードリーダーにかざす事でエントリーが完了する。他のプレイヤーに使われるのを防止する為、暗証番号を入力する必要もあるが、このサービスはオプション扱いとなっていて後日、PC用サービスでカードを登録する事で追加する事が出来る。

「初回プレイ時のみ、キックボクシングやテコンドー、合気道等のいくつかのスタイルからひとつを選択、次に自分の分身となるアバターの性別、名前、服装を設定する必要があります。これは初回のみで、2回目のプレイ以降は設定の必要はありません。カードを作成せずにプレイする場合は、既に設定済みのテンプレートキャラから1人を選択してプレイする事になります。カードで設定した場合は、性別以外の設定はPCサービスに加入する事で変更が可能になります…」

 この他にもプレイ後にスコアから算出されたパフォーマンスポイントが追加され、このポイントを使う事でキャラクターのコスチュームやアクセサリー、様々な流派、アバターの体格や顔の設定変更も可能になるという。

「対戦格闘ゲームに多く見られるカスタマイズ要素を取り入れ、自分のオリジナルキャラを作成する事も可能になっています。随時の更新になる予定ですが、チームの作成、他社ゲーム作品のコスチューム、他社音楽ゲームの楽曲等が使用可能になるようなサプライズ企画も準備中となっています…」

 他社ゲームとのコラボは最近では色々なジャンルで行われているが、他社の音楽ゲームで他ジャンルゲームの楽曲が演奏できるケースはあったが、他社音楽ゲームの楽曲が演奏できるケースはごく稀である。

 

「そして、このゲームの最大の魅力はオンラインでの乱入対戦です…対戦では自分の設定した1曲と相手の選択した1曲で競い、ポイントがトップになったプレイヤーが勝利となります。この辺りは従来の格ゲーとは全く違う点です」

このゲームの最大の特徴は、対戦格闘ゲームにある乱入という概念だろう。スタンダードでは、店内の相手プレイヤーが乱入設定をONにしていれば乱入対戦が出来るようになっている。相手が乱入対戦をOFFにしている場合は乱入対戦が出来ないようになっている。

そして、曲のプレイ中には乱入は認められず、曲のプレイ後に相手が乱入対戦をするかしないかの選択を行い、乱入対戦を選択する事で乱入対戦が始まる。一般的な対戦格闘ゲームの場合はコンピューターとの対戦途中でも乱入が入るとプレイがキャンセルされるが、音楽ゲームの場合はプレイ中の曲が途中でキャンセルされる事に懸念を抱くプレイヤーもいるのではないか…という事で今回の仕様となった。   

オンライン対戦の場合は対戦待機中のプレイヤーとマッチングが組まれる為、プレイ中の曲がキャンセル…と言う心配はない。

曲に関しては、自分の選曲した1曲と相手の選曲した1曲の合計2曲で最高ポイントを競う仕組みとなっている。タイムアウトという概念はなく、曲の演奏終了が格闘ゲームで言うラウンドの終了となっている。曲の長さにもよるが大体1分30秒から2分位の曲が多い。

「最後に説明するのは、既に他の項目で何回か説明したPCサービスについてです。PCサービスに関しては暗証番号やカード再発行等の基本部分は無料とし、今後追加予定のチームや大会等に関する部分は優良になる予定です。3ヶ月500円というような数ヶ月パックと1ヶ月200円の体験版的の位置付けの短期間パックの2種類の料金制度にする予定です…」

 1プレイの料金は200円を基本としているが、そのあたりは店舗によって異なると言う事らしい。エントリーカードは1枚300円で固定されるようだ。

「通常の格闘ゲームは1プレイ100円がメインですが、ジャンルの性質上で乱入されて5分もプレイできずに1プレイが終了するケースも実際にあります。この作品は1プレイ200円を想定している為、乱入不可設定等のオプション次第ではじっくりとプレイできるように工夫をするのが一番大変でした…」

 ジャンルによって1プレイにかかる金額は異なるが、対戦格闘ゲームに関しては乱入等の仕様でクレーンゲームに代表されるプライズのような特別なケースを除いては平均プレイ時間が少ないと言う…。

 

 発表会終了後、早ければ数週間以内に本格稼動に向けたロケテストを行う事が発表された。筐体の大きさの都合である程度の広さを持つゲーセンに限定されるが10箇所というやや大規模のロケテになるようだ。

「今回のロケテでは、主にオンライン対戦部分のテスト、収録楽曲の調整がメインになると思いますので…皆様もぜひロケテストへ足を運んでみてください」

 会場で実機に触れた記者たちの反応は様々だったが大体は『これが受け入れらルノか心配だ』と言う声が大きい。大型筐体でスペースを取るのも大きいが、それ以上に筐体価格が高いのがネックだろう。普通は大型筐体でも安い物では100万を切るものも存在する中で、300万円台は若干高いのでは…という話も聞かれた。

「ロケテストのみで実際に稼動しない機種が少なからず存在している事を考えると、この機種も同じ道をたどりそうだが…」

 記者たちからはロケテストを前に不安を抱く者が多い。

「今までのロケテでも色々な声を聞いて改良を加えているように見える。次のロケテで調整すれば本格的に稼動しそうな流れか…」

 記者たちの話を聞いていた西雲隼人が実機を見ながら語る。

「この作品は、あなたの会社とは別会社から出ている作品なのに…」

 記者の言う事も一理ある。西雲にとって超音人伝説はライバル作品に当たる。ライバルを応援するような発言をする事自体がおかしいのでは…と思う記者もいる。中には、雑誌の売り上げを伸ばす的な意味でも自社製品より劣る的なコメントを期待している記者もいる。

「個人的には、どのジャンルもある一定のシステムでは被る面がある以上、それとは違う箇所で特徴を付ける必要性がある。対戦格闘ゲームは一番の典型例だと思う…」

 西雲のいう事も一理ある。体力ゲージ、ラウンド制、乱入等…対戦格闘ゲームはキャラクターや基本以外のシステムはほとんど同じになっている。それは、対戦格闘ゲームが既にシステムとしては完成しきっている為、ベースとなるシステム以外で何とか他社と差別化を図りたい…というのがある。

「対戦格闘だけではなく、他のジャンルでは基本システムは同じでも細かい部分で差別化をしていく必要のある時代が来るのかもしれない…」

 

 そして、ロケテ終了後の2週間後、超音人伝説は正式稼動を開始したのである。