5:アヴェンジャー

 

 ある日、チェイ サーは自分の常時使っている物とは別のスマートフォンを作動させ、何かのデータを打ち込んでいた。普段、チェイサーはノートパソコンを持ち歩いているのだ がアヴェンジャーにいる時に限って、このスマートフォンを使用している。余談だが、このスマートフォンは私物であって支給品等ではない。

「夏乃ツバサ、身長 175センチ、3サイズは80―58―87…ジャンル不問で多数のゲームで天才とも言えるテクニックを見せている…か」

 彼が打ち込んでい たのは、ミュージックユニオンのファイナリストに選ばれた参加者のデータだった。一度整理して、今後の作戦に生かそうと言う流れなのかは―彼にしか分から ないだろう。

「超有名アイドルば かりがCDチャートを独占していた時代に音楽業界の変革を訴えていたが、芸能事務所やレコード会社は聞く耳を持たなかった。そして、最終的には―」

 ツバサの訴えから しばらくした後、超有名アイドル規制法案が成立され、超有名アイドルは違法な存在となったのである。

「本当に超有名アイ ドルを規制するだけで音楽業界が元に戻るのか…。これでは危険だから規制するという流れと全く同じように見えるのは明らかだろう―」

 チェイサーは思 う。アヴェンジャーの訴えも一部は正しいのかもしれない。しかし、何者かにアヴェンジャーを絶対悪と認定されているだけに過ぎないのでは…と思うようにも なっていた。では、正義は何処に存在するのだろうか―?

 

「藍坂蒼、身長 170センチ、3サイズは86―62―84…。経歴は不明、過去にロックバンドで彼女を目撃した者もいるが、その真相は不明。口調は熱血にも見えるが…何 か違和感が残る」

 チェイサーは藍坂 に関して、ネットの掲示板でバンドを組んでいたという経歴を見つけたのだが、名前が一致せずにガセネタなのでは…と思っていた。しかし、ネット上で偶然見 つけたMADと言われる手法の動画で所属していたと思われるバンドの曲を偶然発見したのである。

『あのバンドは、メ ンバーの本名が一切不明でも有名だった―』

『そこまでの秘密主 義バンドは、過去にも例があった。ここまで徹底しているのは稀と思っていたのだが…』

『紙袋、覆面、つい 最近ではアニメキャラのみで写真が公表されていないアイドルもいたような―』

 ネット上でも、所 属していたと思われるバンドに関して情報は乏しい。覆面等はしていない為に正体が分かってもおかしくはないはずなのだが…。

「あの曲の声は間違 いなく彼女だろう。それを裏付ける証拠が欲しい―」

 そして、チェイ サーは他のデータを打ち続ける。

 

「黒沢来都、身長 175センチだが―その割には反応速度が凄い―」

 次に打ち込んでい たのは黒沢のデータだった。彼に関しては、予選の動画等を見ても参考にならない物が多い。それだけ、彼の動きは人間離れをしているのである。

「音楽業界の存亡と は関係なく、彼の行動は賞金のみと見て間違いないだろう。典型的な賞金稼ぎのテンプレか―」

 黒沢が大会に参加 するきっかけは、間違いなく賞金2000万円だろう。それ以上に税金も取られないと言うのは、破格と言っても間違いない。過去に出演していたと思われるス ポーツ番組では、黒沢がセミファイナルで涙を飲むシーンも存在した。その時は別の選手が優勝したようだが…。

「スーツの解析は間 もなく終わるが…その結果次第では、彼にはドーピング疑惑が浮上してもおかしくはないだろう」

 ミュージックユニ オンではスーツの不正改造や違法パーツ装備に関しては失格等の重い罰則が決まっている。メディカルチェックでは過去に病気等がなかったか、医者から処方箋 等を受けていたか、違法薬物等の仕様経歴がないかをチェックされた。

「違法薬物にはドー ピングもチェック項目にあったとすれば、彼のドーピング疑惑に関しては疑いが晴れる―」

 

「朱槻焔―データが 一切不明というのは何かの狙いがあるのか…」

 次にチェックして いたのは焔だったが、各種データが全て非公表、スーツは忍者を連想させるような外見をしている。しかし、忍者と言うよりはアメコミ等のヒーローを連想す る。身長は見た限りでは190センチと他のメンバーより身長は高い印象である。

 

「明日川セナ、身長 168センチ、その他の情報は非公表か―」

 次に打ち込んでい たのはセナのデータだったのだが、こちらも焔同様にデータが非常に少ないという物だった。

「彼女の場合は、実 力者と言う事は間違いがないだろう。試合の展開等を読む能力には乏しい気配だが―」

 データを入力して いる途中で、誰かから緊急の連絡が入った。その内容はメールで書かれているのだが…。

【アンノウン、北千 住へ向かう。彼の動きを止められる者は全力で止めに入られたし】

 この一文を読んだ チェイサーは、アンノウンが行動を起こした事よりも、彼が下手に動く事で超有名アイドルへの風当たりが悪化する事を恐れていた。

「下手をすれば、超 有名アイドルは存在すら違法となる法律が即座に成立してもおかしくはなくなるだろう。それ位に、超有名アイドルのファンを暴徒やフーリガンと同一視してい る市民も少なくはない。何としてもアンノウンを止めなくては―」

 

 チェイサーがメー ルを読んでいた頃、北千住ではデジタルクリーチャーの大軍勢が暴れまわっていたのである。その数は以前よりも増えており、目視できるだけでも500体近く が存在している事になる。

「ミュージックバー スト、それを使いこなせる人物は未だに現れない―。超有名アイドルの日本制圧を狙うのは、今しかない」

 アンノウンはデジ タルクリーチャーの能力で周囲にあるありとあらゆる音楽に関係する物から流れるBGMを全て超有名アイドルの楽曲へと変えていく。物損被害が出ている訳で はないので、様子を見ている警察も手が出せない状態になっている。

「向こうが何か動き を見せれば―」

「下手に動けば、以 前にあった都心の事件と同じ事になる。間違っても銃は撃つな!」

 警察もデジタルク リーチャーに対して威嚇射撃を行おうと考えていたが、実際に建物を壊している等の被害が出ていない事で、何かの撮影かアトラクションとして処理をせざるを 得なかった。しかも、向こうは律儀にも区役所に許可申請を出しているのである。

「―何だと、それは どういう事だ?」

「どうした?」

「区役所がアヴェン ジャーの行動に関して許可を出したらしい。仕方がないが、ここは撤収をするしかないだろう」

 市民の通報で駆け つけた警察も、市役所からの許可申請に関する話を聞き、手出し出来ないと判断して撤収を開始したのである。

 

        5―2

 

 アヴェンジャーの 予想外とも言える行動を政府は黙認する事は出来ず、遂にミュージックバーストの使用許可を出す事にした。

「これ以上、利益至 上主義を考えるような人物に音楽業界を蹂躙させる訳には―」

 総理の一言によ り、ミュージックユニオンに参加していた参加者が何人か招集される事になった。アヴェンジャーと戦う勇気がある者は北千住へ向かえ…と。

 

「これだけの人数が 来るとは―」

 北千住駅前に到着 した黒沢が見たのは、100人近くのミュージックユニオン参加者だったのである。半数以上は予選落ちをしていた参加者だったが、中には黒沢のような有名プ レイヤー等も少数いたのである。

「スーツを着て準備 万端とは、驚いた―」

 更に驚くべきは、 更衣室等もない状況で何人かの参加者がスーツを着たままで駅前に現れた事だった。コスプレをしたまま電車やバスに乗って移動したのでは…と思う所が黒沢に もあった。しかし、黒沢も背広の下にスーツを着ている為、人の事は言えなかった。

「しかし、黒沢以外 のファイナリストが不在のように見えるが―」

 黒沢を発見したバ スターは言う。言われてから黒沢が周囲を見渡すと、半数以上は本戦に勝ち残った顔ぶれもいるのだが、焔やツバサをはじめとしたファイナリストも姿を見せて いなければ、セナの姿もない。

「おそらく、ここに はいないメンバーは何か都合があってこられないのだろう。招集指示も【勇気のある者】と言っている―」

 黒沢が大型剣を構 え、今にも襲い掛かってくる様子を見せるデジタルクリーチャーに突撃した。それに続くかのように、多くの参加者がデジタルクリーチャーの大群に挑む。

『遂に始まったな』

『これが、音楽業界 の変わり果てた姿―』

『超有名アイドル商 法が蔓延した結果、音楽業界は【売り上げと知名度が全て】で楽曲の価値は二の次以下と言う状態になった。これから始まろうとしている戦いは、楽曲の価値を 考え直すべきと主張する側とアイドルの知名度と利益だけを追い求める側の音楽業界の未来をかけた戦いになる』

 アヴェンジャーと ミュージックバーストの戦いは、ネット上でも盛り上がりを見せていた。音楽業界の未来を賭けた一戦、それが意味する物―。

「超有名アイドルが 無限とも言える力で、自分達に都合の悪い物を消去していき、影で日本を全て支配する。そんな世界が認められるはずはない。この話が仮にフィクションだった としても…アヴェンジャーがやろうとしている事を見過ごす事も出来ない」

 ネット上のやり取 りを見ていた藍坂は黙って見過ごす事は出来ず、北千住へと向かう事にした。アヴェンジャーも許せないが、それ以上にミュージックバーストを超有名アイドル と同じ存在にさせようとしているマスコミや芸能事務所の誘導にも乗る訳には―と。

 

「アヴェンジャーの ように力で超有名アイドルの復活を狙う組織も、それをミュージックバーストで抑え込もうとしている芸能事務所やマスコミも間違っている。このままでは他の 小説であった超有名アイドル事件と同じ過ちを繰り返す事に―」

 藍坂と同じ事を 思っていたのは、セナだった。彼女も北千住へは近い事もあって、スーツに着替えて即座に向かう。

「私も…ミュージッ クバーストを上手いように利用し、超有名アイドルのようなドル箱コンテンツを作り出そうとしている芸能事務所やマスコミのやり方は認めない。ミュージック ユニオンは、そう言った理由で作られた物ではないのを知っているから―」

 セナが北千住へ向 かう途中、小菅駅を通る辺りでツバサと合流を果たした。ツバサも同じように、マスコミや芸能事務所が新しい稼ぎ頭を探しているというネット上の情報を鵜呑 みにする訳ではないが、超有名アイドル法案をすり抜ける形で同じような超有名アイドル商法がスタートするのでは…と言う事が許せなかった。

 

 セナ達が向かって いる頃、アヴェンジャーと戦っていた黒沢達だったが、結果は予想外の物となっていた。

「戦力差が違いすぎ る。物量勝負で来られると、不利なのはこちらだ」

 圧倒的な戦力の 差、100人以上はいたと思われていた参加者達は、いつの間にか黒沢とバスターの二人だけと言う状況になっていたのである。最初のデジタルクリーチャー 500体は撃破したが、その後にも再び1000を超えるクリーチャーをアンノウンが召喚したのである。

「我々、アヴェン ジャーは超有名アイドル商法を復活させる事で日本経済を再び黄金時代に蘇らせようと考えている。その邪魔をしようとしている超有名アイドル規制法案は撤廃 しなければ―」

 アンノウン自身は 戦闘をせず、全てデジタルクリーチャーに任せている気配を見せる。

「超有名アイドル は、知名度や利益を求めているだけの存在、真のアイドルには程遠い存在だ。そんなものを存在させて、日本経済を逆にバブル崩壊と同じ状況にしたのは―超有 名アイドルなのは確定的に明らか。そんなアイドルは日本に不要だ!」

 バスターは、右腕 にエネルギー球体のような物を溜めてデジタルクリーチャーの大軍勢にぶつける。

「まさか、あれほど のパワーを持つ存在がいたとは…少し計算外だったか」

 1000近く出て きた増援を1発で全て吹き飛ばしたのを見て、アンノウンは少し戦略の変更をしなくては…と思い始める。

「これは、一体どう いう事ですか?」

 増援部隊が撃破さ れた頃に現れたのは、何とチェイサーだったのである。チェイサーがアヴェンジャーのメンバーと言うのが、黒沢やバスターに判明する瞬間でもあった。

「チェイサーか、お 前は下がっていた方が良いかもしれない。余計な詮索を周囲にされる可能性があるからな―」

 アンノウンの話を 聞いたチェイサーは、何も喋る事無くこの場から離脱をした。

「チェイサー、ア ヴェンジャーに所属していたとは予想外か―」

 黒沢は言うが、ア ンノウンはチェイサーに関して何も答えるような気配はない。

「超有名アイドルが 今まで日本を支え、日本をここまで導いてきた。それなのに、政府はCDの売り方等で違法な部分があったという理由だけで全てをなかった事にした。超有名ア イドルをなかった事にするなど、今までの音楽業界を支えてきた偉大な人物に―」

 アンノウンが全て 言い終わる前、無数のガンビットがアンノウンに襲い掛かったのである。間一髪のところで回避されたが、意表をつかれたような表情をしていた。

「超有名アイドル商 法は、なかった事には出来ないかもしれない。ただ自分達が1京という目標金額を達成させる為だけに違法とも言えるような商法を展開し、政府に黙殺をさせて いた事も認める訳にはいかない―同じような商法を強いられ、犯罪に手を染めてまでCDの購入資金を調達しようとファンに誘導していた事も―」

 戻って来たガン ビットの先にいたのは、何とセナとツバサだったのである。

「音楽を正しい方向 に導く事、それも私達に託された使命。シオンさんは超有名アイドルが日本だけではなく地球全土を支配する事を恐れて、ミュージックバーストを作り出したの かもしれない。だから、アヴェンジャーのしている事を見過ごすわけにも―」

 セナに続く形でツ バサが主張する。音楽業界に今必要な物、それは―。

「超有名アイドルの 存在こそ、経済を活性化させる唯一の手段。それを世界全土に広めれば、貧困や戦争も止める事が出来る。それが分からないとは言わせないぞ!」

 アンノウンは、懐 に隠していたレーザーダガーをツバサとセナに向かって投げる。

「拙者の存在も忘れ ては困る!」

 2人に迫るレー ザーダガーは、焔が瞬時にして叩き落とした。

「まさか、ここまで 超有名アイドルを全て否定しようとしている物がいるとは―」

 遂に、アンノウン は伝家の宝刀である最終システムを作動させようとスイッチと連動したスマートフォンを取り出した、その時だった―。

 

         5―3

 

《両者とも、今は剣 を収めてもらおう!》

 ミュージックバー ストの規格とは全く別のプランがあったと思わせるスーツデザインに加え、身長は2メートル近く、大型のバックパックに両肩にはシールドのような物が装備さ れている。敵ではないように見える一方で味方と断言できるかと言うと…それも違うと言うのが事実だろう。

「貴様は一体何者 だ!」

 伝家の宝刀を直前 で止められたアンノウンは、彼に対して即座にビームダガーを投げつける。しかし、投げられたダガーは瞬時にしてビーム刃を失い、地面に転がり落ちる。

「お前も超有名アイ ドル肯定派か?」

 バスターは相手が 攻撃を仕掛けるようなしぐさを見せた時にはトマホークを投げようと考えたのだが、スーツの機能が一時的にダウンしてマントが変形不能になったのである。

《双方とも、停戦の 気配はないか―》

 謎の人物が背中に 背負っている大型バックパックが変形し、そこから姿を現したのは小型のタービンを思わせるような物だった。

「あれは、もしかし て…」

 セナはツバサにこ の場から離れるように指示を出した。セナの言う事が正しいと判断した焔も同様に半径1キロ圏内から離脱する事にした。

「あの程度のハッタ リ、この私に通じると考えているのか!」

 タービンを止めよ うと黒沢が謎の人物に向かって突っ込むのだが、タービンが回り始めた時には黒沢は急に倒れたのである。

 

 セナ、ツバサ、焔 の3人が半径1キロ圏内から離脱したのと同じタイミングで、北千住へ現れたのは藍坂だった。しかし、藍坂が突入しようとしていた頃には既にタービンが回り 始めていた時―。

「ミュージックバー ストが動かない?」

 藍坂が突入しよう とした時、ミュージックバーストに関連したすべてのシステムが停止していたのである。この状態では、ミュージックバーストも玩具同様である。

「アーマーが重い… どういう事―」

 黒沢は急に倒れた のだが、それはアーマーの重みで倒れたのである。タービンの回転がミュージックバースト用のアーマーに何らかの影響を及ぼしているのは間違いない。

「これは、どういう 事だ?」

 アンノウンは、周 囲にいたデジタルクリーチャーの様子がおかしくなっている事に気付いた。どうやら、あのタービンが作動している間はデジタルクリーチャーに悪影響が出てい るようにも見えるのだが…。

《わが名はイザナ ギ。超有名アイドルのような利益至上主義や神曲を巡る争いが絶えない音楽業界ではなく、全ての作曲家が利益と言う物に縛られる事のない自由な音楽を作る事 が出来る未来を望む者―》

 気が付くと彼の姿 は消え、機能を停止していたミュージックバーストは再起動をする。

「運が良かったな ―」

 アンノウンは撤退 を開始した。イザナギと敵対する事がアヴェンジャーにとっては不利だと言う事を判断しての撤退かもしれない。

「これで勝ったと言 えるのか―」

 黒沢は歯ぎしりを しながらつぶやく。どう考えても、あの状況ではイザナギの独り勝ちである事は明白である。倒れていた参加者も色々と意見はあったが…それぞれの帰路に付く 事にした。

 

 荒川の河川敷、そ こにはセナとツバサの二人がいた。焔は離脱していた途中ではぐれてしまったようである。二人とも、スーツの上半身だけを脱ぎ、インナースーツ姿になってい る。

「あの力、何か知っ ているのですか?」

 ツバサはセナがそ の場を離脱した方がいいと判断したあの時―何か手回しが良すぎるのではないかと思っていた。

「ネット上でイザナ ギと言うプロジェクトが動いているという噂を聞いて、それから色々と調べて…あのシステムを発見した」

 セナの言うシステ ムとは、イザナギに搭載されているタービンの事らしい。

「あのタービンが展 開している時は、ミュージックバースト及びデジタルクリーチャーは機能を停止する―」

 その言葉を聞いた 時、ツバサは衝撃を受けたような表情をしていた。

「それって、ミュー ジックバーストとデジタルクリーチャーを開発した人物が同じ…という意味なのでしょうか?」

 直球だった。ツバ サの一言で、セナは疑問に思った謎の一つが明らかになった―そんな事を思っていた。