2:ライトニング

 

 8月4日、連勝記 録の途切れた獅燕がいつものゲーセンへ足を運ぶと、既にファイティングアリーナの周辺は満員御礼とも言える状態になっていた。

『ウイナー、本 郷!』

 獅燕がリングに到 着した頃にはラウンド1が終了していた所だった。エントリー選手をモニターで確認すると、本郷と戦っているのはライトニングと言う名前らしいのだが…。

「ライトニングは、 総合格闘技でも小柄な選手として有名だったが―最近になって引退を決意したらしい。一連のファイトマネー未払い事件が表に出た事を嫌っていたようだ」

 獅燕の隣には、い つの間にかメタトロンがいた。彼と獅燕には面識は全くないが、ファイティングアリーナでは面識のない人物でも選手のデータ等を知る為にも一定の情報を入手 する事は不可欠になっている。ゲーム雑誌でファイティングアリーナの特集はある程度組まれても、その情報は他の格闘ゲームと違って古くなっている可能性も あるからだ。

「対する本郷は総合 格闘家だが、彼の場合は趣味でファイティングアリーナを始めたらしい。クローム等の団体をPRする為にエントリーしている選手とは理由が違うが―」

 メタトロンの話を 聞いている間にラウンド2は終盤に突入していた。体力ゲージ的には本郷が有利のように思えるが、一発逆転もありえる状況だけに油断は出来ない。

「これならば!」

 ライトニングが 放ったのは、カウンター気味のパンチである。これを回避する際に足を滑らせて体勢を崩した本郷は、その後の怒涛とも言えるラッシュ攻撃に耐えられずにダウ ンする。

『ウイナー、ライト ニング!』

 

 ライトニング―彼 が格闘技界を引退した理由には諸説存在するが、その中でもネット上で話題だったのは…。

【ファイティングア リーナに総合格闘技の数団体が資金援助の見返りに何かを得ている】

 このような週刊誌 の記事を見てから…と言われている。当然だが、両社とも提携関係はあったとしても裏金のような物は存在しないと否定をしている。

「そろそろ、時間か ―」

 運営委員会ビル内 にあるサーバー室、ここでは主に試合動画を録画する為のサーバーが無数に存在する。それ以外にも、試合の各種判定を行う為のコンピューターや試合会場のシ ステムサーバー等を全て管理しているファイティングアリーナの心臓部とも言える部屋である。そんな部屋に、スタッフとは別の背広を着た人物が携帯電話を片 手に誰かと連絡を取っている。

『奴は色々と知り過 ぎた。その為にも、ここで消えてもらう必要性がある―』

 そして、サーバー が急に停止、その代わりに別の何者かが用意したダミーサーバーが動き出した。

 

「かわされた?」

 ラウンド3、試合 開始30秒が経過した辺りでライトニングの放ったパンチが本郷に回避されてしまう。それをチャンスと思った本郷はローキックをライトニングに放つ。その ローキックを受けたライトニングに異変が起こったのは、ローキックが命中してから数秒後だった。

『クリティカルフィ ニッシュ!』

 システムナレー ションから、全く聞き覚えのないような用語が出てくる。これには、何かあったのでは―と。その一方で、こういったギャラリーの声もあった。

「ファイティングア リーナにも対戦格闘ゲームにある一撃必殺技システムが搭載されていたとは―」

「もしかして、バー ジョンアップか?」

 格闘ゲームによっ ては、この必殺技が命中すればラウンドが決まると言う一撃必殺技が存在する。しかし、ファイティングアリーナに実装されたという話は聞いていない。

『ウイナー、本 郷!』

 わずか1分も経過 せずに本郷の勝利に終わったのだが、本郷自身が異変に気付く事は全くなかった。ライトニングの様子がおかしいと感じたメタトロンは選手用入口から彼の元へ と走り出した。それを見た獅燕も一緒に同行する。

「大丈夫か―?」

 メタトロンの声を 聞いてライトニングが立ちあがる。意識ははっきりしているが、足の方がふらついているように見える。

「本来のファイティ ングアリーナは、リアルダメージ緩和のシステムが動いているはずなのに…」

 獅燕は周りの様子 を見て、何か異常を知らせるサインが出ていないか確かめるが、特に異常を示すような表示は見当たらなかった。

「本来であれば、 ファイティングアリーナにはシステムの異常があった場合にはモニターにエラー内容が出るような仕組みに―」

 しかし、モニター も正常に動いており、今回の一件は別の箇所に原因があるのでは…と獅燕は思っていた。

 

 ライトニングがメ タトロンの呼んだ担架で運ばれ、彼は病院へと向かう。ゲーセンの前で救急車が止まっている光景を見て、外には野次馬が群がっているのだが…。

「急いでいますの で、道を開けてください」

 救急スタッフが野 次馬に道を開けるように指示する。その後、救急車がサイレンを鳴らして病院へと向かう。

「救急車って、何が あった?」

 野次馬の半数は、 そう思っている。ゲーセン内で不良のケンカ等でもあったのか…そう思っている人物が多数を占めている。

「警察もいなかった から、事件性は―」

 野次馬の男性が言 うと、確かに救急車は走り去っていったが駐車場にパトカーやバイクが来ているような様子はない。それを聞くと野次馬は次々とゲーセンを後にした。

 その状況を見てい たのは、野次馬の一人でメイド服にロングヘアー、長身で3サイズは上から84、60、80…。

「面白そうな展開に なって来たわね…」

 彼女はメガネを外 し、ゲーセンの中へと入っていく。特に店員に呼び止められるような様子は全くない。

 

「何がどうなっ て…」

 本郷は、今になっ て現在の状況がどうなっているかを理解した。ローキックがライトニングに直撃したのは分かっていたが、それが致命傷になっていたとは…。

「何だ、あの女性 は…」

 1メートル70セ ンチ位のフェンスを飛び越えて来たのは、メイド服姿の女性である。

「あなたが、先ほど の試合の勝者―」

 彼女の眼は本気 だった。どうやら、本郷を潰す気でいるような…そんな目をしている。

「何処かで見覚え が…?」

 獅燕は彼女の姿を 何処かで見た覚えがあった。ファイティングアリーナとは別の何処かまでは特定出来るのだが…。

「あれは、フリーズ じゃないのか?」

「ランキング上位に 迫っている、あのプレイヤーの事か―」

 ギャラリーは彼女 がフリーズだと指摘しているのだが、獅燕にとってはフリーズと言う名前よりも…。

「思い出した! 複 数の格闘ゲームで中級ランクまで到達しているオールラウンダープレイヤー…白銀零(しろがね・ぜろ)か」

 白銀零、フリーズ の別ゲームでの名前なのだが実は本名ではなく、これもハンドルネームのような物として扱われている。

「他の格闘ゲームで はオールラウンダーかもしれないが、ファイティングアリーナは甘くないぞ…」

 本郷の言う事も一 理ある。他の格闘ゲームでは実力を発揮しているプレイヤーでもファイティングアリーナでは勝手が違う為に挫折するプレイヤーは少なくない。総合格闘技の選 手がファイティングアリーナで苦戦しているのと原理は一緒―。

「さて、それはどう かしらね…」

 両手を組んで仁王 立ちの体制になっているフリーズは、右足を蹴って軽くジャンプをする。そのはずみで、スカートの下からアサルトライフルが姿を見せる。

「銃火器って反則 じゃないのか?」

「殺傷能力がなけれ ば、反則じゃないが―本気で使う気なのか?」

 ギャラリーからは 銃火器を使う事に対して反対的な意見が飛ぶ。

「これは本物の弾丸 を撃つ物じゃなく、BB弾を撃つ物…。でも、今回は弾も持ってきていないから、これは使わずに―」

 アサルトライフル をすぐにスカートの中にしまい、フリーズが次に取り出したのはトンファーだった。

「こっちを使わせて もらうわ!」

 フリーズはトン ファーを構え、臨戦態勢に入る。

「確かに、武器は運 営委員会が認めている物ならば問題なく使えるが…その程度の武器で俺に勝てると思っているのか?」

 本郷もファイティ ングポーズを取り、ラウンド1のゴングが鳴り始めようとしていた。

 

「おいおい、武器あ りと武器なしじゃハンデが違いすぎないか?」

「あれでは、ハンデ にはならない。最終的には場数慣れをしているかだな―」

 ギャラリーもフ リーズではなく本郷有利と思っている物が大半である。

「そう言えば、他の 試合動画で刀とか使っている奴もいたが…武器の使用って何処までがOKなのか?」

 そんな悩みを抱え るギャラリーの質問に答えたのは、何と意外な人物だった。

「手持ち系の武器 は、基本的に長さ250センチメートルが基本として殺傷能力を持っていない事が原則。鞭等の振り回す系統やハンマー等の重量がある物を持ち込めば反則負け 扱いになる。携帯ストラップ付きの携帯電話でもハンマーのように扱う事も可能な理由で携帯電話は持ち込めば、即時に反則―」

 ハンドブックを片 手に、獅燕がギャラリーの質問に答えているという珍しい光景がそこにはあった。

「ダーツ等の先が鋭 い物、ハサミやカッターナイフ、包丁等も持ちこみ禁止。特に包丁やカッターナイフは持ちこみがスタッフに発覚した場合にはライセンス停止処分、悪質な物と 判断されればライセンスはく奪及び再発行不可能の処置がとられる。選手入場口には金属探知機も付いているから、下手に何か持ち込もうとすると反応するかも しれないけど」

 金属探知器に反応 しない物でも、石類や角材等の殺傷能力を持っている物が持ちこまれた場合にはスタッフがサーバールームから指示を出して、試合を止める場合もある。運営委 員会が一度認めた物でも殺傷能力に値する物があると認められた場合は、再提出が必要となっている。武器使いは素手で戦う格闘家等よりも厳しいチェックがさ れている証拠である。

「だからと言って、 素手で戦う場合でも反則を取られる場合は当然あるけど―」

 獅燕が言いだそう とした所でラウンド1が始まった。

 

 観客は想像を絶す る結果を目の当たりにして立ちつくすしかなかった。何と、フリーズがストレートで2ラウンドも先取したのである。最初は本郷有利と思われていただけに観客 もこの結果には―。

「獅燕以上のプレイ ヤーが再来…なのか?」

「この結果はどう なっている―」

「まさか、意図的な 仕様?」

 ギャラリーからも 色々な声が聞かれた。そんな状況の中で現れたのは、意外にもメタトロンだった。

「ファイティングア リーナをプレイする事に関しては、今回が初になる。しかし、他の格闘ゲームでは―」

 メタトロンの口か ら予想外の言葉が飛び出した。何と、彼女は今回が初プレイだったのである。今回までプレイ歴がないのは、武器の申請許可に時間がかかったのが原因のようだ が…。

「それだけのネーム ドプレイヤーが、ファイティングアリーナに今まで参加していなかった。その理由は…」

 敗北した本郷は、 フリーズが初挑戦のプレイヤーだと知って驚いた。トンファー等の武器は使うものの、動きに関しては格闘家等と違いが見られない。唯一あるとすれば、彼女が 使っている必殺技なのだが―。

「まさか、あの格 ゲーに出てくる必殺技を再現しようと考える人間がいたとは…」

「確かに、あの技は アリだな…ルール的にも問題はない」

「ゲーセンの天井に 当たって自滅すると思ったら、ちゃんと調整していたのか」

 ギャラリーから 様々な話が出てくる。どうやら、別の格闘ゲームに出て来た技らしい。

「エクスカリバー… 確か、3連続サマーソルトキックを出す超必殺技だったか?」

 フリーズのラウン ド2を決めるきっかけになったエクスカリバー…メタトロンも別の格闘ゲームに出て来た必殺技でフィニッシュを決めるとは…と驚いていた。

 

 その後、フリーズ 本人からもファイティングアリーナは初挑戦である事が語られた。本郷も最初は本人の証言にもかかわらず、信じられないような表情をしていた。

「この試合…別の ゲーセンで行われていた物だが―」

 その一方で、別の 試合が速報されているモニターを見て歓声を上げている人物が何人か目撃された。

「月風って、プロボ クサーだよな…?」

「タイトルを持って いるボクサーを倒す位の実力者なのか―」

「クロームが獅燕に 倒された時よりも衝撃度は高いな」

 速報されていた試 合は、ランキング3位のランスロットが勝利した試合なのだが対戦相手の名前を見て、ギャラリーが驚いていたのである。

「月風と言えば、日 本でベルトを維持しているプロボクサーか。ファイティングアリーナに参戦していたのか?」

 メタトロンも月風 のような大物がファイティングアリーナに参加する理由に疑問を持っていた。

「クローム等のよう に格闘技団体のPR目的で参加する選手や、本郷のように趣味で参加する者、その他にも自分を磨く為に参加する者等…ファイティングアリーナにエントリーし た目的や理由は人それぞれだろう。中には自分と戦おうと―」

 獅燕が何やら意味 ありげな発言をする。自分と対戦する為にファイティングアリーナにやってくる者も少数だが存在する…というらしい。実際に獅燕が200連勝をする前には当 日ライセンスで対戦しようとする腕に自信のある人間が彼女に挑み、最終的には敗北していった。

「あの月風も…目的 は同じなのだろう?」

 メタトロンは獅燕 に問いかけたが、答えが出るような様子はなかった。

 

 時間は8月1日ま でさかのぼる。月風がジムオーナーにファイティングアリーナへの参加を認めるように交渉をしていたが、失敗に終わっていた。

「ファイティングア リーナには、既に総合格闘家や柔道、空手の有力選手等も続々とエントリーをしている。そこへお前が行った所で勝ち目があるとは到底思えない―」

 ジムオーナーも反 対したが、それ以上に現役プロボクサーである月風が負けたという話が海外へ飛び火したとなれば一大事になる事は間違いないだろう。下手をすれば、ベルトの 返還を求められる事態にもなる。

「俺は、自分の腕を 試したいと思っている人物がいる…」

 そう言い残して、 月風はジムを出て行ったのである。その様子を外で見ていたのは、意外な事にランスロットだった。

 

 8月2日、スポー ツジムのトラックでランニングをしていた月風は、ベンチに座っていたランスロットと偶然遭遇した。

「ファイティングア リーナか…止めておいた方がいい。今のお前ならば、負けた場合にはチャンピオンの座をはく奪される―」

 ランスロットは月 風がファイティングアリーナへ参加を考えている事を聞いたが、下手に現役王者が参加し、敗北でもしたら…と心配をしていた。

「知り合いに試合の 動画を見せてもらい、そこで獅燕の存在を知った。あの動きは本物を超えている。彼女を倒せば、今後のボクシング界を背負う程の存在になる事も可能になるだ ろう―」

 しかし、月風はラ ンスロットの忠告を無視して話を続ける。獅燕の存在は、他の格闘技界にも大きな影響を及ぼしている―と、最もランスロットが懸念している事が起きたのであ る。

「そこまで獅燕と戦 うと言うのなら止めはしない。しかし、この私に勝てたら―の話だ」

 そこで、ランス ロットは一つ条件を出す事にした。もしも、ランキング3位である自分に勝てたら、ジムオーナーに月風の参戦を許してもらうように交渉する…と。

「負けた場合は、 ファイティングアリーナに参加するのは止めてもらう―」

 ランスロットが出 した条件で、月風はファイティングアリーナでランスロットと戦う事になったのである。その日程は…。

 

 月風は、どうして 自分がリングに倒れているのかが分からなかった。試合の結果はストレート負け。まさか、ランスロットがかなりの強豪であるという事に全く気付かなかったの は誤算だった。

「あの時に優勝でき なかった悔しさが…自分をここまで強くした。それだけだ―」

 ランスロットはリ ングを後にする一方、月風は担架に運ばれる形で、そのまま救急車へ直行となった。

「ファイティングア リーナは、確かに見た目は無差別級の総合格闘技に見えるかもしれないが…実際は、かなりシビアな戦いなのかもしれない」

 ランスロットがつ ぶやくと、彼女もリングを後にする。

 

 月風がファイティ ングアリーナでランスロットに敗北した事は、翌日のスポーツ紙でも大きく取り上げられた。相手が同じジムに所属している人物らしいという噂もあったのだ が…女性格闘家に敗れた事はボクシング協会としても非常に遺憾だった。その後、記者会見でタイトル剥奪に関しての質問が出て来たのだが、即座にはく奪には ならない―という質問の回答をした。

 

「これは獅燕の時と 違って大変な事になりましたね―」

「既にプロ野球、プ ロボクシング、柔道、陸上競技、剣道など―さまざまなスポーツ団体から今回の月風に関する一件への回答を求める質問状が多数寄せられています」

 運営委員会では、 今回の一件に関する質問の回答をどうするか…という緊急会議が行われていた。しかし、この場には何故か忠勝の姿が見当たらないのである。

 

「会長、よくいらっ しゃいました―」

「例の一件、大変 だったでしょう」

 その一方、北千住 にある総合格闘技団体のビルでオーナーと話をしていたのは、忠勝だったのである。何故、彼が総合格闘技団体と今のタイミングで接触をしたかは不明である が、月風の一件に関して話を聞く為と思われる。

「今回の要望書を受 け、プロスポーツ選手は別のリーグを作成し、そちらで試合を行うような案も作成中ですが、そちらとしてはプロスポーツ選手よりも獅燕やランスロットに代表 される上位プレイヤーと戦いたい―と」

 どうやら、総合格 闘技団体としてはプロスポーツ選手と戦うよりも、獅燕やランスロット、チーフに代表されるプレイヤーと戦う事を望んでいるらしい。プロスポーツ選手が引退 後に格闘技への道へ進むケースも存在する為に、団体側としてはプロスポーツ選手中心のリーグよりも、ファイティングアリーナ独自のランキング戦の方が良 い…という考えらしい。

 

 月風の一件を受 け、事務員はデータの整理をしていた。そのデータとは、忠勝が今までに関係した業種等をまとめた物だが…。

「やっぱり…そう言 う事だったのね」

 事務員は、この事 をある人物に伝えなくては…と思っていた。しかし、自分が直接渡せるようなタイミングと言えば…。

「これは、上手く利 用出来そうね―」

 事務員が机に置か れていた書類に目を通して、これならば怪しまれる事無くデータを渡す事が出来ると確信した。

【ファイティングア リーナにおける実況及び解説担当の人員について】

 書類の1ページ目 には、そんなタイトルが書かれていた。

 

 さまざまな人間が 色々と動く中、8月13日には実況及び解説者を一部ゲーセン限定で取り入れる事を発表した。これによって試合動画以外にも直接ゲーセンに来てファイティン グアリーナを感じて欲しい…という事らしい。

「これは面白そうだ な…」

 ギャラリーも新た な試みに関して関心を持っているようだ。実況は午前10時の試合から…と書かれている。

『さて、本日もファ イティングアリーナをご覧いただきありがとうございます。本日より新規イベントの一つとして、実況及び解説が追加される事になりました。実況担当は―』

 リング外の実況席 に現れたのは、何とライトニングだったのである。解説には不定期で実際のプレイヤーやプロ格闘家等のゲストを交える事になっているが、今回は偶然居合わせ た獅燕を解説代理にする事にした。

『実況及び解説が実 装されるに当たって、人選を調整していた運営委員会が選んだのが自分とは―非常に驚きました。そして―』

 ライトニングが実 況及び解説に関しての説明を行う。実況及び解説がついた事で観戦料を取るような事はせず、無料で開放する事を発表、更には実況に自信のあるユーザーが日程 さえ調整出来れば実況及び解説に名乗り出る事も可能である事が発表された。

『なお、実況及び解 説に関しては18歳以上のファイティングアリーナに興味のあるプレイヤーに限定となっておりますが―』

 実況及び解説は 18歳以上という制限がつくらしい。実際、出演料として若干ではあるが金一封が贈られると言う事も理由の一つだろうか。余談だが、ライセンスに関しては 18歳未満でもメディカルチェックでOKが出ればライセンスは発行される。

『今回は、このゲー センでは初登場となる選手も何人かいるようです。これは、白熱した試合を期待出来るでしょう―』

 ライトニングの実 況は続く。そんな中で最初に現れたのは本郷だった。ランキングではプロ格闘家の中では一番上…と言っても30位付近を往復しているという状況だが―。

『続いて登場したの は、ランキング10位のエクシア選手です。先行稼働ではプレイした期間やランキング集計の都合で最下位でしたが、正式稼働後はランキング上位勢に急接近し て、遂には上位10人に名前を載せる程の実力者になりました。果たして、今回の試合ではどんな技を見せてくれるのか―』

 ライトニングの実 況が続く中、本郷の目の前に現れたのは、青髪のロングヘアーに右目に眼帯、セーラー服と言う女性だった。しかも、右手にはSF作品で見るようなデザインを したロングソードを持っている。剣先を見てみると鋭さは見当たらない。全体的に玩具の剣等を連想させる。

「本郷ね…。データ を見る限りでは、一応強いけど―今の自分にとって敵ではないかな」

 エクシアが過去5 戦のデータを確認し、今の自分には敵ではない事を認識する。

「相手は武器所有 か…。過去5戦は―!」

 本郷はデータを見 て驚いた。過去5戦は自分が対戦した事もあるムエタイ選手、他にもキックボクシング、元力士という経歴が並んでいる。

「補足があるな…。 格闘技経験者や空手、剣道、柔道家等に対しては天敵とも言える存在になっており、別名を―!」

 エクシアのプロ フィールを見ていた本郷は補足の項目を見て衝撃を受けた。

「自分の事を『格闘 家ハンター』と呼ぶプレイヤーもいるけど―」

 エクシアの一言に 本郷が震えだした。総合の世界でもプロレスハンター等の異名を持っている選手は存在する。しかし、エクシアの場合は対格闘家に関してだけ言えば、その戦歴 は100戦70勝以上…。

「とりあえず、正々 堂々な試合にしよう」

 エクシアの口から 正々堂々と言う言葉が出た時には何かの間違いなのでは…と本郷は思った。格闘ゲームの場合は武器を使った武器格闘というジャンルも存在する。ファイティン グアリーナが対戦格闘ゲームをベースにしている以上は、武器を使うプレイヤーが出てくるのは分かっていたはずなのに―。

『ラウンド1、ファ イト!』

 そして、試合が始 まった。

 

『おおっと、ここで エクシア得意の円月斬が本郷に直撃―。本郷は体力ゲージが残りわずかと言う状況で、どう乗り切るのか―』

 ラウンド1も終盤 に突入し、本郷はエクシア相手に苦戦していた。武器を持った選手とは数回程戦ったが、あれだけの動きをする人物はフリーズしかいない…と考えていた。

『フリーズもそうで すが、エクシア選手の動きは総合格闘技…と言うよりは格闘ゲームのキャラクター寄りの動きをしますね―』

 ライトニングの実 況は的確だった。エクシアは手持ち武器である剣を使用した剣術がメインなのだが、実在するような剣術や剣道等がベースになっている訳ではなく、2D格闘 ゲームの必殺技等が技のヒントになっているような技になっていた。

「円月斬は満月を描 くように剣を回転させる必殺技です。連発でもされれば本郷選手も苦戦確実…と言った所でしょうか」

 獅燕もノリノリで 解説を入れる。この解説を本郷が聞いているかどうかは別として、周囲のギャラリーの反応は良いようだ。中には貴重な情報としてメモをするライセンス持ちも 存在するが…その辺りはファイティングアリーナの名物となっている気配がする。

 

 最終的に本郷はエ クシアにストレート負けとなる。手数としては本郷の方が上だったのだが、それ以上に的確にカウンター等を決めたエクシアの方が一歩上だった。

「もうちょっと強い と思っていたけど…この程度なのか―」

 エクシアの方は、 汗を一つもかいていない余裕の表情を見せる。格闘技ハンターの別名はだてではないと言った所か。

「まさか、立て続け に―」

 フリーズに続き、 エクシアにも敗退した本郷、ランキング降格はスコア差の影響等で回避されたが、表情は降格が決まったのと同じ位に暗い物だった。

『物凄い試合でした ね…。第2ラウンドで見せた居合斬り…あれは見ている側からしても驚きましたが、どういう技なのでしょう―』

 ライトニングが獅 燕に今回の試合を決めた技に関して解説を求める。

「あれは一閃と言う 物で、カウンター狙いの技だったと思います。本郷選手の敗因は一閃の構えを見た時に無警戒で飛び込んだ事が最大の敗因だったと―」

 獅燕はエクシアの 必殺技等を研究していなかった事が、無警戒で飛び込むと言う行動になったのでは…と解説する。

 

 実況解説に関して は半数以上が好評と太鼓判を押す結果となり、その他のデータ修正等も含めて、今後の改善に生かすと言う方向になった。

「後は、例の大会を 残すのみ―」

 忠勝は格闘神の予 選対象にならなかった事に対する対案を実行に移そうとしていた。