0: メモリーランナー

 

西暦2009年、音楽業界は冬の時代を迎えてしまっ た。この世界は一握りの政治家のお気に入りとなったアイドルだけが歌番組で歌を歌う事、CDショップでCDを売る事を許され、それを認め られなかった大勢のアイドルや歌手は歌を歌う事を辞めた。

その状況を重く見たゲーム会社は、メッセンジャーと 呼ばれる生身の宅配業者に楽曲を保存したメモリースティックを託し、それを動画サイトのビルへ直接届けると言う案を動画サイト側へ提案、 その提案は動画サイト側の意見を取り入れる事で、メモリーランナーという新業種としてスタートした。

『サ イハ、あなたの目的は動画サイトのビルにメモリースティックを届ける事。途中では楽曲を奪う為に雇われた用心棒が待ち受けているかもしれ ない。それでも、音楽業界の為にも―』

  ビルの屋上でタンクトップにスパッツ、耳には特殊な無線型ヘッドフォンをした一人の女性が、オペレーターの指示を聞いていた。

「ネッ トで流すと、楽曲のデータを盗み見て管理局に登録される―楽曲を1曲発表するのにもアナログな手段を使うとは…世の中も変わったのね」

  サイハと呼ばれた女性は思った。ネットに上げただけで他人が楽曲を盗み見て、それを自分の曲として登録、本来の作曲者が盗み見た人間から 楽曲の盗作扱いを受ける―そんな音楽業界になった事を彼女は許せなかった。

「こ れも、正しい音楽業界を取り戻す為の戦いなのかもしれない―」

  そして、サイハはビルからビルへと飛び移りながら目的地である動画サイトのビルへと向かう…。

 

『ハ イパーグローブとブーツを作ってみた』

  突如として、ゲーム画面とは別の画面が現れ、そこには手作りしたと思われるグローブとブーツの写真が映し出されていた。

「皆 さん、こんにちは。技術部でもとんでもない物ばかり作っている人です。今回は、最近プレイして面白そうなゲームだなぁ…と思ったメモリー ランナーに登場する―」

  写真が写っている画面のまま、先ほどのサイハとは別の三つ編みにメガネ、作業着という女性が現れて進行役をする。彼女が技術部の中でもと んでもない発明ばかりをする蒼騎飛翔(あおき・ひしょう)で ある。

『ま たお前かwww』

『技 術部タグ特定余裕でした』

『メ モリーランナーのグローブなんて本当に作れるのか?』

  そんなコメントが画面を埋め尽くす。流石に弾幕と呼ばれる状態ではないが、大体は飛翔のトンデモ発明では…と予測していた視聴者が大半 だった。

 

「実 際に、このグローブで壁に張り付く事が出来るのか、実験しようと思います。これは地元の消防にも許可を得てやっている事ですので、皆さん は絶対に真似をしないでくださいね」

  相変わらずの飛翔の台詞に、視聴者のコメントも―。

『真 似は不可能だと思う』

『相 変わらずのノリでワロタ』

『wwwwww』

  そんなコメントで画面が埋め尽くされる。

「こ のグローブとブーツがあれば、ビルの壁等も…ご覧の通り!」

  グローブで壁に張り付き、その後に飛翔はブーツで垂直に壁を登っていく。

『特 許取れるレベルじゃねぇか』

『こ れだけの物を公開して大丈夫か?』

『彼 女に常識は通用しないのか』

  この動画を見ていた一人の男性は何かを確信していたようだった。