5:政府の動き  事件の翌日、今回の一件に関する臨時集会が行われた。リボルバーの発言は全て誤報であるという事を報告する事で全会一致となったのだが、もうひとつ、気になる事項が浮上した。 「この写真の出所を知りたいのですが…」  議員の一人が提出した数枚の写真、そこには事件当日に現れたロボットと交戦しているリボルバーが写っている。この議員が問題としているのは、写真に写っていた数人のパイロットの顔が議員にも見覚えのある人物だった事である。 「我々もテストパイロットがロボットの運用に関わっていると思って許可を出したはずなのですが、いつの間にかラクシュミの選抜メンバーが乗っていたというのは―」  写真に写っていたパイロットは、何とラクシュミのメインではない選抜組のメンバーだったのである。これは、どう考えても事態急変以前の問題になる。 「この写真の事実が明らかになれば、我々が上手くコントロールしている音楽業界がラクシュミの都合だけで意図的な操作をしているという思い込みが広まり、他のジャンルにまで影響が拡大するのは必至―」  写真を提出した議員が説明をしている途中で、総理秘書が血相を変えて会議室に入ってきた。 「実は、既に先手を―」  秘書が周囲の議員に説明をする。今回の写真だけではなく、それ以外の機密書類を含めたラクシュミ関連情報がリボルバーのホームページを通じて公開されていたのである。 「しかも、一部の情報はごく僅かの議員しか知らない機密情報も入っています。このままでは国会の進行にも支障をきたすレベルの問題になるのは確実―」  秘書の話を聞いた総理は、誤報である事実は変わらないとしてリボルバーの言葉に耳を傾けないように…と国会内で演説する事で事態の収拾を図る事にした。  臨時集会の翌日、週刊誌はラクシュミに関する一連の報道に裏があるのでは…という記事がトップ記事になっていた。これは、一連の事件に関して政府への不信感、CD等の売れ行きがJ―POP限定で大幅に低下した原因なのでは…と言われている。この現状を見た政府は報道がリボルバー寄りとなっている週刊誌やテレビ局に対して警告文書を送る等の対策を行う事にした。 「他の芸能事務所が置き去りになっているのは事実か。リボルバーと政府の一件に関しては一筋縄では―」  勤務先でロックがスポーツ新聞をチェックしつつ考えていた。今の税収は5割以上がラクシュミをはじめとした一部芸能事務所からの税収で成り立っている。ここでラクシュミが解散という状況に陥ったら、赤字国債1500兆円をどうやって処理していけばいいのか…という事になる。政府としてもラクシュミ解散の穴を消費税等で埋めるような手段を取る事になれば、国民の政府に対する批判が続出、やがては無政府状態になるのは確実である。 「リボルバーが音楽業界を変えたいと言うのであれば、自身が曲を作ってラクシュミとCDの売り上げで勝負をすれば―というのも無理があるのか」  リボルバーは、いつの頃からか歪んでいた音楽業界の現状を変えようと考えていた。それを形にしたのが、ホーリーフォースだったのかもしれない…とロックは考えていた。  しかし、彼女の歌唱能力は大物アーティストには到底太刀打ちできない。仮にラクシュミに売り上げでCDチャートの第1週で勝ったとしても、次の週で大物アーティストがCDを出せば首位落ちは決定的だろう。  その一方、ホーリーフォースの事務所では予想外の事態に周囲は困惑をしていた。事の発端はリボルバーのホームページに書かれていた情報なのだが…。 「ホーリーフォースに複数の芸能事務所が関係している話は聞いた事がありますが、これはどういう事でしょうか―」  ホーリーフォース創設当時に関係したとされる芸能事務所のリストをスタッフの一人がリボルバーのホームページを閲覧している際に偶然発見したのだが、そこに書かれていた芸能事務所に見覚えのある名前があった。 「ラクシュミ…だと?」  ミカドも知らされていなかった衝撃の事実とは、ホーリーフォース計画にラクシュミの芸能事務所が関係していた事だったのだ。 「まさか、ラクシュミの芸能事務所が計画に関わっていた事実をミカドさんも知らなかったとは―」  男性スタッフの一人もショックで倒れそうになっていた。それ位に衝撃的な出来事だったのである。まさか、政府公認アイドルのラクシュミがホーリーフォースにも間接的に関係していたとは…。 「そうなってくると、以前にネットでも言われていたラクシュミのテストケースとして運用しているホーリーフォースと言う例えも嘘ではなかった…と言う事でしょうか?」  フリーズはミカドに意見をぶつける。他のスタッフも同意見のようだ。 「確かに、テストケースである事はその通りとしか言いようがない。以前、この場に七那君がいた時に話した事もあったが、ここまで事態が急変した以上は隠す必要性もなくなったのかもしれない―」  遂に、この状況では一部だけを隠し通す事も不可能と判断し、ミカドはフリーズ達にもテストケースに関しての事を話した。 「政府がラクシュミ2軍や候補生メンバーをホーリーフォースに回していたのは―」  ミカドから聞いた事実を聞き、そこまで赤字国債を減らすのを優先にしたいのか…とフリーズは思った。1500兆円に及ぶ赤字国債を減らすのにも、国民負担を増やすような安易な増税という手段だけは取りたくないのが現状だった。しかし、これが今の政府のやろうとしている事なのだろうか。 「リボルバーは、初期の研究にも関係していた事もあって、他のスタッフ等が知らない裏事情も把握しているだろう。それらを全て表向きにする事で政府のやろうとしている事を国民に知らしめるつもりだろう。だが、それは逆にラクシュミに依存している芸能界や音楽業界を一気に衰退させる事も、おそらくリボルバーは知っている―」  リボルバーの狙いが今回の情報公開によって今まで不明確だった部分も少しだが分かり始めて来た。ミカドは、リボルバーがどのタイミングで未だに持っていると思われる隠し玉を出すのか…それが気がかりだった。 「向こうも根拠のない事実は否定するでしょうし、リボルバーの心理作戦と一蹴する部分もあるでしょう」  フリーズの言う事にも一理ある。政府に不信任を突き付けるにしても、リボルバーの掲げる音楽業界再編に反論するにしても、お互いに残しているカードがある状態では行動が取れないのは事実である。  事件から数日経過した頃、政府は一連のリボルバーが発表した情報を『リボルバーの心理作戦』であると改めて発表した。事実かどうかという点も含めて証拠不十分というのも理由の一つだが、それ以上に一部の芸能事務所から仕事のキャンセル要請が出たという事が最大の理由と思われる。 「こうなってくると、問題なのは税収という所でしょうか?」  事務所でテレビを見ていたフリーズは、テレビの記者会見を見ていたスタッフとミカドに質問をする。 「音楽業界自体も売り上げ至上主義や名声を得る為だけの道具になり下がっている傾向があったからな。これは、ある意味で試練と言えるかもしれない…」  男性スタッフの一人がフリーズの質問に答えた。それを聞いたミカドは何かを思い出したかのようにテーブルにあった雑誌に手をかけた。 「そう言えば、ラクシュミとは違うアーティストの話だが、こういった事件があったのを思い出した。事件は既に解決済みだが…」  その雑誌には、過去に音楽管理ネットワークと言う音楽の電子図書館に当たるデータ管理サーバーに多数の楽曲を登録していた芸能事務所が書類送検を受けたというニュースが載っていた。 「これって、どういう事ですか?」  フリーズの声が若干震えていた。この記事には、有名動画サイトで楽曲を作成していた人物の楽曲と酷似した曲を発表したアイドルグループが、動画サイトにアップされる前の楽曲をネット上で発見、その曲を動画サイトでアップされる前に音楽管理ネットワークに登録し、楽曲の使用権利を不正に得ていたという物である。 「音楽管理ネットワークに登録されれば、その楽曲は日本政府によって厳重保護、芸能事務所には楽曲の売り上げによって所得税等の優遇が得られるという話だった。しかし、この件は楽曲登録の早い者勝ち等の部分で同人作曲家等の指摘で大幅改定されたはずなのだが―」  ミカドは当時の一件に関して一部を省略してフリーズ達に説明する。そして、フリーズは音楽管理ネットワークの存在を知った事で日本政府が音楽業界を厳重管理しているという事実を改めて知ったのである。 「これが、後にサウンドランナー事件と呼ばれる事になる事件の表向きで発表されている一部―。リボルバー自身は、この事件に関しては関係していないが、七那が過去に中心部にいた事があった―」  そして、ミカドは七那が過去にサウンドランナー事件に関係していた人物の一人だと言う事を話した。  政府がリボルバーの一件に関して記者会見を行っている頃、瀬川は朝から新聞社や出版社を複数訪れていた。その目的は、自分が調べていたスクープを見てもらう為である。 「やっぱり、ラクシュミの名前が出てくると何処も取り合ってくれない。それほど、あの芸能事務所が出版社にも何か条件を出している―」  瀬川はふと思った。ラクシュミのメンバーが表紙を飾った事のある週刊誌を持つ出版社がラクシュミの不利になるような記事を載せないのには何か理由があるのでは…と。例えば、載せた場合には今後の特集記事に関して掲載許可を出さない、表紙のグラビア依頼があっても許可を出さない…その辺りか。 「危険は承知で、彼女に接触するしか方法はないのか」  しばらくして、瀬川は草加駅近くにあるリボルバーの事務所前にいた。ここには再び足を踏み入れる事は決してないと思っていたのだが、背に腹は代えられない―瀬川は目の前にあるドアをノックした。 「想定外の客人が来たか。例の実験は個人的にもすまなかった―そう思っている」  ドアをノックして現れたリボルバーは、瀬川に対して平謝りをした。自分も実験に関しては色々あったのだが、今は後悔という物を感じていない。ラクシュミの一件に関して断ち切る事の出来たのも、リボルバーに出会ったからである。 「冷蔵庫に飲み物がある。好きな物を取っていって構わない―」  リボルバーの好意を受け取る事にし、瀬川は冷蔵庫からペットボトルコーラを1本取りだした。 「そう言えば、例の記者会見は―?」  瀬川の口調が急に変わった。例の記者会見とは、リボルバーの情報を心理作戦と一蹴した政府の記者会見である。 「あれは茶番―。あの記者会見にいちいち突っ込んでいたら、こっちの身は持たないだろう。政府も切り札は残している関係で、こちらの出方を見ているが現状…。自分が持っている切り札を待っているのだろう」  そんなリボルバーに瀬川はカバンから原稿の入っているDVDを取り出す。ラベルには【ラクシュミプロファイル】と…。 「それを渡しに来た…と言う事ね」  リボルバーは何も言わずにDVDをパソコンに読み込み、そこに書かれている事実を見て衝撃を覚えた。 「これは、独自で集めていた情報以上の内容が書いてある。それに…」  リボルバーは独自の情報網でラクシュミを取り巻く周囲についてと音楽業界を調べていたのだが、肝心な切り札と言えるような物は未だに持っていなかった。この情報があれば自分の手持ち情報と併せて決定的な証拠をつかんだ事になる―リボルバーは確信した。 「これがあれば、日本政府がどれだけ赤字国債の償却に固執していたかの理由が―」  リボルバーは瀬川が帰った後にホームページの更新を行っていた。  夕方、自宅に戻った瀬川は1枚のアルバムを取りだし、それをずっと見つめていた。 「ここまで変わり果てる前に、どうして気付かなかった―」  瀬川は泣いていた。取り出したアルバムは自分がリーダーを担当していたラクシュミのアルバムである。今では、プレミア価格が付いてオークションでも売買されるような物である。それをラクシュミ商法に対して敵意を持っている今でも大切に保管していた。 「全ては事務所が…違う、ラクシュミ以前からあの商法が存在していたから―」  事務所がラクシュミ以前に別の事務所が行っていた商法を参考にした所、今まで以上にCDが売れ出した事が一つの原因だった。その状況を見た日本政府がラクシュミの芸能事務所に話を持ちかけ、現在に至る。  午後6時頃、国会では情報を整理していた秘書がドラゴンの覆面をした人物と談話室で会談をしていた。その目的は不明だが、総理大臣に関する事でお互いに意見交換をしているように見えた。 「お約束のデータは、既に瀬川さんの元に届いていると思われます。今頃、新聞社等を回って情報を掲載してくれる所を探している事でしょう」  ドラゴンの覆面をした人物の背広には議員パッチが付いているのだが、本当に国会議員なのかも疑わしい。秘書は、そう思いつつも話を次々と進めていった。 「そろそろ、我々としても次のステップへ進まなくてはいけません―」  そう言い残して、ドラゴンの覆面をした人物は談話室を後にした。 「この力があれば、次の…」  カズヤは自宅で強化型装甲のデータを調べていた。本来は男性では実体化しない強化型装甲を初めて実体化した事、それがカズヤにとってはヒーロー&ヒロイン祭りのマンネリ脱却のカギになるのでは…と思っていた。 「だが、今のままでは超有名アイドルと同じ道をたどるだろう。何か、工夫が…」  彼は何かを探す為に、ネットサーフィンを続けていた。