始まりの序曲  2009年7月、ネット上で謎の募集が行われているという情報が話題になっていた。 「ホーリーフォース…?」  その情報を自室のパソコンで確認していたのは、三つ編みにメガネ、作業着を着た長身の女性、蒼騎飛翔(あおき・ひしょう)だったのである。過去にとある事件を体験した飛翔にとっては、ホーリーフォースも同じような存在になってしまうのか…という疑問もあったのだが、一応応募してみる事にしたのである。 「ここが、その会場みたいだけど…」  飛翔がやってきたのは、秋葉原のビル街付近にある高層ビルの1つだった。1階は各種展示品等があるスペースで、そこに強化型装甲の試作型模型やホーリーフォースを組織した理由が書かれたパネル等が展示されていたのである。受付は1階の奥にあるスペースで行われており、そこから2階の面接会場へ向かうようになっていた。 「これだけ大勢の人が来ているとは…予想外だったわね」  飛翔が辺りを見回すと、有名事務所に所属しているグラビアアイドルや新人賞を取ったばかりの歌姫の姿も確認出来る。しかし、実際は芸能人が少数で、半数以上は芸能界とは無縁の人物が多い。そして、飛翔は周囲の様子を見て一つの疑問を抱いた。 「女性しかいない…」  自分を含めて、この会場にいるのは女性だらけである。男性の姿もあったが、面接を受けるアイドルのプロデューサーが同行している等のケースのみだった。ネットでは女性限定とは書いていなかったのだが、何かの見間違いなのだろうか…。  しばらくして、自分の番が来た。面接では主に経歴や特技、ホーリーフォースに合格した時には何をしたいか…と言ったような事を聞かれた。他の芸能人等にも同じような事を聞いているのか…と質問したら、同様の質問をしていると面接官から返答があった。 「君の名前を拝見したが…サウンドランナー事件に関係があるように見えるが―」  髭を生やした男性面接官から自分の名前に見覚えがあるような質問をされた。 「多分、気のせいだと思います。同姓同名の別人と言う事もあるかもしれません」  何とかしてこの場はごまかした。サウンドランナー事件に関して下手に追及されて秘密が流出するのを防ぐ為である。  こうして、自分の面接は終了した。他のアイドル等も数分程度の面接で終了しているケースも多く、それを考えると自分の場合は他のケースよりは若干時間がかかった…と言う事になる。 「ゲームセンターの面接よりは、気が楽だったけど…何だろう?」  面接が終わって、帰宅する頃に感じた違和感。それは、自分がバイトをしているゲームセンターの時よりも達成感と言う物が全く感じられない面接だった事である。  数日後、自分の家に届いた合格通知は予想通りとも言うべき不合格だった。しかし、この会場で行われた面接で合格したメンバーは1%以下と言われ…。 『自分も不合格だった』 『何処かの有名アイドルよりも狭き門』 『ホーリーフォースが何をする為の組織なのか全く見えてこない―』  ネット上でも同じ面接を受けた者同士で情報交換をしているらしく、その掲示板で合格通知を受け取った者は…いなかった。 導入部  2010年、新世代とも言えるようなアイドルが誕生した事を記念して、西暦を日本限定で歌姫歴(ディーヴァれき)と政府が改めたのである。最初はアイドルだけでここまでやる物なのか…と思った。過去にもアイドル関係で大規模な事件が何度も発生した日本でアイドルグループをここまで盛り上げようと考える政府にどんな狙いがあるのか―。  ホーリーフォース、強化型装甲で出来た特殊なアーマーを装備し、ステージで歌を披露しながら戦うアイドルの名称である。特撮作品として有名な超人ブレードシリーズのヒーローショー等をヒントにして作られた…と公式ホームページの記事をまとめたウィキには記載されている。公式ホームページのプロモーションビデオを見ても、特撮ショー以上に派手な演出も存在し、ビームライフルを撃つシーンも存在する。どう考えても実弾を使っていると思われるシーンも数か所で存在しているのだが―。 【PVで使用されている物を含め、全ての弾薬は強化型装甲にしか効果がない材質で作られており、殺傷力は一切ない。刀剣類も展開されるビーム刃部分は対強化型装甲の弾薬と同じ原理で出来ている。こちらに関しても殺傷力は存在しない―】  ウィキの記述を見る限りでは、殺傷力という物が存在しない武器を使用しているとの記述がされていた。確かに、PVで強化型装甲を貫通して身体に刃が当たっているような場面も確認出来たが、相手に刃の傷は付いていない事に加え、血も出ていない。 【斬られれば血が出るのは当然だが、彼女達はリアリティを求めるのではなく、一種のエンターテイメントとしてのショーをホーリーフォースは求めていると思われる。女子プロレスや女子ボクシングのような格闘技としてではなく、全く別の形としての―】  飛翔はホーリーフォースの説明を見て、以前にも似たような物を…と感じていた。それは、飛翔が参加しているサウンドランナーである。サウンドランナーもホーリーフォースのように実際にバトルをする物ではないのだが、エンターテイメントの部分等を含めた細かな部分で似ている個所が存在していた。 「あの時と同じ事が、また繰り返されるのだろうか…」  飛翔は同じような事件が繰り返される事がないように…とホーリーフォースの記事を見て思うのだった。  2010年3月20日、この日はホーリーフォースのダークネスレインボーとナンバー2が登場すると言うステージの日であり、会場となっているドーム球場には既に大勢の観客がやってきている。ホーリーフォースは基本的にビル街や歩行者天国、街中と言ったような場所でステージを行うケースが半数以上を占めている。例外として、観客の数が一定以上を超えると思われる組み合わせに関しては警備等を考慮してスタジアムやドーム球場クラスの会場を使う事になっている。 【ステージ開演中は、携帯電話やスマートフォン等の電波は全て圏外になります―】  入場口に設置されている電子ボードにはアイドルのライブ等では見慣れないような注意書きが多数書かれている。その中でも極め付けなのが、開演中の携帯電話やスマートフォンの電波が圏外になると言う事である。 「盗撮を防止する為か?」 「ひょっとすると、トリックが外部にばれないようにしているのかも―」 「ホーリーフォースがバトルである以上、八百長疑惑とか持たれないように保険をかけているのかもしれない。大相撲等も八百長で大変な時期もあっただろう―」  入場をする前の観客からは色々な意見が出ている。実際、盗撮に関してはトライアルテストの光景を週刊誌にスクープされそうになる場面が実際にあり、情報を保護するという観点で電波遮断というアイディアが採用されたらしい。本当に盗撮だけが目的なのか…という点には未だに不明な箇所が多い。 「確か、ホーリーフォースの公式ホームページで無料配信が―」  飛翔は情報収集の途中だったが、ホーリーフォースの公式サイトを開いて、生放送の中継動画を視聴する事にした。 「電波を遮断しても中継は可能なんて、どんな技術を使っているのかしら」  飛翔は疑問に思った。しかし、ウィキにはホーリーフォースの中継等で使っている電波と遮断される携帯やスマホ等の電波では使用している周波数も異なるらしい。こういったインフラ整備に政府が関係していたとする説も有力だが…。  午後6時、ステージ開演。最初に姿を見せたのは背中にロケットブースター、背広、肩のアーマーと脚部アーマーという異色の外見をした人物である。彼女の名はダークネスレインボーで、現在のホーリーフォースでは上位クラスの人気を誇る人物である。 「あれは…?」  彼女がステージ中央に姿を現し、その直後に上を見ると、そこから現れたのはナンバー2とは全く違うホーリーフォースだった。 「あれって…」 「彼女は今日のステージがないはず―」  観客も別のホーリーフォースの姿を見て驚いていた。彼女が、どうしてこのステージに現れたのか…。 「もらった!」  白銀のロボットに似た姿をした強化型装甲が右手に持っていたライフルでダークネスレインボーに攻撃、その一撃は右の肩アーマーに直撃した。その直後には、爆発が起きたのだが周囲の観客にけが人はなかった。爆発などは全てCGや特撮技術を応用した演出だからである。しかし、今回に限っては若干だが様子が違っていた…。 「あ、あれは…」  観客の一人が、煙の消えたステージに倒れているダークネスレインボーを見つける。まさか、今の一発で…? 「ナンバー5は、この会場で息絶えた。新世紀のアイドルになるのは、この私!」  白銀のロボットから女性の声がする。声の主はフリーズ、以前にナンバー5に敗北をしたホーリーフォースのナンバー9である。コンサート会場に来ていた観客は突如として現れ、ステージの盛り上がりを一瞬にして沈黙させたフリーズに対して恐怖を感じた。 「恐れていた事が、現実に…」  中継を見ていた飛翔は、今の状況がサウンドランナーの時よりも衝撃の度合いが大きいと確信していた。  この事件は、発生翌日から新聞記事でも一面で取り上げられ、TVでも臨時特集が組まれる程の事件となった。これはホーリーフォース計画を推し進めていた日本政府にとっても衝撃的な事件となった。 『3月20日、ホーリーフォースのナンバー5ことダークネスレインボーのコンサート会場に、招かれざる客が出現した。本来であれば正式な申し込みをしたナンバー2と対戦する予定だったのだが、会場に突如現れたのはナンバー9のフリーズだった。原因は不明だが、何者かがスケジュールに変更を加えた説が有力となっている―』  新聞を読んでいたのは野党議員で、一連のプロジェクトに疑問を持っていた人物でもある。 「ラクシュミをはじめとしたアイドルから入ってくる税収だけでは将来の税収不足になる可能性があって計画された物が、まさかこのような事になるとは―」  今回の一件はその日の国会でも取り上げられ、予想されていた事態を回避出来なかった政府を複数の野党議員が批判する。過去にもサウンドランナー事件を含め、多数のアイドルに関わる事件があったが、そこから何も学習をしていない―野党の追及は続いた。 「今回の件に関しては、精神鑑定やメディカルチェック等を強化していた最中で発生した事であり、我々としても非常に―」  官房長官クラスの議員が定例記者会見で今回の一件に関して説明をする。この記者会見はお昼のニュース等でも取り上げられ、ホーリーフォース人気の曲がり角なのでは…と報道番組や新聞等でも大きく取り上げられる事になった。  一連の事件から1週間後、事件の張本人であるフリーズを一時的な活動停止にする事で政府は事態の収束を図ろうと考えていた。幸いな事にダークネスレインボーの怪我に関しては致命的な物ではなく近日中に復帰出来ると言う話だった。しかし、事態は政府等の思わぬ方向へと動き始めようとしていた。 「申し訳ありませんが、思う所があるのでプロジェクトからは引退しようかと―」  秋葉原にあるホーリーフォースの事務所に現れた長髪に背広という服装の女性、ダークネスレインボーでもあったリボルバーの意思は変える事が出来ず、ナンバー5に関しては予備人員不在という事情も踏まえて空席とする事を発表した。 「メンバーが欠員となった以上、援助の件も打ち切られる可能性がありますね…」  ある男性スタッフはつぶやく。今回の事件は、間違いなくホーリーフォースを取り巻く状況を変える物になったのは間違いない。 「それ以上に、ホーリーフォースが他のアイドルに乗っ取りを受けないか―」  別の男性スタッフもリボルバーが抜けた事に対して不安を持っていた。しかし、そんな状況下でも不満そうな顔を浮かべずにリボルバーを見送る人物がいた。スポーツ刈りに背広と言う変わった男性、彼の名はミカドと言う。過去に別の芸能事務所の副社長という役職にいたのだが、ホーリーフォースの総責任者の役を指名され、現在に至る。 「リボルバーが抜けたとしても、新しいナンバー5は本日付で来る予定になっている。書類も、ここに―」  手元にある書類の袋には、とある人物の推薦状が入った履歴書が入っていた。これがリボルバーの置き土産かどうかは不明だが…。 「彼女が来れば、ホーリーフォースも変われるのかもしれないが―」  この後、ミカドも予想していなかった展開を迎える事になる―。