2:ホーリーフォース、その存在意義
西暦2010年、日本では政府公認の変身ヒーローアイドルであるホーリーフォースが一大ブームとなっていた。十人十色のデザイナーがデザ インした強化型装甲で戦い、特撮ヒーローを思わせるようなド派手なアクションパフォーマンスは人々を魅了、個性的なコスプレをしたアイド ルにはファンクラブが複数出来る等の人気となった。
やがて、それぞれのアイドルにスポンサーが付き、ラ クシュミをはじめとしたアイドルにも劣らない人気を獲得し、そのブームは海外にも飛び火しようとしていたのである。
ホーリーフォースの先進国でもある日本では、西暦を歌姫(ディーヴァ)歴と改め、プロジェクト発足となった3月10日を歌姫記念日として国民の祝日とする等の 過熱ぶりを見せていた。
その一方で人気を二分化されたが、ラクシュミをはじめとしたCDチャートをにぎわせるアイドルの人気も健在であり、その人気は未だ衰えを 知らない。逆に、ホーリーフォース人気に付いていけない層を取り込んで人気を維持しているような気配さえ感じる。
しかし、今でこそ人気を誇るホーリーフォースにも苦 難の道はあった。それは、今から2年前の2008年にさかのぼる―。
2008年、日本はラクシュミをはじめとしたアイド ルがヒットチャートをにぎわせる一方で、空前の音楽ゲームブームとなっていたのである。何組かのアイドルグループは曲が全く売れない等を 理由に、ラクシュミ等のグループが進出していない分野である音楽ゲームに足を踏み入れ、そこで再起を図ろうとしていたのだが、現実はアイ ドルグループの不祥事等でブランドイメージに傷が付くのを恐れて採用をしない会社が多数を占めた。
ある芸能事務所で緊急会議が行われ、そこではいくつ かの無名芸能事務所が意見の交換会を行っていた。ラクシュミをはじめとした大規模芸能事務所のアイドルグループが大ブレイクする一方、中 堅事務所等のアイドルが大幅に遅れを取るという状態になっていた為である。
そんな会議に集まっている芸能関係者は大規模事務所 のアイドルがTV出演し、出したCDがヒットチャートを独占する現状を何とかして打開しようと考えていたのだが…。
「こ のような商法が永遠に続くとは考えられない。消費者に同じCDを複数枚買わせたりする、あからさまな瞬間的注目を浴びるのが狙いとなって いる商法を続けるアイドルに嫌気すら感じているだろう。今こそ、新たなアイドルの形を作るべきである―」
スポーツ刈りに背広、身長170位の男性が拳を上げてアピールする。芸能事務所副社長であり、今回の会議の主催でもあるミカドは現状のラ クシュミに例えられる売り上げ至上主義型のアイドルは必要ないと豪語するのだが…。
「ラ クシュミや系列事務所の影響で、我々のアイドルグループが全く売れなくなった。音楽ゲームの楽曲にでも使ってもらおうと交渉をしたが、ア イドルの不祥事等で作品イメージが下がるのを恐れて不採用に―」
「ラ クシュミを含めた一部事務所が税制優遇を受け、そのしわ寄せが中堅事務所等に押しつけられる今の音楽業界では、政府の影響を受けない音楽 ゲームや同人作品が近い将来に支持を受けることは明白―」
「日 本政府が音楽業界を管理すると言っても―やっている事は一部の有名アイドルに対してVIP待遇をしている現状では…」
さまざまな事務所が音楽業界の今後に関して不安を述べていた一方で、意見がまとまらない事にいらだちを覚えていた女性議長が会議室のテレ ビを勝手に付けていた。
『君 たち、上野公園で僕と握手!』
そこでは上野で定期的に行われているヒーローショーのCMが流れていた。それを見た芸能事務所の関係者は―。
「こ れならば行ける。スーパーヒーローに変身可能なアイドル、このアイディアならヒーロー好きな子供や親子等の未開拓となっている世代に訴え る事が可能だ!」
ラクシュミのファン層は主に資金に余裕のある男性ファンが主だと言う話を聞く。これはCDを複数枚購入する為と言われているのだが、実際 は定かではない。中には、ラクシュミのファンでも偽物のチケット等を売り上げた利益でCDを買っていた所を摘発されたケースもあると言う 話である。
「変 身できるアイドルか…。確かにインパクトは大きいだろうが、それだけの予算があるかと言われると課題は多いだろう―」
アイディア自体は面白いとミカドは思ったが、衣装等の問題を含めてクリアしなくてはいけないハードルは非常に多かった。
「と りあえず、今回は打開出来る案を出す事がメインでしたので、本日提案された変身ヒーローアイドルの案を数日中にまとめると言う方向で今回 は解散に―」
議長が会議の終了を宣言し、今日の会議は終了した。
何人かの関係者が会議室を後にする中、青髪の女性が 会議室の中に議長と一緒に残っていたのである。ミカドは主催と言う関係もあって、この場に残っていた。
「ラ クシュミの商法には若干以上の問題点があります。これを政府が、税収という一言だけで黙殺を続けていた事実を知らない訳ではないでしょ う。既に消費者はラクシュミや他の大手芸能事務所が行っている商法に疲れ果てています。これでは政府が都合の―」
彼女は議長に訴える。今考えるのはラクシュミに対抗できる案ではなく、ラクシュミの行っている商法のカラクリを明らかにすることである。 そうする事で、ここ最近になって目立っている一部ファンの音楽離れを食い止める事が出来る…と。
「瀬 川君、確かにラクシュミの商法に関しては修正するべき個所があるのは事実だ。その一方で、政府がそれを認めている以上は我々が出来る事は 限られているだろう。それでもラクシュミの商法が違法である証拠は―」
瀬川の言う事にも一理ある―ミカドはその通りと否定しない一方で、政府が公認している以上はどうする事も出来ないのが現状だと言う事も明 らかにした。ラクシュミの商法が違法である証拠があれば話は別になるが…。
「証 拠、ですか…」
思いつめたような表情をして、瀬川は会議室を後にした。
「確 かにラクシュミが行っている事には間違いがあるのは事実―。しかし、同じような商法は以前から別のアイドルも続けていたのも事実―。誤っ た先人の知恵を受け入れた結果がラクシュミの商法となって…」
議長は思う。何とかしてラクシュミの誤った商法を正す事は出来ないか…と。
「ノー リスク、ハイリターン…そんな物は何処にも存在はしない。必ずそれを行うのには何らかのリスクを伴う―リボルバー、お前さんに覚悟と言う のはあるのか?」
ミカドは会議の議長を務めたリボルバーに問いかけた。リボルバーと言うのが偽名なのかどうかをミカドは問わなかったが、彼はリボルバーの 真剣な目を見て、彼女の会議への参加を認めたのである。
「私 が動き出すしか方法はない―」
リボルバーはそうミカドに言い残すと、会議室を後にしていった。
数日後、政府は何処からか情報を手に入れたのか不明だが、変身ヒーローアイドルに関して非常に興味を示していた。そして、日本政府の議員 がリボルバーの所属している北千住にある芸能事務所にやってきた。
「こ の変身ヒーローアイドルは今後の日本にとってなくてはならない貴重なコンテンツになる事は間違いない。ラクシュミも日本国内では好調だ が、海外では知名度は皆無に等しい。しかし、この変身ヒーローアイドルならば海外でも人気の高い日本のアニメや特撮等のファンから好評を 得られるのだが―」
荒川が見える広いVIP用会議室でリボルバーと議員が話をしていた。情報をどこから手に入れたのか…と言う部分にはあえて触れず、話は予 想以上の速さで順調に進んで行った。リボルバーも情報が外部に漏れると言う事は分かっていたらしく、あえて極秘扱いにはしなかったらし い。
(このご時世では、情報は匿名掲示板だけではなく個人 ブログや裏情報専門サイト、果てはつぶやき系のページ等でもあっさり判明するか―。あるいは、会議に出席した誰かが第3者に情報を流した か…)
情報が仮に外部から漏れるとした場合、何処からどういう経緯で情報が漏れるかをリボルバーは考えていた。ただ、そんな事を考えても無駄で ある事は議員との会話でも証明済みである。
「実 は、こういう物を別件の研究中に発見しまして…」
議員がリボルバーに見せたのは、新種の合金データだった。軽量でプレート化した時の固さは鋼鉄以上、鉄と同じサイズのプレートにしたとし ても軽さがアルミニウム並という画期的な合金である。
実は開発中の新型車両でこの合金が使用予定だったの だが、車両として運用する際は致命的な欠点があった事が不採用の原因になったのである。
「実 は、イメージをする事によって金属の形が変化するらしい事が研究の結果で分かったのです。ごく普通の人間では特に反応がありませんが、オ タク等のようなイメージ力の強い人物がこの金属に触れると変形すると言う欠点を発見し―」
簡単に説明すると、せっかくデザインした新型車両を鉄道オタク等が多く乗った影響でデザインが変化しないか…と言う事がこの合金を採用し なかった理由らしい。
「こ の合金自体の耐久性は高いのですが、こういった欠点があって使用用途に困っていた所で、今回の話を聞いたのです―」
リボルバーの提案した変身ヒーローアイドルのアーマー部分に使う合金として売り込もうと言う話らしい。政府としては、合金の提供以外にも 改良に必要な技術提供等も積極的に行うと言う事だった。
「分 かりました。今回の申し出、お受けいたしましょう―」
リボルバーは二つ返事で政府の提案を受け入れる事にした。今は、これに賭けるしかない…という思いもあったかもしれない。
「で は、後ほど資料をまとめて、政府の方へ提出しますので、それまでお待ちいただければ…と思います」
リボルバーの言葉を聞き、議員の方も吉報を届ける為に芸能事務所を後にした。
「話 がまとまったわ。あなたにも、出来れば協力して欲しいのだけど―」
リボルバーは議員が帰った事を確認してミカドの事務所へと電話をしていた。
『ま さか、例の変身ヒーローアイドルの話がまとまったのか?』
ミカドの方も電話ごしだが驚いた表情をしている。どうやら、すぐに話が決まるとは思っていなかったようである。
「あ なたには、総責任者をやってもらおうと思っているのだけど…大丈夫かしら?」
そのリボルバーの申し出にミカドはこう答えた。
「大 丈夫だ、問題ない」
今回のプロジェクトに関して、政府の援助についての話が発表されたのは1週間と早いペースだった。
「日 本のコンテンツ事業を広める為、今回の変身ヒーローアイドル計画であるホーリーフォースを立ち上げる事になりました―」
政府援助についての話を先に発表したのは政府ではなくリボルバーだった。政府は資料を受け取って確認したばかりの為か、もう少し協議して から…と言う反応だったが、この辺りはリボルバーの行動の早さを予想していなかった政府のミスだったと思われる。
半年という短い開発期間でホーリーフォース計画は急ピッチで進み、遂には試作型の強化型装甲を完成させた。
「デ ザインに関しては、初期タイプはシンプルな方がお互いに覚えやすくていい。問題は強化型装甲を使うアイドルを見つける方かもしれないだろ う―」
リボルバーは開発期間中にも募集の告知を出していたのだが、予想外にメンバーが集まらなかったのである。
「で は、彼女を採用してみては…」
メンバーが集まらない現状を聞いて現れたのは、リボルバーに案を持ち込んだ議員とは別の党に所属する議員だった。顔は何故か虎の覆面で隠 しているが、リボルバーは事情に関して特に聞かない事にした。
「あ なたは、確か…」
議員の隣にいる人物にリボルバーは見覚えがあった。例の会議で彼女と一度会った事があるからだ。
「あ の時の議長がリボルバーさんだったとは意外でした―」
瀬川に驚きのような表情はない。彼女は過去にラクシュミのメンバーとして在籍していた。しかし、現在は芸能活動を休止。何かの縁かは不明 だが、ホーリーフォース計画の話を事務所から聞き、今回の計画に参加する事になったのである。
「君 の目にかなうような人材は他には見つからなかったが、彼女ならば期待に応えられると思う」
そう言い残し、議員は帰ってしまった。どうせならば実験を見ていけば…と思ったが向こうにも事情はある―そうリボルバーは判断した。
議員が帰って10分が経過した頃、瀬川がマジシャンの衣装を着て実験エリアへとやってきた。衣装に関しては、合金の弱点であるイメージ力 の強さで形状が変化しないように衣装の中にICチップを入れ、疑似的にICチップ側にデザインを記憶させておくと言う対策がされた。
「IC チップに関しては、洗濯しても問題ないような物にはしていますが―」
リボルバーが冗談交じりに衣装について瀬川に説明する。その後、瀬川が実験エリアに置かれたグレートソードを握った、その時に事件は起き た。
「こ、 これは…」
周囲にいた研究員も驚きを隠せない。この現象を目撃したリボルバーも予想していた結果とは全く違う結果になった事に衝撃を隠せなかった。
「こ の姿は、一体…?」
瀬川は自分に起こった事に驚きを隠せなかった。手に持っていたはずのグレートソードはロングソードに変化し、青色の水晶で出来たブレスト アーマー、同じような水晶で出来たショートソードとシールド、一番の変化は装備しているメットだろう。
「こ のメットの形、見覚えがある―」
メットの形もそうだったが、持っているロングソードをはじめとした物にも若干の見覚えがあった。
「こ れは、あのSFヒーローアニメの…」
リボルバーが予想していた結果ではあったものの、デザインがリボルバーの想定していた物とは大幅に異なっていたのである。
「日 本のアイドルに、過去の栄光は存在しなくなった。ラクシュミを…あの商法を根本的に変える為にも、この力が―」
瀬川が何かに取りつかれたかのようにつぶやく。このセリフ回しは、確か世界最初のクリスタルセイバーと未来を変える為に戦ったクリスタル バスターの対決回でのセリフ回しを若干変えた物だったのである。
「ど うやら、強化型装甲にはもう一つの致命的な欠点があったみたいね。私達はとんでもない物を政府に押しつけられ、それを改良する為のテスト ケースに選ばれたのかもしれない―」
リボルバーは思った。この合金はイメージ力が強い人間が触れると形状が変化するという欠点だけではなく、その中でもイメージ力が最も強い 人間が金属に触れると潜在的に眠るイメージを呼び起こしてしまうと言う。
「計 画はそのまま進行します。しかし、今回の実験に関しては口外厳禁と―」
リボルバーは瀬川の実験を目撃した研究員に今回の実験結果を口外しないように指示をした。この一件は、扱いを間違えると政府にとっても大 きな打撃となり、日本自体が世界から孤立してしまう危険性も持っている。
「あ の議員がもう一つの欠点に気付いて彼女を送り込んだとは考えたくはないけど―」
リボルバーは、瀬川を送り込んだ議員が実は別の欠点を見つけ、実験の失敗を政権交代の材料にするつもりだったのでは…と今回の結果を見て 思った。
「数 値としては、イメージ力80で金属の形状が変化するとしたら、今回の現象は120を超える…と言う所かしら」
わずかに記憶されていたデータから、瀬川が潜在的に眠るイメージを目覚めさせた数値を何とか割り出し、次の実験以降につなげるしかない― そうリボルバーは思った。
その後、何度かのテストを行う事で現在のホーリーフォースの原点が完成、正式な計画開始となったのが、2009年の3月20日の事であ る。
2009年5月、3月に始まったホーリーフォースの強化型装甲のデザイン募集で集まった1000通以上の応募作品の中から、複数作品が採 用され、それをベースにナンバー2以降の強化型装甲のベースデザインが決定した。しかし、このデザイン募集に関しては強化型装甲の特性に 関してのカモフラージュ説が残っている。
その年の7月、ナンバー9がラクシュミの活動を優先させるためにホーリーフォースとしての活動を休止、現在のフリーズが加入して今の12 人になっているのだが、計画に最初から裏方として参加していたリボルバーがダークネスレインボーを名乗って参加している事には若干の違和 感を持った。経過観察説もあるのだが、正確な所は全く分からないまま―。それに加え、ホーリーフォースのホームページ上でアンノウンを名 乗り、芸歴不明扱いとしたのである。
その年の10月、政府はホーリーフォースが無数に増え続けてもコストがかかる事を理由にホーリーフォースの人数を現在活動している12人 までに制限する事を発表。12星座や干支の数も12である事から政府が判断をしたようだが―。
その年の12月、ラクシュミ候補生をホーリーフォースに起用する事を発表。ホーリーフォースの一部メンバーが体力の限界等を理由に引退届 を出していた事も直接の原因とされているが、真相は不明のまま。プロフィールに関しては一部で記載の修正が終わっていない模様だが、随時 修正されているようだ。
2010年1月、数度のテスト期間等を終えて、遂にホーリーフォース計画が本格的に始動し、12人での活動がスタートする。PRの為に、 ラクシュミのメンバーが応援に駆けつけるサプライズイベントが用意―。
「こ の記事は…自分が見ていた時に書いてあったか分からない―」
七那はロックが集めていた記事が途中で途切れている事に加えて、記事の内容に関して一部の項目などで軸がぶれている部分等がある事にも気 付いた。
「お そらくは、途中で政府が記事の存在に気付いて記載を削除した部分があるのが有力とされている。実際は、どうなったかは当時の記者しか知ら ないが―」
ロック自身も当時の全ての記事を回収出来た訳ではなく、一部は入手前に政府に差し替えられてしまった後の記事もあるらしい。
その記事の中には、リボルバーの実験に関しての部分 等は全くと言っていい程に書かれていなかったのである。
「フ リーズの一件と瀬川の実験に関しては図書館に当時保管されていた回収前の新聞をコピーしたものだから、一部の駅売り等の新聞以外は差し替 えの記事が載っている物に変更されている。それに、ラクシュミに関しては新聞記事でも載らなかった事実が書籍の方で明らかにされるはず だった。だが、今年の3月20に起こったフリーズに関しての記事は既に回収された後だったのが―」
ロックがロッカーから1冊の本を出して七那に見せる。本には書店のカバーがされて いてタイトルは確認できないのだが、七那には何の本かは大体予想できていた。
「こ の本はもしかして―」
その予想は見事に的中した。この本は出版後にラクシュミの芸能事務所が差し押さえ要請をした本である。
『今、 音楽業界が危ない』
書店カバーを外した七那は入手出来なかった本が手元にある事に全身が震えていた。
「こ の本自体は現在も発売されている。内容に関しては、この当時に発売されたものとは全くの別物だけど…」
ロックの手元にあるのは、ホーリーフォースに関しての記事に加え、音楽業界が変えなくてはならない物、特にラクシュミのCD販売方法、全 く同じ内容のCDを複数枚買わせてCDチャートの上位に進出して注目を浴びる等と言ったような商法に関しての内容を扱った本である。
現在、発売されている物はホーリーフォース関連の話 はカットされ、その代用でラクシュミ以外のアイドル歌手に関しての商法批判がメインとなっている。ラクシュミに関してもある程度は触れら れているが、その内容の大半は疑問が浮かぶものばかりである。
「こ れでは、ラクシュミ以外が違法な商法を行い、ラクシュミが正しいみたいな状況じゃないですか―」
七那の指摘はもっともである。しかし、ラクシュミが日本で最もCDを売り上げているアイドルとして有名な以上、彼女達の行動は正しい、他 のアーティストの行動は間違っている的な物が素通りしてしまっているのが今の音楽業界が抱える問題点なのである。
「日 本政府がラクシュミの納税率が高い事に目を付け、ラクシュミと同じ芸能事務所の所属アイドルも優遇した結果、1つの芸能事務所を頂点とし た音楽業界のピラミッドが完成した。ホーリーフォースはピラミッドには所属していないが、仮に所属するとすればラクシュミのすぐ下と言う 事になる」
ホーリーフォースは厳密にはアクション女優等のカテゴリーに入る為、音楽業界のピラミッドには全く関係ない。しかし、仮に音楽業界へ進出 するとすればラクシュミのすぐ下に所属する事になる。それは、ホーリーフォースがラクシュミと同じ日本政府直属のアイドルに該当すると言 う事を意味する。
「リ ボルバーがそのブレスレットを君に託したその意味は、この記事を見れば何となくだが分かるはずだ。君が瀬川と同じ位のイメージ力を持って いた事を、直感で気付いたのだろう」
単純にホーリーフォースに狙われていたから助けたという事情ではなく、別の理由があってリボルバーがブレスレットを託したのでは…そう ロックは予想していた。
その頃、一人の女性が西新井駅のショッピングモールで買い物をしていた。銀髪ショートヘアにシルバーフレーム製のメガネ、袖やフリルをア レンジした改造メイド服にスカートの下はスパッツと言う異色の外見に周囲のお客も気にしているようだが、あえて服装の話題にはスルーをし ているのが現状である。
「こ れと、これと、これ…かな?」
本屋で漫画のジャケット買いをしていたこの女性こそ、現在芸能活動を休止しているフリーズ本人である。実際、本屋の店員も彼女がフリーズ なのは認知しているのだが、下手に事件は起こしたくないので接し方も若干震えがあるように見える。
「あ りがとうございました…」
フリーズが店を後にした事を確認すると気持ちが整理出来たのかは不明だが、店員の震えが消えたように見えた。
「やっ ぱり、あの一件で彼女を見る目も変わっているという事か…」
別のお客が震えていた店員を見て、ふと思った。それだけ、ナンバー5の事件は世間でも影響力が大きい事を物語っていた。
「確 か、あの時も本を読んでいた―」
電車の中で購入した本を読んでいたフリーズはナンバー9に選ばれた時の事を思い出していた。
2009年7月、彼女は秋葉原にあるホーリーフォースの事務所に来ていた。この日はホーリーフォースの予備人員募集があり、50人に迫る 人数の応募があった。
ホーリーフォースの事務作業等を担当するスタッフは 男性でも応募できたのだが、ホーリーフォースの強化型装甲アイドルは女性限定と言う条件があった。
『ホー リーフォースのアイドル部門で応募された皆様は、これから予備テストを行いますので所定の部屋へ…』
番号札に書かれた番号と同じ部屋へ向かう候補生達。この中にはホーリーフォースから芸能界入りを目指す者、大活躍をしてラクシュミに選抜 されないかと考える者もいた。
「ホー リーフォースに興味は―」
黒髪で若干ロング、丸型メガネ、典型的な優等生タイプに近い真面目な女性はこう思っていた。自分の性格を何とかする為にもホーリーフォー スの予備人員募集を受けたのである。
「9 番の方、こちらへどうぞ…」
スタッフに誘導されるかのように、彼女は所定の部屋へと向かっていた。エレベーターを利用して向かっているのだが、どう考えても地下1階 や2階と言うレベルではない階層表示を見て、彼女は驚いていた。
「ど こまで降りるのでしょうか?」
彼女の質問にスタッフは少し黙りこむ。回答が用意出来ていないのではなく、口止めをされているような雰囲気だった。
ビルの地下20階、そこから更に誘導されてやってきたのは、事務所の地下深くにある実験エリアと呼ばれるエリアだった。このエリアに関し ては、地下鉄よりも深い場所に存在する一部の人物しか知らない極秘エリアでもある。そこでは、強化型装甲の研究や整備が行われている。こ のようなエリアに呼ばれた理由を彼女は全く知らなかった。
「こ こは…?」
本当にオーディションルームだろうか…そんな疑問も彼女にはあった。そんな彼女の前に現れたのは、白衣姿のリボルバーだったのである。
「あ なたのデータを見せてもらったわ。このデータは瀬川さんの時に匹敵、それ以上の物を感じる―」
そして、リボルバーが用意したのは装飾として使うようなデザインではないブレスレットだった。それを、スタッフの指示ではめた彼女は数秒 後に光に包まれた。
光の中で彼女は何かを思い出していた。自分が思い描いていた芸能界は、既にラクシュミが現れた時点で破綻していた。そして、今回のホー リーフォース予備人員に募集した理由は本来の目的とは別にあった。
『白 銀の騎士…あいつは化け物だ!』
『な んて素早い奴だ。まるで、こちらの動きが手に取るように分かっているような…』
彼女には聞き覚えがあるセリフだった。これは、ロボットアクションゲームで白銀の騎士と呼ばれる機体が初めて現れた時に流れる通信の一部 である。
『肩 の数字…まさか、あの9番が現れたと言うのか。ナインボールと呼ばれた―』
白銀の騎士、またの名をナインボール。ビリヤードに出てくる9番のボールが名前の由来になっているのだが、それは設定資料集か何かを読ん だ時に分かった事である。
『日 本政府が行っている音楽業界の管理は近い将来に破綻する。だからこそ、ラクシュミの全てを破壊しなくてはならない。ホーリーフォースは、 本来のあるべき姿に戻らなくてはならない!』
彼女は今まで出した事のないような声で叫ぶ。その声に反応したブレスレットは彼女の衣装を瞬時に用意し、強化型装甲も彼女が思い描くデザ インに変化していった。
『ホー リーフォース、新ナンバー9を確認しました。コードネームはフリーズと命名―』
光が消えた後に現れたのは、全長3メートル近くに及ぶような小型ロボットだった。デザインとしては旧世代のロボットアニメ等にあるような 物ではなく、曲線系やシャープと言った3DCG全盛期を思わせるデザインになっている。
それに加えて、両肩の折り畳み可能なブラスター砲 ×2、全長の半分はあると思われる手持ちのバスターキャノンとビームガトリング砲、バリア発生装置に背中の12個もあるマルチビット、更 にはビームサーベルにハンドガン、かなりの重武装という様子だが、それ以上に機動力はダークネスレインボーのそれと互角の予測能力を弾き だしたのである。
「こ れが、自分の姿―」
フリーズは鏡に映った自分の姿を見て驚いた。これが、ホーリーフォースの強化型装甲アイドルなのか…と。
「こ れがホーリーフォース…。この力は非常に面白い物を持っている!」
フリーズの中で何かがはじけたような気配がした。先ほどの真面目な性格が、いつの間にかツンデレのような性格に変化したのである。これ は、以前の瀬川と似たような現象なのだが、フリーズにはそれ以上の物があったような気配をリボルバーは感じ取っていた。
「彼 女もまた、ラクシュミ商法の犠牲者なのだろうか―」
リボルバーは思う。しばらくして、フリーズの強化型装甲と衣装が何処かへと転送された後、姿を見せたフリーズの髪色が変化しているように 見えた。
その後、性格が若干不安定になったフリーズは、ツンデレヒロインが出てくる漫画やアニメ等をチェックする事で今の性格がどんな性格になっ ていたのかを把握した。
「こ れが、今の私…?」
ホーリーフォースの試験を受ける前にはサブカルチャーの勉強と称して漫画やアニメをチェックしたり、色々なジャンルのゲームをプレイした りした。それが今回の試験結果につながったのかは不明だが、フリーズは無事にナンバー9に選ばれたのである。
「衣 装もそれなりの物を用意しないと―」
彼女がコスプレ店で購入したのは改造メイド服だった。相当な事がない限りはメイド服で出かけるようになったのも、この頃からと言われてい る。
「ま さか、真面目にサブカルチャーを勉強した結果が…こうなるとは予想外だった―」
そんな事をフリーズは思っていた。性格が影響してどこの芸能事務所も取り合ってもらえず、ラクシュミに選抜される事さえもあきらめた中、 見事に勝ち取ったホーリーフォースのナンバー9…。
「も うすぐ、駅に着く頃…」
窓を見ると、電車は既に秋葉原に到着していた。
秋葉原の事務所に到着したフリーズだったが、事務所にはスタッフが数人と総責任者であるミカドが事務処理等をするのに常駐しているだけで 他のホーリーフォースのメンバーは誰もいない。
「他 のメンバーは誰もいないのですか?」
フリーズが近くにいた男性スタッフに尋ねる。すると、彼はダークネスレインボーが辞表を出した事をフリーズに話した。
「こ れをみて…」
女性スタッフの一人が、公式に申請のあったバトルの映像に記録された時間を見て違和感を持ち、他のスタッフに確認要請をする。
「こ れは、まさか…」
ナンバー2、ナンバー3、ナンバー10の3人は確認できる。実際は3人が戦っている訳ではなく、3人は未確認のホーリーフォースと戦って いる。しかし、フリーズはこの映像を見て何かの違和感を抱いた。
「映 像は間違いなく、本日の物である事はステージ用のカメラ等でも確認済みです。3人が戦っている相手、これは認識コード等からナンバー5ら しいのですが―」
男性スタッフの指摘を聞いて、フリーズは驚いた。
「そ う、ナンバー5が…」
フリーズは表情には表わさないが怒っているように見えた。あの事件が自分の人生を大幅に狂わせた。そんなナンバー5が実は引退はせずに姿 を再び現した事に―。
「し かし、デザインが今までの物と大幅に異なっている。それに、ナンバー5は負傷した翌日に補充要員を募集したのに誰も来なかった。ナンバー 5が欠ける事は政府の資金援助が終わる事も意味している」
補充要員がいなくなった事で、ナンバー5が今回の事件で負傷し引退する事は資金援助の条件である『ホーリーフォースが12人いる状態』を 維持出来ない為、資金援助が数日の内に途切れるという事を意味している。
「そ れでもおかしくないか。辞表を提出したはずのリボルバーが、すぐに辞表を撤回するような性格とは考えにくい。ナンバー5のデザインも大幅 に異なっている個所等から見ても、リボルバーとは別人がダークネスレインボーになったと考えるべき―」
別の男性スタッフが指摘する。確かにリボルバーと今回の映像に登場しているダークネスレインボーはデザインが根本的に異なる。
「そ うなると、彼女は何らかの形でリボルバーからブレスレットを受け取った…と」
画像を検証している最中に現れたのはミカドだった。彼も、今回のナンバー5に関しては疑問点が多いと考えているようだ。
『本 日、ホーリーフォースの新しいナンバー5が誕生し、その輝かしいデビュー戦の模様が入ってきました―』
別のスタッフがテレビのニュース番組を回すと、何と何処から入手したのか不明だが3人のホーリーフォースとナンバー5が戦っている映像が テレビで流れていたのである。テロップには視聴者提供とある。
「こ れは大変な事になったぞ…」
大会の模様は基本的にリアルタイムでホーリーフォースチャンネルというホームページで中継されるのだが、この映像は中継映像ではなく誰か がデジタルカメラか何かで撮影した物である。画像が何らかの形で流出した事にミカドは懸念を抱いた。
「普 通であれば、電波遮断システムが作動して撮影する事は不可能ですが、今回に限っては作動しなかった。これは、政府が何らかの形でナンバー 5の存在を意図的に―」
スタッフは電波遮断システムが何らかの形で作動しないように仕向けられたのでは…とミカドに話す。
ホーリーフォースのステージは基本的に日本政府が管理するホーリーフォースチャンネルで独占先行配信されるシステムになっている為、視聴 者による隠しカメラでの撮影を防ぐ意味を込めて電波遮断システムがステージ開始前には作動する。それが今回に限っては作動した様子はな かった。特に不具合報告や視聴者からの情報等は来ていない為、意図的に政府がシステムをカットしたという説が有力となったのだが―。
その日、週刊誌の出版元では記事の差し替えに関しての指示が飛んだ。
「ソー スが分からないのが残念だが、これはかなり有力な筋からの情報だろう。あの記事の差し替えを急ピッチで急がせろ」
基本的に、ホーリーフォースの記事に関しては情報確認等の目的で政府にも回ってくるのだが、この情報に限っては情報が回ってこなかったの である。これが意味する物は、一体何なのか…謎は深まるばかりである。
「ど ういう事だ、これは!」
夕方、総理大臣は自分の党に所属する議員数人を自分の部屋へと呼び、更にはテレビを用意させた。
『衝 撃的なデビューを飾った、新たなホーリーフォースのナンバー5でしたが―』
ニュース番組では、既にナンバー5の活躍を独自に手に入れたとする映像も取り入れて紹介していたのである。しかも、民放のテレビ局だけで はなく、国営テレビ局も同じニュースを放送していたのである。
『今 回の一件に関して、ホーリーフォース事務所と政府は正式なコメントを―』
まさか、国営テレビ局もナンバー5について報道するとは…総理大臣は驚きを隠せなかった。
「今 回の件は、視聴率を気にしていた国営テレビ局側に責任がある―という事で処理をするように―」
総理大臣は、国営テレビ局に今回の一件に関しての報告書を出すように指示した。それも、他のテレビ局等に気付かれないように…という注文 付きで。
政府ではホーリーフォース以外にも複数のプランが水面下で動いていた。これらのプランに関しては、全てが同じ目的と言う訳ではないが、税 収を上げる目的が理由の一つにあった。
「い くら税収を安定させるためとはいえ、ここまでやるのか…」
議員の一人もこれらのプランを税収の為だけに動かすのには無理があるのでは…と同じ与党議員でも疑問を抱いていた。
(なるほど。既に別のプランも動いているのか…これは 急がなくては―)
秘書は自分が手に入れた情報を何とかしてある人物に提供しなくては…と国会の急変を感じて思った。
深夜0時頃、ドラゴンの覆面はある場面の動画を見ていた。それは、フリーズとリボルバーの直接対決という結果になった例の事件動画であ る。
「こ れは…?」
彼は動画を何度も繰り返し見ていく内に何かの違和感に気付いた。確かにダークネスレインボーは致命傷を受けたようなリアクションをしてい るのだが…。
「あ の時の調べてほしいと言った理由、そう言う事だったのか―」
秘書の送っていたデータには、3月20日の直接対決には違和感あり…という記述が確かにあったのである。