8:式典の舞台裏とサウンドウェポン

 

サウンドサテライト完成式典の当日、そこには呼ばれていたはずの西雲の姿はない。

「どうするのですか? 西雲さん不在で完成式典は…」

スタッフが西雲の不在をどうするか悩んでいる所にステージを通りかかったのはメタトロンだった。

「実は頼みたい事が―」

 

メタトロンが突如依頼されたのはサウンドサテライトのオープニングイベントの前説とテープカットである。段取りは台本に書いてあるのだが、台本は西雲用に用意してある為に加筆及び修正をする必要性がある。

「その時に流す動画は、これになります」

スタッフの一人がメタトロンに見せたのはサウンドサテライトの一件なのだが…。

「これは、もしかして…」

 メタトロンの問いにスタッフは『編集済みの動画』である事を説明した。ニュースでは大々的に報道出来ない理由を聞きはしなかったが、一応は納得する事にした。

(おそらくは、その後に作成した再現VTRのような物だろうが…言及してもスタッフは何も答えないだろう)

メタトロンはサウンドサテライトの一件に隠された真実を知ろうとしていたが、おそらくは企業秘密などで返される影響もあるかもしれない…と思い真実を知る事について、今はしない事にした。

「今は聞かないでおこう。ただ、その時が来たら…また話してもらおう」

 そう言い残して、メタトロンはステージへと向かった。メタトロンは台本を読まず、アドリブで進めるような気配がする事をスタッフは感じた…。

 

「さて、何から話せば…」

 メタトロンがステージに現れると、観客達は一斉に拍手をして彼を迎えたのである。

「あれは今から1週間前の出来事か。このサウンドサテライトでとある重大な事件が起こった。その事件の中心にいたのは…」

 パチンとメタトロンが指を鳴らすと後ろの画面にはヴァルキリーの姿が映し出された。

 

「ステージは始まっているみたいだね。ただ…ステージにいるのがメタトロン君なのが気になる所だが」

 社長はステージにいたのがメタトロンである事が気になっていた。案内には西雲隼人と書いてあったのだが…直前でキャンセルでも出したのだろうか。

 

「ヴァルキリー、確かそんな名前だった―」

 メタトロンの説明の後には、ヴァルキリーがサウンドサテライトでウイルスを次々と撃破していく様子が動画として流されていたのだが…その画像を見た皆本は―。

「前日に撮影していたシーンですね。どうして、このシーンがプロモに…」

 実際に使われていたのは、事件当日の映像ではなく、式典前日に撮影した物ばかり。やはり事件当日の映像を使うわけには行かなかったのだろうか…と。

 

「彼女が現れた。彼女の名は、スラッシャーという…」

 スラッシャーのデザインも事件当日に現れた偽者のスラッシャーではなく、前日に撮影された時に目撃したスラッシャーに差し替えられていた。どうやら、サウンドサテライトの一件は秘密裏に隠しておきたい裏事情があるようだ。

「そして、彼女達の活躍でサウンドサテライトは無事にオープン出来るまでに至った―」

 メタトロ ンのスピーチが終了後、司会者の紹介でさまざまな人物が呼ばれた。その中には芸能事務所やレコード会社の社長クラスの人物が勢ぞろいしていた。電報には超 音人伝説で一時期話題となったゲーム会社の名前も読み上げられていた所から、かなりの数の企業がサウンドサテライトの完成を待っていたような雰囲気だっ た。

『最後に西雲隼人様の―』

 しかし、この場に西雲の姿は見えなかったのである。

 

 その頃、サウンドサテライトのオープン式典をネットの中継で見ていた人物がいた。その人物とは、何と西雲だったのである。

「不死鳥の正体が、彼だったとは上手い具合に踊らされた感じがあるな…」

 西雲が言う不死鳥の正体とは、会場内で司会をしている人物の事である。前日にサウンドサテライトの式典用動画を取り直すと言う話がネットで入っていた時には、西雲もまさか…と思っていたのだが―。

「名前を聞いてもピンと来なかったのだが…彼の職業は何だ?」

 西雲の隣にいたのは飛鳥だった。次回作で使う楽曲に関してのヒアリングを行う為に西雲の会社へ来ていたのである。

「職業は作曲家という事なのだが、どういう楽曲を作っているまでは詳しくは知らない。超音人伝説や他の音楽ゲームでも作曲を担当したと言う話も聞かない。名前も偽名だろうと思う。確かサイネリアとか…」

 サイネリアと言う名前自体には聞き覚えがなかった西雲だったのだが…。

「そう言えば、同人音楽ゲームで采音という作曲家がいたようだが…あちらとは関係があるのだろうか?」

 西雲はサイネリアが采音という別名義を使っていたりしたのであれば…と考えていたのだが、その事実はないと飛鳥は否定する。

「確かに采音という作曲家がいることは知っている。実際に一度だけ本人に会った事があるのだが、あの人は女性だ。サイネリアとは名前が似ていても別人と考えるのが妥当かもしれない…」

 飛鳥もサイネリアという人物が未だに謎だらけな所に色々と疑問を感じていた。

 

『それでは、サウンドサテライトのテープカットをメタトロン様に―』

 司会のサイネリアに呼ばれる形でメタトロンが再登場、彼がテープカットをする事でサウンドサテライトは無事にオープンを迎えたのである。

「これが、新たな音楽業界…音楽ゲームの架け橋になる事を祈る…」

 メタトロンの一言は西雲が今でも忘れずにメモに残しているメッセージのひとつ…。

 

 式典を含めて初日の会場に来場したのは午前中だけで7万人に近いという…。新たなアトラクション施設と言うのもあるだろうが…色々なグッズ目当てと言うお客も多数いるだろう。

「さて、我々も会場入りをするか…」

 社長の後ろに付いていくような形で皆本たちもサウンドサテライトへと入場した。

 

 皆本たち が最初に寄ったイベントは、サウンドサテライトの目玉イベントである『サウンドジェネレーション』というアトラクションである。移動式のガンシューティン グを音楽ゲームにしたという物で、実際に数種類のコスチュームを着て楽しむ事のできるアトラクションになっている。オープン初日と言うのもあるが、フル稼 働状態でも20分待ちという大盛況で、行列は50メートル近くになっている。

「ここまで行列が出来ていると、あのムービーにも一定の効果があったという事なのかもしれませんわね…」

 色々とあったが、ヴァルキリープロジェクトを通じて得た物は絶対に無駄にはならないだろう…皆本はそう思っていた。

「あのアーマーですよね?」

 紫苑がショーケースに飾られたアーマーのレプリカを指差す。

「あれはレプリカですが…間違いなく、あのアーマーと同じ物を着…」

 しばらくして、皆本は懐かしさのあまりに涙した。アーマーを見た途端に嶋社長の事を思い出したのだろうか…。

 

 その日の午後に発表された事なのだが、グループ50がチャートから永久抹消された事で、メタトロンのソロシングルが繰り上げでシングルチャートの1位となった。この件に関し、次のコメントをチャート製作会社に投稿している。

『自分の CDを買ってくれた全ての人にありがとう…と言いたい所だが、今回はシングルチャートを含めて音楽業界を根底から崩しかねない事件が起こってしまった。こ れらの事件は1アーティストとしても反省しなくてはいけない一方、ユーザーにも自重していただきたい箇所が出てきたといっても過言ではないだろう。音楽業 界が再び闇の中に落ちようとも必ず復活出来ると…そう自分は思っている。今回の事件で起きた事は他人事で片付けるには大きすぎるといっても過言ではない。 レコード会社、芸能事務所、ファンが一体となって今回の件から色々と学習をしなくてはいけないだろう。何かがあった時には、再び西雲隼人は新たな提案を音 楽業界に突きつける事になるかもしれない。そんな事態にならないよう、全ての音楽ファンがこの音楽業界を正しい方向に変えてくれると、私は願っている』

 

 翌日、西 雲の開発した音楽ゲームであるサウンドウェポンが無事に稼動した。軍事兵器に転用できる技術なのでは…と言う事もささやかれた中で稼動したが、最終的には サイネリアが残したサウンドウェポンの解説と思わしきデータから軍事転用は不可能である事が証明され、転用の一件に関しては一応の解決した。しかし、未解 決と思われるもうひとつの課題が残っていた。

『あの衣装 自体には特に雰囲気以外では問題はないらしい。ただ、ヴァルキリーとスラッシャーが求めていた物のハードルが高かった事が、軍事転用が可能なのでは…と言 われていた原因なのかもしれない。あのアーマー自体がレスキュー分野で開発されていた物を流用したという事実があった…』

 それは、衣装の問題であった。実際はレスキュー分野で利用できる物を…というコンセプトでヴァルキリープロジェクトは動いていた事をサイネリアは語っている。それ以外にも独自調査でのサウンドウェポンのレポートは続くのだが…。

 

 その一方で、サウンドウェポン開発研究所はヴァルキリープロジェクトの完了を受けて一時的に閉鎖となった。閉鎖といっても、一部の区画のみ閉鎖であって、本来の目的であったゲーム開発に関しては続行される。

「とりあえず、色々と忙しくなりそうだな…彼のレポートのおかげで」

 研究員の手には、サイネリアが残したレポートがあった。これを元にしてサウンドウェポンの本格量産プランも可能なのでは…と。

「後は、このアーマーか…」

 研究員の目の前には皆本が実際に装備していたアーマーの欠片が複数あった。これらの欠片は現場で回収されたものである。これ以外のアーマー全部とブラスターに関しては西雲隼人が既に回収している。意識改革委員会等を通さずに行った行動の真意に関しては謎とされている。

 

サ イネリア本人は、今回の一件でサウンドウェポン技術の盗用疑惑やヴァルキリープロジェクトの私的流用等に関して音楽意識改革委員会から問われる事になった のだが、グループ50の一件、嶋社長の逮捕、ウイルスプログラムの作成者逮捕等を考慮して全部を相殺…とまでは行かなかったが、1週間の研究員としての出 入り禁止を命じられただけという処分内容だった。

技 術の盗用に関しては西雲隼人本人から寛大な処置をお願いしたい…という話があった為、本人が問われる事になったのはヴァルキリープロジェクトの私的流用に 関してのみで時間に換算してわずか30分弱の議論に終わった。西雲の一件に関しては、サウンドウェポン及び実際に使用されたヴァルキリーを取引条件に使わ れた説もある―。

 

「とりあえず、現状としては裏の顔は使用できなくなった…と言う所か」

 処分を受けたサイネリアは、自宅へと戻り作曲活動に戻る事にした。

「嶋社長からの依頼とはいえ、向こうに気づかれる事なくグループ50の暴走を止めるのは大変だった。しかし、あの修正プランを作ったのは一体…」

 サウンドサテライトの件は、全て嶋社長から依頼を受けてサイネリアがヴァルキリープロジェクトの目的を変更する事によって起こった出来事だったのである。修正プランに関しては送り主のメールアドレスを確認したが、使われていない事が発覚している。

嶋社長の周囲であれば警察から連絡が入る為、その連絡がないという事は嶋社長関係ではない事になるのだが…あえてサイネリアは人物の特定はせずにしばらく泳がせる事にした。

「まさか、 あのタイミングでウイルスを制作した人物と入れ替わる事が出来たのは偶然と言うべきなのか…それとも別の人物の用意したシナリオだったのか。どちらにして も、ウイルスのコピーを事前に用意した手際の良さを考えると、何処かの関係者であるのは間違いのない事実なのだが…」

 あのタイ ミングとは、サイネリアがサウンドサテライトへ自転車で向かっていた時である。サイネリア自身はウイルス等に関しては所持していなかったが、サウンドサテ ライトへ向かう途中で何者かと遭遇し、そこでウイルス及び対ウイルスプログラムのコピー、その他諸々を受け取った。その手際良さは既にサイネリアの計画が 外部へ漏れているのでは…と思わせる位であった。

本来のプランとしては嶋社長とは現場で合流し、本来の不死鳥の覆面であるウイルス作成者と密かに入れ替わって、内側から今回の事件がグループ50の大規模な新曲PRである事を暴露する手順だった。

「最終的にはあの流れになったが、事前にそうなる事をあの人物は分かっていた―」

事前にサイネリアが用意していたのは元々ばら撒きを前提で作った例のディスクと不死鳥の覆面のみである。ウイルス及び対ウイルスプログラムに関しては、入れ替わる時に奪う予定でいたのだが、その予定はウイルスを手にしたと同時に不要となった。

 

 その頃、北千住警察ではウイルス作成者の事情聴取が引き続き行われていた。

「本来なら ば、自分が不死鳥の覆面を名乗って他のメンバーを誘導し、グループ50のプロモーション映像を作るはずだった。その為のウイルスと対ウイルスプログラムも 事前に作っていた。しかし、自分が予定時間にサウンドサテライトへ向かった時には既にウイルスが配置された後で自分は侵入出来ず、仕方なく自宅へ帰る事に なった。まさに想定外の出来事。一体、会社の誰にも教えていないプログラムを誰がコピーしたのか―」

 別の何者 かがウイルスプログラムのコピーを手にした事は、彼にとっては文字通りの想定外だった。対ウイルスプログラムに関してはヴァルキリープロジェクト用に調整 した為に、サウンドウェポンなしでは発動できないようになっていたのが対ウイルスプログラムを持っていても内部に侵入出来なかった原因らしい。そして、彼 も誰が会社の誰にも教えていなかったウイルス及びプログラムを簡単にコピーで来たのかを知らないようだ。

「帰る途中 でヴァルキリーの担当が変更になったという話をネットで拾い、その原因を確かめようとした時には自分のパソコンが原因不明のシャットダウンを起こした。そ れから数日後、サウンドサテライトの一件でメンバーが逮捕されたと言う情報が入った。そこで自分の考えていた計画が失敗したと思い、警察に自首を―」

 ウイルス作成者は、ヴァルキリーもグループ50のメンバーから選出する予定が何者かに変更されていた事をネットで知った事も語った。ただし、それが皆本に変更されていた事に関しては知らなかったという…。

シャッ トダウンに関しては、警察が押収したパソコンを調べた結果で判明した物であるが、その原因がウイルスによる物なのか、第3者の意図的な妨害であるのかは詳 しく調べてみない事には分からない。意図的妨害だったとしても、ログを調べない事にはどうしようもならない為、解析を急ピッチで進めたとしても1週間以上 はかかるだろう。

「来る予定だった覆面も事前に集めたメンバーリストとは異なる人物が混ざっていた事に関して、数人は把握していたが、嶋社長が入っていたのは事件後から知った事で、当時は全く知らなかった―」

 覆面の人物に関してもリストと異なる人選があった事に関して一定の人数までは把握していたようだ。その中に嶋社長及びサイネリアが含まれていた件に関しては知らなかった事を話した。

 この事に関しては、元ライオンの覆面だった人物からも同じ証言が得られたという。彼の場合は、サウンドサテライトにいた不死鳥の覆面がサイネリアという事まで把握していたような発言もあったのだが…。

『自分はあのセキュリティ会社が非常に嫌いだった。CMにグループ50を起用しないで紫苑を起用していたというのも―』

 それ以上に元ライオンの覆面は、別の証言をした。グループ50をCMに起用して欲しいという意見はウイルス作成者の耳には確かに届いていたのだが、最終的には広報までは届かずに例のCMになったのだと説明はしたようだ。

 

 1週 間後、嶋社長の取り調べも本格的にスタートした辺りで、実はウイルス作成者が嶋社長とは面識がなかった事も判明、偽スラッシャーを演じていたグループ50 の元メンバーとメールで何度かやり取りをしていただけだという事も同時に判明した。そこから警察が説明した、当初の計画とは…。

 

 事件前日の夜、ウイルス作成者が不死鳥の覆面を演じ、事前にスレ等で募集した人員と一緒に中央ビルを占拠、その後は夜の内に当日までの下準備の為にウイルスを散布し、サウンドサテライトのセキュリティをダウンさせる。

 事件当日、ヴァルキリー及びスラッシャーが現場に到着し、他のグループ50メンバーも到着、その後はプロモーション映像の撮影をする…。それが、嶋社長等の事情聴取や事務所の家宅捜索から得た情報を元にして再現したタイムスケジュールの一部である。

「事件前日はダッシュのメンバー逮捕等もあって周囲が大騒ぎになっていた事も、向こうの下準備が遅れた原因と推測され―」

「それに加えて、事件当日はグループ50のメンバーがバスでサウンドサテライトへ向かう準備はしていたようですが、報道機関が速報を出した関係上で撮影も中止になったようです」

 警察官が次々と報告をしていく。サウンドサテライトの一件は、今回の重要人物逮捕で解決すると思われたのだが…。

「保釈が認められたダッシュのメンバーや逮捕された一部ファンなどは『スレに便乗しただけ』と語っていて、嶋社長を含めたメンバーとは面識はなかったようです」

 既にダッ シュのメンバーや便乗して事件を起こしたメンバーに関しては保釈が認められているが、嶋社長と元ライオンの覆面、ウイルス作成者の3名に関しての保釈は認 めない方向で進んでいる。それに加えて、本来であれば偽スラッシャーのグループ50の元メンバーに関しても事情聴取をする予定だったのだが…。

 

 小菅にあ る病院の一室、そこには偽スラッシャーである元メンバーが車椅子に座った状態で入院していた。逮捕された時のショックなのかスラッシャーのアーマーを長時 間装備していた関係なのかは不明だが、一部の記憶が欠けている状態になっていた。グループ50のメンバーである事、偽スラッシャーである事、サウンドサテ ライトの一件に関しても全て忘れているように思えた。グループ50の曲に関しては、サビ部分を聞いただけでも一種の拒否反応が出るほどである。名前に関し てはハルカである事を思い出したのだが…苗字に関しては思い出せないでいる。

「やっぱり、この状態では事情聴取というのは不可能か…」

 看護婦からハルカの状態に関しての説明を受けた刑事は考えていた。そして、彼が出した結論とは…。

 

「保護観察に変更か…。彼らしいと言えば彼らしいか…」

 サイネリアは記憶喪失になったハルカを引き取り、小菅の病院を後にした。車椅子の状態だったのだが、通常生活には支障はないという医者からの許可をもらっての保護観察になった。何故、サイネリアが彼女を引き取ったかと言うと…それには別の理由があった。

 

「病院への定期検査は必要だが、この調子だと全てを思い出すのは相当なショック療法でもない限りは不可能か。事前にヴァルキリーとスラッシャーには保険をかけていたシステムが見事に発動するとは、これは予想外だったというべきか―」

 ヴァルキリーとスラッシャーにかけていた保険とは、例のばら撒きプログラムに仕掛けていたトラップだったのだが…。

「皆本がラッキーなタイミングだったとはいえ…メットを外していたのは正解だったというべきなのか、それもメタトロンの言う『神の采配』なのか判断できない所だ」

 ばら撒きプログラムには、アーマー適合者以外が装備した上で一部プロテクトを外そうとした場合に記憶を封印するシステムが作動するようになっていたのである。

ス ラッシャーに関しては事前に違う適合者が使用する事をサイネリア自身が情報を仕入れていた為に実装をしていた。同じくヴァルキリーにも万が一に備えて実装 されていたのだが、途中でメットが外れたという事に加えて、システムにトラブルがあって作動できなかった。本来の装着者は皆本ではなかった為に用意してい た物だったのだが…。

「さて、早速だがサウンドウェポンが入荷した話も来ているし、ゲーセンへ向かうか…」

 サイネリアの乗った車は入谷にある大型アミューズメント施設へと向かっていた。

 

 入谷にあるアミューズメント施設には、開店前からお客が並んでいた。目当てはそれぞれにあるかもしれないが、サイネリア達はサウンドウェポンが目当てである。無事にプレイ出来るかどうかは分からないが。

「お兄さんは、ゲームをするの?」

 ハルカはサイネリアに訊ねる。車の中では全く話をしていなかったので、きっかけは何であれ話をしてくれるのは大きい。

「色々と…ね。カードゲーム、シューティング、クレーンゲームもやったな―」

 サイネリアは思い出していた。自分の世代ではクレーンゲーム辺りが一種のブームになっていた頃だったか…。

「奇遇だな、サイネリア…」

 サイネリアの前に並んでいたのは、何とメタトロンだった。メガネ等の変装もせず、普通にアミューズメント施設に彼が並んでいる事にサイネリアは驚く。

「どういう風の吹きまわしだ…メタトロン」

 サイネリアはメタトロンを警戒する。彼が今回のサウンドサテライトの一件に関してカギを握っているのではないか…と思っていたからだ。丁度、グループ50とシングルの発売日が被っており、なおかつシングルチャートで1位を獲得した。チャート製作会社に送ったメッセージ、その後の対応等を考えると影で全てを操っていた黒幕は彼なのでは…。

「そんなに警戒する事はないと思うが―。今日は、このゲーセンにサウンドウェポンが追加で入荷すると聞いて駆けつけた。ただ、それだけの事…」

 考えてみると今日のメタトロンは完全なオフである事に加え、ハルカの一件もある…下手にサウンドサテライトの事を話すのも逆効果になるだろう。そう自己完結させて、今は純粋にゲームを楽しもうと思った。

 

 午前10時、開店の時間と同時に並んでいる列の動きも早くなった。並んでいる列の半数は格闘ゲームの新作に流れ、サウンドウェポン目当てはごく少数らしい。

「このゲーセンは当日に1台が稼動した時にはギャラリーが多かったが、今は少なくなっている穴場スポットのひとつ…」

 メタトロンが説明し、彼は若干大型とも言えるサウンドウェポンを用意した。タイプとしてはレールガンと言った所か。ヴァルキリーが使っていたサイズよりは小さいのは安全性や立ち回り等を考慮した為だろう。

「サウンドウェポンの筐体自体は他の音楽ゲームと同じような気配なのに、やっぱりサウンドウェポンのサイズがバラバラによる所があるのか…メタトロン?」

 小型化されているとはいえ、それでも巨大なレールガンを振り回すとなると筐体を置くスペース以外にも振り回しても怪我をしないような広いスペースが必要となる。

その為、サウンドウェポンを1台置くのに20インチ辺りのモニターを使うタイプの格闘ゲーム筐体を対戦台2セットに相当する4台分のスペースを必要とする。

「サウンドウェポン自体は設置スペースの問題もあるのに加えて、サウンドウェポンの販売スペースも必要になる。カードゲームでスターターパックを売っている販売機を見かける事があるが、サウンドウェポンでは自動販売機ではなく受付による直接販売が必要になってくる―」

サ ウンドウェポンの販売スペースを確保する事もサウンドウェポン設置には必要になってくる事がビデオゲーム系をメインとするゲーセンでは全く見向きもされ ず、ボーリングやカラオケ施設も入っているような複合型施設、音ゲー特化したようなゲーセンではない限りは設置に関しては難しいと思われる。

 

「ここは足立区内でも数少ないサウンドウェポンが2台配置された場所だが、逆に2台置いてある事が、プレイ環境的にもプレイしやすくなったのが現状だろう―」

 サウンド ウェポンの設置状況としては大手アミューズメント施設が全ての店舗に1台配置した事は知っていた。しかし、他の店舗でも1台で数人の待ちが出来ている状態 にも関わらず、この店舗には2台稼動している。それに加えてギャラリーも比較的に少ない所を見ると、メタトロンの言う通りに穴場スポットなのかもしれな い。今後の情勢次第では2台でも数人待ちになるかもしれない。

「筐体価格は他の体感ゲームよりも安くは設定されているが、それ以外の面で懸念材料が多いのもサウンドウェポンが広まらない原因のひとつかもしれないだろうな…」

筐 体価格は店内レンタル用サウンドウェポン6種類込みで150万、他の拡張タイプサウンドウェポンも入れると、種類によって変化するが200万になる。これ だけの大型筐体に加えて音楽ゲームという事で、小規模や中規模クラスのゲーセンは揃ってスルーをしているのが現状である。

「あっちでスターターセットを売っているようだ。見に行ってこよう」

 サイネリアとハルカは、受付に設置されたスターターセットが売られている一角に向かった。

この一角には、未開封状態のスターターセットが売られていた。銃、剣、拳タイプの3種類が残っているようだが、他のタイプについて受付に聞いてみると入荷待ちになっているようだった。

「銃と剣タイプはレンタルでもプレイ出来るので、他のタイプを購入される人が多い気配ですね。入荷待ちと言っても通販で普通に購入できるようですので、通販で購入される方もいるようです。今のタイミングなら通販の方が若干速いかもしれません」

 店員に聞いてみると、通販では配送エリアによっては数日かかるらしいが確実に入手できるようだ。

 スターターセットの基本タイプは1000円と他のゲームでのスターターセットと比べると高い気配がする。他の銃剣、槍、弓といった拡張武装は2000円と通常スターターよりも高価になっている。各種ギミックや機能等も考慮した結果なのだろうか。

「普通に特撮ヒーローの玩具で同じような物になると若干値段が高いから、そちらと比べると安い流れではあるのだが…ゲーセンで継続プレイを考えようとすると値段が高い気配はする―」

 サイネリ アは思う。作品によっては一定の回数を使うと新しいICカードへデータを移動するようにする作品もある。サウンドウェポンでは他の音楽ゲームでも使える共 通カードがあるので、カードに関して心配事はないのだが、問題は武器型コントローラーの存在である。その辺りを店員に聞いてみた。

「不要なコントローラーは、メーカーに送れば手数料を引いた現金が戻ってくるようになっていますので、心配は無用だと思います」

 今後、サ ウンドウェポンに対応した筐体が出るとは限らない為、今回のような返品可能システムを導入したのだろう。その辺りに関しても問題はないようだ。レンタル可 能なサウンドウェポンでは物足りないと考えたなら実際にスターターセットを購入してカスタマイズをすればいい…という流れだろう。

「自分は銃タイプにするか。ハルカは…」

 サイネリアは銃タイプを選択したが、ハルカは何か悩んでいた。

「これも…サウンドウェポンじゃないの?」

 ハルカはグローブ型のサウンドウェポンが気になっていた。拳タイプのように見えるのだが、本来の拳タイプはボクシンググローブのような物である。

「これもサウンドウェポンですが、これは俗に言う指弾と呼ばれる物ですね。射撃系のサウンドウェポンですが、カテゴリー的には拳タイプになります」

 レアタイプだという事もあったかは不明だが、ハルカは指弾タイプを購入する事に。

 

 メタトロンと入れ替わるタイミングで次にサウンドウェポンをプレイしたのは皆本だった。皆本は銃タイプのサウンドウェポンを使用している。

「既に彼女はエキストラステージだが…かなりの実力があるように見える」

 メタトロンは皆本の動きを見て、相当の実力があるのでは…と思った。ヴァルキリーでの実戦経験がサウンドウェポンのプレイにも反映されているという事だろうか。

「あと少し…」

 皆本がプレイしている曲は、阿修羅という曲で以前にも別の場面で聞き覚えのある曲なのだが…。

「また、同じ場面で落ち―」

 これで何度目だろうか。同じ楽曲の同じ場面で落ちるという状況になるのは…。確かに阿修羅に関しては別の何処かで聞き覚えがあるのだが、どこで聞いたかまでは思い出せずにいる。

「皆本か…この場面では久しぶり、と言うべきか?」

 皆本の近くにやってきたのは、スターターセットを買ってきたばかりのサイネリアとハルカだった。丁度、これからマニュアルを開いて操作確認をする所だったが…。

「あなたは確か…何処かで?」

 皆本がハルカの顔を見て何処かで見覚えがあるような気配を感じた。確か偽者のスラッシャー…。

「余計な詮索はしない方向で頼みたい。彼女は一部で記憶喪失と同じ状態になっているからな…」

 サイネリアが皆本に詮索をしないように要請する。サイネリアが言う事なので何か事情があると思い、皆本もこれ以上は追及しない事にした。

「さて、カードの方は他のゲームでプレイ済の物を使うとして…」

 サイネリアが他の音楽ゲームで使用している共通ICカードを読み込ませ、ネームの登録を行う。

「ネームは…SAINE―」

 ネームを見て皆本は思った。SAINEと言えば、他の音楽ゲームでもかなりの実力を持つと言われているマルチ音楽ゲームプレイヤーと同じネームではないか…と。

 

「1曲目は、手始めにこれを…」

 彼が選曲したのはスターゲイザーだった。この曲は皆本がサウンドサテライトでの中央ビル突入時に選曲していた曲である。

「収録楽曲に関しては、他作品と被りが多いですね…」

 皆本がメタトロンに聞く。サイネリアの方はプレイに集中していて答えてくれそうな気配ではない。

「サウンドウェポンに関しては今回の作品で初収録の曲も多いが、メインはあくまで西雲隼人が今まで制作してきた音楽ゲームのオリジナル楽曲がメインとなっている。ライセンス曲も若干あるが、オリジナル曲の方が収録曲数的には多い流れになるだろう―」

 そんな話をしている内にサイネリアの1曲目が終わったのだが…。

「あの、手は抜いていませんよね?」

 皆本が1曲目のリザルトを見てサイネリアに確認する。結果がランクBだった事もあるのだが、それ以上に―。

「サウンド ウェポンは他の音楽ゲームとは違うシステムも持っている。特に他の音楽ゲームで言う所のゲージはサウンドウェポンではアクションゲーム等のライフゲージと 同じ意味も持っている。曲のリズムを合わせる為にマーカーのパーフェクトばかりに気を取られていると、今のプレイのように敵の動きを読み切れずに体力を削 られるプレイになりがちだ…」

 サイネリアが落ち着いて分析をする。似たようなガンシューティングタイプの音楽ゲームもプレイした事がある為に銃タイプを選んだサイネリアだったが、別ゲームのように上手くいかなかったようだ。

「他の音楽ゲームのようにフルコンボを狙うプレイ、パーフェクトプレイを目指すプレイスタイルも存在するだろう。しかし、それ以上に必要なのは―」

 サイネリアが次に選曲したのは、皆本が先ほどまでプレイしていた阿修羅という曲だった。名義は曲名同様に阿修羅と書かれているのだが…。

「この曲は、確か…」

 皆本が曲タイトルを見て、自分がプレイしていた曲だという事に気付いたのだが、それ以上に…。

「―曲に対する愛情だと自分は思う。嫌いな曲だったら、こういう形でプレイしようだなんて思わないからね。この曲は飛鳥が密かに別名義で作っていた曲なのだが…」

 あの時に聞き覚えがあったにも関わらず思い出せなかった理由、それは意外な理由だったのである。

「あの時に聞き覚えがあったのに、思い出せないでいた理由にそんな事が…」

 飛鳥が別名義で作曲した曲では、仮に聞き覚えがあったとしても即座に阿修羅が飛鳥の別名義だという事に気づかなければ分からないだろう。

「さて、始めるか…」

 阿修羅には3つの顔が存在するという話がある。この曲に関して、HP内の曲コメントによると…。

『今回の曲では怒り、悲しみ、喜びを表現しました。喜びがラストになってしまったのは…聞いてみれば分かるという事で』

 果たして、この曲ではどのような阿修羅が現れるのか…。

「最初は、怒りか―」

 序盤10秒ほどは嵐のような静けさとも言えるような雰囲気だったが、その直後に太鼓の連打音と共に大量の敵が画面上に現れる。

「これ位ならば、何とかなるか―」

 大量に現 れる敵は撃破しなくても特に問題はないが、攻撃された際にライフは減ってしまう為に攻撃を仕掛けてくる敵からひたすら撃ち落とす方法がベストと言われてい る。サイネリアは太鼓の連打音に合わせつつ、現れる敵を次々と撃ち落としていく。撃墜していく過程の中で、出現したアイテム等を確実に回収していく様子 は、まるで以前にもサウンドウェポンに触れていたかのような―。

「次は悲しみか…?」

 サイネリアは敵が少ない事に違和感を持った。処理落ちで数が減っているように見える訳でもなく、普通にプレイは進行している。

悲しみのパートはピアノメインでサブに鉄琴やヴァイオリン等も入っているような楽器構成なのだが、特に敵が登場するようなパートではないようである。稀に画面上に出現する回復アイテム等を回収しつつ、プレイを進めていく。

「ここまでは私と同じ…」

 皆本はサイネリアのプレイと自分のプレイを重ねていた。サイネリアはサウンドウェポンをプレイするのは初だが、表情は真剣そのものである。そして、自分と同じく別の何処かでサウンドウェポンに…。

「これで、最後か?」

 悲しみのパートは20秒程度だった。最後に待っているのは喜びのパートなのだが…。

「腕が…追いつかない?」

 サイネリアでも腕が追い付かないような大量の敵の出現は、周囲のギャラリーをも驚かせた。

喜 びのパートではピアノ連打に加え、ヴァイオリン、シンバルといったような楽器も使われ、シンバルの音は怒りパートでの太鼓連打と似たような流れになってい る。ヴァイオリンとピアノで表現された悲しみの連鎖からの脱出、これから始まるであろう喜びの待つ世界へ進む足音をシンバルで再現…。それらに合わせて現 れる無数の敵。何とかしてピンチを脱出したい所だったが―。

「さすがに2曲目で高難易度に挑むのは無理があったか…」

画面には『STAGE FAILED』の文字が表示されている。どうやら、演奏に失敗をしたようだ。

 

次にプレイするのはハルカなのだが…。

「1クレ…100円?」

 クレジッ トに関しては1プレイ100円設定になっていた。これだけ大型の筐体にもかかわらず…である。新作の格闘ゲームも1プレイ100円なのだが、こちらは CPU戦をプレイする前から乱入される為、状況によっては同じ100円でも、最終的なプレイ時間はサウンドウェポンの方が上になる。

「店舗によっては、1プレイ200円設定もあったのだが…この辺りは大型筐体ゲームの宿命…と言った所か」

 ハルカに説明したのはメタトロンだった。この辺りは店舗側の台所事情等があったりするのだが、説明をすると長くなるので適当な所で切る事にした。

「色々とやっている内に、プラクティスモードが始まったようだ」

 ハルカの場合は指弾というレアウェポンのスターターを買った都合もあるのだが、最初はプラクティスモードから始める事にした。

 

『サウンドウェポンの世界へようこそ…』

 画面中央に現れたのは、進行役の女性だった。服装は何故か暗殺者を思わせるようなフードをしており、顔は全く見えない。服装はビキニの水着なのだが…肌の部分は黒いラバースーツのような物を着ていて、肌色の部分が確認できないようになっている。

『あなたが使うウェポンは拳タイプの中でも上級者向けの指弾。これは拳タイプよりも銃タイプに近いアクションが要求される…』

 説明をハルカはしっかりと聞いているのだが、若干だが挙動不審な気配はする。

『まずは、指弾の基本を教える。利き手を画面に近づけるように伸ばしてみろ―』

 そして、画面の指示通りに右腕を画面に近づけるように伸ばす。伸ばし過ぎて画面を殴っても怪我をするだけなので、一定の距離を取った状態になっている。

『腕を伸ばしたな。その状態で、コインを弾くような動作をすれば指弾を出す事が可能になる。試しに数発撃ってみせろ―』

 暗殺者が画面中央から左端へと移動し、中央に的が現れた。どうやら、あの的に向けて指弾を撃つらしい。

「こうかな…」

 勢いよく親指を弾いたハルカ、放たれた指弾は画面中央の的を見事に射抜いた。それを見たギャラリーも思わず拍手をする。

「まずは上 出来と言った所か。プラクティス関連もサウンドウェポンは充実しているのだが、それらを飛ばしてすぐに実戦プレイを始めようとするプレイヤーも多い。2曲 目でゲームオーバーになり、その後はプレイしなくなるという者も実際に少なくはない。まずは説明書及びプラクティスを把握してからプレイするのが最善の策 なのだろう…」

 メタトロンがハルカにアドバイスをする。

『次は、連続で出現する的を―』

 今度は1個だけではなく、複数の的が出て来た。これらを全て射抜けばよいのだが…。

「あれっ?」

 1個は撃破したが、その後が続かない。おそらくは動作が遅い為に2発目が遅いという流れだろうか。

『連続で撃破出来ないと思ったら、拡散する指弾を使うといい。通常の指弾は指を1本で鳴らす感覚だが、拡散指弾は指を2本で鳴らす事で―』

 どうやら、複数の的には拡散指弾が効果的のようだ。画面でアクションしている通りに鳴らす事で拡散指弾を使えるようになった。

『高等テクニックだが、指で何個もコインを弾くような感じで指弾を打つと自動的に連射するようになっている。指を3本使ってならせばさらに強力な指弾を出す事も出来る。特に覚えておく必要はないが、いざという時に使えるようにしておくのがベストだろう―』

 武器に関しては終了し、今度はゲージについての説明のようだ。

『次はゲージに関しての説明だ。ゲージに関しては―』

 画面上を見ると、上と下に別々のゲージが表示されている。現在、点灯しているのは上のゲージのようだ。

『上のゲー ジはライフゲージだ。ライフゲージは途中で出てくる回復アイテムを回収しないと回復は出来ない。このゲージがゼロになるとその場でゲームオーバーとなる。 下のゲージはサウンドゲージと言って、スタート時にはゲージがゼロの状態でスタートする。このゲージは、敵ターゲットを曲のリズム通りに撃破する事でゲー ジが上昇する。規定量まで到達し、演奏が終了すれば量に応じたポイントが得られる。こちらのゲージはステージ途中でゼロになっても、演奏失敗になる事はな いが、ゲージゼロでのクリアよりもゲージが残っていた方が獲得ポイントは多い―』

 補足説明として、ライフ最大及びサウンドゲージ最大でクリアすると、カスタマイズ用パーツを得るために必要なポイントを大量入手できるチャンスが増えるという事だった。

『残りは1曲目をプレイして、それから判定…と行こうか』

 最初の1曲目はプラクティスという事で既にカテゴリー内で決まった曲しか選択できないようになっている。

「曲数は30曲だけど、知っているライセンス曲は1曲もないのかなぁ…」

 ハルカがざっと30曲を見た限りではライセンス曲は10曲あるのだが、どれも聞き覚えがないタイトルの物ばかりである。

「ひょっとして…」

 皆本はガールズグレートやグループ50の楽曲を探しているのでは…と言葉を続けようと思ったが途中で止めた。その辺りの楽曲は未収録だったはず…と皆本が思いつつ、ハルカが無事に選曲を終えた。

「難易度が簡単そうだったから…」

 ハルカが選曲したのは『ルシファー』だった。タイトルに関しては旧約聖書の方とは特に関係ないようだ。

「自分の前いたバンドのグループ名と似ているが…まあいい」

 メタトロンがつぶやく。そう言えば、メタトロンの前にいた事のあるバンド名と似ている気配はある。

 

 曲の入り方は、どうやらピアノベースのようだ。静かなピアノの旋律がこれから始まる戦いを予感させる。難易度が一番低い曲を選んだ為、敵に関しては冒頭から出る気配はない。

「簡単すぎる曲を選んだのかな…」

 ハルカが 待っていると、数体の敵がまばらに出現する。どうやら、譜面難易度によって出現する敵の数やタイミング等がかなり異なるようだ。この譜面はプラクティス限 定という事もあって、ノーマル譜面よりも敵の数などは少なめに設定されている。しかし、敵が少ない分だけサウンドゲージを上げるのにも一苦労をするのだ が…。

「この曲のハイパー難易度は、Aパートで大量の敵がいきなり登場するのだが…プラクティスだと8割位はカットされているのか」

 メタトロンが様子を見ている。曲のピアノ部分を叩かせるとしても、数が少なすぎないか…と。

「それっ!」

 ハルカが指を鳴らして指弾を放つ。敵1体に命中すると、サウンドゲージが半分以上上昇した。どうやら、敵の数が少ない分はサウンドゲージの上昇レベルを調整する事でバランスを取っているようだ。

「後は、ピアノのリズムに合わせるようにして敵を撃破していけば…」

 しばらくすると、ピアノパートとシンバルが複合するパートに突入した。更には電子ピアノパートがピアノパートと入れ替わるように自然に入ってくる。出現する敵の数も先ほどよりは多くなっており、難易度の低い曲とはいえ一筋縄ではいかなくなってくる。

 ハルカは無意識に拡散指弾等を使いつつ難所を乗り切り、後はラストの電子ピアノ連弾パートを残すのみとなった。

「ギターやドラムでは、ここの部分はかなりの難所だったが…。それ以外のゲームで移植された時も連弾パートだけは非常に難しかった記憶が―」

 サイネリアは過去にギター型やドラム型等の音楽ゲームでもこの曲をプレイした経験があり、更にはサウンドウェポンを除いたほとんどの作品でも移植された譜面を既にプレイ済みである。

「当たれ! 当たれ! 当たれ!」

 叫びもむなしく、指弾が思うように当たらない。ライフポイントは減っていないのだが…サウンドゲージが規定数を下回っているような気配がする。

「どうやら、攻撃が当たらない事でもサウンドゲージは下がるようだな…」

 他の音楽ゲームでは空打ちをしてもゲージが下がったりしない物もあるが、サウンドウェポンは空打ちをするとゲージが若干だが下がるようになっているようだ。

 

 無事にクリアしたハルカだったが、若干だが息が途切れ途切れになっている。サウンドウェポン初プレイとはいえ、こんなに体力を消耗するゲームだったとは…と本人は感じているのかもしれない。

「これが…サウンドウェポン…」

 結果を見ると、ランクはBだった。最高がSSSで最低がFというランク設定を見る限りでは、普通より少し上という所か。前半の流れは良かったものの、後半の息切れ等が響いた結果となった。

『とりあえずは、まずまずといった所か―』

 判定としては普通という事とプラクティスモードの為か、もらえるポイントも200ポイントと低めである。

「演奏に失 敗しても100ポイントは保障されている。格闘ゲーム等と違って、クラスの降格やポイントのマイナス等の概念は導入されていないから、その辺りに関しては 気にする事はない。ポイントに関してはあまり気にしないで、プレイすればポイントがたまって行くという風に気楽にプレイするのも一つの手だろう―」

 再びメタトロンがアドバイスをしている。ひょっとすると、彼女が将来有望な音ゲープレイヤーになるのでは…という思いもあったのかもしれない。

 

 2日後、ハルカは何故か撮影スタジオにいた。雑誌の撮影という訳ではなく、個人撮影のようだ。

「あんたは、確か…」

 カメラマンはハルカに見覚えがあった。それもそのはず、1週間以上前にグループ50としてのハルカを撮影していたからである。

「私はあなたとは面識がありませんが…」

 どうやらハルカにとってはグループ50に関しての記憶は全くない為、グラビア撮影をした事は覚えていないらしい。

「何か用があって来たのか?」

 カメラマンがハルカに問う。ハルカは写真撮影の為に来た事を説明するが…。

「今回は誰も入っていないからな…特別サービスだ。数枚程度なら無料で撮ってもいい」

 ハルカの表情を見てグループ50時代の印象が全く消えた事を確認すると、カメラマンは撮影スタジオへとハルカを案内した。

 

 その日、ダッシュの公式HPには今回のサウンドサテライトの一件で逮捕されたメンバーに関しての脱退とバンドの今後についての告知がされていた。

彼らの今後に関しては、今回リリースされたCDの自主回収に加えて無期限の活動自粛が決定した。しかし、解散に関しては…。

『けじめをつける為にも解散という選択肢も考えましたが、それでは今回の件から逃げているような気がするのです。その為にしばらく考える時間をください。そして、改めて結論を出す事になったその時に解散するかしないかの判断をしたいと思います』

 現時点での解散をダッシュは否定した。確かに解散という形でけじめをつけるという選択肢もあるだろう。その中で、あえて今回の件から逃げずに立ち向かおうという意思も発表されたコメントから読み取れた。

 

 サウンドウェポンが稼働してしばらく経過したある日、西雲隼人はホームページ上で今回のサウンドサテライトの件を含めた一連の音楽業界に関してコメントを発表した。

『これが西雲隼人の本気なのか…』

 この文章を見て驚くのは芸能関係者だけではなかった。それ以外にも音楽に関わるごく普通のファンや一部アーティストだけのねっ極的なファンも衝撃を受けたのである。

『西雲批判派がどう動くかは不明だが…これでしばらくは一連の事件で西雲が犯人という説はなくなるだろう…』

 西雲もサウンドサテライトの一件で犯人ではないと断定された訳ではないが、犯人である可能性はない事が警察の発表した情報で明らかになっている。

 その真犯人とは…警察でも情報をつかめない程の大きい存在なのか―?