7:新たな動きへ

 

 サウンドサテライトの一件から一夜が明けた翌日、音楽意識改革委員会が嶋の芸能事務所に対して家宅捜索を行っていた。

逮 捕したメンバーに関しては公式にニュース等では発表されておらず、それを知っているのは捕まえた警察とサウンドサテライトの一件に関わった一握りの人物の みであった。発表をしないように指示したのは委員会サイドで、現時点では決定的となる証拠もない為に下手に発表して、周囲を混乱させるのはまずいと判断し たようである。

『ご覧ください、グループ50等でも知られる島社長の芸能事務所へ音楽意識改革委員会のメンバーが家宅捜索を行っております。今回の捜索理由に関しては一切公表されておらず、ファン等からは行き過ぎた捜索等と批判の―』

 テレビを 見ていた西雲も今回の件に関しては完全にノータッチと言う訳には行かなかった。サウンドウェポンの技術が下手をすれば軍事利用される可能性があったという 事を証明した今回の事件、それ以外にもシングルCDチャートの信頼性を揺るがすようなダッシュの現メンバーを始めとした大量の音楽関係者の逮捕という展開 になった事は西雲としてもかなりのショックを受けた。

「やはり、ここは音楽業界に自制をしてもらうしか方法はないのか。あるいは強攻策を取ってでも…」

 そんな西雲の元に1本の電話がかかってきた。

「はい、西雲ですが…」

 電話の主は音楽意識改革委員会の社長であった。彼は西雲にすぐ来て欲しいと連絡をする為に電話をしたのだという…。

 

 その一方で、警察は今回の事件で使用されたコンピュータウイルス及び対ウイルスプログラムを作成した会社を特定し、会社の家宅捜索を始める為に東京の赤坂に向かっていたのだが、そんな中で1本の無線が―。

「作成者が自首してきた? 場所は…」

 無線連絡を受け、赤坂に向かうはずだったパトカー数台は犯人が自首をしてきたという北千住の警察へと向かう事になった。

 

 一方、音楽意識改革委員会の入っている西新井のビルに到着した西雲。そこでは…。

『メタトロンよりメールが入っています』

 着信音と共に、スマートフォンを取り出すと画面にはメタトロンのメールが入ったという表示がされていた。

『臨時ニュースをチェックしてみろ』

 たった1行の文章だが、それが意味しているのはかなり大規模な事件だった。西雲が近くのコンビニに入ると、そのニュースに関してのラジオが流れている所だった。

『先程入ったニュースです。昨日発生したサウンドサテライトにおけるコンピュータウイルス騒動ですが、ウイルス作成者が自首してきた模様です。現在、北千住警察に身柄を保護されている―』

 何もかもが出来すぎている、そう西雲は思った。誰かが捜査かく乱の為に身代わりを立てたか、真犯人がとかげの尻尾きりを始めた辺りだろう…と西雲はニュースの内容を疑っていた。

「せっかくだから、昼飯の買い物をしてから行くか…。丁度、腹も空いてきた頃だ」

 サンドウィッチのラインナップを見ると他のコンビニでは見ないような物ばかりなのに驚く。入る場所を間違えたか、と思いつつも先に飲み物を確保して、それからサンドウィッチを選ぶ事にした。

「とりあえず、これとこれを…」

 西雲は炭酸飲料と一緒に麻婆豆腐サンドと中華春雨サラダサンド、チョコクラッカーサンドの3つを購入し、委員会のビルへと向かった。麻婆豆腐サンドはパンではなくライスサンドと呼ばれる部類のようだ。

 

「遅かったな…」

 西雲が事務所に到着、会議室内にいたのはラーメンをすすっていたメタトロン、チョコ焼きを食べていた皆本、イベントに向けての楽曲を打ち込んでいた飛鳥の三人だった。

「この近くにラーメン屋ならあったはずだが…出前でも頼んだのか?」

 メタトロンがラーメンを食べているのを見て、近くにラーメン屋を見かけたので紹介しようと思ったのだが…良く見てみるとインスタントタイプの生麺だった。

「飛鳥は…何故ここにいる?」

 委員会メンバーである飛鳥がこの場にいる事に西雲は違和感を持っていた。本来であれば家宅捜索に向かっているはずだが…。

「家宅捜索に向かったのは上層部の幹部数人と南雲といったメンバーのみ。自分は社長命令で待機中。待機になった理由は把握しているのだが…」

 しばらくして社長が現れた。何冊かの資料を持っている所を見ると…。

「西雲君も来たか…。後は1名を待つのみだが、とりあえずはこの資料に目を通しておいてくれたまえ」

 社長が持ってきた資料は、ヴァルキリープロジェクト及びスラッシャーのプレゼン用資料と西雲と違う会社から出たばかりのサウンドウェポンと良く似たシステムを持っている音楽ゲームの説明書、他にはアーケードゲームを取り扱っている雑誌である。

「先程、陸送業者から筐体が届けられたのでセッティングをしている最中だ。それが終了次第、西雲君も立ち会っての話をはじめようと思っている」

 社長の場合は、顔にはあまり表情を出さないのだが、今回に限っては事件が事件なだけに心配そうな雰囲気をしている。それはいつもと同じような喋り方でも、力を入れて話す部分等に違いがあるからだろうか…。

「最近だと、音楽ゲームよりもカードゲームの方が人気ありそうな気配ですね。戦国時代が一種のブームになって、さまざまなジャンルでゲームが出ていますので、このカードゲームもそれに便乗している気配は―」

 皆本が戦国時代をテーマとしたカードゲームの記事を見ながら、チョコ焼きを1つ口に入れる。

「すみません、道路が少し混雑していて遅れました…」

 最後に事 務所に現れたのは翼だった。ゲスト出演が決まった特撮番組の撮影を終え、急いで所属事務所へ戻り、ここに向かっていたようだ。実際、翼たちの所属事務所と 音楽意識改革委員会のビルは一般道を挟んで向かい側に位置しているのである。この位置にも関わらず…とこれ以上の詮索は不要か。

「では、メンバーも全員揃った所で…隣の会議室へ向かうとするか」

 隣の会議室では、ゲームのセッティングが完了し…電源を入れるだけの状態になっている。そして、事務所のスタッフが筐体に電源を入れると…。

「この会社は確か…」

 西雲は表示された会社のロゴマークに若干の見覚えがあった。過去にシューティングゲームやパンチングマシーン等を出した事で知られるあのゲーム会社である。

「超音人伝説の作った会社とは別の会社か。音楽ゲームに参入するのは、この機種が初と言う風に雑誌では説明が…」

 メタトロンも会社自体に見覚えはあるのだが、音楽ゲームに関しては今回が初参入という事―。

「確かに見た目はサウンドウェポンには似ていますね。ただ、この作品は銃のみという事なのでこちらと被る事はないでしょう―」

 西雲がシステムに関しては類似点的な物は見当たらないと太鼓判を押す。その一方で収録曲のラインナップに違和感を覚える。

「ガールズグレート以外にもグループ50の曲が複数単位で収録されている点は気になります。超音人伝説の時とは違って、こちらは組織ぐるみで収録曲に圧力を掛けた…という事はないと思いますが―」

 それに関して、社長はある発言をした。

「実は、この作品でのグループ50楽曲の収録に関しては…ファンからの脅迫があったらしいという話を聞いたのだ。あくまで噂の領域であって、事実かどうかは調査中なのだが…」

 仮に本当だとすると、ある意味であってはならないような話である。収録曲に関してはリサーチ等を行った上で決まるケース等がほとんどなのだが、ファンの脅迫まがいの行為で収録という事実が明らかになると、音楽ゲームのイメージダウンは避けられなくなる。

「この作品に関しては、そういった事情があって、現在はゲームセンターへの納入を延期している状況だ。筐体が要望数に届かないという理由で延期という事で報道関係等には話しているが…実際、要望数の8割しか完成していないのも事実には違いないので、しばらくは大丈夫…」

 社長の発言に不安を抱いたのは西雲ではなくメタトロンだった。

「そんな要望で大丈夫なのか…。大丈夫なはずはないだろう」

 メタトロンはつぶやく。収録リクエストを行っていて、多数の票を獲得できて収録されたのならば納得は行くのだが、このやり方は到底許されるような物ではない。

「ゲームの方に関しては、この位にして…次は君達も気になっているスラッシャーの話なのだが…」

 社長が声をかけようとしていた時には、皆本と翼が2人プレイでゲームの方を楽しんでいた。

「音楽ゲーム自体は久しぶりに触りますが…こんなにも楽しい物だったとは思いませんでした」

 皆本は表情を見る限りでは、過去に音楽ゲームから遠ざかっていた時のような表情は見せなくなっていた。それを考えるとヴァルキリープロジェクトに参加させたのは正解なのだろう…と。

「このプレイが終わったら、話を続けたいのだが…よろしいかね?」

 社長の言う事も一理あるだろう…そんな事を皆本は思った。

 

「許せなかった…グループ50が日本国内でしか認められていない事実に。他のジャンルでは、世界に認められているアーティストも多数いるのに、どうして、彼女達だけ―」

 北千住警察では、自首してきたウイルス作成者の事情聴取が行われていた。彼はサウンドサテライトで使用されたウイルス及び対ウイルスプログラムの作成者でもあるが、それとは別にグループ50のファンクラブ一員という肩書きも持っていた。

「そして、ウイルスを作ったわけか。会社にあった自社製品のプログラムを流用する形で作れば、短時間で2つのプログラム作成する事は可能だろう。要望の時間までに間に合わせる為にも手段は選ばなかった…」

 実際、プログラムの解析も8割は終了…一部で自作した部分はある物の、半数以上は会社で販売しているパソコン用のウイルスチェッカーの物が流用されている。

「今回の件以外でも他社ゲームでグループ50の楽曲を入れるように…と脅迫した事件がこちらの耳に入っている。こちらにも関与していたのでは―」

 プログラムの解析途中で何かのファイルを見つけて復元した所、そこにはグループ50の楽曲を収録しなければウイルスを会社のサーバーに送り込む等と書かれた怪文書のファイルが見つかったのである。

「それ以外にもグループ50の現メンバーとのメールや通信記録等も発見された…」

 警官の言葉を聞いて、万事休すか―そう彼は思った。警察が発見した情報は、すぐに音楽意識改革委員会等にも提供された。

 

 翌日、朝のニュースではある事件が大々的に報道されていたのである。

『本日、容疑が固まったとの事で人気アイドルグループであるグループ50の―』

 警察や一部の人間しか知らなかった情報が遂に全国に流れた、その瞬間だった。2日前に逮捕された偽スラッシャーの正体であるグループ50のメンバーの件である。

「CDの回収、コンサートの中止等は確定しているが…この調子だと解散も避けられないだろう。この場合は解散といえるのかどうか分からないが…」

 西雲は慎重に今回の犯人逮捕のニュースを分析していた。間違いなく、この事件をきっかけに音楽業界は確実に冬の時代を迎えるだろう。それこそ、ネット上で言われていた最悪の展開が実現する位に…。

「J―POPと音楽ゲーム楽曲の立場逆転だけは…避けなくては。これが仮に実現する事態になれば、間違いなく芸能事務所などからは反発が予想される…」

 西雲が一番懸念する事、それはJ―POPと音楽ゲーム楽曲の立場逆転である。それだけ音楽ゲームの楽曲にも光を浴びる事になる為に一部では『何故、これが実行されない』というような意見もある。

だが、その一方で音楽ゲームとして表に出てきたのが西雲の開発したゲームが半数である為、嶋の天下から西雲に変わるだけと言う冷ややかな意見があるのも事実である。

「これを回避する為の打開策は…」

 サウンドウェポンの調整を続ける中で西雲はある書類をまとめていた。それは…。

 

『遂にグループ50もガールズグレートと同じ末路をたどったか…』

『ガールズグレートと同じという訳ではないだろう。向こうとは違って、こちらはメンバーが逮捕されたのだから…』

『ただ、グループ50の場合はそれぞれがソロ活動という訳にはいかないだろう。噂では社長も逮捕されるという話だからな。ガールズグレートと同様に黒歴史になるのが有力だろう…』

 その夜、ネットではメンバー逮捕に関してのスレが早い割合で複数立っていた。

『音楽ゲーム楽曲とJ―POPの立場逆転が来るか?』

『世界でも音楽ゲーム楽曲が見直されている今では、立場逆転を望む声は出るかもしれないだろうが…』

 一方で、西雲が懸念している立場逆転の話もネットで出ている事も事実であった。

 

 翌日、音楽業界に衝撃が走る事件が起こった。グループ50に関しての件もあるが、それ以上に衝撃的だったのは…。

「これは…正気とは思えない!」

 音楽意識改革委員会のホームページ上で公開された文章を見た芸能関係者は口をそろえて異を唱え始めた。

「グループ50の一件は確かに音楽業界を見直すきっかけにはなったが、西雲隼人という人物はここまでやるのか?」

「これでは、他のアーティストもグループ50と同類にしか見ていないのと同じだ!」

「ここまで西雲隼人は音楽業界を色眼鏡で見ていたのか…」

「これでは、アニメやゲームの架空アイドルしか受け入れないのと…」

「これが、グループ50に失望した西雲隼人の本気なのか…」

 芸能界やテレビの情報番組では、早速西雲隼人の発表した文書に対してのニュースが流れていた。これを見たネットの住民は…。

『遂に西雲隼人の堪忍袋の尾も切れたか…』

『グループ50が解散するのは確定としても…あとどれ位の同じようなアイドルを解散させる気だ?』

『音楽ゲーム楽曲、春の時代が来るのか』

『本当に本人が否定していた勢力逆転を本当にやるのか…?』

『グループ50に頼りすぎた結果が、ご覧の有様だよ!』

 ネットの住民はグループ50に頼りすぎた現状に加えて、何処を見てもグループ50の劣化コピーばかりのアイドル勢に嫌気がさしたのでは…と西雲の一件について見ていた。

このニュースは海外でも話題となり、ジャパニーズメッキアイドルの終わり…と言うような新聞記事が有名新聞の一面を飾っている状態になっていた。

『日本の音楽業界も変化の時代なのでしょうか?』

『我々が知るような有名なアーティストは過去の時代になり、今ではグループ50やガールズグレートに代表されるようなメッキアイドルが流行してしまった。これは音楽を芸術としてはなく金のなる木としてしか見ていなかった…という事でしょう。そんな状況で西雲隼人は―』

 海外のニュース番組でもある程度の時間を割いて取り上げるほど、西雲が発表した宣言が大きかったという事だろう…と。

 

 とある指令室、架空ゲームの軍人と思われる人物が10人程集まっているサムネの動画があった。その動画タイトルは…。

『西雲隼人の音楽改革にあの指揮官が何か言いたいようです』

 

「遂に西雲隼人による音楽改革が始まったようです。この音楽改革には、第三者機関の設置や過度のPRに対しての規制などが盛り込まれているようです」

 部下らしき人物の説明は続いている。その中で指揮官を見つめる部下も何人かいた。

「既に大手芸能事務所の多数が抗議文を西雲隼人に送っているようですが、現状では改革案は微調整をされた後に意識改革委員会に通されるのは時間の問題かと…」

部下の発言を聞いて、指揮官の様子が変わり出した。

「グループ50は改革案の対象に入っているのか?」

 指揮官の質問に対して部屋は一気に静まり返った。その中の一人の部下が…。

「グループ50ですか。それは…」

指揮官の質問に回答しようとするが、下手に刺激はしたくはない…という流れで質問に答える気配はない。

「グループ50は当然ですが、ガールズグレートも同じ対象に含まれている模様です」

 答えようとした部下とは別の人物が代わりに指揮官の質問に答える。すると、指揮官の様子に若干の変化が表れて来た。

「グループ50のファンは、この場に残れ」

 指揮官の発言の後、部下の3人を残して他のメンバーは外へ出て行った。

「これはどういう事だ!」

 指揮官は机にある地図を手で何回も叩きながら残った3人に対して抗議をする。

「西雲隼人が、このような手段に出る前にどうしてお前達が行動を自重できなかった?」

「しかし、シングルが十万枚も転売されていた件に関しては、周囲も警察に相談を何度も行い、一部ファンも被害届をだしていたようですが…」

「転売していたのは逮捕されたあのグループだけではないだろう。どう考えてもグループ50がシングルで売り上げた100万枚の内の5割近くは転売の疑いは確実にあっただろう! その辺りはどうなっている?」

 指揮官の発言に対し、部下の一人は反論する。しかし、それでも指揮官の怒りは収まらない。そんな声を聞いた指令室の外では…。

「他のアーティストの限定版CDでも転売はあったのに…どうして?」

「グループ50の一例は出品手数料等で儲けを得ているオークションサイト的にも問題があったと思うのだが…」

「どうして、あの芸能事務所ばかりが…」

 指令室の外では中に残っている3人を気遣うスタッフの姿もある。

「私はグループ50を愛していた。なのに…今回の事件で解散は確定だろう。更に言えば同事務所のガールズグレートも同じ末路をたどるだろう―」

 しばらくして、落ち着いた指揮官は残った部下3人にこうつぶやいた。

「グループ 50の黒歴史化は避けられない事実だ。しかし、他の同じようなアーティストが今回のようなファンの暴走等で同じ末路をたどる事になる事は一切ないという保 証はどこにもない…。私は西雲隼人がこのような行動に起こさなくても、ファンが暴走行為自体を自重してくれる…そう信じている」

 動画はここで終了している。これらのセリフに関して、実際に指揮官などは喋ってはいない。これは、映画の一場面に嘘の字幕を付けて演出をした嘘字幕という動画である。

 その中で、ある作品の指揮官と部下のやり取りに嘘字幕を付ける指揮官シリーズは動画サイト内でも人気があり、今回の西雲隼人の一件に関しても一部にはネタ被りをしている物も多数あるにも関わらず、多岐にわたって再生数が多いのが特徴になっている。

 

 同じ動画サイト内に静画を扱うサイトも併設されており、そこでも今回の西雲に関する一件を扱ったイラスト等が多数存在した。

『グループ50が解散…信じられません』

 ガールズ グレートのメンバーのイラストにこの一言が添えられた静画には1万以上の閲覧に加えて、マイリスト数が1000を超えていた。何故にガールズグレートかと 言うとグループ50のメンバーに関して誰が逮捕されたかが分かるような物に関しては削除されている傾向がある為のようだ。

 

『グループ 50及びガールズグレートのような事件を繰り返さない為にも、音楽業界には自制を求めようと考えました。しかし、それでは再び同じ事件は繰り返される。そ う確信するに至りました。その為、音楽業界に更なる自制を求めるのではなく…第三者機関によって認可した芸能事務所以外の芸能活動を一切禁止しようと思 い、幅広い意見を募集しようと思います』

 西雲の文章自体は短い物であったが、それでも音楽業界に衝撃を与えた度合いとしては計り知れない物があった。

簡 略化すると、第三者機関による認可を認めた芸能事務所以外は芸能活動の全てを禁止する…と言うものである。ここで示す第三者機関は音楽意識改革委員会では ないのだが委員会のホームページに掲載されている為に自然と…という噂が広まり、今のような規模の大きさの騒動にまで発展している。

 

こ の他にも、西雲は資金力で物を言わせるようなPR活動、シングルチャート等で初登場1位を獲得する為だけの目的で組織的にCDシングルを購入する事等に罰 則を加える形で全面禁止―その他にも多数の音楽意識改革案を出している。これら全てが素通りするとは考えにくいものの、今の彼ならば全てを通しかねない状 況があった為、火消し活動等が頻繁に行われているのである。

 

「西雲君がここまで追い詰めていたとは…こちらの予想を上回っていたという事か」

 社長も今 回の件に関しては、サウンドウェポンの技術が軍事転用できる可能性も…という事が明らかになっただけではなく、大量の音楽関係者の逮捕やその後のグループ 50現メンバー逮捕にまで発展した。これ以上は音楽業界が持たないのでは…社長は現在の彼の心境を考えていた。

『何故にここまでの事をする彼の行動には理解しかねる』

 今回の一連の動きで意外な動きを見せたのはゲーム業界だった。CMで芸能人を起用したり、作品によってはアイドルが声優を担当したりするケースがある。西雲が提案した案がそれらの活動を阻害するのでは…と見たからである。ネットの住民からは―。

『芸能人を声優に使うのは一種のPR活動に近い。実力のある人物を起用するならば反対活動に賛同してもいいが、初挑戦の人物や話題の人物しか起用しないから…という情勢だろうな。西雲の案がそれらも規制するような物に近いと判断して反対運動をしているだけ…』

『話題のアイドルを起用しても、セリフの喋りが棒では…ゲームとしての出来も疑われるレベルだというのに―』

 ゲーム業界では、今回の動きに同調するメーカーは数社程度になっており、芸能界関連の大規模勢力に比べると雀の涙になっているのが現状だろう。

 その他に も、ファッション業界や百貨店等もPR活動が限定される等の理由で西雲の案には反対の姿勢をとった。その他にも第3者期間を政府に変えてみては…という修 正案や一部アーティストに限定の仕様に変更等の案も寄せられ、最終的には日本だけではなく海外にも飛び火するような結果となった。

「これは予想外の結果になったようだな…」

 西雲は委員会に出した物とは全く別の書類も事前に用意していた。どうやら、周囲の反応を見るためにも偽物の案を作って、今日発表と言う形にしたらしい。

「例のデータ解析に関しての一件もある以上は、意識を別の所へ分散させるのも重要なのか…。憎まれ役も慣れてきたが、今回は流石に厳しい物があるな…」

 例のプログラムとは、不死鳥がサウンドサテライトから分散させて各所にばら撒いたデータの事である。

 

 翌日、西雲から書類がEメールで音楽意識改革委員会のパソコンに届けられた。

「これは…?」

 社長も書類の内容を見て驚いた。昨日書いていた内容とは根本的に違った内容である。

「そういうことだったのか…」

 先程、家宅捜索から戻った南雲も書類の内容を見て驚きはするが、反応は社長とは違って限定的である。

「元々、向こうもこういう風な事をしたかったのでしょうが、グループ50の一件もあって情勢的にもすぐには出せず、何かワンクッションを置く必要性があった。それが昨日の案だった…という所ですね」

 南雲は社長に説明する。どうやら、西雲は音楽を本当の意味でどれだけ愛する人がいるかどうか…それを試していたようである。

 

 文章はホームページ更新と共に新たに送られた文章に差し替えられた。今回の差し替えの経緯に関しても説明を加える形で昨日の案を削除し、本日の文章をホームページ上に公開した。

『昨日は自 分の意見に対して、数え切れない程の意見をいただきました。それらの意見に全て目を通す事は叶いませんでしたが、時間の許す限り、何万と言う意見に目を通 しました。中には映画のワンシーンを用いたパロディー動画を作成して動画サイトに公開する人やイラストで今回の件に関して訴える人、プリンセスで今回の一 件を歌にして作った人もいました。更には日本だけではなく海外からも多数の反応をいただきました。それらに個別で返事は出来ませんが、その返事の代わりと して今回の案の修正を再度提案し、それに対してご意見をいただいた上で実行すると言う方向に変更する事で自体の収拾を図りたいと思います―』

 委員会に よる記事の差し替えの経緯説明の後には、今回の一件に対するイラストやメッセージカードの写真が、最後には西雲隼人の直筆サインの入ったメッセージが書か れていた。イラストやメッセージカードはほんの一部だけだが、写真に写っているだけでも500件以上はあるだろうか…。ハガキの山や封筒等を数えると、 もっと来ていると予想されている。

「あれだけのメッセージが西雲の元に送られていたのか…」

「あのメッセージだけではなく、動画サイトにある西雲の提案に異議を唱える動画だけでも500件以上、全部を再生しようと思うと1時間ごとに5分休憩したとしても通しで見るだけで1週間以上はかかる計算だ…」

「しかも、海外の反応も動画サイトに上がっている物を含めると相当数…これをわずか数時間で全部を見ることは不可能に近い。反応後にいくつかは見る方向だとしても…通常業務にも支障が出るクラスだな」

 サイトを見た業界関係者は、今回の一件で西雲隼人という人物の凄さと言う物を改めて知る事になったのである。

『やっぱり、J―POPと音楽ゲーム楽曲の立場逆転は望まないか…』

『それを現状で望むのは、一部の音楽ゲームユーザーのみ…と言う所か』

『望んだのは音楽業界の安定化であって…単独支配という事ではないのか。それが西雲隼人らしいといえば彼らしい行動と…』

 ネットの住民からはJ―POPと音楽ゲーム楽曲の立場逆転を望む物にとっては失望感を抱く結果になったのだが、西雲を知るような人物にとっては最終的にはこの形に落ち着いたのか…という意見になった。

 

 西雲の一件から1日が経過し、サウンドサテライトの事件で動きがあった。

「遂に、彼が逮捕される流れになったか…」

 社長が見ているテレビに映っているのは…何と嶋社長である。

『本日、サウンドサテライトの一連の事件で首謀者となっていた嶋基秋元社長を―』

 そして、皆本が途中でテレビを別のチャンネルに変更した。そこには、ボディコンスーツ姿で敵の雑魚を蹴り飛ばしていく翼の姿があったのである。

「そう言えば、翼の出演していた番組のオンエアーは今日でしたね」

 皆本は思い出したかのように社長に言う。

嶋社長逮捕の一件でショックを受けていると思われていたが…現状では大丈夫なようだ。

「嶋社長の逮捕と今回の一件で、事務所の方も色々と方向転換するのでしょうか…」

 皆本が懸念していたのは嶋社長逮捕でリーダー不在となったあの事務所の今後だった。

メ ンバーが逮捕という形になったグループ50は解散ではなく黒歴史として永久抹消される事になり、前に不祥事を起こして活動休止だったガールズグレートも解 散と言う形となった。これによって嶋社長がプロデュースしてきた2大アイドルは表舞台からは姿を消す事になったのである。

「結局は、グループ50の誰が逮捕されたかは報道されなかったみたいですね…」

 翼が出演 した番組が本日だと聞いて、紫苑も事務所に姿を見せた。彼女の言う通りにグループ50の誰が逮捕されたかまでは今日現在でも報道はされていない。20歳未 満のメンバーもいた為に実名報道を控えたのか、今回のサウンドサテライトでの一件が最終的に大規模な事件には発展した物の、周囲のエリア等でけが人が出な かった事に配慮してか…その辺りの詳細に関しては謎に包まれた状態になっている。

「確かに、紫苑君の言う通りに実名報道を控えたと言うのもあるだろう。ただ、それ以上に事件を大規模に報じたくないと言う事情もあるかもしれない。今後の動向を見守っていく事こそ、今回の事件を経験した我々がすべき事なのかもしれない…」

 社長がきれいにまとめた所で、三人揃って翼の出演した番組を見る事にした。

「それにしても、あの服のデザインって誰が出したのですかねぇ…」

 皆本が突っ込みをしようとしたが、そんな空気ではなかったので深く追求する事をやめた。

 

 その一方、チャート製作会社ではグループ50の曲の扱いに関して議論していた。その結果は、翌日発表のチャートと一緒に発表されるのだが、抹消が有力視されている。