4:サウンドサテライト

 

 次の日の朝、ニュースではサウンドサテライト内で起こった襲撃事件を大きく取り上げていた。

『今回の襲撃事件で逮捕された歌手の…』

 昨日の恐竜の覆面をして潜入を試みたダッシュのメンバー以外にも同じ事を考えていたアーティスト、バンド関係者等が大量に逮捕されたという事実は周辺を驚かせていた。

「ウチのアイドルはCDリリースが今週ではなかったのが幸いだったようだ…」

 委員会の会議室から社長室へと戻った社長は先ほど付けたテレビを見て驚く。

「今回だけでリリースされた10作品以上が回収…。確かに、あの事件はネットでも話題になっていましたから」

 事務所に到着した紫苑が社長に言う。あの事件とは、超音人伝説に収録されたライセンス曲を巡る一件の事である。この事件をきっかけとして、行き過ぎた宣伝やCDのPRを規制しようという働きが各地で出てきたのである。

 

過去に西雲隼人は音楽業界が1組のアイドルに支配されている傾向を彼女達の商法等から感じ取り、音楽業界に大鉈を振るったのだが、それでも抜け穴を利用される形で色々な商法が展開されていたのである。それがガールズグレートの超音人伝説を利用した楽曲PRだった。

最終的には南雲を始めとした委員会のメンバーの活躍で、コンセプト系を含めた一部事例の例外を除き、過剰なPRやCDチャートへのランクインを目的とした音楽ゲームにおける1アーティストのライセンス曲のみを収録した作品の制作を制限する等の方向でまとめられた。

「レコード会社や芸能事務所が自分達の地位を利用したという典型的な例があの事件だった…。資金力がないレコード会社や芸能事務所では真似が出来ない以上、フェアと言えるPRでは到底なかったのも特徴だったという事だ」

 しばらくして、この場にプロデューサーも姿を見せた。

「事件以降は表立って大規模PRが出来ないのであれば手段は選ばず、足が付かなければ非合法な手段を取っても良い…という風潮になってしまったのかもしれない」

 社長はあの事件が引き金となり、大手アイドルグループばかりがTV等に出演する一方で、他の小規模グループは歩行者天国等でのゲリラライブに代表されるファンに危険が及ぶような手段を使ってでもCDのPRをしようとする…そうなってしまった現状を嘆く。

「やはり、資金力のある大手が自重すべきなのか、それともファンの暴走とも言える行動の方を規制すべきなのか。西雲隼人は現状を思っているのでしょうか?」

 西雲はガールズグレートや今までの似たような商法がアイドルバブルを生み出す元凶として考え方を…と大鉈を振るった。

しかし、その直後に自身のアルバムがリリースされた週のアルバムチャートでは2位という結果に終わっていた。

一説には西雲が音楽業界には不要と言う説も浮上したのだが、実際はそれ以上にアイドルバブルを維持しようとする会社やファンの多さに敗れたと言う説が有力である。

「サウンド サテライトは数多くのレコード会社が音楽業界そのものを見直すきっかけとしてオープンを進めている総合施設と聞いている。今のタイミングで箱物に頼るの は…という話もあったが、アイドルバブルは何かのきっかけで崩壊するのは目に見えている。それ以上に必要なのは、次の音楽業界を引っ張るべき人材だと思う がね…」

 社長がプ ロデューサー達に熱く語る。過去に自分が芸能界に入りたての頃には今のようなアイドルバブル全盛期ではなかった。色々なジャンルが音楽業界を動かし、時に は世界に認められるという快挙を達成した事もあった。しかし、今のアイドルバブルに頼り切っている日本の音楽業界は音楽鎖国とも取れるような現状になって いる。

「今の音楽業界では、確実に何処かで破綻するのは目に見えている。ガールズグレートのような例が再び起こるのも時間の問題なのかも…」

 紫苑は社長とプロデューサーに進言した。今の日本にはアイドルバブルに頼らない体制が必要であると同時に…。

「急に電話が…」

 社長席に置かれた電話が急に鳴り出した。コール音がいつもとは違う雰囲気の曲だった事から緊急性の高い連絡と言うのがすぐに分かった。

「クラシック曲の魔王ですか…着信音とはいえ、この曲は心臓に悪いと言うか」

 着信音を聞いたプロデューサーが社長にアドバイスした。この魔王と言う曲は同名曲がいくつか存在するのだが、この着信音は飛鳥悠が独自にアレンジした楽曲である。

「ピコピコ音の物でも良かったが、最近は着信音も進化していて…色々と無理を言って作ってもらったものだ」

 どうやら、威圧感やまがまがしさ、暗黒面といったような魔王の雰囲気を別解釈してアレンジした物を着信音にしているらしい。

「電話には出なくていいのですか?」

 紫苑に言われて、ようやく社長が電話に出た。電話の主は飛鳥である。

『社長、今すぐ指定したチャンネルに番組を変更できますか。チャンネル番号は7…』

 社長がテレビのチャンネルを7に合わせると、テレビで放送しているのは生放送系の情報番組なのだが…上の方に表示されている字幕テロップの内容に三人は驚きを隠せなかった。

「これは…」

 衝撃的な展開に社長は驚く。

「サウンドサテライトで何が…」

 プロデューサーはテロップが嘘である事を信じたい気持ちだった。

「まさか、警察が全部捕まえたわけではなかったの?」

 紫苑は、あの時の懸念が現実になった事にショックを隠せなかった。

 

『本日未明、東京台場にオープン予定の音楽施設『サウンドサテライト』にて大規模停電が発生。原因は調査中…』

 その後、社長は委員会の方へ向かう準備を整え、プロデューサーと紫苑は社長室を後にした。

「南雲君、既に知っていると思うが…非常事態が発生した。君にも本部に来てもらう事になる方向で調整中だ。今は委員会の方でも情報を集めているが、今回の一件は以前の超音人伝説の件を越える物になるかもしれない事を…」

 プロデューサーのまとめた書類に目を通しながら社長は南雲へと電話をかけ、本部へ来るように要請した。

「次は、ヴァルキリープロジェクトか…」

 社長が次に連絡を入れたのは、ヴァルキリープロジェクトの研究施設だった。

 

「既に起動準備は整っていますが、まだ実戦投入には早すぎるのでは…と思いますが?」

 電話に出た研究員の話によると、起動自体には問題はないのだが、サウンドウェポンを含めた実戦運用には若干の不安が残る。データ自体は昨日までの分は打ち込みが完了してしるのだが、今日の訓練の分は未調整となっている。

『こちらで提供出来る範囲のデータをいくつか用意させる。これを使って明日にでも作戦を決行したいのだが…』

 社長が研究員と交渉する。委員会側で所有しているサウンドウェポンのデータを提供するのを条件に明日の作戦決行にするという事だが…。

「では、それで手を打つ事にしましょう。こちらでもサウンドウェポンのデータは必要ですし、独学データだけでは限界がありましたので…」

 交渉は成立したようだ。電話を終えた数分後にはサウンドウェポンのデータが送られてきた。これには研究員も驚く。

「既に準備はしていた…という事か」

 研究員はつぶやく。そして、送られてきたデータを使ってヴァルキリーの最終調整を始めた。

「作戦は明日決行される。それまでに各種調整を完全な物に仕上げる…」

 そして、研究員総出のヴァルキリー最終調整が皆本も加わって始まった。

「そう言えば、グラビアの撮影があるとプロデューサーから話を聞いたのですが、そちらは大丈夫なのでしょうか?」

 研究員の一人が皆本に尋ねる。彼女のスケジュールを見せてもらった際、今日は雑誌のグラビア撮影があると聞いていたのだが…。

「あの撮影でしたら、別のアイドルに入れ替わる形で撮影を変更する…と言う話を聞きましたので、特に問題はありません」

 別のアイドル…と言う部分が気になった研究員だったが、深くは追求しない事にした。

「彼女も来てくれている以上、調整に妥協は許されないと思って全力で頑張ってくれ!」

 研究員のリーダー格の人物が他の研究員を激励する。

「そう言えば、朝からサイネリアの姿が見えないが…」

 リーダー格の人物に研究員が尋ねる。

「昨日までは調整等を手伝っていたようだが…今日は非番という事になっている」

 サイネリアは一体、どこにいるのか…。

 

 皆本から別のアイドルへ差し替えたグラビア撮影現場では、カメラマンが若干の不満を持ちつつも予定時間より10分ほど早い時間で撮影が終了していた。

「急なモデル変更の話があったと聞いて誰かと思っていたが…」

 仕事は仕事なので引き受けたカメラマンだが、モデルがガールズグレートに代わってナンバーワンアイドルとなったグループ50のメンバーだった事に若干の不満点があった。

「グループ50は新作CDが発売と言う事もあってのモデル変更と聞いているが…」

 皆本がヴァルキリープロジェクトの方で忙しく、それを考慮してモデル変更の申請をしていた。変更の話を聞いて即アポを取ったのがグループ50側だったのである。

「皆本が全力を出せる物を見つけられたのならば、それでよいのだが。急にグループ50がスケジュールを入れたのかが非常に気になる所だ。やはり、意識改革委員会の過剰なPRに当たる行為なのだろうか…」

 カメラマンは、それを確かめる為にある人物へと電話をかけていた。

『私だ…』

 電話に出たのは社長だったのである。

「実は、グループ50に色々と不穏な動きがあるのだが…調べてもらえないか?」

『グループ50か…。実は我々もサウンドサテライトの一件が彼女達のCD宣伝に使われるのではないかと懸念していたが…。これで点と線がつながったという事になるな』

「現状では、事務所側が仕掛けたのか…どちらなのかは確定していない。どちらにしても今回の事件が西雲隼人の音楽業界改革を再加速させるのも時間の問題だろう」

『ネットでささやかれているJ―POPと音楽ゲーム楽曲の立ち位置逆転の事か…。それはあくまで西雲を崇拝している一部ユーザーのばら撒いている噂だろう。俗に言う有名税という見方が有力だと思うが…』

「とにかく、グループ50の件はよろしく頼む。仕事は仕事として受けるが、下手にCDの売り上げに貢献させてアイドルバブルを加速させるのは、こちらとしても好ましいと言う状況ではない」

 カメラマンも社長の言っていた西雲の音楽業界改革に関しては一理あると思っている箇所はあるのだが、マスコミがそれとセットで報道しているJ―POPと音楽ゲーム楽曲の立ち位置逆転に関しては理解出来ない所があった。

「全ての音楽は生まれた理由が存在すると言う発言をしていた西雲が、あのような発言をするとは思えない。おそらくはマスコミが自分達に都合のいい解釈をしたか、それこそグループ50のようなアイドルバブルを続けようとしている一部による所か…」

 音楽業界改革だけが一人歩きを始め、気が付いてみるとアイドルバブルを延命させる為の口実に利用されているのでは…と。

「いつの時代からアイドルバブルが始まったのだろうか。今のままでは音楽業界のみが鎖国時代に逆戻りしているのと同じか」

 パソコンの電源を入れ、先ほど撮影した写真の編集を始めた。彼はカメラマンと写真編集の2つをこなせるカメラマンで写真集も出した事があり、皆本の写真集も彼が出版している。

「他の業界が変革している中で音楽業界のみが予想外の所で退化しているとは…過去の偉人達が今の音楽業界を見たら、どう思うのだろうか」

 過去の音楽業界で注目を浴びた偉人達がグループ50やガールズグレート等のような鍍金アイドルをどう思うのか…と。

 

 その夜、グループ50の所属する事務所ではある人物が携帯電話をかけていた。

『まさか、あなた自身が連絡を入れてくるとは…予想外でした』

 電話に出たのは、ライオンの覆面だった。どうやら、何かの段取りをする為に連絡を入れたようだ。

「例の計画は…」

『前日にネズミが入り込んだようですが、警察が捕まえたようです。おかげで、シングルチャートのライバルが減って一石二鳥…という所でしょうか。それ以外にも正体不明の連中もいたようですが、警察にも捕まっていない所を見ると…』

「それは委員会の連中だ。マスコミが報道していない所を見ると、裏で様子を見ているのが有力だろう。既に計画はどこかに漏れている可能性がある。警戒を怠るな…」

『委員会ですか…。西雲隼人辺りに情報が流れていたら一大事でしたが、それは『阻止』されたようですね…』

「そうだな。ただでさえ、大規模アイドルグループが独占的にPRをする事が規制された以上―」

『とりあえず、その話は後ほど。今は、サウンドサテライトに来るであろう『敵』を迎え撃つのが最優先ですので…』

「分かった。例のウイルス以外にも送り込めるものがあれば、例のルートで運ばせる。何としても…他の連中には見破られるように注意を…」

 そして、彼女は電話を切った。不死鳥の覆面が使用しているウイルスのオリジナルは彼女が提供した物を使用しているようだ。そして、彼女は別の所へも電話をしていた…。

「例の物を用意しなさい。おそらく、向こうはヴァルキリーを送り込んでくるはず。あの装備は自分が使います―」

 どうやら、委員会の行動は何者かに先読みされているらしい。

 

「指示をお願いします…」

 研究員が小型の輸送機にヴァルキリーと武装各種を搭載し、後は作戦の開始を待つのみになっていた。

「遂に始まるのですか…」

 スーツに着替え終わった皆本は乗り込んでいるリーダー格の人物に話しかけた。

「この作戦が失敗すれば、彼らが起こした無謀なPR活動が全国に広まり、各地で混乱が起こるのは明らかだろう。このような無謀で下手をすれば周囲に危険を及ぼすような行為を認めるわけには行かないのだ…」

そして、輸送機は研究施設の特設空港から飛びたった。目的地は音楽施設『サウンドサテライト』である。

 

『まもなく、目的地上空付近です。降下準備をお願いします』

 降下と言われて皆本は何の事かさっぱりだった。しかし、重装甲のアーマーが用意された本当の理由は…。

「このアーマーの存在理由…そういう事でしたか」

研究員がアーマーを皆本に装着させる。訓練してきた為か、今まで装着時間が10分以上かかっていたのが、5分近くにまで短縮されていたのである。

『最終目的 を伝える。君の目的は、サウンドサテライト全エリアの中でウイルスの侵攻を許してしまった6エリアのウイルスを除去する事である。途中で端末エリアがあれ ば、随時アクセスして経過を報告せよ…。既に別の工作員がサウンドサテライトの施設奪還の為に動いているという話も聞く。ひょっとすれば工作員と同調して 作戦を行う事になるかもしれないが…その辺りは君の判断に任せる事にする。では、健闘を祈る…』

 何処からかの作戦無線を確認し、皆本は上空200メートルある距離からダイブをした。

「さすがに、降下までは完璧に訓練できた訳ではありませんが…」

 皆本は何とか訓練で覚えた事を思い出しつつ体制を整え、各種バーニアを作動させる。

 見事に着地に成功したヴァルキリー…。各種バーニアが付いていた追加アーマーをパージし、着地時に少しジョイントが外れてしまったブラスターを調整する。

「各種装備に破損なし…。これから、作戦を開始する」

 そして、ヴァルキリーは最初のエリアへと向かう為、闇の中と消えていった。