3:ヴァルキリープロジェクト

 

 サウンドサテライトへの突入前日、ある人物が研究施設へと足を踏み入れていた。彼はアイドルをプロデュースしている駆け出しの新人プロデューサーである。

「いかがでしょうか…この企画は?」

 眼鏡をかけた研究員がプロデューサーを施設案内しつつ企画に関して説明していた。ポケットに付いている名札にはサイネリアと書かれている。

「今、音楽 業界に必要な物は本当にお金を支払っても良いという価値を見出せるようなアイドルなのです。しかし、現状では会社の宣伝や広告塔的なアイドルばかりが乱 立、『それが日本経済を支える原動力だ…』と事務所の指示で発言しているような間違った評論家が叫ぶような時代になっています。あなた方も最近のテレビ番 組をみて思う所があるはずです。主演アイドルの映画宣伝の為だけに過去に出演した作品を連日再放送したり、特別番組を連日放送したり。中には、映画のCM では大絶賛のコメントばかりをセレクトしてOA…。これでは視聴率以前にテレビの私物化と言われて問題視になっていてもおかしくはありません。それだけ、 日本経済は鍍金アイドルに頼らざるをえない程の現状になっていると考えられますが…」

 サイネリアの話は続く。要約すると、現在の音楽業界は一種のアイドルバブルという状態になっていて、そのバブルははじけてもおかしくはない現状だという。

過 去にあったアイドル事務所とゲーム会社の談合事件以外にも、CDの大量転売等で1億以上を売り上げたファンが複数人存在、握手会のチケット偽造でファンが 逮捕される等…そういった事例の影響もあり、アイドルと聞くと一部のアニメやゲーム等の架空アイドル以外では悪い印象しか思われなくなってしまったのであ る。

中 には優秀なアイドルも存在するのは事実だが、大半がアイドルバブルでデビューしたアイドルの為に他のファンからの信頼を得るのは難しいだろう。架空アイド ルでも今回の事例の影響を受けているグループ、それ以外の要因で周囲の印象が変わったアイドルも存在する事は確かである。中には昔からのファンが離れた り…他のグループへ鞍替えをしたりするケースもあったが、それでも信じてファンを続けているケースもある。

 

「この試作型サウンドシステムの実験台をアイドルにやらせるという事ですか…」

 プロデューサーが研究室のガラス越しに置かれているパワードスーツを指差す。

「実験台と 言う良い方は適切ではないような気がしますが…大体その通りです。既に数社のオファーをかけてはいるのですが、何処も危険な仕事は出来ないと首を横に振っ てしまって…。確かに若干の危険は伴うのは事実かもしれませんが、このサウンドシステムは軍事目的での運用を視野に入れた物ではありません。あくまで音楽 業界の未来を掴む為に重要なシステムなのです。万が一の為に各種保険も用意して…」

 サイネリアは強く訴え続ける。音楽業界を変えたいと言う意思は本物である。ただ、その方向性に若干の問題が―。これがヴァルキリープロジェクトの誕生したきっかけでもある…とサイネリアは説明した。

「そこまで言われるのでしたら、こちらも社長と相談してきますので…お待ちいただけませんでしょうか?」

 プロデューサーは仕事を引き受ける事にした。社長に事情を説明した所、二つ返事でこの仕事に最適なアイドルを呼ぶ事になった。

「電話はしたが…やけに手回しが良すぎるような気配がする」

今まではバラエティーの場合、首を縦に振らない仕事もあっただけに、今回に限っては手回しが良すぎると思った。取れる仕事が限られている為、入ってくる仕事の種類は選べない…という台所事情を社長が考慮しているのかもしれない。

 

 しばらくして、プロデューサーは打ち合わせ用の部屋で待機をしていた。

「お待たせしました…」

 アイドルの到着を待っていたプロデューサーの前に現れたのは、この手のジャンルには首を突っ込まないような人物だった。

「紫羽辺りが来ると思っていたが…社長も人選を間違えたのか?」

 彼女が来た事に関しては想定外だった。紫羽翼(さいは・つばさ)はアクション系の仕事もこなせるので今回の依頼には適した人選なのだが…。

「紫羽さんなら、別の特撮番組でゲスト出演が決まっていてスケジュール的にも手が離せない…と社長が言っていましたが―」

 プロデューサーの前でメガネをかけ直している彼女こそ、社長が適任と判断した皆本姫華(みなもと・ひめか)で ある。外見は紫羽と違ってアクション向き…というと微妙である。彼女の担当はグラビアモデルという事を97、80、98という3サイズが物語っているのも 動かぬ証拠である。人気雑誌のグラビアアイドルトップ10でも上位に入る人気を誇っている。右目に付けている青のコンタクトレンズを隠す為、あえて伊達メ ガネをかけているのである。

「社長さんからアイドルの写真等を事前に贈ってもらっていて、それをチェックして一番適している人を選びました」

 どうやら、皆本を選んだのは研究所サイドのようだ。

「あえて彼女を選んだ理由は?」

 無駄と思いつつもサイネリアに聞く。

「自分の好み…ではなく、こちらで開発している試作型スーツのサイズ合わせの関係ですね。他にも色々な理由はあるのですが…」

 率直に3サイズとは言わずに若干遠まわし気味に説明しているのだが、大体の理由をプロデューサーは読み取った。

 そして、女性研究員に連れられる形で皆本は試着室へと向かった。

「とりあえず、これを着てもらってからサイズを調整しようと思いますので…」

 女性研究員が渡したのは、一昔に水泳大会等で流行した全身水着のような物だった。水着にしてはSFチックなデザインなのは気になったが…皆本は着替える事にした。

 

 10分後、スーツを着た皆本が隣の研究施設にやってきた。その姿を見たスタッフの数人は歓声を上げた。普段のグラビアで着るような水着とは違って、スーツ自体には肌の露出を思わせる要素は全くないのだが、胸等の各種ラインが強調されたスーツは別の意味でも…。

「これから本題に入る。君の着ているスーツは、インナースーツのような物だと思ってくれればいい。メインのスーツは扉の奥…」

 サイネリアが厳重に閉じられた扉を開けた先には、SF作品に出てくるようなパワードスーツが最終調整をしている所だった。パワードスーツ以外には、大型のブラスターキャノンと大型のロングソード、シールド、ビームサーベル等が並べられている。

これを事前説明なしで見ると軍事関係と疑わないのもおかしくはないのだが、あくまで音楽ゲームの入力デバイスに当たるのが現在開発中のパワードスーツ及びサウンドウェポンである。

「このスーツを着てゲーセンに行くのはさすがに抵抗感があるが、近日中にオープンする大型施設のサウンドサテライトには、こういった形式のコスプレ要素も含めた体感型音楽ゲームを実装する事が決まっている」

 実験とは音楽ゲームに使うコントローラーの動作テストらしい。説明を聞かないと、秘密兵器等を作っていると考えてもおかしくはない光景である事は間違いない。今回のパワードスーツも、サウンドサテライト限定での専用コスプレ…という事になっている。

「コスプレと言う割には…かなり本格的ですね」

 皆本の言う事も一理ある。その問いにサイネリアはこう答えた。

「元々は、災害救助等の分野で流用できないか…という事で開発が進められていた為に本格的な装備になっています。しかし、装着者を選ぶという理由でプロジェクトは中止に追い込まれたようで…」

最終的に中止になったプロジェクトを救ったのは、西雲が開発したサウンドウェポンだったのである。厳密には西雲が直接開発に関わったのではなく…サイネリアが独学で開発をしていたサウンドシステムである。

「別の数社 が極秘裏にサウンドウェポンのシステムを研究し、新たな可能性を見出そうとしています。ある者は音楽業界を変える鍵として、またある者は別の業界を活性化 させる手段として…この辺りは十人十色の考え方があるのかもしれません。中にはモータースポーツと融合させようと言う動きもあるようですが―」

 そして、別の研究員数人が今回の実験で使うアーマーを用意した。

「これは先ほどの…」

 皆本もデザインには見覚えがあった。これは事前にプロデューサーが説明を受けていた際に指差していたアーマーである。

「実際には、もっと軽くしたアーマーや今着ているスーツにヘルメットだけと言うようなデザインの物も存在しますが…今回は耐久実験等も行う関係上で、このアーマーを使う事になります」

 早速、全てのアーマーをばらして皆本に装着させる準備を研究員が始めたが、自動装着型のようなものではないらしい。

「アーマーに関しては特殊合金で出来ておりますので…重さで体に負荷がかかるという事はないと思います。合金に関しては企業秘密ですが、魔法的な何かと言うわけではないですので色々な意味で安心できると思います」

確かに『宇宙から来た金属』だったり『錬金術で作成した金属』では色々な意味で体への悪影響を真っ先に考えてしまうだろう。

数分後、アーマーの装着が完了した皆本が鏡の前に立つ。最初は自分ではない何かと言う印象を持った皆本だが…すぐに現実へと引き戻された。

「まもなく動作テストを行います!」

 そう言って別の研究員が用意したのは、大型のブラスター砲である。

「このサイズの武器を…」

 皆本も困惑する。いくらアーマーが軽量化されているとはいえ、その重量は70キロ近く…そのアーマーと一緒にブラスター砲を振り回すのは難しいのでは…と。

「このブラスターは右腕に装着するタイプの物です。振り回すような動作も考慮して作成されている為、見た目よりも重量は抑えられています。同じサイズの実銃とモデルガンで微妙に重さが違うのと同じです」

 実銃とモデルガンと言うサイネリアの例えが引っかかったが、とりあえずは体に負荷がかからないように工夫がされているのは伝わった。

『では、ブラスターの起動テストを兼ねた動作説明を行います』

 皆本の目の前には複数の的が現れた。どうやら、テスト用のダミーらしい。このダミーを全部撃破すれば、と思った次の瞬間…。

「的が動いた?」

 皆本が驚く。固定してある的を落とすだけだったら普通に訓練でも可能だろう。今回はアーマーの実験も兼ねている為、動いている的を対象にした実験になるようだ。

『今回のターゲットに関しては、一定のリズムで動くようになっています。そのリズムを外さないようにターゲットを打ち落としていってください』

「普通に落としてはダメですか?」

『普通に落とすのでは、普通のガンシューティングと同じです。これは、あくまで音楽ゲームですのでリズムは大事なのです。リズムを外した場合はウイルスに与えられるダメージも微量ですが減少します―』

 研究員の言う事も一理あるので、皆本は曲のリズムに合わせてターゲットを打ち落としていった。

『今回はピアノ練習曲『行進』という曲を実験用にアレンジした曲を使っています。この曲でターゲット撃破のタイミングやその他の動作にも慣れてください』

 周囲には、素人のピアノ演奏にも聞こえるような曲が流れている。鍵盤を叩く音の部分で皆本はタイミングよくターゲットを次々と破壊していく。行進と言うタイトル通りに一定のリズムで動くターゲットは、サウンドウェポンの動作練習には最適である。

『なるほど…』

 最初は的を外す事もあったのだが、途中からは次々とターゲットを破壊していく皆本の動きを見て研究員が何かに気付いた。

『彼女には、自分では自覚していない才能が眠っていたようだ…。事務所の社長もそれに気付いて人選を変えたという事か…』

 皆本を社長が選んだ理由はプロデューサーが思っている物とは別にある事を研究員は気付いていた。一部の研究員に関しては『3サイズ』や『グラビア知名度』等の別の理由で選んだように見られているようだが…。

 

 練習も一 通り終了し、皆本がメットを外そうとしたが、外し方を研究員に聞いていない為、バイザーのみをオープンにして、空気を取り込む。空気清浄システムは付いて いるようだが、試作段階の為か動作が上手く行っていないようだった。彼女が汗だらけになっているのがその証拠である。

「一部のシステムが完全に動いていないみたいですね。すぐに対応しますので、まずはアーマーを…」

 研究員が何人か呼ばれ、皆本のアーマーを取り外す。装着する時と違い、1分もかからずに皆本は元のスーツの状態に戻った。

「近くにシャワー室がありますので、汗を流されてはいかがでしょうか…」

 女性研究員がシャワー室に案内する。その直後に、別の男性研究員がプロデューサーを呼び出した。どうやら、彼には話しておきたい事があるようだ。

「実は…」

 

 一方で、一連の仕事を終えたサイネリアは、別の作戦の為に出かける所だった。

「仮に問題があるとすれば、本来の作戦とは違う人選が選ばれた…という事か―」

 カバンに仮装用マスクを入れ、サイネリアは自転車で目的地へ向かった。

「問題はヴァルキリーではなく、トライアルに使用予定のあちらか…」

 着信音が鳴った為、自転車を降りてスマートフォンを取りだすサイネリア。そこにはトライアルの予定変更を示すメールが送られていた。

 

 その夜、ネット上ではこんなやり取りがあったという…。

『ガールズグレートのような二の舞にはならないシングルチャートでの1位の取り方』

 タイトルにガールズグレートの文字があるのだが、実際には別のアーティストがチャートの1位を取る為のスレらしい。

「通常版と限定版を複数販売するような単純な物では他のグループもやっている為に効果は薄い…」

「だからと言って、イベントで釣るのはリスクがありすぎるからな。偽チケット的な意味でもチケットがらみは非常に危険だと思う」

「ガールズグレートが失敗した理由は過剰な宣伝だろうな。超音人伝説でガールズグレートの楽曲が6割近くも収録されていたと聞くと…さすがにファン以外ではプレイする人間は少ないだろう」

「そして、プレイさせる為に隠し楽曲というえさで釣ろうとしていた…というのがガールズグレートの敗因だな。あの事件の数週間後には解散同然の活動無期限停止…」

「別のアーティストでの話だが、新曲の中古CDが発売当日にオークションに10万枚出品されていたと言う話を聞いたときにはぞっとしたよ。あれと同じ事を自分の応援しているアーティストでやられると…」

 スレの前半や冒頭の流れを見る限り、ガールズグレートや過去に行われていた商法の例を出し合うだけのスレと思われた。だが、スレの後半では雰囲気が変わり…。

「そう言えば、音楽総合施設がオープンするらしいな…」

「確かサウンドサテライトだったか。あの施設を見た時には驚いたが、本当にオープンするのか?」

「実は、アレのコンピュータにウイルスを仕掛けると言うのを考案した人間がいるらしいのだが…」

「接触するならば、この俺に任せろ…」

 最終的には何人が参加したのかは定かではない。スレの最後には、意思のある者はサウンドサテライトへ集まれ…との事だった。その際、警察等に捕まる事を回避する為、覆面をしてくるように…という補足もスレに追加されていた。

『ただし、覆面は一般的な動物や神話に登場する物に限定。間違っても各アーティストの応援用お面やアニメ作品のお面を持参しない様に…』

 何故一般 の覆面に限定するのかは分からないが、最近になってとある漫画の主人公にあやかって寄付活動等が行われているのが理由と考えられる。今回の行動を特定個人 のイメージダウン運動という扱いにさせない為らしい。実際にそう思う人間がいるかどうかは別としても、今回の件に関する中心人物にとっては最も重要な事ら しい。

 

 深夜、サウンドサテライトには6人の覆面をした人間が集まった。他にも集まっていたようだが、指示を聞かずに突入した者や集まる前に消息不明になった者もいるようだ。

「先行した1人がセキュリティを解除しているらしいと言う話だが―」

 コンドルの覆面をした人物が言う。その他には龍、ライオン、白虎、熊、恐竜の覆面がいる。

「この近くには監視カメラがある。セキュリティが解除されるまでは見つからない方がいい…」

 熊の覆面をした人物がカメラに見つからないように指示する。

 数分が経過し、カメラの動きが止まった。各メンバーの携帯電話にメール着信を告げる着信音が鳴った。同じアーティストの楽曲を彼ら共通の合言葉代わりに設定しているようだが、曲目に関しては違うようだ。

『カメラのセキュリティを切った。中央ビルまでのマップを用意するので、そこまで向かって欲しい。自分は既に到着済だ。他のメンバーと現地で合流できる事を楽しみにしている…。なお、自分は不死鳥の覆面をしているので間違いのないように…』

 どうやら、セキュリティを外したのは不死鳥の覆面をした人物らしい。

『なお、セキュリティは一定時間しか解除できない。時間内に合流しなければ、監視システムに見つかる可能性があるのを補足しておく…。30分以内に中央ビルに向かって欲しい。ウイルスはその後に散布する』

 どうやら、セキュリティを解除できるリミットは30分のようだ。そして、6人が中央ビルを目指して動き出した。それを確認した数人が誰かを尾行し始めたようだが…。

 

 中央ビルに最初に到達したのは、龍の覆面をした人物だった。

「全ての発案者として、当然の結果か…」

 龍に続いて到着したのは、ライオンの覆面だったのだが…。

「どうやら、熊がビルに向かっている途中で行方不明になったらしい。この作戦が誰かに知られた可能性がある…」

 ライオンの覆面が龍と不死鳥の覆面に周囲を警戒するように指示をした。

「何とか…到着できたか…」

 息を切らしているのは白虎の覆面だった。彼の到着は30分ギリギリだったのだが…彼の後に続く人物は現れなかった。

「どうやら、コンドル、熊、恐竜の3名は時間内には来られなかったようだ…」

 何かを知っているようなライオンの発言を聞いて白虎は疑問に思ったが、今は心の中にしまっておこうと思った。

 

 その一方で、何者かの襲撃を受けていたのはコンドルの覆面である。何者かに後を付けられている気配を感じ、他のメンバーと違うルートを通った結果、中央ビルのあるエリアとは違うエリアに到着したらしい。

「他にも侵入者がいたとは…。これは委員会に知らせる必要性があるようだ」

 コンドルの覆面を外して、携帯電話の着信音設定等をワンタッチで変更し、彼はどこかと連絡を取ろうとしていた。

 

「その声は…!」

 社長は聞き覚えのある声の主が急に連絡をした事に驚き、急いで意識改革委員会本部へと向かったのである。

『ネットを調査していて、気になるタイトルのスレを見つけて潜入をしたのですが―他にも別の目的で侵入した連中に見つかって苦戦中という状態です。こちらで入手した情報を流しますので対策をお願いします』

「君は確か、ヴァルキリープロジェクトの方へ向かっていたはずではないのかね?」

『そちらにもメールを送信済です。向こうは別に対策を練ってくれると思いますが…この事は南雲等には内緒にしてもらえないでしょうか?』

「分かった。君が無事に戻ってきてくれる事を祈っているよ」

 電波妨害が入ったような形跡はなく、連絡を終えると電話はそこで切れた。

「さて、彼女達にはどう説明するべきか」

 不在の理由をサウンドサテライトへ潜入調査をしていたとも彼女達に説明する訳にはいかない。プロデューサーが実は委員会のメンバーの一人というのはアイドル達には秘密にしているからである。

「これから忙しくなりそうだ…」

 社長がつぶやく。南雲達や翼達にとっても大きな事件になる可能性がある…そんな事を思っていた。

 

 同時刻、ライオンの覆面が行方不明になったと報告していた熊の覆面は…。

「油断していた。まさか、他のジャンルでも今回のCDチャートに目をつけている連中がいたとは…」

 中央ビルへ潜入する途中で伏兵による奇襲を受け、コンドルと恐竜の覆面ともはぐれてしまった熊の覆面は、伏兵達に捕らえられてしまったのである。

『同じ事を考えているのが自分達だけだと思ったら大間違いという事だ。今回のシングルチャートはそれだけ他のアーティストにとっても激戦区となっている。アルバムチャートは仮に譲ってもいいが、シングルだけは譲れない理由がこちらにはある―』

 館内スピーカー越しから聞こえる声。このスピーカーの音声に関しては中央ビルにいるメンバーには聞こえていない。中央に聞こえないように彼が設定を変更しているからだ。

「このシーズンだとアニメ新番組も主題歌入れ替えシーズンもない。単発ドラマ主題歌か演歌、あるいはインディーズバンドの普及目的の知名度稼ぎ…といった所?」

 熊の覆面の口調が急に変わった。しかも声質から考えると、その正体は女性である。ボイスチェンジャーで声を変えていたようだ。

『まさか、よりによって意識改革委員会の連中を捕まえたのか?』

 声の主が震える。しばらくして、外にある小さなラジオ番組の収録スペースから出てきたのは、恐竜の覆面の人物である。

「残念だけど、自分は意識改革委員会とは無関係なの…」

 熊の覆面と着ていたスーツを脱ぎ、その姿を現したのはロングヘアーでナイスバディの女性だった。

「よりによって、神咲紫苑とは…!」

 翼と姫華が所属するアイドルグループのメンバーである神咲紫苑(かんざき・しおん)が熊の覆面の正体だったのである。恐竜の覆面は覆面を脱ぐ気配はなく、そのまま持っていた棒で紫苑を殴りかかるのだが…。

「甘いわね!」

 紫苑が手慣れた動きで棒を吹き飛ばし、超音人伝説でも披露した蹴りを主体とした連続コンボで相手を気絶させた。

「見掛け倒しでよかった…と言いたい所だけど、一体誰だったのかしら?」

 紫苑が気絶した恐竜の覆面をした人物の覆面を取ってみると、何とヴィジュアル系アーティストのエレキピアノ担当の人物だった。

「そうなると、襲撃してきたのはこのヴィジュアル系アーティストのファンだった…という事かしら?」

 どうや ら、彼が今回の計画に参加したのは自分達のCDをヒットさせるのに邪魔となったアイドルグループのCD売り上げを何とか減らそうとしていたようである。そ こで、ネット上にあった例のやり取りを見つけ、密かに潜入していたのである。チャンスがあればウイルスを奪い取り、それを利用して邪魔者を消そうとしてい たらしい。同行してくれるメンバーも募り、見事にコンドルと熊の覆面を足止めすることには成功したのだが…。

「見事と言いたい所だが、何故紫苑がここにいる?」

 現れたの はコンドルの覆面の人物である。恐竜の覆面と今回の一件に加担したファン数人に加えて、付近で発見した一連の事件に関係すると思われる人物等を駆けつけた 警察が一斉に逮捕した。パトカーを含めて大規模と言える数が来ていることが、この事件の大きさを物語った。警察へ知らせたのは彼のようだが…。

「あなたと面識は…」

 紫苑は言う。確かにコンドルの覆面の人物に面識があるはずもない。

「確かに。でも、こうすれば見覚えはあるだろう…」

 自分からコンドルの覆面を取ったプロデューサー、それを見た紫苑もようやく思い出したかのように驚く。

「プロデューサーがどうして…?」

 紫苑はネットの掲示板で嫌な予感がして潜入調査を試みたのだが、結果は別の勢力の妨害で失敗している。

「自分は色々と情報収集していて、最終的には他の連中に見つかって、この結果だ」

 プロデューサーは自分が意識改革委員会のメンバーである事は紫苑には伏せつつ、色々と事情説明をしていた。

「今日は夜も遅い。警察もこれ以上は何もないと判断して引き上げるようだ」

 プロデューサーは紫苑に帰るように指示をするが紫苑が帰る気配はない。

「絶対に…何かある。警察が知らないような何か大きな存在が」

 紫苑はつぶやく。今日は深夜の為に警察も引き上げるようだ。それに続くように紫苑も仕方なく帰る事にした。

 

 深夜にも関わらず、ある速報テロップがテレビに表示された。それを見たファンには衝撃が走った。

『ヴィジュアル系バンド『ダッシュ』のピアニストを逮捕。サウンドサテライトへの不法侵入容疑の疑い。それ以外にも同様の容疑で数十人を一斉逮捕…』

 これを見たスレの住人は…。

「まさか、本物のヴィジュアル系アーティストが動いていたとか…」

「おそらくは、あのスレを見て自分達も便乗しようとしていたのが有力か?」

「これでダッシュも無期限活動停止だな…」

「薬とかでメンバーが逮捕されてCDが回収されたと言う話は良く聞くが…」

「ダッシュのCDは今週発売だったな。今回はCD回収が有力だな。まさか、こういう形でライバルが1組消えるなんて…向こうも想定外じゃないのか?」

 

しかし、この情報は既にサウンドサテライトにいる4人にも伝わっていた。

「まさか、こちらの偽情報に釣られるとは予想外だったな…」

 龍の覆面が先ほどの速報テロップを見て驚いた。まさか、メールが暗号方式になっていると気付かない者がいたという事実に。

「他にもコンドルと熊の覆面が到着していませんが、消息不明になったのが有力でしょうか…」

 ライオンの覆面が言う。しばらくして、ライオンの質問に答えたのは不死鳥の覆面だった。

「どうやら…CDの発売日が被っている他のアーティストでも同じ事を考えていた連中がいるようだ。警察が妨害工作を行おうとしたバンドメンバーやファン等を一斉に取り締まっているようだ…」

 それを聞いた龍の覆面は少し驚いているようだったが、予想外の成果が出た事を喜んでいるようでもあった。

「シングルチャートで首位を取りたいが為に潰しあいになるとは…これはこれで面白くなってきたな」

 そして、不死鳥の覆面がコンピュータを動かして何かの準備をしている。

「もう夜も遅いですので、この辺りで休息を取るのがよろしいかと」

 他のメンバーに休むように指示をする不死鳥の覆面。罠なのでは…と警戒するのはライオンだったが、龍がその警戒を解くように言ったのは意外だった。泳がせる意味で放置しておくのか…その真意は不明だが。

「本番はこれから…」

 不死鳥が作戦とは違うエリアにウイルスを送り込んでいた。

「向こうも自分が仕掛けた細工には気付いている頃だろう。作戦を急がなければ…」

 不死鳥は今回とは別の作戦も同時に仕掛けようとしているようだが…。

『プラン変更、確認されたし』

 不死鳥は正体不明の人物のメールを受け取り、添付されていた変更後のプランのチェックをしていた。

「出方を見るのには都合が良いか…」

 プラン変更承認のメールを送り、後は返事を待つのみになったのだが、その返事を待っている間に着信音が鳴る。しかし、電話主の番号には見覚えがない。何かの罠という事も考えられるが―。

『気をつけろ。既に作戦は…』

 一部分がノイズ交じりとなり、電話はすぐに切れてしまった。声の発音等からメタトロンに似たような声だと分かったのだが…電話をかけた意図は分からなかった。

「今の電話は何だったのだろうか…」

 そう思いつつも、数分後に変更承認を認めるメールの返事が来た。

『別の何者かが侵入を試みたようだが、失敗に終わったようだ』

 変更承認以外に、侵入者があったという事もメールに書かれていた。もしかすると、プランに書かれていた例の人物が現れたという事だろうか。計画を早めるべきか、あるいは変更後のプランで進めるか…彼は悩んだ。

「とりあえず、変更後のプランで進めよう」

 万が一の事態があっては困る為、例の人物のパソコンにトラップを仕掛ける事にした。

「あれが本当だとすると…」

 彼は、手元にあるコピーデータから発見したとあるデータの存在に警戒をしていた。