0:序

 

 今、音楽業界ではひとつの大規模意識改革が行われている最中だった。その意識改革の内容は『特定ジャンル特化の廃止』だった。

 

事の発端は、あるアイドルグループの楽曲がCDヒットチャートで1位を獲得した事に始まる…。

「ガールズグレートがチャートの上位を独占している現状を打破するには…やっぱり発売日をずらす必要があるのか、ユーザーの心をつかむような音楽を提供するべきか…」

 テレビの音楽番組を見ながら自宅で夕食を食べているのは飛鳥悠(あすか・ゆう)、彼の職業は作曲家である。作曲といっても一般的にCDとしてパッケージされているような曲でも、携帯電話等のダウンロードサイトで聞く事ができるような曲を作曲しているわけではない。

「政府が、まさか今回の事態を重く見ていたなんて予想外だったな…」

 飛鳥は思う。ここ最近のCDチャートの顔ぶれを見る限りでは、海外のアーティストも巻き込んでのCDセールス合戦になっているのは間違いない…と。それに一部のアーティストが今回の騒動に巻き込まれてCDセールスを伸ばせていないでいるのだ。

「政府としては、CDが売れれば税金が入るから非常に助かる…という流れになると思ったが、あの現状では何とかしないといけなかったのかもしれないな」

 テーブルに置かれた雑誌にはガールズグレートのCD購入者が特典なしのCDやイベント招待券などをオークションで転売して月に1億以上の利益を上げていると言う記事が載っていたのである。これは氷山の一角であり他の雑誌でも同じようなテンプレ記事が載っている。その雑誌では、ガールズグレートとは別の海外グループの名前が挙がっていた。

『このようなCDの売り方が音楽業界にとっては正しいとは思えない。中には、貯金を崩してまでCDを購入してCDチャートの底上げを行うケース、周囲の知人を買収してCDを大量購入させているケース、もらった給料を全てCDやグッズに投資するケースも確認している。これは、どう考えても音楽業界にとっては誤った流れであり、意識改革をしなくてはいけない。レコード会社もこういったケースを把握しているにも関わらず、売り上げの減少を恐れて何処も動こうとしない。これは他の業界にも悪影響を与えかねない非常事態だと…。その今こそ、政府はこういった経済を裏でマイナスにしかねない会社を監視し、業界全体をクリーンにする…それが、今の音楽業界に必要な物なのです…』

 普通だったら、雑誌の売り上げを上げる為に叩く対象が欲しいだけなのでは…と思っていた飛鳥だったが、この雑誌インタビュー記事に限っては、信憑性があると確信していたのである。

「西雲隼人…過去にも音楽業界に大鉈を振るった人物か」

 飛鳥が見ていた雑誌の表紙には、こう書かれている。

『音楽業界の意識改革について著名人10人に訊く』

 その10人の中に、西雲の名前があったのである。それが、この雑誌を買った動機である。そして、音楽業界の抱えている現実を知り、テレビを付けて情報収集を考えていたのだが、おそらくは都合の悪いニュースは流させないというレコード会社の圧力でもあるのかどうか不明だが、該当するニュースは何処も取り上げてはいなかった。

「ガールズグレートは音楽サイトや一部の通販サイトで曲に関しては評価が非常に低い傾向がある一方、テレビ等の露出が非常に多いのは何故だ…」

 飛鳥は考える。テレビの露出等を増やす事でCDのPRをしている…と考えるのが基本だろう。しかし、飛鳥は別の考え方をしていた。もしも、西雲隼人だったら、どういう考え方を持ってガールズグレートを見ているのか…と。

「やはり、視聴率が取れるアーティストを積極的に起用…ではないな。それだったら普通にインターネットの掲示板でも見かけるような考え方だろう。もっと別の考え方を…」

 飛鳥は思う。西雲隼人はガールズグレートに関しては評価に値しないという扱いではなく『一切の評価を拒否』しているのである。どうして『評価に値しない』ではなく評価拒否なのか…と。

「評価に値しないのであれば、その理由も書くはず…。それを評価拒否…どういう事だろうか」

 そんな事を思いつつ、飛鳥はパソコンソフトを開く。

「ガールズグレートに関しては、政府が結論を出すだろう。今は、イベントに向けて曲を完成させる方が先かもしれないな…」

 彼が開いているソフトは、西雲隼人の作り出したノーツが上から降ってくるタイプの音楽ゲームに似ているが、実際は別の会社が作成した物である。一時期は会社の方が裁判を起こしていたのだが、西雲自身はこのシステムが世界に認知された証拠にもなるとして会社側が裁判を取りやめた経緯が存在する。

「さて、少し遊ぶとするか…」

 飛鳥は、このゲームの楽曲を提供した作曲家である。それ以外にも西雲が開発した音楽ゲームにも楽曲を提供する等、音楽ゲームの作曲家では有名な部類に入る人物である。

 

 一方で、都内某所のアイドル事務所でも同じ番組を見ていた人物がいた。

「やっぱり、ガールズグレートが上位を独占か…。発売日が被ったからこうなるのは分かっていたけど…」

 コーヒーを片手にテレビを見ていた神咲紫苑(かんざき・しおん)は不満そうだった。

「つい先日にもCDの転売で月に1億を稼いだって言うファンが取り上げられていたと言うのに…それでも複数のCDを出すという方法を変えないのもおかしな話よ。ガールズグレートに関しては他にも色々な黒い噂もあるというのに。政府がようやく音楽業界の意識改革を宣言したのが遅すぎた位…」

 紫苑はテーブルにおいてあった雑誌を読みながらつぶやく。紫苑と一緒に同じテレビを見ていた紫羽翼(さいは・つばさ)は紫苑の様子を見て心配をしている。

「確かに、あの販売方法には疑問点はあるけど…売れているからと言う理由で続けているのが現状みたいね」

 紫羽もガールズグレートに関しては疑問を持っている。歌唱力等では自分達が遥かに上にも関わらず、CDセールスと言う点では彼女達に大きく引き離されると言う結果になっている。

「さすがに消費者金融とか関係しないと動く気はないのかしら…警察は。彼女達のCDが半分以上は転売に回っていると言うのに…」

 ほとんどが愚痴になっている紫苑のつぶやきだが、CDの約6割以上が転売に回っている現状はさすがに放置できないはずなのでは…と思っていた中で、今回の意識改革宣言だったのは非常に大きい…と紫苑は思った。

「購入者が特典なしでも本物のCDだと判断している以上は、オークション側でも販売規制はしないでしょう。偽物を売って利益を得ている訳ではないのだから…」

 偽物を売っているのであれば、警察も動くのだが…オークションで売られているのは本物のCDである。落札者の評価等を見る限りでも偽物と言う記述はない。紫苑はすぐにCDを手放して転売するような仕組みを作ってしまったきっかけのグループを今も恨み続けている。彼女達は既に解散をしたのだが、今も彼女達が作り出したビジネスモデルは他のグループやガールズグレート等に受け継がれているのである。

「音楽業界は、いつからおまけ付きお菓子のおまけだけを抜き取るような購入者を増やすような事を黙認し続けたのかしら…。これだったら音楽ゲームや同人ゲーム側の方が活動しやすいと思うのも当然の話だわ…」

 紫苑は、とあるインタビュー記事を見て思った。記事は飛鳥が見ていた物と同じだが…彼女が共感したのは西雲隼人のインタビューではなく別の人物のインタビューである。

『今のガールズグレートを筆頭とした商法には限界があります。既に消費者は他の音楽に触れる機会を完全に失い、彼女達しか追わなくなった人たちが増えてしまった。それは彼女達にかけるお金が増えた事にあります。今のままでは日本の音楽市場は世界に通じなくなる事でしょう。しかし、そんな音楽業界にも希望はあります。それは、音楽ゲームの楽曲が世界に認められているからです。現在は複数の動画サイトで音楽ゲームの楽曲を使ったMADと呼ばれる手法の動画やスーパープレイの動画が再生数を伸ばしていると聞きます。今、日本に必要なのはガールズグレートのような安っぽい音楽ではなく、クオリティの高い音楽なのです。私はウィザードという同人ゲームをプレイした事で、現在の音楽業界が安っぽい世界になってしまった事を知ってしまったのです…』

 紫苑が共感したのは月沢明日香(つきさわ・あすか)のインタビュー記事だった。彼女はガールズグレートのような音楽よりもクオリティの高い同人ゲームの音楽の方を選んだ人物である。

「私は興味ないのですが、同人音楽って今はどうなっているのですか?」

 紫羽は紫苑にたずねる。すると、紫苑は1枚のCDロムを紫羽に渡した。どうやら、ウィザードというシューティングゲームのソフトらしい。

「ゲームのサウンドトラックを直接渡すよりは、こちらの方が分かりやすいと思うから…そっちを渡しておくわ」

 サントラを渡した方が早いのでは…と思いつつも紫羽はCDロムを受け取った。

「これは後で返した方が…」

「それに関しては返品不要よ。元々、自分がこの時の為に布教用で買っておいた物の1枚だから…」

 もらえる物ならば…と紫羽はCDロムを受け取って事務所を後にした。次の仕事が近くなった為である。

「今回の意識改革が不発に終わったら、この事務所を辞める可能性もあるけど…」

 紫苑は雑誌を読みながら思った。あの商法はいつか予想外の所で破綻する…政府が特定商法に限って消費税の比率を変える等の処置を取れば、別の手段に出る…という繰り返しであれば意識改革の意味はないだろう。

「今、自分達に出来る事は政府がどういう方法で意識改革を進めるか…」

 紫苑は思う。

 

 その一方、楽曲を完成させた飛鳥の方はイベントサイトの方へアップロードする作業を始めた。受付締め切りまで3日ほど余裕はあるのだが、駆け込みになるとアップロードが間に合わない可能性もある為、余裕を持っての提出になった。

「現状では、政府の意識改革が骨抜きのような物にならない事を祈るだけか…」

 飛鳥は思う。国会としては税収が減るような改革を行うとは到底思えない。どこかに逃げ道を用意したような改革になる可能性はある…と既に予測していた。

 

 数日後、音楽業界意識改革提案が発表されたのだが…それは周囲に衝撃を与えた。