2:音楽と言う可能性

 数日後、音楽チャートに若干の変化が起こった。朝の情報番組は見ていない南雲も…今回に限っては番組をチェックしていた。

「この声…まさか?」

 テレビ画面には、『Gユニゾンの記録を破ったアーティスト』と書かれていた。

「メタトロン…なのか?」

 しかし、テレビの画面には名前がメタトロンではなくルシフェルと表示されていた。顔は間違いなくメタトロンなのだが…彼の本当の名前がルシフェルだったのか、それともバンドのグループ名がルシフェルで、メタトロンはメンバーの名前とか…。そんな事を南雲は考えていた。

 Gユニゾンのチャート1位記録が破られた事は政府の耳にも届いていた。

「やはり、現状維持にした事が予想外の結果を招くとは…」

 今回の新曲はチャート1位が約束された楽曲だったのである。そのPR場所として選んだのは、サウンドウェポンの最終予選会場だったのである。

「新曲『向日葵の夏』の売り上げ自体は悪くはありませんでした。他のアーティストの顔ぶれからも前回同様に1位は取れたはずでしたが…」

 CDの売り上げは前作よりも5万枚は上だった。それにも関わらず、今回はルシフェルと言う謎の多いアーティストに1位を許してしまったのである。ルシフェルのCDの売り上げは80万枚に迫る勢いである。

「どうやら、その原因は最終予選会場にあるようです」

 1枚のDVDをプレイヤーに入れると、そこにはメタトロンの姿があった。

「この曲は…まさか!」

 他の議員はすぐに気付いた。朝の情報番組でルシフェルの新曲が流れていたのだが、それと同じ曲が会場内で流れていた事になる。

「我々と同じ手段を使って新曲PRを行っていたとは…」

 だが、この事はGユニゾン側にとっては予想外の展開を招くきっかけになった。

 ルシフェルが今週のCDチャートで1位を獲得した当日、あるネットの生放送番組でルシフェルが出演すると言う話を議員が手に入れた。そして、今回のCDチャート1位になったカラクリをネット上でさらそうとGユニゾン側は考えていた。

 ネットの生放送番組が始まり、ゲストにはサウンドウェポンの最終予選で勝ち残ったメタトロンが呼ばれていた。

「メタトロンさんの経歴を放送前に確認したのですが、実は歌手だったと言う事を知って驚きました…」

 司会もメタトロンが元歌手と言う事実走らなかった。しばらくすると、『メタトロンさんは元々『歌ってみた』で有名な人ですよ』や『ネットから撤退したと思っていたら本当に復帰していたとは…』と言ったメタトロンに対してのコメント、『そんな司会進行で大丈夫か?』等と言う司会に対してのコメントがモニターに流れている。どうやら、ラジオと言うよりはネットラジオと言う方式の番組のようだ。

「これのコメントを利用して、Gユニゾンが正しい事を証明する…」

 その議員の考えが大きな間違いを生み出す事を…この後に知る事になったのである。

「それにしても、あの時は非常にビックリしました。サウンドウェポンの最終予選でメタトロンさんが出てきた時には…」

 司会のこのタイミング…と言わんばかりに無数のコメントが飛び交う。

『まさかの参戦に驚き…』

『サウンドウェポン参戦=歌手復帰?』

『まさか、CDも出すとは思わなかった』

『最終予選のスーパープレイは驚いた』

『イベント行けばよかった…()

『まさかのイベントでのCD宣伝…』

『全俺が泣いた』

様々なコメントが飛び交う中、いくつかのコメントをメタトロンチェックして答えていく。

「本格的な歌手復帰と言う訳ではなく、ある目的の為に一時的に歌手活動復帰をした…という所だね。以前のような声はリハビリをしないと戻らないから、復帰をめざすのであればこれからだと思う…」

 どうやら、今回のメタトロン歌手復帰は一時的なものらしい。

「イベントは都内限定の感じがあって参加出来ない人が多かったみたいだけど、スーパープレイ自体は動画サイトにあるはずだと思うから探してチェックするといい。コメントにもあったけど、驚きの連続である事は間違いないと思う…」

 その後、『ありがとうございます』や『今度でも動画を探してきます』等のコメントが飛び交った。

「CD宣伝…と言うよりは、あの時の選曲はサプライズ的な要素があったから…後々にCDを出す事になったから宣伝とは言えなくはないものになったけど…露骨にCD宣伝を狙っていたGユニゾンは戦略を考え直すべき…とは思ったね」

 メタトロンの発言後に色々なコメントが飛び交った。

『あの時のアレはサプライズだったのか…』

『考えてみれば、あの時に流れた曲はCDか予定がなかったからなぁ…メタトロンさんの曲』

『ファンの後押しでCDリリースですね。分かります』

『そんなCDのPRで大丈夫か?>Gユニゾン』

『大丈夫じゃない、問題だ>Gユニゾン』

『考えてみると、メタトロンさんはバンド持っているから…バンド時代の曲を選曲しても気付いてくれる人がいるかどうか…』

『バンド時代の曲のリメイクとか、胸熱過ぎるな』

『Gユニゾンが蚊帳の外になっている件』

『やはり、サウンドウェポンの全国大会は西雲さんが主導…では本人が参加できなくなるか。複雑ですね』

 様々なコメントが弾幕のように飛び交う。中にはGユニゾン関連のコメントもあったのだが、メタトロン自身がスルーしているような気配がしている。

「まさか、私がバンドを持っている事を知っている人がいるとは…。既にバンドは音楽性の違い等で解散してしまったが、今ではこうやってネットの生放送出演や、自分が他のアーティストの曲を歌った動画を投稿して視聴者が色々な反応を聞く事ができるのが楽しくて…商業音楽からは引退をするような形にはなってしまったけど、後悔は全くしていないと思う。確かに復帰してくださいと視聴者やファンからメールが来たり、レコード会社からオファーがあったりするのは事実だけど…今の音楽業界で復帰しても自分みたいな存在はすぐに埋もれてしまうだろうと思う。それ程に音楽業界の現状は絶体絶命と言う危機に陥っている。一部の利益を得ようとしている企業等に言い様に利用されているのはアーティストやファンも一緒なのは間違いない。Gユニゾンの商法はその典型例の一つに過ぎない。過去に起こった過ちを繰り返し、洋楽やクラシック音楽に遅れを取り、遂には同じ日本でも音楽ゲームやシューティングゲームの楽曲、架空のゲーム作品のアイドルやヒロイン、自作音楽やボーカル曲作成ソフトの楽曲に人気を取られるまでに至った。それは何が原因と言われれば、間違いなく利益至上主義に走りすぎた音楽業界と密かに一部の会社と結託をしていた政府に原因がある。その証拠は既につかんでいる…」

 メタトロンは今、音楽業界で起こっている事について、今まで閉ざしていた口を開いて語り始めた。

『証拠はフェイクに決まっている』

 あるコメントがすぐに飛んできた。それを待っていたかのようにメタトロンは…。

「どうやら、結託の事実を認めてしまったようですね…。」

 そのメタトロンの発言と同時に複数のコメントが飛んだ。

『やっぱり、過去のアイドルグループと同じだったのか…』

『これはひどい>Gユニゾン』

『どうしてこうなった>Gユニゾン』

『結局、第2の…になったのか』

 メタトロン自体、こういう流れになる事は分かっていた。結託の事実に関してはメタトロン自身のジョークのひとつだったが、同時刻に複数のレコード会社を別の事件で家宅捜索を行っていたのである。

『レコード会社を捜査『CD価格談合』で』

画面の上には、速報でテロップが流れた。

『上のテロップWWW』

『メタトロンジョークかと思ったら、本物だったとは…』

『あ、ありのまま…』

『予言過ぎる』

『週刊誌でも報じていない掲示板ネタが正夢になるとは想定外にも程がある』

『Gユニゾンオワタ』

 テロップが流れたと同じタイミングでコメントの弾幕が再び…と言う状況になった。政府もこの状況には逃げ場を失ったらしく…。

『先ほど、今回の一件で緊急会見を開く事を発表しました…』

 このコメントが流れた後は静寂を取り戻したかのように通常のコメントが飛ぶ展開となった。

「これで音楽業界が元に戻れば良いのですが…時間がかかりそうですね」

 メタトロンの一言で生放送が終了、視聴者は何と1万人を越えていたのである。

 Gユニゾンの一件で緊急会見を準備している国会では、該当議員の緊急招集が行われていた。

「まさか、ディスク大賞等の自作自演もばれたという展開なのか…」

 明日には色々なアーティストが登場してのディスク大賞が中継される。そのタイミングでのCD価格談合の発覚、メタトロンによるGユニゾン商法の内側を暴露、更にはサウンドウェポンの予選におけるGユニゾンのCD宣伝行為に対する警告、不正プレイの一件が政府主導で行われていた事等…これでは今まで国債の償却や税収の不足分を補ってきた錬金術が使えなくなる…そういう状況に陥っていた。

「Gユニゾンの解体、それしか方法はないですね…」

 最終的にはGユニゾンは解散コンサートを行うことなく、2年前に黒歴史となったアイドルグループ同様に歴史からは抹消される事となった。

ただ、今までのGユニゾンの果たした功績だけは残そうと、有志による記念館が建てられることになった。それは今までGユニゾンが当時ミニコンサートを開いていた場所をそのまま流用する形で…。その為、完成には1週間とかからなかったのである。

「考えてみると、Gユニゾンに振り回されていた2年間でしたね」

 翼が完成した記念館に足を踏み入れ、当時の資料や会場を見て回る。

「Gユニゾンは確かに政府にとっては錬金術に等しい物だった。だから、これを長く野こそそうと色々な禁忌を何度もやってきた。その結果が、今回のグループ消滅と言う形になった…」

 メタトロンは初めてGユニゾンのコンサート会場を見た。当時は過去のバンド仲間がGユニゾンの立ち上げに関係していた事を知って喜んでいた。彼らの音楽が見つかったのならば、それはそれで喜ぶべきだ…と。

「まさか、メタトロンさんの元バンドのメンバーが作詞作曲をしていたとは…」

 翼も驚いていた。自分もメタトロンのバンドのファンだったのだが、メンバーが解散した原因はGユニゾンにあるのでは…と思ったからである。

「デビュー間もない時は、他のアイドルグループもいた関係で売れなかった。おそらくは黒歴史になったアイドルグループのノウハウを自分達なりにアレンジした結果が、あの時のGユニゾンだったのだろう。あの当時は同じような商法が乱発されていた関係もあってGユニゾンは埋もれたが、他のグループが次々と解散や消滅、果てはレコード会社が家宅捜索された事もあったな…。それからGユニゾンだけが残った時、政府は鶴の一声を出したのだと思う…」

「それが…あの時の展開に…」

「最終的には、Gユニゾンもノウハウが同じだった以上…同じ末路をたどったのは間違いない。そして…」

 翼とメタトロンが会話している中に入ってきたのは明日香だった。私服ではなく、サウンドウェポン装備時の衣装で登場した事に二人は驚いた。

「自分もあの時のメタトロンさんの生放送はリアルタイムで見ていました。そして、あの時のコメントも…」

 他にも言いたい事があったのだが、ファンであるメタトロンと翼を目の前に緊張して話が出来ない状態になっている。

「どこかで見た事のある日とかと思ったら…メタトロンさんに、あの翼さんじゃないですか?」

「何だか、凄いメンバー0が揃っているみたいだけど…何の集まりなのかしら?」

「これは、かなりのメンバーが揃った事になるな…」

一緒に会場を見学していたジョルジュ、セシル、西雲隼人がメタトロンに合流した。

「そうか、采音は取り調べ中なのか…」

 今回の事件で量産型サウンドウェポンにも情報リークがあったのでは…という事実が複数のレコード会社を調査した事で判明した。その中心にいたのが采音である。本来の目的を逸脱した采音は、現在は任意で警察の事情聴取を受けている。彼女の正体は別の諸外国からサウンドウェポンのシークレット部分を調査する為に雇われた現地スパイだったのである。

「まさか、采音がスパイだったとは…日本でスパイと言うのも現実味がないが…」

 西雲は采音の正体には薄々気づいていたのだが、実際にスパイだと判明した時にはかなり驚いていた。

 その後、何人かのスーパープレイヤーはサウンドウェポンに残ったが、何人かはサウンドウェポンを休止する事になった。理由はそれぞれあるのだが、リオンに関しては引退しない事を明言した。

「南雲もサウンドウェポンは休止になるようだな…。彼も采音同様に政府に利用されていたとはいえ、偽者事件に関しては実行犯だった事もある…」

 西雲の偽者事件に関しては実行犯として逮捕ではなく任意の事情聴取となっていた。これは被害者に南雲とあった記憶が一切ない事と当時のプレイログの解析に失敗してデータを復旧するのに時間がかかっている事が一番の原因らしい。近い内に証拠不十分での不起訴になる方向で調整されている。

「そう言えば、ミストさんは別のゲームでプレイヤーデビューするらしいですね」

 ミストに関してはサウンドウェポンとは別のロボットアクションゲームをプレイし始めていた。プレイ動画を研究したり、自身でサイトを持ってプレイヤーと交流したり、サウンドウェポン以上に入れ込んでいるようだ。

「サウンドウェポンでは、彼女の行動等には色々とあったから、今度はプレイヤーとしてのマナーもちゃんと身につけて欲しい所ですね…」

 ジョルジュは言う。過去にミストが自分のプレイしている途中でバトルモードでの乱入を仕掛けたりした事はあったが、それ以外で思い当たるような事には覚えがない。

「セシルさんも音ゲーの研究の一環として別のゲームをプレイし始めたようですね」

 セシルが最近プレイしているゲームとは何だろうか…メンバーはそのゲームが置かれている近くのアミューズメントセンターへと向かった。

「遅い、遅いよ…」

 順番待ちの列にはハルカの姿があった。それだけではない、事情聴取が終わった采音と南雲の姿もある。それ以外にもサウンドウェポンの本選に出ていたスーパープレイヤーも姿を見せている。

「皆様、ながらくお待たせして申し訳ありませんでした。遂に、ライディング型の音楽ゲームが本格的に稼動します!」

 どう見ても日本人のレースクイーンの格好をした進行役の女性…。どうやら、以前にサウンドウェポンのイベントで見かけたバイク筐体型の音楽ゲームが本格的に稼動するらしい。

「まさか、アレが来るとは…」

 西雲は思う。遂に音楽ゲームも戦国時代に突入したのだ…と。

「でも、セシルさんの姿がないですね。他のゲームの方でしょうか…」

 ハルカが周囲を見るが、セシルの姿らしき人物は見当たらない。

「あっちの音楽ゲームもお客さんが多いみたいですけど…あちらでしょうか?」

 ジョルジュが指をさす方向にも音楽ゲームがある。ギャラリーは10人ほどで、見覚えのある人物の姿もある。ひょっとすると、向こうにセシルがいるかもしれない…と。

「見た目はタッチパネル型の音楽ゲームのようだが…」

 南雲が筐体をチェックするが、音楽ゲームの展示会にもサウンドウェポンのイベントでも見かけない機種に驚いていた。

「これは、タッチマジックサウンドという海外製の音楽ゲーム…。ようやく数度のロケテを重ねて正式稼動になったレア筐体です」

 セシルが西雲たちと合流する。このゲームは海外製の音楽ゲームなのだが、西雲たちも初めて見る機種である。

「この筐体がここに来るまでは色々ありました…。ここでは詳しくは言えませんが、サウンドウェポンとは別の事情で入荷が大幅に遅れ、アメリカ等では既に第2弾も稼動済みなのに日本では第1弾という…」

 セシルが話し続けている中で、既に采音がプレイを始めようとしている。

「これは確かにサウンドウェポンとは違うシステムみたいね。道理でバーストの影響を受けなかった訳…」

 開始数分、采音は1曲目で演奏失敗に…。

「判定難しすぎない?」

「そういうゲームだから仕方がないわね…」

「楽曲で知らない曲が多すぎ…」

「そういうゲームだから…」

「Gユニゾンクラスとは言わないけど、ライセンス曲は…」

「海外の音楽ゲームだから入ってないわね。一部の音楽ゲームで楽曲提供した人の曲なら入っていると思うけど…」

「その曲は、どれ?」

 セシルと采音のやり取りが続く。それを見ているメンバーは見ていて飽きないような表情をしている。

「音楽ゲームの広まりが既に海外にもあることは聞いていたが…ここまでのものがあったとは…」

 西雲も驚きを隠せない。サウンドウェポンのバーストシステムは同様のシステムには影響していたのだが、全く違うシステムを実装していたタッチマジックサウンドには影響していなかったのである。

「海外も広い…。西雲の発案したシステムを実装している物もあれば、それ以外の独自システムを実装している音楽ゲームもある。サウンドウェポンが広まりを見せる一方、独自路線を貫き通してヒットする音楽ゲームもあるという事を我々はもう少し知るべき時に来ている…そんな気配がする」

 メタトロンは音楽ゲームが今のままではGユニゾンと同じような末路をたどってしまうのでは…と考えている。新たな発想、他社との積極的なコラボ、継続的にプレイ意識を高める為の各種イベント等…上手く作り手とプレイヤーのバランスが取れたものが出来るのか、それが今後の課題なのだろう…そう西雲にアドバイスをした。

「会社も会社の利益を上げる為に対策は考えているだろうが…自分はその路線とは別の方向で音楽ゲームを日本の文化と位置づけられるように頑張ってみるよ」

 西雲が言うと、メタトロンはアミューズメントセンターを後にした。

現実では、未だに第2、第3のGユニゾンが誕生するかもしれない…。確かに音楽業界が抱える課題は山積みなのだろうが、それでも…音楽に生きる希望をもらう者、音楽に心を癒される者、音楽がきっかけで交流の幅が増える者がいるのは事実だ。

メーカー側は自社利益至上主義の完全撤廃を推奨したい所だが、それが出来ない現実が今ここにある。この現状は音楽業界にとっては争いの種しか生み出さず、最終的には経済を破綻させる物になるかもしれないだろう。

音楽業界が抱える現実、それはヒット作が出ない事ではなく、一部の人間のみが大きな利益を得るゆがんだ体制にあるのかもしれないのである。

『人々は言っている。ここで終わる音楽業界ではないはずだ…と』

 音楽業界が、今の一部会社による暴走した利益至上主義に走り続ける限り、西雲隼人による音楽ゲームによる業界再編計画は続くだろう。彼は…そう思っていた。