2:遂に動き出す存在

 

 稼働日前日、大型の筐体がトラックに運ばれて県内のゲームセンターにやってきた。実物を見ようと大勢のギャラリーが既にゲームセンターの前に詰め掛けている状態である。

「遂に、あの筐体がくるのか…」

 周囲のプレイヤーも筐体の到着を心待ちにしていたようだ。本来であれば正式稼働日は明日なのだが、いくつかの店舗では先行稼動で本日入荷という事になっている。

「あれじゃないのか?」

 彼が指をさす方向には、トラックから下ろされた筐体らしき物の姿が確認できた。どうやら、陸送等の面を考慮していくつかに分離して運ぶような仕様になっているようだ。

「いよいよ稼動か…。これが音楽ゲームを変える流れになればいいが」

 偵察を兼ねてゲーセンに足を運んでいた西雲は思う。今回の超音人伝説が音楽ゲームの流れを変えるきっかけになれば…と。

「いつまでも自分の作品ばかりが盛り上がるのは、バランスの面を考えても悪い流れのように見える。この辺りで、分散傾向を見せてくれればよいのだが…」

 対戦格闘ゲームやメダルゲーム等は色々なメーカーが新製品を出してお互いにシェア争いをしているのだが、音楽ゲームに限っては9割以上が西雲の開発した作品で占められているのが現状である。5割とまでは行かないが、圧倒的な割合が少しでも変化すれば…と西雲は思っている。

 

 稼動準備をしている最中で既に20人ほどが列を作っている。入荷したのは4台だが…初回プレイはキャラクター作成等もある為にこの人数でもプレイするにはある程度の時間がかかるような様子だった。

「カードの方も今回の筐体入荷分とセットになっていた150枚で足りるかどうか微妙な情勢かもしれない」

 そんな店員の心配もあったが、カードが品切れる事はなかった。並んでいるのは20人オーバーであるのは間違いないが、何人かはギャラリーとして並んでいる為、実際にプレイするのはわずか数人だった。通常の開店時間は午前10時だが、今日に限っては9時30分開店になった。筐体を組み立てて完成させるまでに時間がかかる為、午前10時開店では対応できないと判断しての変更だったのだが…。

「予想以上に並びが悪いな…。まだ稼動当日ではないというのもあるかもしれないが」

 西雲は思う。既に筐体の方は稼動準備が終わり、残るは電源を入れて上手く動作するかの確認である。

「どうやら、稼動準備は何とか終わったようですね…」

 店員も一安心している。組み立てに少し時間はかかったが、無事に超音人伝説は稼動したのである。

「新作の場合は続編とかだったら並ぶ人が多いのですが、完全新作だと雑誌等での注目度合いによってお客さんの反応が変わってしまいますので…色々と大変ですね」

 店員も大変そうである。これから、パンフレットの準備とカードを販売機に入れる作業がある。既に客の何人かはパンフレットを取っているが…何人がプレイするかは微妙な情勢である。

 

「どうやら、一番手は…自分のようだな」

 最初にプレイするのは飛鳥のようだ。他の人はパンフレットを読んでいて、並んでいるような気配はない。操作方法を覚えてからプレイするのか、それとも気になったからチェックしているのか…。

「キャラ設定は…こんな感じか」

 キャラクター名は飛鳥悠、スタイルはキックボクシング、アバターの性別は自分と同じ男となった。

「既に隣もプレイ中のようだが…様子を見る意味でもスタンダードでプレイするか」

 乱入をしようと考えたが、いきなり倒されて200円を使うのも…と考えてスタンダードモードをプレイする事にした。選曲用の機械でスタンダードモードを選択した。その後にチュートリアルの有無を聞かれ、初めてプレイする事もある為かYESを選択…。

『超音人伝説は、格闘ゲームと音楽ゲームを融合させた新ジャンルである体感対戦型音楽ゲームです…』

 チュートリアルでは特にボイスで説明が入るわけではなく、普通にムービーが流れるだけの仕様になっていた。ムービーは前方の大型ディスプレイから流れ、選曲用の機械では他筐体のプレイの様子が見られる仕様になっていた。

「既に4台ともプレイ中…という事か」

 飛鳥は他の3台もプレイ中という事を把握した。乱入設定は今の所はOFFになっているが…。

『相手への攻撃は、センサーの付いている方の手か足を画面の方へ近づける事で可能になります。勢いを付けすぎて、アクセサリーや靴等が画面の方へ飛ばないようにご注意ください…』

 下駄なんて履いていた日には、下駄が勢い良く飛んで画面を破損しかねないだろう…そんな事を思いつつ、飛鳥は靴紐が緩んでいないかを確認した。

『相手へダメージを与える為には、相手に攻撃を当てる事も重要ですが、ゲーム中に出現するウィークポイントに命中させる事も重要になります。ウィークポイントは音楽ゲームにおけるノーツに該当し、このウィークポイントに的確に攻撃を当てる事がハイスコアへの近道となります。全てのウィークポイントに攻撃を命中させると、サウンドフルコンボボーナスが獲得できます。更に、全てのウィークポイントに正確に攻撃を命中させた場合はエクセレントボーナスとなり、フルコンボノーナスよりも高い倍率でパフォーマンスポイントを獲得できるようになります。それ以外にも各種オプションの特殊設定を使う事でもパフォーマンスポイントを稼ぐ事は可能です。いかに効率的にパフォーマンスポイントを稼ぐかは、あなたの腕次第です』

 ただ攻撃を当てるだけではなく、ウィークポイントへの正確な攻撃命中が勝利への近道になるようだ。正確に命中させれば、普通に命中させる時よりも相手へのダメージもその分大きくなる。ガードをされたとしても、通常よりもパーフェクト判定の方がガード時の削りダメージ等も大きくなる。パーフェクト判定ならばサウンドゲージが増える為、相手がガード体勢になったとしても、積極的に攻撃をしていけば勝機が見えてくるという仕組みである。

逆にウィークポイントが出ているにも関わらず攻撃をしなかった場合はミス扱いとなりサウンドゲージが減っていく。サウンドゲージの減り方は曲の難易度によって変動し、オプションによっては1ミスで半分減るような特殊設定をする事も可能である。これらの特殊設定はパフォーマンスポイントの獲得にも一役買っている。

1曲目ではサウンドゲージが0になったとしてもプレイは続行できるが、2曲目以降は演奏失敗となり体力ゲージが残っていても敗北となる。体力ゲージが残り少なくてもサウンドゲージが残っている限りゲージは一定量だが自動回復する。ただし、それは初期出荷時の設定であり、店舗側の設定にもよるが2曲目までは曲完走プレイが可能な設定にする事も可能である。この場合は、2曲目も最後までプレイは可能だがサウンドゲージが途中で0になった場合はゲームオーバーとなる。

「さて、1曲目はレベル1の曲からに…」

 ふと画面を見ると、曲の難易度設定が他の音楽ゲームとは非常に異なっている事に気づいた。普通の音楽ゲームではレベル表記がされており、作品によっては数値が違うが基本は10段階になっている。しかし、超音人伝説では7段階になっているのである。表記は他の音ゲーで言う所のレベル1が星1つ、最大レベルは星7つである。パンフレットを確認してみると、星1つはレベル1から10辺りが想定されているようだ。最大の星7つで70以降となっている。あくまで星で表記されるレベルは楽曲の難易度であり、戦う相手のレベルとは全く違うのが注意すべき所かもしれない。対戦相手は楽曲選択画面ではなく隣の大型モニターの方に表示されている。それを見ると、レベル5の空手タイプ、男性キャラだと言うのが一目で分かる。インフォメーションには『正拳突き等の打撃系は攻撃力が高い。ガードも駆使してチャンスを掴め』と書かれている。

「ガードは…確か、こんな感じか?」

 飛鳥は腕をクロスにして大型画面前方にかざした。すると、画面のアバターが飛鳥と同じ動作をする。どうやら、この作品では選曲時のタイムカウントは他の音楽ゲームとは違い、ロビーの待機時間と同じような感覚の物らしい。

「曲は…革命か。何処かで似たようなクラシックアレンジの物が収録されたが…これでいいだろう」

 選曲画面で飛鳥は革命の曲ジャケットを選択。すると、クラシックとは若干遠い印象を受けるようなトランスミュージックが流れたのである。どうやら似たタイトルのクラシック曲とは無関係のようだ。

「なるほど…こういう曲なのか。曲のレベルも1だから何とかなるか」

 飛鳥も曲の視聴をして、どんな曲か把握した。丁度、視聴している途中でタイムカウントが0になり、バトル突入のデモが大型モニターに映し出された。画面ではアバターが廃墟となったビル街にぽつりとあるリングへ足を踏み入れる。選曲用のモニターには、飛鳥の戦闘データと相手のデータが表示されている。対戦成績は飛鳥が初戦と書かれているのに対して相手は10勝20敗…。油断をしなければ余裕で勝てるだろう…と飛鳥は思っていた。

この画面では対戦データだけではなく、他のプレイヤーの対戦状況、オンライン待機中プレイヤーの数、自分が現在プレイしている曲数、自分が使用可能な技のリスト等に切り替える事も可能である。万が一、どんな技が使えるのか忘れてしまった場合は技リストを表示させていれば、すぐに対応する事も可能である。プレイに慣れてくれば、技リストなしでも技を出す事も可能だろう。

「普通の格闘ゲームと違って…超必殺技のような物はないか。その代わりに、多彩な通常技やウィークポイントが実装されているのか…」

 格闘ゲームでは作品によっては、必殺技の上位として超必殺技、相手を一撃で撃破できる一撃必殺技があるが、超音人伝説では音楽ゲームとしての側面も持っている為、すぐに決着が付いてしまうような技は実装されていない。その代わりとして、通常より高いダメージを与える事ができるウィークポイント等のシステムがある。

「さて、始めるか…」

 飛鳥が構える。格闘技等をやっていたわけではないが、その目は格闘家のそれと非常に似ている。飛鳥は形から入るタイプなのだろうか…。

『サウンド1、レディ…ゴー!』

 ラウンドを告げるナレーションの後に曲が始まった。曲の出だしは静か過ぎるほどに平坦である。ウィークポイントは全く出現せず…攻撃してくる相手に対してガード、その後にローキックを何度か叩き込む。ウィークポイントが現状では出てきていない為か、ここまでは普通にパンチングマシーンの進化系と見間違うような…そんな流れである。

「ここからか…」

 飛鳥の目が本気になった。平坦な曲は急にハイスピードサウンドに変化した。先ほどの静かなパートは嵐の前の静けさだったのだろうか…それ程に速いテンポの曲へと変化していた。その速いテンポに合わせるかのようにウィークポイントが相手に複数出現する。飛鳥はその複数のウィークポイントに正確なパンチをヒットさせる。ただし、タイミングが合わなかったために何個かはグッド判定になってしまった物もあるが…前半まででミスは1個もなかった。

「ウィークポイントとは…そういうことか。普通の格闘ゲームと違って、積極的な攻めが勝利の鍵…という事か」

 消極的なファイトが観客のテンションを下げるのと同じような事が、超音人伝説ではシステムとして実装されていたのである。積極的に攻撃をしたとしても、ひとつの技だけを使いまくる等のパターン的な戦法はサウンドゲージを下げる原因にもなる為、実戦では使えない。

「相手のHPは…まだあるか。やはり、エクセレントを狙うようなプレイが求められるのか?」

 曲も中盤になり、ウィークポイントも連続して出てくるような箇所は抜けたのだが、それでも数個単位で出てくるエリアもある。曲は前半のハイスピードから一転、最初の展開とは違うがスローペースとなった。演奏されている音には、トランスでは使われないであろうヴァイオリンの生音やトランペット、木琴も確認できた。本当にトランスサウンドなのだろうか…と飛鳥が疑うような曲展開になった。

「待てよ…。確か、曲ジャンルを確認していなかったな…」

 一部の音楽ゲームではライセンス曲の都合もあって曲単位でのジャンル表記はされていない。ジャンルと言っても、J―POPや演歌、ゲームミュージック等のカテゴリーで分けている物、トランス、クラシック、プログレッシブ、ジャズ等と言ったような曲のジャンルで分けている物等がある。超音人伝説では曲ジャンルで明記されているようだが、最初に選曲したときには、そこまで確認せずに曲を決定していたのである。

「だが、ジャンルが分からなくても…何とかなるか」

 曲の終盤は再びハイスピード展開になっていた。今度は力強いヴァイオリンの演奏だけではなく、何とエレキギターまで混ざったクラシック音楽と言えるのか分からないような流れになっていた。しかし、それでも音楽としては成立しており、自分で作曲もする飛鳥は非常に驚いていた。

「これが…音楽ゲームの新しい形なのか…」

 曲が終わって、飛鳥は驚いた。最初は視聴だけではトランスだと思っていた曲が、実はクラシックで使われる楽器とエレキギターが融合したような…非常に斬新な音楽だった事である。自分が求めていたのは、グレートガールズ等に代表される…売れれば曲の完成度は関係ないというような安っぽい楽曲ではなく、今の楽曲のような斬新かつ音楽としても視聴に耐えられるバランスの取れた曲なのだ…飛鳥は痛感した。

「今の自分に足りなかった物、それは…」

 1曲目の評価はSと出だしとしては良い評価だった。評価はFからSSSまでのランクがあり、SSSはエクセレントになる。

「さて、次は2曲目だが…仕掛けてみるか」

 2曲目は星2の曲を狙う事にした。星1の曲は10曲だが、2個の曲は一気に30曲近くあった。見た限りでは星7個の曲は1曲も表示されていない。一定のレベルにならないと選択できないのか、3曲目以降の隠し曲扱いなのか…すぐには判断できなかった。

音楽ゲームの場合は、隠しコマンドで曲を解禁する作品もあるが、大抵はレベル上昇時に追加されている物や曲の出現条件が用意されている物が多い。出現条件に関しては、上級プレイヤーではないと出現させる事が厳しいケースが多く、サントラの発売を待つか筐体の全要素解禁まで待たなければならないのがほとんどである。

「次にプレイする曲は…これか」

 飛鳥が次に選択したのは『宿命の世界』で1曲目に続いてのインスト曲である。視聴部分を聞いた第一印象としては、ロックなファンタジー曲だった。ボーカル曲はある事はあるのだが、全てがライセンス曲だった為に選ばなかったと言うのが理由だった。ガールズグレートの曲が入っていたのも原因のひとつかもしれないが。

「やっぱり、他の音ゲーと違ってボーカル曲はライセンスばかりか…。いくつかはカバーだが…ガールズグレートの楽曲が入っているのが唯一の難点か」

 こちらのレベルが上がればボーカル有りのオリジナル曲も出てくるだろう。しかし、現状ではオリジナル楽曲はインストのみと言う状況だった。

「とりあえず、追加配信を待つしかないのが現状…と言った所か」

 飛鳥は再び拳を構え、戦闘体勢に入った。

 

 飛鳥とは別の筐体では、他のプレイヤーのプレイを見ながら、様子を見ていた人物がいた。その人物とは、神咲紫苑だった。今回は仕事がない為、お忍びで新作ゲームが入荷するゲーセンへ来ていたのである。その時に見つけたのが、超音人伝説だった。

「さて、こちらは3曲目か…」

 紫苑は既に1曲目と2曲目をクリアし、最後の3曲目へ突入しようとしていた。

「せっかくだから、他のプレイヤーの曲でも演奏してみようかなぁ…とか。筐体ごしからは音が聞こえないから曲被せ等も影響ないみたいだし…」

 紫苑が選曲したのは、2曲目に飛鳥が選曲した『宿命の世界』だった。

「曲の難易度は、2曲目の星4つよりも低いけど…何とかクリアできるかな」

 紫苑は1曲目に星3つの曲をSランク、2曲目に星4つの曲をAランクでクリアしている。実は、過去に行われたロケテストでも紫苑は星5つまでの楽曲をクリアしている程のやりこみプレイヤーなのである。

「あくまでロケテはロケテ…。実際の稼動時に曲の難易度が変更されるのは良くあることだから…油断は出来ないわね」

 紫苑の格闘スタイルはカンフーである。アクション映画でも知名度は高く有名なのだが…超音人伝説ではロケテでカンフーを選択したプレイヤーは紫苑だけと言う現実。技が他のスタイルより若干少ない、技のダメージが高い物と低い物で差が激しい等の欠点があった為だ。ロケテでは、テコンドーやマーシャルアーツ、ムエタイ、実在する総合格闘技イベントとコラボした格闘スタイルであるアタッカー1の人気があったという。カンフーも蹴り技主体だが、ムエタイやテコンドー、キックボクシング等と比べると威力は低い点であったり、機動力もマーシャルアーツに劣っている箇所があったり…若干だが数値が全てにおいて中途半端と言う印象がロケテからあった。

超音人伝説では、敵の体力を削ると言う観点から攻撃力の高いスタイルを選ぶのが得策と思われるのだが、実際はウィークポイントに攻撃を命中させる為にも技の連打が可能な事、コンボを組みやすいという箇所が重視されている。それ以上に、音楽ゲームではよくあるキーの誤入力による暴発や誤爆等を防ぐ意味でも技の挙動が安定するという箇所が重要視されている。攻撃力が高いとウィークポイント命中時に与えるダメージ量は多い反面で技の連打が不可能、格闘ゲームでも多用されるキャンセルが利きにくい、技の挙動が不安定でコンボの組み合わせによっては暴発等でウィークポイントに当てにくくなる等の欠点がある。   

カンフーは技のひとつひとつの威力が高い物が多いが、コンボに繋げられる技が一部に限定されてしまう、コンビネーションのパターン数が少ない等の弱点がある。当然の事だが、全体的に使いやすいと言われているマーシャルアーツやムエタイ等にも他のスタイル同様に弱点は存在する。全てのスタイルに長所と短所があり、それらを理解した上で戦い抜く事が要求されるのである。中には、ロケテ時に複数のスタイルを試すと言うプレイヤーがいたりしたが…自分に合ったプレイスタイルを探すのも超音人伝説のセールスポイントなのである。

 

『サウンドファイナル、レディ…ゴー!』

 序盤からドラムの連打が入り、ウィークポイントもそのドラムとシンクロするかのように出現する。このパターンはロケテにはなかった物。そして、紫苑は何かの異変に気付いた。

「まさか…裏譜面?」

 気づいた時には既に遅かった。序盤のドラムラッシュ、中盤は闘技場での決闘をイメージさせるエレキギターを主戦慄とした激しい曲調、ウィークポイントも明らかにギターの音にあわせて出ているとしか思えないような攻勢…。

「ここまで削られるとは予想外かな…」

 果たして、終盤まで耐えられるのか。最後は確か、最後の相手として出てきたのがかつての友人という事にショックを受けつつ、2人が戦うと言う場面…。最初の方は静かなギターで数少ないサウンドゲージの回復エリアなのだが…。

「嵐の前の静けさ…と言った所ね」

 何とかウィークポイントに命中させていくのだが、サウンドゲージの回復量は少ない。下手をすれば、終盤の発狂地帯で落とすかもしれない。相手のHPは自分よりも減っているにも関わらず、わずかな油断が演奏失敗につながる為、失敗も許されない。

「これで、決める!」

 紫苑の目が変わった。終盤のエレキギターソロ部分は、ウィークポイントが1秒に7個出現し、それが20秒間も続く発狂地帯と言われるエリアである。果たして、全てを捌ききれるのか…。

「やっぱり…この量は…」

 紫苑も腕と足を止めずに攻め続けるが、最後のソロ地帯で惜しくもサウンドゲージはゼロになった。筐体の外に設置されている大型モニターで見ていた観客も紫苑のプレイに驚くばかりだった。

「あれだけの実力者でも…3曲目落ちなのか…」

「他の格ゲーよりも敷居が高いな…」

「一度プレイしないと分からないが、これはさすがに難しいと感じざるを得ない」

「プレイ感覚は格ゲーというよりも、ダンスゲームの方が近いな…」

 観客からはプレイをする前から敷居が高いという声が聞かれた。おそらく、紫苑がロケテからプレイしているプレイヤーだという事を周囲が知らないというのもひとつの追い風になっている。

「普通に格ゲーというよりは、特殊な体感型の音楽ゲームと言う方が近いか…。システム的にはガンシューティングと似ている箇所がありそうだが…現状だとダンスゲームに乱入対戦の要素を取り入れたような、若干中途半端な印象を与えている…」

 紫苑のプレイを見ていた西雲は思った。システム的には魅力があるが、もう少し改良すべき箇所はあったはずだ…と。

「スタッフの意気込みは買うが、やはりユーザーが興味を持たなければ意味はない…か」

 西雲は本来であれば偵察という事で1プレイをしていくはずだったが、プレイせずにそのままゲーセンを後にした。

「ガンシューティングに武器カスタマイズ要素を取り入れ、対戦ではなく従来の音楽ゲームと同じ楽曲ごとのインターネットランキングを導入すれば…」

 西雲はメモパッド型の端末にアイディアを色々と書いていた。

「タイトルは…まだ決めなくていいか。これからアイディアを組み立てて、それがある程度完成してからでもいいだろう」

 超音人伝説が目指そうとした方向は間違っていなかったが、オリジナル楽曲ではなくライセンス曲の知名度のみでプレイヤーを取り込もうという手法には西雲も少し懸念を抱いていた。西雲の開発した音楽ゲームもライセンス曲は収録されているのだが、それ以上にオリジナルの楽曲も充実している。これはライセンス曲ばかりを使うとライセンス曲の使用料が開発費に上乗せされる。

限られた予算でゲームを完成させる為には予算を少しでも節約する為に自社アーティストのオリジナル楽曲を収録するのである。これには、他の作品に移植する際に色々な交渉や手続きが少なくて済むと言う利点がある。ライセンス曲の場合は使用方法によってはダメ出しをうけるケースもあるらしい。実際にあったケースとしては、ガールズグレートの楽曲を使う予定だったイベントが、イベントの詳細を見て楽曲使用を断ったという例もあるらしい。

 

数日後、超音人伝説の本稼動がスタートした。先行稼動では稼動した筐体数の事もあってかプレイヤーが増えなかったが、本稼動になってプレイヤー数は劇的に増えていったのである。一体、スタッフはどんな手品を使ったのだろうか。

「こういったPRも、ゲームを盛り上げる為には必要なのですよ」

 数日前に入った新人広報は言う。彼がPRの為に起用したのは…何とガールズグレートである。収録されているライセンス曲は半分近くが彼女達の曲になっており、しかも提供曲扱いで原曲が収録されている。ファンにとってはうれしい要素のひとつだろう。この仕様に関しては既に先行稼動版にも採用されていた。ポスターにも彼女達を起用し、ゲーム主題歌もガールズグレートが歌っている。これだけの予算が本当に会社から出たのだろうか…と不審に思うスタッフもいた。

 

 超音人伝説が急にヒットし始めた事は他の会社にも既に伝わり、ゲームメーカー各社は現在製作しているゲームセンター用タイトルを取りやめ、音楽ゲームを開発に移行するという所まで出てきた。当然だが、この話は西雲の耳にも届いていた。

「やっぱり、こういう展開になったのか…」

 西雲がガールズグレートの商法に関して改善の余地がある…と以前に雑誌のインタビューで答えた事もある。人気がいまひとつ出なかったら、すぐにガールズグレートを起用して宣伝効果を得る…というやり方には西雲自身も納得していないのである。

「テレビを付けるとガールズグレートが映っていないテレビ局はない…という状態が現実に起こってはいけない。天下統一と言うよりも…これでは世界征服という状態に近い…」

 ガールズグレートが解散し、他のグループが同じ商法をコピーでもした場合を考えると…日本の経済は本当の意味でだめになってしまうだろう。1組のアイドルグループが日本の経済を救う…書き方によっては理想的な状況とも言えるかもしれない。しかし、西雲が懸念するのは、ガールズグレートが解散した場合…それと同時にバブルがはじけて不景気の時代に突入するだろう、という事である。