3:急転直下

 

 格闘神に選ばれな かったファイティングアリーナが選択したのは、独自の全国大会を開催する事だった。既に複数の有名プレイヤーや新規プレイヤー等にも予選大会実施の告知を 行っており、いよいよ本格的に動いた流れにはなっている。

 

 その一方で、ネッ ト上などでは有名格闘家等も既に参戦する事が決定しているという週刊誌等の情報を見て―。

『まるで大晦日の格 闘技イベントを思わせるような顔ぶれだな』

『獅燕は出るとし て、チーフは全国大会に出るのか?』

『格闘神に選ばれな かっただけで、ここまでやるのか…』

 格闘神に選ばれな かった事だけで、これだけ大規模の大会を開く訳ではないのは明らかなのだが、真の理由は見つからない。

 全国大会発表直 後、チーフは大会に参加しない事を運営委員会に報告、獅燕はチーフとは逆に大会参加を報告する。

『獅燕は出るらしい な―』

『チーフが出ないの は、テレビ中継が入る可能性があっての事か?』

『反社会的勢力を根 絶まで追い込む為に、向こうが先に仕掛けた…と言う気配がするな』

 ネット上では色々 な意見が浮上するが、どれが真実かは分からずじまい。遂にはつぶやきサイトをはじめとしたいくつかのサーバーがパンクする騒ぎ、運営委員会が不用意に報道 機関等をあおらないように…と告知を出す等の動きが頻繁に起こった。

 

 そんな中でファイ ティングアリーナの正常化を目的に一部のプレイヤーが運営委員会とは別の行動を取り始めたのである。そのリーダーがだれかは不明だが、プレイヤーリストの 中にはフリーズ、エクシア等の有名プレイヤーが名前を連ねている。他にもランキング上位メンバーの半数が運営委員会とは別の行動を取るようになり、気がつ いてみると上位メンバーは獅燕とチーフだけになっていた。

「この状況をどう考 えるべきか―」

 ランスロットは悩 んでいた。ファイティングアリーナが大きな曲がり角に来ている。原因は反社会的勢力の排除の部分にあった―。

「確かにスポーツ団 体等でも反社会的勢力を排除しようとする運動が活発になっている一方で、他の業界は排除と言う動きには消極的だった。そんな状況が今回のファイティングア リーナの強硬手段に―」

 そして、ランス ロットは1つのメールを受け取った。差出人は不明だが中身が何なのかは大体の予想はついていた。

「そう言う事か…」

 メールを確認した ランスロットは、何かの決意をしたようにも見えた。

 

 9月、格闘神の決 勝ラウンドが行われている中でファイティングアリーナの全国大会が行われた。実際、予選会も行われて本戦に勝ち残ったメンバーもいるのだが、その半数が有 名格闘家等で構成されていた。試合会場には数多くのファンが集まっているのだが、試合を見に来たのかと思えば…目的は別にあったのである。

「今回の全国大会 は、有名格闘家及び所属団体との闇取引で行われた物であり、大晦日の格闘技イベントの―」

 会場に集まった ファンの一部は、例の別行動を取る勢力に所属するメンバーだったのである。中には、試合を見る為に入場する者もいるのだが、試合会場前に彼らが陣取ってい る為に会場へ入るのに時間がかかると言う状況になっている。

『この状況をどうし ますか?』

 スタッフは、忠勝 の指示を待って様子見をしているのだが、抵抗をするような素振りを見せる気配はない為に様子見をしているのが現状である。

『我々が強硬手段に 出れば、逆に反社会的勢力の根絶が遠のくだろう。向こうも反社会的勢力の力を借りている様子がなければ、こちらが手を出すのは逆効果だ―』

 結局は、向こうの 首謀者を割り出さない事には動くに動けないのが現状だった。

 

 試合会場となる ドーム球場では、既に何人かの格闘家がウォーミングアップを始めていた。その中には、有名格闘家も何人かいる。

「今度こそ…」

「テレビ中継もある 中で獅燕を倒す事が出来れば…俺は英雄になれる」

「チーフは出てこな いが、獅燕さえ倒せばランキング2位は確実―」

 さまざまな人物が 打倒獅燕に闘志を燃やしているのだが…この様子に違和感を持っている人物がいた。それは、意外にも―。

「ルールではトーナ メント方式…と言う事になっているはず。それが、みんなしてターゲットが獅燕に集中しているのは―」

 この異様な空気に 早速反応したのはランスロットだった。彼女以外にも、フリーズやエクシア、パンダのパーカーを着た人物も獅燕狙いをしている格闘家達に違和感を覚えた。

「獅燕は正常化を求 める運動に参加している人物ではないのに加えて、他の格闘家から見れば味方に近い立場なのに、どうして…」

 フリーズも周囲の 格闘家が打倒獅燕を掲げている事に違和感を持った。エクシアも同意見である。

 

 数多くのファンが ドーム球場を埋め尽くす…と思われたが、入場者数は2万人と発表された。収容人数的には50%と言った所だろうか―。この試合に関してはテレビ中継以外に も公式サイト等でも生放送がされている為に会場まで足を運んで…というファンが少ないのかもしれない。

『遂に始まりまし た。ファイティングアリーナ初の全国大会―。実況はライトニング、解説は月風さんでお送りいたします』

 実況用の特設席に は、ライトニングと背広を着込んでいる月風の姿がある。他にもVIP専用席には有名人やアイドル、総合格闘技の選手も顔を見せている。総合の選手の中には 本郷の姿もあった。今回は予選でパンダの人に敗退した為、全国大会の切符を逃してしまったのである。

 

「いよいよ始まる。 これが成功した時には反社会的勢力も―」

 特別席で観戦をし ようとしていた忠勝だったのだが、1本の電話が入って来た。

「分かった。試合の 内容を若干変更する事で対応しよう―」

 そして、忠勝は宣 言する。獅燕を倒した物を優勝にする…と。

 

 急なルール変更に 周囲も戸惑うが、この方が面白くなるだろう…と言う事でルール変更を受け入れる事にした。おそらく、ルール変更自体は打ち合わせの段階で判明し、それを聞 いた格闘家が打倒獅燕を…という流れなのかもしれない。

「さぁ、始めるわ よ!」

 獅燕は既に戦闘態 勢に入っていた。その1番手として現れたのは、獅燕に何度も敗退を続けているクロームだった。

「今度こそ、リベン ジをする!」

 そんなクロームの 言葉もむなしく、獅燕は秒殺という展開でクロームをストレートで撃破した。

 

『この調子だと獅燕 の全勝か?』

『最近の格闘家もレ ベルが落ちたな―』

『獅燕最強時代に突 入するのか』

 ネットで生放送を 視聴しているユーザーの反応は色々あったが、試合が一方的過ぎて面白くない、獅燕が全勝にするにしても試合内容が…という意見が多かった。

「ネット上の意見も 一理あるな。ならば、この辺りで少しカードを変更するか…」

 忠勝は試合カード の変更をスタッフに指示する。当初出る予定だった格闘家は後回しとなり、スタッフに呼ばれたのは別の有名格闘家だった。

 

 彼がリングに入 り、獅燕と戦おうとした所でパンダパーカーを着た人物が乱入してきたのである。

「悪いけど、向こう に行って―」

 パンダの人はリン グに入って来た選手に外へ出てもらうように指示をするが、彼が指示を聞くような気配はない。

「なら、こちらにも 考えがあるわ!」

 彼女が放った高速 の拳が、身長が2メートル近くある格闘家を吹き飛ばした。ダメージに関してはシステムが正常に動いている為に最小限に抑えられているが、仮にシステムが故 障でもしていたらと思うと…彼は大怪我では済まないだろう。

「奴は運営委員会の ―?」

 忠勝は何かを焦っ ていた。パンダパーカーを深く被っている為か顔は見えないはずなのだが、彼は何かに脅えるような眼を周囲に見せていた。

「一撃必殺ルール で、どうかしら?」

 パンダの人は獅燕 にルール変更の提案をした。一撃でも有効打が入った場合に勝負が決まる一撃必殺ルールである。

「それでも構わな い…」

 獅燕も了承し、パ ンダの人との対戦限定で一撃必殺ルールが起用された。

『この試合は、両者 がルール変更に同意した為―一撃必殺ルールが起用されます。この試合は、どちらかが有効打を1回でも与えた地点で決着と―』

 ライトニングの実 況を聞き、これは盛り上がりそうだ…と思う観客と獅燕がいつもどおりに勝つのでは…と思う観客で5分5分と言う状態になった。

 

 しかし、結果は獅 燕の勝利。パンダの人も大健闘をしたのだが、集中力が続かなかった事等が原因でガードのタイミングが遅れ、最終的には獅燕の攻撃を受けてしまった。

『一撃必殺ルールで も獅燕は健在―。果たして、彼女は何処まで勝ち残る事が出来るのでしょうか―』

 ライトニングの実 況にも力が入る。生放送の入場者数も、パンダの人が対戦した試合ではウナギ登り…とまでは行かない物の入場者数が前半の試合よりも多くなっていた。

「彼女のパンチもか なりの物でした。裏拳や高速で繰り出すジャブ等はボクサーの自分から見てもかなりの物だと思います―」

 月風も解説の大役 を上手くこなしているような印象である。

 

 次に登場したの は、反対派の代表格ともいえるエクシアだった。いつもは右目にしている眼帯はなく、フルパワーで挑む…と言った状況だろうか―。

「獅燕、あんたと戦 える日を心待ちにしていたけど―こういう形になったのは少し残念でしょうがない。もっと別の形で戦いたかった気がする」

 エクシアが剣を握 る手も若干震えているように見える。それだけ、彼女が放つオーラが異常なのだろうか―?

『獅燕にも若干の疲 れが見えているのでしょうか? 動きも鈍くなっているように思えます。エクシアを相手に大丈夫でしょうか?』

 ライトニングも若 干だが、獅燕に疲れが見える事を感じ取った。

「彼女の場合は、過 去に1日で30戦連続プレイした事もあるという逸話があるらしいです。嘘か真か不明ですが―」

 月風が手元の資料 を見て解説を行う。これが実際の格闘技だったら、1日で複数試合を行うだけでも休憩をはさまないと厳しい展開である。しかし、これはあくまでも体感型の格 闘ゲーム…格闘技の常識が通じるとは考えにくい。

『エクシアならば… 勝てるか?』

『獅燕にも疲れが見 えているなら…』

 ネットでも勝率は 五分五分…どうなるかは分からないという状況だ。

『ラウンド1は落と しましたが、まさかの2ラウンド連続勝利―獅燕の勢いはとどまる事を知らない! 果たして、彼女に勝てる選手は現れるのか?』

 エクシアを持って しても獅燕を倒す事はかなわなかった。果たして、彼女に勝てる選手は現れるのか―?

 

 反対派の中堅はフ リーズだった。

「運営委員会は反社 会的勢力の排除を表向きには掲げていますが、その一方で自分達の都合に合わせて動く手駒を集めていた。その結果が、格闘神の落選につながったと未だに理解 していない…」

 フリーズは言う。 確かに格闘神落選の理由はプレイヤーが少ない事や獅燕の連勝記録が原因と表向きには言われてきたが、政治的な部分に利用される事を恐れての落選と考えれ ば…ある程度のつじつまは合うだろう。

「委員会は関係な い…私は、自分の為に戦うのみ!」

 既に獅燕の精神状 態も限界があるのだろうか…とランスロットはリングの外で見て思った。

 

『フリーズも1ラウ ンドを取るのが限界だったのか…ラウンド2以降は獅燕が2本を先取しての勝利。体力が限界の中で、まさかの逆転勝利―』

 ライトニングの実 況も彼女には聞こえていないような気配があった。そして、遂には獅燕がリング中央で倒れるという非常事態が起こった。

「今の状態の獅燕に 勝っても―。ここは休憩時間を設けて、その後に試合を行いたい」

 ランスロットの要 求を聞き、運営委員会も獅燕の体力回復をした方がよいと判断し、10分間の休憩を入れ、その後にランスロット戦を行う事にした。

 

 休憩室で目を覚ま した獅燕、目の前にいたのはパンダの人だった。

「新しいコスチュー ムを用意したから、休憩の間に着替えると良いわ―」

 そう言い残して、 彼女は休憩室を出て行った。椅子に置かれていたのは、コスチュームだけではなく1本のメモリースティックも一緒にあった。

「これは、ファイ ティングアリーナの端末にも使用できる物―」

 控室にも選手の データを閲覧する為に端末が5台並んでいる。その内の1台にメモリースティックをセットすると、そこから出て来たデータには予想外の事が書かれていたので ある。更には、試合動画が1本添付されていた。その試合日程は―。

「この試合は、まさ か…」

 コスチュームを着 替えながら試合の動画を見ていた獅燕は、動画の内容を見て途中で着替えている手を止めた。

「あの時の相手が、 ランスロット…?」

 試合の動画以外に も、色々な外部資料が一緒に添付されており、その資料は着替えながらいくつかをチェックしていた。

「これが、運営委員 会の実体―」

 

 10分後、リング に獅燕が戻ってくる気配はない。まだ、休憩室から出てこないのだろうか…。

「まずは、最初に 言っておきたい事が―」

 ランスロットは何 かを話しだそうとした。

『あれを話されると 厄介だ―』

『ランスロットを反 社会的勢力と認める。今すぐ取り押さえろ!』

 何かのやり取りを 聞いたスタッフが一斉にランスロットを取り押さえにかかる。

「やっぱり、そう言 う事だったのね!」

 パンダの人がラン スロットのピンチに駆けつけ、取り押さえようとするスタッフを裏拳で吹き飛ばしていく。

「自分は、過去に獅 燕と戦った事がある。例の連勝を止めた試合で戦っていた―」

 遂にランスロット の口から衝撃的な事実が語られた。何と、獅燕の連勝記録を止めた試合の勝者はランスロットだったのである。

「そして、この全国 大会は格闘神に不採用になったことへの復讐に利用されようとしていた。つまり、格闘神や自分達に都合の悪い勢力を全て反社会的勢力と位置付けて排除しよう としていた…これが今回の大会における真の目的だ。獅燕の全勝は2の―」

 ランスロットが全 てを話す前に獅燕が姿を見せた。体力は完全回復していないが、汗でぬれていたユニフォームを新しい物に着替えての登場である。

「獅燕…聞いていた のか?」

 ランスロットの話 している途中で獅燕が現れた事で、獅燕も今の話を聞いていたのか…と思っていた。

「私も、その話は大 体聞いた―」

 獅燕もパンダの人 から託されたデータから今回の全国大会の目的を知ったのである。

『獅燕、ランスロッ トを潰せ!』

 忠勝がマイクを 持って獅燕に指示を出すのだが、獅燕は忠勝の指示を聞くような状態ではない…と。

「命令でなくても… ランスロットは倒す!」