2…交錯する、それぞれの思い

開戦の数日前、元沖縄代表である瀬戸美天は群馬県まで来ていた。目的は、高崎市長に会う為である。何故に合戦に参加しない事に
なった沖縄代表の彼女が群馬県まできていたのには理由があった。

「栃木と群馬は連合軍として既に協力体制を取っている。決闘者も、それに伴って再度選びなおしが決まっているからチャンスね…」

その目的は、連合軍となった栃木と群馬の決闘者になって合戦に参加する事だった。既に月原総裁には許可を取っている。

その一方で、秋葉真は日金銀(日本金融銀行の略称)内の合戦本部で調べ物をしている際にあるサイトを見つけた。俗に動画配
信サイトと呼ばれる物だが、そこには神聖東京投資家の活躍とも呼べるシーンの動画が配信されていた。

「まぁ、これ位のことは想定できていたけど…」

中には、明らかに映像が合成されたような物まで確認できた。

「これは、まさか…ねぇ…」

秋葉はサイト内にあった別サイトの宣伝が気になった。明らかに、画像が合成物である。

その宣伝をクリックしてみると、そこには衝撃的な画面が現れた。そこには大きな文字ではっきりと契約完了、と書かれていた。

「やられたな…。まさか、ここまで悪質なサイトが存在していたとは…」

秋葉は月原総裁に相談した。どうやら、数日前から合戦の動画を配信しようと言う動きがあるらしいというのは掴んでいたが、まさか…と。

「これは、俗に言うワンクリック詐欺とか言う奴じゃないかな。対策を速目に練った方が良さそうだねぇ…」

そして、大会当日ギリギリで合戦の動画を有料サイトやワンクリック詐欺等に該当するようなサイトには載せないように…という補足をルー
ルとは別に付け加えた。

「おそらく、こういったサイトを野放しにして風評被害をピンポイントで狙う都道府県もあるかもしれないからね。保険は…かけておくべき…だね」

今回の月原の策は思わぬ所で効果を発揮する事になる…。

「丁度、決闘者が直前で失踪して困っていた所に君が来たのは…一種の偶然ではないと信じたいものだな」

高崎市長にとっては、この話は本当に幸運としか思えないような出来事だった。実は本来の群馬代表だったヘスティア、栃木代表
だった神聖東京投資家のシヅキ=嶺華=ウィンディーネ
(しづき・れいか・うぃんでぃーね)

の二人が突如として行方不明になったのである。もちろん、他の県の決闘者に襲撃されたと言う報告はない。自ら辞退したとも状況からして考え
にくかった。

「偶然…ですか」

瀬戸には思い当たる節があった。数日前、今回の合戦に反対票を投じた者達のデモ活動を見かけた。彼らは合戦と言う単に自然を破壊しかね
ないような行為ではなく、対話で今回の問題を解決すべきである…と。更には、月原総裁が実は自由政治党に賄賂を送って今回の合戦を実現
させたのでは…と全くデタラメな発言まで飛び出す、非常に危険なデモ活動だったのを覚えている。

「最近では、自由政治党の残党と名乗る連中がそれぞれの都道府県の合戦本部に対して怪文書を送ったりするケースもある。
そんな事もあって、数名ほどが予備候補を辞退…という自体に陥っている。なんとも残念なことだが…」

高崎市長も今回の一件には頭を痛めた。彼女たちも…と思うと夜も眠れない。

「分かりました。私でよければ、連合軍の代表をやりましょう!」

「おおっ、引き受けてくれるか。ありがたい…!」

そして、瀬戸飛天は栃木と群馬の連合軍の決闘者となった。しかし、この事実は他の県の決闘者から情報が漏れ、やがて大きな戦いを生み出す
要員となる事は、この時点では誰も予想できなかった。

都内某所の喫茶店、そこでは4人の女性が七並べをしていた。

そのメンツは、普段着姿のシヅキとヘスティア、一見して普通の女子高生に見える千葉代表の反対派決闘者のジェノヴァ=飯島(じぇ
のヴぁ・いいじま
)、この時期にメイド服姿という珍しい格好をした北海道の賛成派決闘者の美奈月綾(みなづき・あや)の4人。その
4人とは別に計算係でジェノヴァに同行していたメイド姿のスタッフを含めて、計6人である。

これだけのメンバーがいればギャラリーもいるだろうとは思われたが、今回は貸切の為に店員を除いては、彼女たちしかいない。

「まさか、こんな所で反対派のジェノヴァに会うとは…想定外だったかしら?」

ヘスティアが残り3枚のカードをちらつかせた。

「こちらも、群馬と栃木の連合軍、北海道の賛成派サイドと遭遇するとは…ある意味で偶然では片付けられんな」

ジェノヴァの持ちカードは4枚…。無制限でパスは出来るようにルールを変えてあるものの、油断は出来ない状況だろう。

「今回の合戦の狙い、おおよそ掴んでいるのだろう?」

ジェノヴァが話を切り出した。彼女には既にシヅキとヘスティアが連合軍の決闘者を辞退するのでは…と言うことがばれていたのではないか…。そ
んな不安がシヅキとヘスティアにはあった。

「なるほど…それなら、月原の暗躍や瀬戸飛天が代表に選出されると言う話も…嘘ではない…という事か」

綾は最後の1枚のカードを出して一抜けを果たした。そのカードは、意外にもスペードの5だった。

「止めていたのはそっちだったか…」

シヅキの残りカードは3枚。しかも、その内の2枚はスペードである。

「決着を付けるか…」

ヘスティアがスペードの4を出し、その後に間髪いれずにスペードの3、ハートの3と連続で出して、2抜けを果たす。

「ジェノヴァ、勝負あったな…」

ヘスティアも残るカードを出して、3抜け…つまり、ジェノヴァの敗退である。

「賛成派が揃いも揃って…。まぁ、良い。余興としては楽しかったぞ…」

それだけ言い残して、ジェノヴァはスタッフと共に帰っていった。

「特に細工はしていないはずだが、上手く誘いに乗ってくれたな」

シヅキはトランプのケースからジョーカーのカードを出した。

「パスなしというルールがおかしいと思ったら、そういう事だったのね」

綾も納得した。ジョーカーがあってパスが無制限ならば、ゲームとしては成立しにくいだろう。

「だが、これで瀬戸飛天の一件が他の決闘者にも伝わっている可能性が出てきたな…」

シヅキはある事を懸念していた。活発化する残党の動き、月原総裁の真の目的…。どちらにしても、下手にどちらかの思惑が成功してしまえば…間
違いなく、合戦とは別に混乱が起こるだろう。

都内某所のゲーセン、場所は偶然にもシヅキが貸切にしていた喫茶店の近くで、別の決闘者同士が遭遇していた。

「誰かと思えば…」

一方は、埼玉代表の翼島氷雨。もう一方は意外なことに…。

「賛成派同士が、こういう場所で会うなんて…ある意味で奇遇かしら?」

東京代表の決闘者であり、神聖東京投資家の日野沢あかりだった。かつては一ヶ月で数億円規模の株での利益を得ていたと言う割には…意外な
事にゲーム作品のコスプレをしている。氷雨もあまり服に関してはセンスがない為、人の事はいえないのだが。それでも1980円ショップとかで売って
いそうな服で上下をそろえている。

「あくまで偵察目的じゃないから、そんなに過度の警戒はしなくていいよ」

そう言い残し、何処かへと向かった。

「決闘者と言っても、合戦をしていない時は普通の人間…という事か」

そんな事を思いつつ、氷雨は腕をポキポキと鳴らしながら、格闘ゲームの台に座った。

「邪魔が入らない内に…」

座ってから1分とたたないうちにクレジットの投入音がした。反対側で音がしたので2プレイヤー側からだろう。

「…って、既に入ってるし!」

自分がプレイしようとしたら、既に2プレイヤー側でゲームが進行していた。今のタイミングでクレジットを投入すると…間違いなく乱入と言う事になるだ
ろう。

「有段者プレイヤーのようだけど、何とかなるわよ」

そして、氷雨がコインを投入、乱入対戦となった。

「まぁ、なるようになるか…」

反対側のプレイヤーが呟く。そして、氷雨とプレイヤーの対戦がはじまった。

数分後、決着はあっさり付いた。氷雨の敗退である。結果としては、3本先取で3対1…

ストレート負けは避けられた物の…実力の差があった。氷雨が2級に対し、相手が3段というランク差もあったのだが…。

「うーむ、難だか悔しいなぁ…」

氷雨が2プレイヤー側の台を覗くと、そこには意外な事に…。

「まさか、こんな所で再び会うとは…」

2プレイヤーの正体は、何とあかりだった。

氷雨自身も驚くが、一番驚いたのは乱入してきたプレイヤーが氷雨だったと言う事実を知ったあかりだろう。

「こういう形で対戦する事になろうとは…正直言って驚いた。次は、合戦で…と言う事になるのかな?」

「まさか、こんな所で戦うなんて予想外ですよ」

「それまでに腕を磨くんだな。合戦も、こちらも…」

しばらく氷雨はあかりのプレイを見ていたのだが、あかりのプレイが終わると、すぐにゲーセンを後にした。

開戦前夜、岩手の剣術道場で神威鳴見(かむい・なるみ)が居合いの修行をしていた。

「北海道か…」

神威は少し不満があった。本来だったら岩手代表だった自分が、北海道の反対派代表となった事に。

「私は…岩手の為に剣を振るうつもりだったのに…」

開戦数日前、岩手県知事と北海道の反対派との密約で神威は北海道の反対派代表になったのである。数ヶ月前から反対派は美奈月綾を引き込も
うとしていたのだが、本人が賛成派で戦う事を宣言してしまった為、北海道の反対派は有力な他の都道府県から決闘者を引き込もうとしていたのであ
る。反対派全ての都道府県に打診した結果、岩手県が名乗りを挙げ、現在に至るのである。

「決闘者を物として扱う岩手も許せないが…それ以上に、格差を放置し続けた政治も許せない。この合戦で、全てに終止符を撃つ!」

神威は、都心と地方で広がりつつある格差に嫌気が差していた。岩手は今回の合戦で萌えではなく、別の要素での経済活性化及び格差是正を訴え
る事にした。その決闘者として選ばれたのが神威だったのだが…。

「見ているがいい、愚かな愚民ども…この剣で、自分を見下した者全てを…斬る!」

彼女の一閃が目の前にあるわら人形を真っ二つにした。

その一方、神奈川県庁では…とある物の最終実験が進められていた。

「まさか、ヴァルキリー・アスカを呼び出そうとしたら失敗したとは…」

当初、神奈川は神聖東京投資家のヴァルキリー・アスカを神奈川代表の切り札にしようとしていた。神奈川は既に有力な決闘者を数人程
集めていた物の、他の県に派遣したり、別行動を取らせたりしていて強力と言える予備候補は殆ど残っていなかった。そんな中での彼女
の説得失敗は致命的だった。彼、阿久津雅名
(あくつ・まさな)にとっての一大計画は、こんな失敗では終われない…。

「しかし、以前の戦いの副産物…この超機動型ユニットである闇龍、我らスタッフの総力を集めて作った人型ロボット、アイリーンさえあれば…他の都道
府県に遅れなどは取りません!」

スタッフの一人が豪語する。

「後は、下準備か…」

阿久津が携帯電話を取り出し、何処かへと連絡をしていた。

「茨城県知事を出して欲しい。神奈川県知事の阿久津と言えば、分かるはずだ…」

阿久津が電話していた場所は、茨城県庁だった。しかも、相手は…賛成派の茨城県。何故に賛成派に電話をかける必要があるのか…。

「こういった強硬手段に出るとは…。自由政治党のやってきた事、忘れた訳ではないだろうー」

「それは百も承知の上ですよ。そして、貴方がたは大事な決闘者を人質に取られている…これが意味する事は分かりますね?」

何処までも卑劣な…そう思いつつも、知事には要求を受け入れなければいけない理由があった。

「要求は受け入れよう。だが、我々を攻撃しようとは思わない事だ…」

「わかっていますよ。こちらも、アレをまともに相手にする訳には行きませんからね…」

大型ディスプレイには、既に最中調整を迎えた闇龍、搭乗者である茨城代表決闘者のトパーズ・エンドナイトの姿があった。

「闇龍が量産化できれば、他の県と同調する必要もなくなる…。それまでは時間稼ぎになってもらうとするか…」

最終調整が終わったトパーズを見て、阿久津が勝利を確信する。

「しかし、一番邪魔になるのは秋葉真か…速目に潰しておきたいが、相手が東京にいる以上は手出し出来ないか…」

秋葉はオブザーバーである前に東京代表の決闘者である。東京を相手にする事は、2人の決闘者を相手にする事になる。

「速目に手を打つか…」

阿久津は更に別の場所へ電話した。

「…こんな時に電話…?」

京都の夜景を眺めながら、榊頼美は露天風呂に入っていた。

「もしもし、榊ですがー」

「神奈川県知事の阿久津だ…」

電話の相手は阿久津だった。榊は、意外な人物から電話が来た…と思った。

「実は、折り入って頼みがあるのですがー」

この頼みというのが、同盟の誘いである事はこの地点の阿久津には分からなかった。