3: 動き出したプロジェクト

 

  メンバー発表のあった翌日の土曜、本社ビル近くのスポーツセンターでは運び屋の実技試験が行われようとしていた。

「ま さか、100人から10人に絞り込まれるとは想定外だったというか―」

  一番驚いているのは飛翔だった。オペレーター部門の実技審査を兼ねていた集計作業で何かの動きがあった…としか考えられないような結果 だったからである。

「ス ポーツセンターの広さを考えると、もう少しは大丈夫かと思ったら…この人数まで減るとは自分も驚いた」

  飛翔の隣にいる瀬川も驚きの表情を見せていた。既に会場入りしているのは飛翔と瀬川を含めて7名、残り3名が会場に到着していないようだ が―。

 

「大 幅な人数調整を行ったか、あるいは超有名アイドルの隠れファンクラブメンバーを外したか…。どちらにしても、この実技で全ては判明すると 言った所か」

  ジャージに着替えたドラゴンの覆面が7人に遅れて会場入りを果たす。彼が現れた事に飛翔と瀬川を除いた5人は驚く。

「ま さか、彼が採用されるとは」

  体格等を考えて、不採用だと思われていた人物が採用された事に驚くのは元プロ野球選手の男性だった。彼の隣にいる陸上アスリートの男性も 彼と同じ意見である。

「元 ハンマー投げの選手や水泳選手が面接で落選になった事を考えると、単純にアスリート系の人材だけを求めている訳ではない―という理論に達 すると言う事か」

  一人でベンチに座っていたのは、ビジュアル系バンドを思わせるようなスマートな体格をした男性だった。彼も面接を受けようとしていたのだ が、時間の関係上で面接を別の日に受けていたのである。

「ま さか、あなたはエノクの―」

  彼の前を通り過ぎようとしていた一人の女性が驚きのあまり、足を止める。彼女は裏の格闘技でもある程度有名な人物でもあるのだが、腕試し という意味合いで運び屋に応募していたのである。

「ど うやら、君は私の事を知っているみたいだが、この会場でその名前を呼ぶのは―他の参加者にも迷惑になる」

  彼は何かの含みを残して注意した。今の時点で名前が知られては非常にまずいのだろうか…と。

「あ えて名前で呼びたければ、服部半蔵とでも名乗ろうか―」

  彼は特に呼ばれても影響がないような名前を思いつき、服部半蔵と彼女に名乗った。

「お 互いに合格出来るように、全力で頑張りましょう―半蔵さん」

  そして、彼女は何処かへと姿を消した。半蔵は彼女の顔に見覚えがあったのだが、名前を尋ねる事は最後までしなかった。

「お 互いに、合格出来る事を祈ろう―」

  既に姿が見えなくなった彼女に対し、半蔵はエールを送った。

 

  集合時間となり、会議室の中に運び屋候補が次々と入ってくる。

「ど うやら、この会議室に来たのは自分が一番のようね―?」

  最初に入ったのは飛翔だったが、それよりも先に先客がいたのである。

「お いおい、ドラゴンの次はライオンとピエロ…サーカス団のオーディションか?」

  2番目に入ってきた元プロ野球選手も会議室にいた先客に驚いた。それは、ドラゴンの覆面を思わせるようなライオンの覆面をした女性とピエ ロのコスプレをした人物だった。

「ラ イオンの方は…超有名アイドルとは関係なさそうに見えるけど、ピエロは面接中継の録画では一言も喋る事はなかった。要注意人物は、ピエロ の方かもしれない―」

  3番目に入ってきた瀬川はピエロの人物が実技における要注意人物とみている。瀬川と一緒に入場する形で登場したのはまどかである。

「ど うやら、サウンドランナーにも超有名アイドルの魔の手が伸びているようですね」

  5番目に入ったのは、意外な事に受付が遅かったはずのドラゴンの覆面だった。彼はライオンの覆面が超有名アイドルの関係者なのではないか と予想していた。運び屋に関しては、今回を含めて厳しい審査をクリアしなければライセンスが得られない事が仮メンバー発表時の生放送でも 告知されている。この辺りは偽造ライセンスが出回らないようにする為の対策らしいのだが、詳細は後日と言う事になっていた。

「こ こまで個性的なメンバーが揃うとは」

  6番目にやってきたのは、元陸上アスリートの男性だった。7番目には半蔵、最後の8番目に姿を現したのは―。

「私 は七―じゃない、あえて名前を呼ぶならばサスケと呼んでくれ!」

  最後に現れたのは、自分をサスケと名乗った人物だった。半蔵に影響を受けたのかは不明だが、彼女も偽名エントリーらしい。

 

「ど うやら、全員が会場に現れたようだな」

  サスケが現れて1分後にプロデューサーが姿を見せた。それに加えて、技術部が何やら大型の梱包が施された箱をカートに乗せて運んできた。 どうやら、これが例のスーツになるのだろうか―?

「今 回の実技では、実際のコースを想定した仮想空間でタイムアタックを行ってもらう」

  仮メンバー発表の生放送でプロデューサーが告知をしていた為にタイムアタックに関しては予想済みだったのだが、仮想空間を使う事は誰も予 想できていなかった。

「事 前に何処か経由で情報が漏れないように何個かのダミー情報を発表していたのだが―こうもあっさりとダミーにかかるとは予想外だったよ」

  実は、実技当日にメールで実技内容が音楽ゲームやイントロクイズなのでは―と実際にメールを送ってきた人物がいるらしい。それに加えて、 つぶやきサイトでも参加者のかく乱を目的とした釣り情報があちこちで目撃されている。

「現 状では敗者復活戦は考えていない。各自の心構えで実技の結果は大きく変わるのは確実だろう。数字で出された結果も評価のひとつとして見る が、それ以外にも自分を表現できているか、実技を真剣に受けているか等も評価の対象になる―」

  プロデューサーは実技を受ける態度次第ではタイムアタックの結果が良くても不合格の対象にするかもしれない―と告げた。

「で は、箱の中身を公開する事に―」

  プロデューサーの合図で箱のロックが解除され、そこから出て来たのはSFに登場するようなスーツだったのである。

「こ れが、サウンドランナー用ノーマルスーツの基本タイプだ」

  メモリーランナーの原作とは若干かけ離れたSFデザインなのは、色々事情もあるのかもしれない。しかし、左腕には広域ナビゲーションシス テムの改良型、両手にはハイパーグローブシステムを実装し、背中には小型化した大容量バッテリー、脚部はハイパーブーツが標準装備されて いる。

「デ ザインに関しては原作とは全く違う物になってしまったが、搭載されているシステムは全てゲーム版を元に忠実に再現。マップデザインやナビ プログラムは原作元監修済となっているので安心して欲しい」

  プロデューサーが一通りの説明を終了した後は、プロモーションムービーが初お披露目された。

「こ れは凄いとしか言葉が出ない―」

  元アスリートもハイパーブーツやナビと言ったシステムを見て、普通に驚くしか出来なかった。

「こ れは、強化型装甲アイドルとライバルになりそうな能力を持っている」

  興味深そうにプロモーションムービーを見ていたのはドラゴンの覆面だった。それ以外のメンバーは無言でムービーをチェックしたり、配布さ れたスペックノートをチェックしていたりと行動はバラバラだった。

 

  ムービー終了後、サウンドランナーのスーツに関しての質問を受け付ける事になった。

「ノー マルスーツのデザインは1種類だけですか?」

  最初に質問をしたのはまどかだった。プロデューサーは少し間を置き、まどかの質問に答える事にした。

「今 回は、お披露目も兼ねている為に1種類しか準備出来ませんでしたが、運び屋に正式採用されたメンバーには、各種カスタマイズを含めた要素 も検討をしております」

  プロデューサーの回答をこまめにメモしているのはドラゴンの覆面とピエロ、瀬川の3名である。次に質問をしたのは意外な事に元陸上アス リートだった。

「100 メートルを5秒で走る事が可能との事ですが、これはエネルギー最大時という限定が付くのでしょうか?」

  100メートルで10秒台の日本記録を過去に持っていた彼にとって、100メートルを5秒で走り抜ける事が出来ると言う点も魅力的に見え た―。

「特 に最大充電時限定で100メートルを5秒で走る事が可能…という訳ではありませんのでご安心ください。ただ、バッテリーの残りが少ない場 合には最大加速も自動的に落ちる事になります。こちらに関しては、試作段階と言う事もあって詳細な数字はお答えできませんが―」

  元陸上アスリートは何かに納得したかのように、表情が変化する。その辺りの表情の変化もプロデューサーは見逃さなかった。

「今 回のスーツデザインが若干変更された点については、面接に登場した強化型装甲アイドルが影響しているのでしょうか―」

  最後に質問をしたのは、ドラゴンの覆面だった。当初にデザイン素案として発表されていたスーツと今回発表した試作型スーツでは天と地の差 まではないのだが、細かい部分でデザインが大幅変更されているのは誰の目から見ても明らかであった。

「全 く影響を受けていない…というと嘘になりますが、この辺りは強化型装甲アイドルの公式発表まで待ちたいと思います―」

  この質問に答えたのは、プロデューサーではなく飛翔だったのである。本来であればプロデューサーが解答をすべきなのだが、スーツを製作し たのは技術部である為、飛翔が代理で回答をした形になった。

「分 かりました。向こう側の正式発表待ちと言う事にしておきましょう―」

  ドラゴンの覆面も何か含みを持たせたような言い方だが、今の解答で現状は納得する事にした。どちらにしても、向こうが公式発表をしていな い中では情報が得られるとも思えない為である。

 

  質問会も終了し、会場の準備が整ったという報告を受けて会議室から体育館の方へと移動を開始した。

「そ う言えば、彼はあの覆面をしたまま実技を受けるつもりだろうか―」

  元プロ野球選手と元陸上アスリートの二人は同じ事を思っていた。この場合の彼とはドラゴンの覆面をした人物の事である。

「言 いたい事は分かるつもりだが、あのピエロも相当大変だと思うが―」

  2人の話を聞いていた半蔵がピエロの人物に関しても同じような状態なのでは…とツッコミを入れる。

「あ のライオン…やっぱり、何処かで会った覚えがあるかもしれない」

  瀬川はライオンの覆面をした人物が背格好等から過去に会った事のある人物なのでは…と思い始めていた。しかし、数人に絞れたとしても顔が 分からない事には…。

 

「お 待たせしました。これが、今回の実技で使用するシミュレーション用マシンです」

  体育館に到着したメンバーを待っていたのはいつもの作業着に着替えた飛翔だった。彼女の右手に示す方角にあるのがシミュレーションマシン なのだが―。

「ゲー ムセンターにあるような体感マシンを思わせるのだが、大丈夫か?」

「大 丈夫よ、その点は問題ないわ」

  半蔵の質問に対し、飛翔がノリで回答をする。体感マシンと言っても、レースゲームのような筐体ではなく、ダンス系の音楽ゲーム

筐 体に若干似たような感じだろうか。

「コー スは短距離の5キロを走るコースだけど、途中でビル等の障害物もあるので自分なりのコースを構築した方がベストかも」

  飛翔が用意したホワイトボードに今回の実技で使用するコースの白地図を貼って説明を始める。

「今 回に関しては、色々な諸事情もあって架空の街という設定ですが―」

  飛翔の説明では、今回の実技に関しては架空の街という設定だが、第2次募集等では実際の街並みを使えるように調整中だと言う。

「折 角ですので、自分が試しにマシンの操作方法を説明するのと同時に実技テスト…と言う方向で話を進めようかと」

  飛翔がマシンの前に立ち、目の前にあるスタートボタンを押す。足には既に運動靴とは別にリング状の装置が付いている。

「基 本的には、ゴールを目指すだけなので普通に走るモーションをすれば、画面も一緒にスクロールします。この辺はトレーニングマシンと同じ感 覚と思っていただければ―」

  画面スクロールが速く見えるのは、サウンドランナーの時速がアスリート等よりも速い為なのでは…と見ていた参加者は思った。

「唯 一、トレーニングマシンと違う動作を必要とする箇所はビルクライミング―高層ビルを登る動作だけです。手を前に出して、画面の指示通りに 左右の手を交互に出していけば登るようになっています。ハイパーグローブの理論的には手だけでも普通にクライミングは可能ですが、この辺 りは後で配布されるガイド本を確認してくださいね」

  飛翔が解説を交えながら難なくビルを登り切り、ゴール地点へと直線距離で向かう。

「こ れで、ゴールです。特に難しい動作は必要ありませんので、緊張せずに自分の全力を出せれば難なくクリアできると思います」

  飛翔がゴールしたタイムは、5分30秒と5キロという距離のタイムとは思えない記録だった。この辺りは、サウンドランナーの実力という所 が大きいのかもしれない。飛翔としてもハイパーグローブとブーツ部分を製作しただけに自信がある。

「次 は私が―」

  ドラゴンの覆面とライオンの覆面、元プロ野球選手、サスケ、ピエロが挙手をする。瀬川は様子見を決めて挙手をせず、まどかも瀬川と同様に 他の参加者のスコアを見てから走る気配を見せている。半蔵は寝ている訳ではないが、飛翔のスコアを見ても動揺するような様子は全くない。

「次 は自分が行く」

  周辺の挙手ラッシュとは別に、元陸上アスリートが手を挙げる。それを見たプロデューサーも2番目は彼に…と言う事で、元陸上アスリートが 準備を始めた。

「要 するに、5キロの距離を6分以内でクリアできれば―」

  意気込みは良かったのだが、彼には何か弱点があるように見えた。最初に提示した飛翔のタイムである5分30秒という記録ばかりに気を取ら れ、後で大きなミスをするのではないか―とプロデューサーは懸念する。

「こ のコースは―!」

  元陸上アスリートは、ビルクライムを必要とするルートを全く使わず、大半を一般道路や坂道等のルートで走り抜ける。確かにこのルートを使 えば、危険な橋を渡らずには済むだろう。ビルクライムは一歩間違えれば命を落とす可能性もある。転落を感知した際にスーツの安全装置が自 動的に作動する仕組みではあるが、エラーで動かないケースもあるかもしれない―そんな恐怖が彼をビルクライムルートから遠ざけた。

「タ イムは―」

  ようやくゴールをした彼の記録は、13分20秒だった。現在のメンバーでは最下位という結果である。しかも、想定していた6分台よりも大 幅に遅れている。

「サ ウンドランナーはトラック競技よりも障害物競走というイメージの方が近い。彼の記録が伸びなかったのは、トラック競技ばかりがメインだっ た為に危険なコースを見慣れていないのが原因だろう」

  半蔵が冷静に分析をする。それを聞いていたドラゴンの覆面は3番目に走ろうとも考えていたが辞退をする事にした。

「ト レーニングでも走らないようなコースをサウンドランナーでは走る事になるのか―」

  3番目に走ったのは、元プロ野球選手だった。彼の場合はトレーニングで階段を上り下りするのには慣れていたのだが、元陸上アスリート同様 にビルクライムに関しては躊躇するような動きがあった。タイムは、元陸上アスリートと同じ位の13分10秒だった。

「4 番目は自分が走る―」

  4番目に名乗りを上げたのはライオンの覆面だった。表情を読み取る事は覆面をしている関係で出来ないが、彼女の一言からは自信があると言 う風にも聞こえた。

「こ れは、まさか―」

  彼女の自信は本物だった。彼女より先に走った元プロ野球選手や元陸上アスリートが躊躇したビルクライムを何度も披露した。その一方で、 ルート選択に若干の力技と思わせる箇所があり、タイムは飛翔よりも遅れる結果となった。それでも、9分50秒と10分を切るタイムは暫定 2位にはふさわしい結果となった。

「次 こそは―」

  5番目に走ったドラゴンの覆面は終盤のルート選択に光る物があったが、序盤の2分以上の大幅な遅れを取り戻す事が出来ず、9分40秒とラ イオンの覆面が出した記録を10秒塗り替えるにとどまった。

「次 は自分の番―」

  6番目に走った瀬川は躊躇なくビルクライムで直線距離を進んで行くという飛翔も選択しなかったショートカットを披露して会場を沸かせる が、終盤の体力切れが影響して7分ジャストと言う結果に終わった。

  無言のまま、7番目に姿を見せたのはピエロの人物だった。外見こそはサーカス等で見かけるピエロその物だが、両手をよく見るとバイク用の グローブをしていたのである。

「何 だ、あの動きは…」

  元野球選手と元陸上アスリートはピエロの動きを見て驚く事しかできなかった。服装から見てもアスリート系の体格ではないはずなのに、動き の滑らかさや適応力の早さは並のアスリートよりははるかに上である。ルート選択もかなり正確で、アンドロイドなのでは…と言われても不思 議ではない程の完璧な最短ルートを選択し、ゴールしたのだが…。

「あ れでもタイムが6分オーバー…」

  瀬川が驚くのは無理もない。ルートの選択には間違いはなく、ビルクライムも初体験という割には上手く出来ていた。技術部出身の飛翔は例外 という事を踏まえても、若干の動作ミス等が数秒単位でタイムに影響をするという事を物語った。

「次 は私が…」

  8番目に登場したのはサスケである。格闘技をやっているという事で、アスリート系とは違ったスキルが見られるかもしれない―そうプロ デューサーは思った。

「こ の動きは…?」

  会場にいた参加者のほぼ全員がサスケの動きに驚いた。ライオンの覆面とピエロも驚いているのかもしれないが、表情を確認する事は出来な い。ルート取りに関しては瀬川と同じくビルクライムを頻繁に駆使するショートカットだが、サスケは瀬川以上にやや強引なショートカットを 披露した。

「あ のまま直線に進むと、マンションに―」

  瀬川が若干右に迂回して終盤で体力切れとなったマンションが立ち並ぶエリアがサスケの目の前に現れる。サスケも自分と同じように迂回ルー トをたどるのでは…と瀬川は思っていたのだが、サスケはこのまま直進し、1つめのマンションをビルクライムで屋上まで上り、2つ目以降は ジャンプを駆使して進んで行く。5つ目のマンションをジャンプで飛び移った所に見えたのはゴール地点である。

「あ そこまで強引なルートを通るとは…ある意味で予想外の人物―と言った所か」

  ドラゴンの覆面は思う。彼女が運び屋ではなく別の職業―例えば、強化型装甲アイドルに選ばれたとしたら…それを考えると彼の身は震えた。

「タ イムは5分45秒…もう少しで飛翔のタイムを更新出来る所まで来たか。彼女の身体能力を持ってしても飛翔には勝てないとなると―」

  半蔵はサスケの動きを見て、格闘技だけでここまでのタイムを出せるのか…と疑問に思う所があった。

「9 人目はまどかか…」

  サスケの後に登場した9人目はまどかだった。まどかの体格を見ると、サスケと似たり寄ったりという体格をしている。その部分を半蔵は疑問 に思う。

「確 か、彼女は陸上の県大会に出た事もあったという話があったが―本当にそれだけで実技まで残ったのか気になる所か」

  半蔵と同様にドラゴンの覆面もまどかに関しては関心を持っていた。陸上の経験があるとはいえ、ただのコスプレイヤーとも考えにくい。その 正体は一体…と彼女の正体を探る気になっていた。

「行 きます!」

  何かのスイッチが入ったかのように、別人とも言えるテクニックやルートを披露するまどかを見て、ピエロ並の適応力があるのでは…と周囲か らの声が聞こえていた。

「あ のスピードでは、激突する…?」

  瀬川は高速で直線距離を進むまどかの前に高層ビルらしき物が見えて来た事に対し、まどかが減速する様子を見せない事から激突するのでは… と思っていた。

「な んて力技を―」

  驚いたのは元プロ野球選手だった。まどかは減速せずに高層ビルに手をかざして、そのままビルに接触し、ビルクライミングを始めたのであ る。普通であればあれだけの高速で高層ビルに激突すれば、スーツの強度やカスタマイズにもよるがビルにも何らかのダメージは避けられな い。しかし、まどかは加速を利用して逆にビルクライミングに利用したのである。

「本 当に壁登りをやりかねないような流れだったな―」

  サスケは、今のまどかの動きを見て、今後の脅威になるのでは…と思った。

 

  まどかの記録は、5分40秒と再び暫定2位が入れ替わると言う結果になった。飛翔の5分30秒の壁は破られる気配はない。

「ど うやら、自分が最後になったようだ―」

  10人目として走る事になった半蔵。しかし、機械の方で若干のトラブルが発生した為に修理終了後に半蔵の実技を開始する流れとなった。

「そ れにしても、飛翔の取ったルートが未だに分からないのだが―」

  ホワイトボードの白地図に自分のルートを矢印で書いている元陸上アスリート、それを見た瀬川とまどか、サスケ、ドラゴンの覆面も自分が 通ったルートをホワイトボードに書いていく…。

「最 初の直線から駅に突入するルートから違っていたな。普通のルートだと駅の西口から東口へ出るルートを通って、道路に出るのだが…飛翔、サ スケ、ドラゴン、瀬川、まどかは西口に置いてあったジャンプ台から駅の線路に侵入し、直進してルートを確立した。普通だと駅の線路なんて 電車が通る事を考えて進むなんて事はしないのに―」

  元プロ野球選手と元アスリート、ピエロの3人は電車の事も考慮して西口から駅構内を入る形で東口に出た。ライオンの覆面も西口から駅構内 を通過するのは同じだったが、彼女は2階へと登り、東口付近の隣にあったビルにクライミングを駆使して強引なルートを通過している。元ア スリートはライオンの覆面は例外としても、ピエロがどうして自分と同じルートを通った点に関して疑問に思っていた。

「ど のルートが最適なのか…右下に簡易マップこそ出るものの、マニュアル通りに向かえば15分オーバーは確実―。その中で飛翔はマニュアルに 頼らないような最短ルートを自分達で探すようにアドバイスした?」

  瀬川は飛翔が最初にプレイしたのは操作系の実演だけではなく、如何にして自分で考えた最短ルートを確立してタイムを早くする事が出来るの か…それをサウンドランナーの心得として教えたかったのかもしれない。

「確 かに、ナビを使えば最短ルートを確立する事が可能―という風にスーツの説明では書いてあったな。なのに、どうしてナビ機能は今回に限って 最低限しか使えなかったのか…技術部の遅れとか不具合が原因なのでは―」

  元プロ野球選手はナビ機能が使えていればタイムを早く出来るような…そんな発言をしていたが、それを聞いたのかは知らないがライオンの覆 面が途中から話に参加してきた。

「ラー メンやピザの出前が、バイクにカーナビと同じようにナビを積めるとでも本気で思っているのか。最初はナビなしでもマップを頭に叩き込んで ―?」

  ライオンの覆面が自分で言った発言で疑問が浮上した。飛翔は本当にナビを確認してしたのだろうか…と。

「彼 女の場合は技術部でマシンの方も触っていたから、機械のテスト中に何度もマップを確認していた―?」

  元プロ野球選手は、飛翔が技術部出身という事で何度も機械のテストに参加してマップをある程度覚えていたのでは…と。

「ピ エロの真意は分からないが、最低でも飛翔は今回のテストで使用するマップに関しては把握していなかったと思うが―」

  話を一通り聞いていた半蔵が機械の修理中はやり事がない為に話に入ってきた。

「今 回に関しては、色々な諸事情もあって架空の街という設定―と彼女は言っていた。実際の本社ビル周辺を実技テストで出す事も可能だったが、 あえてそれをしなかったのには理由がある」

  半蔵は飛翔が本社ビル周辺を何回か下見をしている場面に遭遇した事がある。下見と言うよりはハイパーグローブとブーツのテストを兼ねた物 だったと思われるが…。それを踏まえると、本社ビル周辺のCGモデル自体は完成していてテストコースに使う事も可能だったかもしれない。

「確 かに技術部としての仕事も彼女にはあるだろう。しかし、運び屋は運び屋として分けて参加している…とも考えられないか?」

  半蔵の発言の後、機械の修理が完了したという報告が来た。

「自 分も元ビジュアル系アーティストではあるが、今は芸能活動をしていない。それと同じ事とは思わないか―」

  半蔵は自分が元々はビジュアル系アーティストとして活躍していた事を明かした。しかし、バンド名等に関しては話すのを止めた。

 

  半蔵の実技テスト終了後、面接を含めた総合結果を数日から数カ月以内で発表する事が告知され、運び屋の審査が無事に終了した。

「さ て、総合結果発表がどうなるか…」

  プロデューサーは色々と悩んでいた。貴重な意見だけではなく、こちらの想定していた以上のサンプルデータが手に入った事にも驚いているか らだ。