3:DJリボルバー  翌日、さまざまな週刊誌が一斉に発売日を迎えたのだが、その一面を飾ったのは予想外の記事だったのである。 「これは、どういう事…」  事務所にいたスタッフの一人が該当の記事を広げてフリーズやミカド等に見せる。そこには、昨日のステージに現れたナンバー5の記事が載っているのだが…。 「恐れていた事が現実になったか」  ミカドの恐れていた事、それは高度な情報戦である。インターネット関連でもSNSに代表されるような物から、個人ホームページやブログ、つぶやきサイトと言う物まである現代、情報の広がり方はネット環境が整備されていない時代よりも早く、下手をすれば数時間後には、ホーリーフォースの解体を求めるような署名活動が起きるかもしれない…と予想していたのである。 「今頃、国会も大変な事に―」  記事の内容は政府が新たなナンバー5の出現を現在も隠し続けている事、ダークネスレインボーの後任がネットアイドルである七那虹色である事など…公式ホームページでも触れられていない情報ばかりが記事として掲載されていたのである。 どうやって大量の情報を仕入れ、すぐに記事の差し替えが出来たのか…疑問点は多数残るが、スタッフの方も今回の一件では後手に回っていたのは事実だった。 「これは、政府も大慌て―」  フリーズの懸念は現実のものになろうとしていた。そして、それと同じタイミングで1本の電話が入った。 「はい、ホーリーフォース―!」  電話に出たスタッフの一人は驚きを隠せなかった。電話をかけて来たのは、リボルバーだったからである。 『今頃、政府は週刊誌報道の対応に追われているから、簡単に用件だけを話すわ。今から私はホーリーフォースに対して宣戦布告を行う―。これは遊びではなく、本気よ…』  電話に関しては途中で切れた。声の主がリボルバーである事は事実なのだが、ホーリーフォースに関して宣戦布告を行うと言う意味が分からなかった。急に辞めた理由と関係があるのだろうか…集まったスタッフで緊急のミーティングを行おうとしていた、その時にテレビでは見覚えのある人物が映っていた。 「まさか、リボルバー…」  驚いていたのはフリーズだった。サングラスに黒い背広という服装だが、180センチ近い長身に加えて、黒髪のロングヘアー、左腕だけの強化型装甲で出来た試作型ナックルパートという特徴はリボルバー本人その物である。 『みなさん、初めまして。私は今から、ホーリーフォースと現在の日本政府に対して宣戦布告を行う事を宣言いたします!』  リボルバーは自分の名前を名乗らず、いきなり宣戦布告を宣言した。これにはテレビを見ていた政府関係者やホーリーフォースのファンからもテレビ越しでありながら罵声が飛ぶ。宣戦布告という言葉を聞いて、戦争が始まるのか…と思う視聴者も中には―。 『ただ、宣戦布告と言っても日本で戦争を起こそうと言う意味はありません。私が倒すべきと判断したのは、ホーリーフォースの現在の体制と与党を中心とした日本政府のやり方です。そして、私はホーリーフォースを倒すべく、こういった物を用意しました―』  リボルバーが指を鳴らすと、リボルバーの右手に1本の剣が現れた。見た目は強化型装甲の延長線に見えるが、ボタン類やディスク挿入口等は実際に付けられていない為、違う物では…とフリーズは思った。 『これは、とある文献を参考にして制作した物で、音楽を武器にする事が可能になるミュージックブレードと言う物です。これによって音楽にも新たな用途が増えたと思うと―』  ミュージックブレードを見た政府関係者は驚きを隠せないような表情をしていた。国会で別の議題に関しての会議を行う予定だったが、テレビで日本政府に挑戦状をたたきつけた人物がいると聞いて視聴覚室でリボルバーの宣戦布告を見ているのだが…。 「あれが実用化されれば、確実にラクシュミ存続が危うくなる。あれは、ラクシュミのイメージダウンを狙っている意図がある!」 「何故、そこでホーリーフォースではなくラクシュミの方が先に出てくるのですか。宣戦布告を受けたのはホーリーフォースの方なのですよ―」  与党議員達も今回の一件に関しては黙ってはいられなくなり、遂には持論を展開する者も現れた。このままでは意見の集約が困難になるという所まで来ていたのである。 『私はホーリーフォースを私物化しようとしている現在の日本政府を倒すまでは戦い続けます。そして、自分は作品のクオリティよりも、売り上げの方を優先する現状を望む音楽業界の破壊も考えています。今のままでは音楽業界は大量の税収入を期待できる芸能事務所だけが生き残り、他は絶滅する事も―』  何かを悟ったかのように、ある与党議員は途中でテレビを消した。リボルバーは何を警告しようとしているのか、それを見破られないように意図的にテレビを消した気配がしたが、それを誰も追及する事はなかった。 『―他は絶滅する事もありえるでしょう。最終的に残るのは、幾多の同人作品や音楽ゲーム楽曲等の政府管理下にない楽曲―。音楽業界が変わる為にも、ホーリーフォースは変わるべきなのです。最後に、ホーリーフォースのナンバー9ことフリーズにメッセージを伝えたいと思います―』  フリーズにメッセージと聞いて、まさか…とスタッフは思った。テレビに映っている彼女は本物のリボルバーであると…。 『今のあなたでは、ナンバー13には勝てない。いずれ、その意味が分かる時は来る―』  そして、放送は終了した。リボルバーは今回の放送では自分から名前を名乗る事はなかった。どうして、名乗らなかったのか。これには別の意味があるのでは…と。 その意味が判明したのは、放送が終わって1時間近く経過した午前12時だった。 「このホームページを見て下さい」  スタッフの一人が、週刊誌で報道されているナンバー5の件が載っているサイトにたどり着いたのだが、そのサイトのページ名を見て周囲は驚いた。 「DJリボルバー…?」  最初に驚いたのはフリーズだった。リボルバーのホームページであるのは間違いないのだが、そこにはDJリボルバーと書かれている。一体、名義変更以外に何が違うのだろうか? 「どうやら、リボルバーが週刊誌に今回の宣戦布告の情報を送ったのは事実―」  何の目的があってリボルバーはホーリーフォースに宣戦布告をしたのか、その理由は分からない。現状で言える事はホーリーフォースの存続にも関係するような何かを既にリボルバーが掴んでいるのでは…と。  午後1時、南千住駅付近にて七那の本格デビューともなるステージが始まろうとしていた。既に会場ではモニターの設置や放送設備の運び込み等の作業が進んでいる。 「観客が思うように集まってないですね」  放送準備をしていた女性のバイトスタッフも、観客の集まり具合を見て若干だが不安になっていた。 「3人同時でも、あの活躍…実力は悪くはないだろうが―問題は知名度か」  男性バイトスタッフは七那のプロフィールを再確認していた。 「ストリートファイトで30勝以上、更にはサウンドランナーの試験にも合格したという経歴を持っている。運動能力的な部分では申し分ないが、それ以外の部分がネックか」  戦闘経験はストリートファイト、運動量はサウンドランナーにも選ばれた事で保証はされているのだが、そんな彼女を知っているようなファンがいるのかどうか…という部分に問題があるのかもしれないと指摘する。 「ホーリーフォースのデータベースに登録されたのが最近ですからね。チェックしていないユーザーが多いのでは…」  女性スタッフが最後の追い上げをする辺りで何人かの観客が集まって来た。中にはホーリーフォースのステージがある事を知らずに様子を見に来た野次馬の姿も…。 「サウンドランナー自体、例の事件もあってか人気は絶頂期には程遠い…と言うのもあるかもしれない―」  サウンドランナー出身とはいえ、七那の存在は知る人ぞ知る…のような存在である事は間違いない。  昼の駅前という場所や時間の都合もあるのかもしれないが、ステージ開始10分前位には観客の数は野次馬等を含めて、100人近辺が集まっていた。生放送の視聴者数は相変わらずの1000人超えを記録しているのだが、フリーズ等に比べると人数的には少ないと言った所である。ゼロやリボルバーの時はデビュー戦で2000人近くが集まっていたのだが、この時はマーケティング調査等を兼ねていた為に大人数が集まった…と公式発表で扱われている。 「デビュー戦と言う事もあって、この辺りの人数は仕方がないか」  男性スタッフも、これ以上の人数が増える事はないだろう…と予測をしていた。過去にはフリーズのデビュー戦でも、途中から観戦した観客を含めて300人前後、会場の広さや時間帯を考えると、七那のデビュー戦はフリーズよりも若干だが多いと考えている。 「デビュー戦だからと言って、手加減はいたしません。正々堂々と戦いましょう」  試合前の七那に声をかけたのは、メイド服を着た女性、ナンバー12だったのである。 「自分も、そのつもりよ―」  七那は自信たっぷりに返事をする。 「ようやく始まるか…」  北千住駅から様子を見ていたのは、バニーガールのコスチュームを着た人物、ナンバー8だった。この衣装は強化型装甲を装着する前のインナースーツの役割を果たしているのだが…実際に、そのような効果があるのかは疑問視する声が大半である。 「新しいナンバー5、彼女を潰さなければラクシュミに未来はない―そうあの議員は言っていたが…」  試合中に乱入をすればペナルティを受ける事は確実だった。以前は乱入も相手が認めた場合に限って許可されていたが、フリーズの一件があってからは乱入不可という展開になっていたのである。 「ステージが終わってからならば、乱入ではなく勝者に挑戦と言う扱いに…」  ナンバー8は七那のステージ終了後に乱入を考えていた。しかし、前触れもなく一人の人物が出現した事で、その考えが無駄である事を証明させられてしまった。 『あの試合には乱入しない方がいい―』  ナンバー8の前に現れたのは、赤をメインとしたインナースーツにSF的なデザインの覆面、アニメ作品というよりは特撮色の濃いようなスーツデザインが特徴的な人物―。 「ウィザードレッド…?」  ナンバー8は、目の前にいる人物が超人ブレードシリーズに登場するウィザードレッドである事を見破った。 『あの試合に乱入すれば、敗北した他のメンバーと同じ事になる―。それに、他の動きを見せないホーリーフォースにも警戒をすべき人物はいるはず…』  他のメンバーとはナンバー2、3、10の3人の事を指しているのは明白だった。それに加え、ウィザードレッドは警戒をすべきメンバーが他にもいる事をナンバー8に忠告をする。 「動きを見せない人物…謹慎中のフリーズの事か。それ以外に警戒するとすれば、ショットも該当するが―」  ナンバー8は、目の前にいるウィザードレッドがオリジナルではなく偽者では…と思い始めていた。デザインは本物だが、レッドは本来であれば男のはず…? 「オリジナルのウィザードレッドは男のはずだ。お前は一体、何者…?」  ナンバー8が正体に疑問を持って、パンチを放ったのだが、彼女はあっさりとパンチを受け止める。これだけの運動神経を持っているのはホーリーフォースでも指折りを数える程度しかいないのだが…。 『忠告はしたわ。後は、あなた次第―』  その言葉を残して、ウィザードレッドは姿を消してしまった。一体、どういう事なのだろう…とナンバー8は疑問に思った。 「ラクシュミの為には、ナンバー5を何とか潰さなければ…と言うのはあるだろう。その一方で、別の勢力がナンバー5を守ろうとしているのであれば、誘い出すのも一つの手かもしれないか…」  自分の強化型装甲が魔術超人ウィザードブレードという超人ブレードシリーズに出てくる巨大ロボ、グレイドラゴンがモチーフになっている事もあってか、一応は彼女の話を信用してみる事にしたのである。 「とりあえず、これでナンバー8が乱入する事もなくなった。後は、それ以外の勢力がナンバー5に対して、どんな動きを仕掛けるのか…」  ウィザードレッドに変身していたのは、何と飛翔だったのである。彼女は密かにラクシュミとサウンドランナーで犯人とされたアイドルグループが同じ芸能事務所に所属していたのでは…と考えていた。 「試合は直接見たい所だけど、自分の用事を済ませないといけないのが…辛い所ね」  飛翔は、ため息をついて目的の場所へと向かう事にした。彼女が向かうのは、上野公園である。  ステージの結果は、七那がデビューステージの勝者になった。ナンバー12もステージでの成績を考えると、完敗と言う展開は考えられなかったはずなのだが、蓋をあけて見ると七那の実力が他のホーリーフォースよりも上だった…と言う事だろう。 「まさか、あれだけのステージを生で見る事が出来るとは…」 「時間帯はアレだったが、あの内容だったらゴールデンタイムで行った方が下手なバラエティーよりは視聴率が取れる気配が―」 「予想外のブラックホースだったな」  帰り仕度をしている観客からは、こんな声が聞かれた。半数以上は七那の名前を知らない観客ばかりだったが、このステージで名前を覚える事にした…という意見だった。 「これは、ホーリーフォースにも総選挙システムがあればどうなるか分からないな―」 「さすがに超有名アイドルと全く同じような事をホーリーフォースが行うとは、考えにくいのが現状だろう。向こうとは別の流れを模索しているのがホーリーフォースだろう」  ラクシュミ等に代表される超有名アイドルで行われる事のある、メンバー入れ替え等をかけた総選挙、これをホーリーフォースで導入しても…という意見は稀に聞かれる。しかし、その度に反対意見が多数を占めて実行されないと言う流れが繰り返されている。 そんな七那のデビューから数日が経過した土曜日に再び事件は起こった。 『フリーズの謹慎処分解除と同時に、これ以降に行われるステージに新たなローカルルールを追加いたします―』  ホーリーフォース担当の男性議員がテレビで発表したのは、宣戦布告をした人物が仮にステージへ現れた場合はアンノウンと識別して先にアンノウンを撃破したホーリーフォースにナンバーワンアイドルの称号を与えると言う物だった。 「これは、大胆なルールを決めたものだ。政府が何を考えているかは分からないが、一つだけ言える事は…12人の中に政府が潰そうと考えているホーリーフォースがいると言う証拠か」  ロックがゲーセンの控室に添えつけられたテレビで緊急記者会見を見ていた。その場には何故か七那も一緒である。どうやら、偶然ゲームセンターに用事があった所でロックと遭遇した為らしい。 「それは、ひょっとして私の事―」  七那はふと思った。ナンバー5のブレスレットを渡された事と今回のローカルルール追加には関係があるのではないか、と。 「これは、ホーリーフォースの所属している芸能事務所でも波乱が起こる気配が…」  ロックは何かを懸念していた。週刊誌報道の一件とテレビで宣戦布告をした人物、それは無関係とは言えないのでは…と。 「所属事務所って…ホーリーフォースは芸能事務所に所属を―」  七那がロックに質問をする。考えて見れば七那は過去に格闘家にはなった事があるのだが、フリーに近い為に事務所に所属する事はなかったという…。 「ホーリーフォースは基本的にはフリーが原則になっている。その一方でホーリーフォースをビジネスチャンスと考えている企業は多数存在し、手元に置いておきたいと考える人間がいる事も事実だ。それを耳にした政府が原則フリーと言うルールを改正し、何処かの所属事務所に入っても大丈夫と言う風に変更を加えた。その結果、現在も活動をしているラクシュミメンバーが追加され、今の12人体制になっている。フリーズの襲撃事件で前のダークネスレインボーは離脱、今のポジションにいるのが…」  ロックの説明を聞いて、七那は大体の事を把握した。空いたナンバー5の席に自分が加わった事でホーリーフォースのメンバーが暫定だが12人揃ったのだ…と。  ローカルルールが追加された翌日、日曜と言う事もあって混雑していた東京の日本橋でステージを展開していたのは、ナンバー1のゼロとナンバー11の二人だった。ゼロに関しては、滅多にステージに参加しない事もあって彼女のステージが見られると聞いたファンで歩行者天国はかなりの混雑具合となっていたのである。 「まさか、ナンバー4か6辺りと当たると思ったら、まさかゼロが来るとは…」  ホバーボード型の強化型装甲に乗って登場したのは、執事姿のナンバー11だった。登場と同時に女性達の黄色い声援が飛ぶ。男性よりも女性の人気が高いのは、彼女の男装にもあるのだが、ラクシュミのファン層とナンバー11のファン層が被らないのが最大のポイントになっているのかもしれない。 「こちらも、早いタイミングでナンバー11と当たるとは予想していなかった―」  ゼロの方は既に強化型装甲を装備した状態で登場し、その素顔は歩行者天国にいる観客やナンバー11も全く分からない。 《これより、ナンバー1とナンバー11のステージを開始します。なお、アンノウン出現時にはローカルルールを適用―》  システムナレーション後、ナンバー11が強化型装甲を装備、ゼロはロングソードを全装甲一体型のグレートソードにモードチェンジする。しかし、強化型装甲のメットは一体化したにもかかわらず、素体状態のままになっている事にナンバー11が驚く。あのメットは自分の素顔を隠すためなのでは…と彼女は思った。 《ライブモードスタンバイ、曲の選択権はゼロに―》  システムボイスを聞いたゼロは楽曲を選択し、秋葉原のホーリーフォース本部へデータを送る。 「ラウンド3分ならば、この曲ね―」  ゼロが選択した曲はアンダーワールドというインスト曲、ジャンルはトランスに当たるのだが…。 「この曲は確か3分未満だったような気がするが、大丈夫なのか?」  ナンバー11がゼロの選択した曲が短いのでは…と本部へ確認する。 「選択した曲は、ホーリーフォース用にロングバージョンで再録した物。問題はないと思う―」  ホーリーフォースで使用する楽曲は基本的に1ラウンド3分に合わせた曲にする事が絶対条件となっている。3分未満の曲は長さを3分に合わせる等の調整をする事でホーリーフォースのライブで流す事が可能になる。 流す楽曲に関しては日本政府が不適当とした楽曲ならば、楽曲管理システムのデータベースに登録の有無に問わず世に出回った全ての曲を使用可能になっている。 過去にサウンドランナー事件で問題になった楽曲管理システムだが、現在は盗作に該当する楽曲は登録されていない。しかし、ホーリーフォースでは多方面からの意見を参考にして、楽曲管理システムに登録されていない曲でも使用可能というルールを取り入れる事になった。 非常に稀なケースだが、中にはアーティストサイドの意向で許可が下りないケースも存在している。これは、あらかじめ楽曲をホーリーフォースのライブでは使用しないように…と政府に申請書を送って申請が受理されている為である。 そんな楽曲でも動画サイトでは曲の差し替えをしたMADと呼ばれるタイプの動画が存在し、動画サイトで人気となっている。この辺りはホーリーフォースの宣伝的な意味合いも込めて、政府が公式に認めているような流れがあるのかもしれない。中には動画サイト側の判断で動画が削除されているケースもあるが、これはレアケースに該当する。 《楽曲検索完了。ラウンド1、アンダーワールド・ロングバージョン―レディ》  曲の開始と同時に2人が動く。曲はトランスなのだが、最初の10秒は曲の起伏が全くなかったのである。しかし、10秒が経過した辺りで曲調は変化、やや激しい曲調へと変化する。その音色は電子ピアノを思わせるような感じがした。 「何故、この曲を選んだ。他の曲を選択するという方法もあったはず…」  ナンバー11はゼロに話かけるが、ゼロの方は聞く耳を持たないような気配である。西洋甲冑というデザインを持つナンバー11の強化型装甲には必殺武器と言う物は実装されていない。唯一の武器であるショートソードではゼロにダメージを与えられるか…という情勢。ショートソードはゼロの強化型装甲に何回か命中するのだが、会場のモニターに表示されたゲージではダメージの減少量は微々たるものである。 「今の自分に重要なのは、アーティストの知名度ではない。自分のステージでふさわしいと思う楽曲、それはラクシュミの楽曲にはなかっただけの話―」  ゼロの口からラクシュミという単語が出た時、ナンバー11の中で何かがはじけたような気配がした。それは、周囲の観客も同じ反応である。 「ナンバー11が―」  観客の一人がつぶやく。そして、ナンバー11の強化型装甲が全てパージされ、再びホバーボードに変形する。更に、ショートソードとは別の小型の剣も強化型装甲から射出され、彼女の手に装備される。 「ラクシュミは、今の日本に必要なカリスマとも言えるアイドル。他の税収が見込めないような二流アイドルと一緒にしないで!」  ナンバー11が右手に持っていた別の小型剣をゼロに向かって振り下ろすが、ゼロとの間合いを考えると当たる気配は全くない。その距離は単純に計算しても1メートルを越えており、どう考えても小型剣を振り下ろしても命中するとは考えられないのである。 「さて、曲も中盤に突入する。ここで―」  本気を…そう続けようと剣を回避したゼロだったのだが、ゼロのメットに何かが当たったような形跡があった。 「何が起こった…」  公式ホームページのリアルタイム中継で見ていた視聴者、会場にいる観客もこの展開は予想していなかった。 「そう言う事か。ショートソードと思っていたが、その剣自体がギミックを隠していたのか―」  観客の一人はナンバー11のソードと思われていた物が、実は蛇腹剣と呼ばれる武器であると分析する。そして、メットのバイザー部分が割れ、そこから現れた顔を見てナンバー11は全身が震えだした。この状況を見た視聴者や観客は何が起こったのか全く見当が付かなかった。 「まさか、元ラクシュミの―」  バイザーの割れた部分から露出した目を見て、正体を言おうとしたナンバー11の口止めをするかのように、ゼロは一体型グレートソードで瞬時にフィニッシュを決め、ゼロが勝利を収めた。 《ステージ終了。このステージでのベストオブアイドルは、ゼロに決定しました!》  歓声に湧く歩行者天国だったが、メットのバイザーは割れたままで再生される気配はない。通常は破損したパーツ等もステージ終了で修復され、強化型装甲及びステージ衣装も転送されて元の私服かそれに該当する服装に戻るはずなのだが…。 「彼女も違う―。では、一体誰が…」  ゼロがつぶやき、その直後にはゼロの周囲にスモークが発生して周囲の観客からは何も見えなくなった。これは、ゼロがマジシャンの衣装で登場する為に一種の手品だと観客等は認識しているのだが、実際は違う役目を持っていた。  周囲がスモークで見えなくなっている中でゼロのグレートソード及び破損していた部品が消え、全く別の強化型装甲が現れた。形状はラージシールドで、トライデントと6枚の羽のような物がシールドと合体しているようなデザインになっている。この光景はスモークの外側にいる観客には全く見えない―。 「次のエリアへ向かわなくては…」  別の衣装が転送され、それに着替えたゼロだった人物は超高速とも言えるスピードで何処かへと姿を消した。  ゼロが発生させたスモークがなくなって周囲の視界が回復した頃には、既にゼロの姿は消えていた。これが、ゼロのサイキック退場とも言われるシーンである。 「あれは、間違いなく瀬川だった…」  ナンバー11は、バイザーが割れた時に見えた顔が元ラクシュミの瀬川アスナだった事に衝撃を隠せないようだった。 「どうして、瀬川がホーリーフォースに?」  正体が発表されているホーリーフォースの中にラクシュミのメンバーは一人も含まれていないからである。現メンバーは何人かいるような話は聞くのだが、ラクシュミ側が正式発表をしていない為、ネット上での噂話レベルになっている現状があるからだ。ラクシュミ候補生に関しては過去にプロフィールも公開されていた事がある。しかし、現在は候補生がホーリーフォースのメンバーには含まれていない。  日本橋でゼロとナンバー11がステージを展開しているのと同時刻、有明のイベントセンター付近ではナンバー8とナンバー4のステージが始まろうとしていた。 「まさか、いきなり彼女と戦うとは…」  ドラゴン型の強化型装甲に乗ったナンバー8が頭を抱えていた。 「よろしくお願いします。ホーリーフォースのステージは、まだ色々と分かりませんが精いっぱい頑張ります!」  もう一方の女性はグラビア用の水着を着ているはずなのだが、体格的にグラビアアイドルには程遠く見える。髪型は黒髪のショートカット、3サイズは上から88、80、93辺り。彼女の名前はアリサ、ふとした事で芸能事務所からムチムチ系アイドルとして売り出す事が決定した。しかし、事務所の方針でホーリーフォースでのデビューを最初の仕事にしたのである。 「あんたの強化型装甲はどうした?」  ナンバー8の言う通り、アリサの強化型装甲はこの場にはない。ナンバー3の四聖獣やナンバー2の狼型使役獣はステージが始まる前には必ず現れるが、こちらはステージが始まろうとしている中でも登場する気配は全くなかった。 「何故か分かりませんが、自分がピンチにならないと出てこないみたいなので、このまま始めようと思うのですが―」  そして、アリサは拳法の構えでナンバー8をさりげなく挑発する。 「そっちがそれでいいなら、このまま始めさせてもらうよ!」  ナンバー8の乗っていたドラゴンがロボットに変形し、彼女が搭乗する。残りのパーツは合体して戦闘機に変形し、ロボットの背中にドッキングする。そのサイズは10メートル近く。強化型装甲としてはナンバー10と同じ大型タイプに該当する。 「早くかかってきてください」  アリサの目の色が変わった。黒い瞳が両方とも黄色に変化した。その次の瞬間には、ナンバー8が衝撃波のような物で吹き飛ばされていた。あの10メートル近い巨体を吹き飛ばす程の衝撃波である。その破壊力は恐ろしい物が…と思われたが、ナンバー8のゲージはモニターを見ると微々たるものしか減っていない。 「残念だけど、強化型装甲でもナンバー11やナンバー3と違って重量級だからね。そう簡単にはやられないよ!」  強化型装甲でもトップクラスの固さを誇るナンバー8、その装甲はネットでも神合金と言われるだけの事はある。そして、アリサの動きが止まった所を狙ってパンチの連打で反撃をする。攻撃力はナンバー3とナンバー12には遅れを取るが、全長10メートル近い巨体のパンチはアリサの体格から考えても大ダメージは確実。アリサの残りエネルギーも少なくなり、このままでは敗北は確実とみられていた。 「このままでは…」  アリサの危機に現れたのは、謎の存在とも言えるロボットだったのだが―。 「曲の強制割り込み?」  先ほどまで流れていたナンバー8の選曲したラクシュミの楽曲ではなく、謎の機体が出現してからは全く別の曲が流れ始めたのである。曲調としてはギター等の音を使った和風プログレッシブに雰囲気は近い。 「あの忍者ロボ、アリサのピンチになると毎回出てくるよな。まさか…あれがアリサの強化型装甲か?」  突如、高速道路から現れたのは青い忍者型のロボットだった。背中には忍者刀、肩アーマーには大型手裏剣、右足にはビームライフルと言う装備、デザインはスリムで近未来的な忍者を思わせるのも特徴だった。全長は5メートル近く、この忍者型ロボットがアリサのピンチを毎回救っているという強化型装甲の正体なのである。ナンバー4のステージを初めて見る観客は驚いていたが、常連組は驚くような気配を見せない。 「蒼影(あおかげ)が現れたか」  ナンバー8の標的がアリサから突如現れた忍者ロボに変わった。その内にアリサは安全なエリア外ギリギリへと移動する。 ステージに関しては、その時の交通事情等にもよるが、基本的には縦×横で100メートルまでが基本的なステージの広さになっており、エリア外に出てしまうと警告メッセージが発生、30秒の警告カウントを無視してエリア外に出ていると敗北が確定する。 ビルの内部等もエリア内であればステージに利用出来るのだが、これはビルのオーナーが許可した場合だけになっていて基本的には建造物内でのバトルは行われていない。  蒼影が喋るような様子はない。標的が変わった事を察知した蒼影は肩アーマーと一体化していた大型手裏剣を組み合わせてナンバー8に向かって投げる。 「こんなので!」  大型手裏剣は命中するものの、ナンバー8の装甲では簡単にダメージを与える事は出来ない。そう判断したアリサの取った行動、それは―。 「蒼影!」  アリサが叫ぶのと同時に蒼影が変形、忍者アーマーと獅子型メカに分離、アーマーの方はアリサに装着され、アリサは獅子型メカに騎乗する。騎乗と言うよりは、獅子型メカの上に乗っているだけという印象だが―。 「これから反撃開始よ!」  アリサが体格からは信じられないような高速移動でナンバー8を翻弄する。装甲はナンバー8の方が上なのだが、アリサは手数の多さで攻撃する。ラウンド3分の制限時間が過ぎて、第1ラウンドは終了―。 「次の曲は、こちらの選曲―」  アリサが休憩をはさんで選曲をしようとした、その時である。 《アンノウン出現。ラウンド2よりローカルルールに変更します―》  第2ラウンドの開始直前で強化型装甲とは全く別の武器を持った何者かが乱入してきたのである。持っている武器は、宣戦布告放送に出て来た物と酷似しているのだが剣のデザインが微妙に異なるような気配がした。 「あれが、アンノウン…?」  ナンバー8は見た事があるような姿に違和感を覚えた。外見デザインが明らかにダークネスレインボーのリボルバーバージョンである。しかし、唯一違うのはメット部分のバイザーが半透明ではなく、正体が分からないように青一色で塗られている。それに加えて青メインのカラーリングとは異なり、黒がメインになっているのも違いの一つである。 「ライバル芸能事務所の差し金か!」  ナンバー8がパンチの連打で攻撃を仕掛けるのだが、彼女には全く攻撃が当たらない。 「機動力もオリジナルと同じなのか?」  5発目のパンチが回避された辺りでアンノウンが手持ちのビームライフルで攻撃を開始する。 (あの武器を使わないのには、何か理由があるのかしら…)  アリサは、音楽武器を使わないアンノウンに違和感を持った。武器の使い方を把握していないのか、それとも…? 「これならどうだ!」  ナンバー8が至近距離でロケットパンチを飛ばし、その一撃がアンノウンに直撃…と思われていたのだが、目の前には姿がない。 「姿が…?」  アリサは至近距離にもかかわらずロケットパンチを回避したアンノウンの能力に驚くばかりだった。 「まさか!」  ナンバー8が目の前に姿がないのに気付いた頃には、既にアンノウンが超高速による体当たりでナンバー8は倒されていた後だったのだ。あの一瞬でどうやってナンバー8を戦闘不能にしたのか謎は深まる―。 「目的は達成した―」  そう言い残すと、アンノウンの姿はステージ上からは既に消えた後だった。 「一体、どういう事なの…」  ステージ衣装から入場前に着ていた水着に戻ったアリサ。その姿を見た観客からは別の歓声が上がっていたのだが、アリサには歓声が聞こえていなかった。  翌日、ナンバー10とナンバー12のステージが上野公園で、ナンバー2とナンバー3のステージが西日暮里で行われた。 「今度はラウンド1突入前に来たのか!」  アンノウンが出現したのは上野公園の方だった。そして、行われるはずだったラウンド1は最初からアンノウン戦用のローカルルールという展開になった。 「ナンバー8の装甲でも一撃で撃破される攻撃力の高さ…。その対策は既に終わっています!」  ナンバー12は3機の戦闘機をアンノウンに向かって飛ばすのだが、あっさりと回避されてしまう。しかし、回避されるのは計算済らしく、ナンバー10に攻撃を指示した。 「今回は休戦と言う事にしましょう。違う芸能事務所同士で争っている場合ではないはず―」  確かにナンバー12の言う事も理に適っている。アンノウンは既にナンバー8を撃破したという事もニュースで報道されていた。 「確かに。これは事務所同士で敵対している状態では倒せる相手ではなさそうだ―」 アンノウンの作戦を成功させるのも様々な箇所での被害を拡大させる原因になる。ナンバー10はナンバー12の言う事にも一理あると判断し、一時休戦とする事にした。 「これでどうだ、プラズマキック!」  ナンバー10が上空にいるアンノウンに向けて必殺のキックを決めようとするが、それも回避されてしまう。そして、バランスを失ったナンバー10がアスファルトの床に打ちつけられる。身体のダメージに関しては強化型装甲のおかげで少なかったが、今の衝撃で動力部が損傷し、撤退を余儀なくされた。 「次は私の番です! アルファ・フォーメーション展開!」  ナンバー12が戦闘機を呼び戻し、3機の戦闘機が変形したアーマーを装着する。その姿は空飛ぶメイドをイメージさせるようなデザインである。 「本来の任務は終わったが、これも仕方がないか…」  そうつぶやいたアンノウンがナンバー12に突撃する。音楽武器は今回も使わず、ダークネスレインボーが使っていたナックルパートを展開する。その一撃は、ナンバー12の強化型装甲を見事に砕き、戦闘続行不能状態にしたのである。  ステージの開始時間が観客の誘導等で手間取った西日暮里のステージは、上野公園でのステージが終わった5分後に開始されるはずだったのだが、そこに現れたのは上野公園に現れたダークネスレインボーと酷似したアンノウンではなく、漆黒のマントと音楽武器という装備のリボルバーだったのである。 「宣戦布告したのは、やはりリボルバーだったのか…」  ほむらは大体の事情が把握できているらしく、大した驚きは見せなかった。一方のナンバー3は宣戦布告をしていたのがリボルバーだった事実すら知らなかった。 「宣戦布告をした理由を知っているというのであれば、話が早い―」  リボルバーはミュージックブレードに何かのディスクを入れ、再生ボタンを押した後に剣を構えた。流れて来た音楽には、ほむらとナンバー3には聞き覚えがなかった。どうやら、ラクシュミの曲ではないようだ。 「曲に関してはアーティスト等によって能力や効果も変わると言う仕様がある以上、ラクシュミの曲を使ってイメージダウンを狙うような使い方は出来ないだろう。この武器の本来の使い方は、こういう事だ!」  流れて来た曲はJ―POPに代表されるジャンルとは全く違う、音楽ゲーム的な要素を含んだ曲だった。この曲を聞いた2人は金縛りにあったかのように動かなくなり、リボルバーの姿も観客からは見えなくなっていた。 「この曲のタイトルはアンノウン、未知なる敵との戦いに使われる曲で今回の為に書きおろしてもらった曲でもある。誰が作った曲かまでは教えられないが―」  姿の消えたリボルバーがほむらとナンバー3に対して、容赦のない攻撃を加える。 「リボルバー、お前の目的は何だ?」  ほむらはリボルバーに質問をする。一方でナンバー3はリボルバーの攻撃に耐えきれずにその場に倒れ込んだ。 「瀬川からも聞かなかったのか…。今のラクシュミは一昔の【容姿等だけで売れているアイドル】だという事に。それに気付いた瀬川はラクシュミを辞め、現在はとあるアイドルとして活躍をしている―」  リボルバーの言葉を聞き、ほむらは混乱した。日本政府公認アイドルとなったラクシュミに、そんな事実があった事に―。 「ラクシュミが、税収目的で政府公認になったという噂は本当なの?」  ほむらはリボルバーに問う。 「その答えが知りたければ、共にラクシュミ打倒の為に戦うか?」  リボルバーは何とか彼女を引き込もうとしたのだが…。 《タイムアップ―》  ステージの制限時間がなくなり、仕方なくリボルバーは撤退をした。そんな中でほむらは考えていた。 「本当に、ラクシュミが…」  リボルバーの言う事が事実であれば、政府は赤字国債の償却にラクシュミを利用していたという事になるのだが…。それでも彼女は政府の言う事を信じるしか方法がなかったのである。 「政府がアイドルを使って赤字国債をなくすために―」  混乱するほむらだが、今の状況ではリボルバーは敵である。下手に裏切ればラクシュミに戻る事も不可能になる。 「今の定位置を確保するには、これしか方法はないのか―」  今のやり方には不満がある。しかし、その不満をぶつけたとしても他のメンバーのように辞表を出す事になる。そうならないようにする為にも、今は沈黙を維持するしか彼女には選択肢はなかった。    翌日の新聞には『ナンバー12、今シーズンのステージ復帰は絶望的』という見出しがスポーツ新聞一面を飾っていた。 「これで、残りは11人…という考え方はおかしいとしても、予備の強化型装甲等はないのですか?」  今回の一件に関しては聞きたい事がある…そう判断した七那はロックのいるゲーセンに向かう前にホーリーフォース事務所に立ち寄っていた。 「予備の強化型装甲は、残念ながらナンバー12に限っては存在しない。この辺りは予算が通らないと新規で強化型装甲を作成する事もホーリーフォースの予備人員を手配する事も不可能という状況になっている。仮に強化型装甲は直せたとしても、ナンバー12が辞めた場合に新メンバーを探すのは―」  ミカドは現在の台所事情を七那に説明、現在の予算では仮に強化型装甲を直す事は出来ても、ナンバー12に変わるメンバーを確保する為の人員も足りないのである。 「確か、ホーリーフォースには新規でスポンサー制度というのが始まったはず…。スポンサーからの広告収入で何とか出来ないのですか?」 「スポンサー収入は確かにあるが、それらも動画配信、ホームページに関する環境整備や備品の修理等で相殺されるのが現状だ。有料会員が増えれば何とかなるのだが、今のホーリーフォースを取り巻く環境では無理があるのが現状だろう―」  スポンサー制度が導入された事で若干の予算も確保できるようになった。しかし、それらも別の部門で予算を使ってしまう為、現状の環境では新規の予算を集めるのは難しいとミカドは語る。 「やはり、ラクシュミとは無関係である事を証明するしか方法はないのですか?」  七那は口を滑らせてしまった。ロックが密かにファイルしていたホーリーフォースの記事にラクシュミが何か怪しいという事実が載っていたからである。 「確かに、ホーリーフォースが政府の資金援助によって成り立っているのは事実だが、ラクシュミにも同じようなシステムが使われている。ラクシュミの方が先に政府の資金援助を受けていた関係で、ホーリーフォースはラクシュミですぐに実行出来ない事をテストケースとして―」  ミカドは七那に言う。ラクシュミですぐに実行が出来ない企画等を別のプランを使って実験し、ラクシュミで運用しても失敗はないのか検証をする部門が存在する事を…。 「テストケース―」  その単語を聞いて何やら思い出したかのように七那は事務所を後にした。それとすれ違うようにフリーズが足早に事務所にやってきた。目的は七那と違うようだが…。 「あの試合表は何処から来たのですか?」  フリーズもミカドに用があって事務所に立ち寄ったようである。 「スケジュールは確かに政府の許可印はあったが、別人が作った偽物説が有力になっている。その証拠は、この対戦カード…」  ミカドが指摘したのは、七那とフリーズのステージである。そこに書かれていた開催場所は意外な場所―。 「この場所は、確か…」  ステージには新宿都庁付近が設定されているのだが、それ以上に驚いたのはステージの広さ。フリーズはシングルではあまりにも広すぎるステージに何か罠が仕掛けられているのでは…と思った。 「どう考えても、半径1キロエリア圏内と言うのはタッグ戦でもないのにステージが広い印象がある。これは、何か企んでいると考えてもいいだろう。例えば、この範囲内に要人の屋敷等が…」  ミカドは何かを思い出したかのように新宿の地図をネットで検索し始めた。検索を開始して数分後、フリーズをはじめとした事務所に居合わせたメンバー全員が驚く。 「この近くにはラクシュミの芸能事務所となっているビルがある。狙いがあるとすれば意図的にこのビルを破壊させる事を誘導する事だが、対戦相手が七那ではその懸念はないだろうと思われる。しかし、ビルの破壊は強化型装甲ではリミッターがあって破壊出来ないようになっている。仮に日本政府が狙うとしたら、どういうタイミングでステージを中断するか―」  そして、フリーズと七那のステージ開演時間が迫っていた。ステージの開始は午後3時に控えていた。  お昼前、スマートフォンでラクシュミの情報を収集していたのはナンバー11だった。 「どうして、彼女はラクシュミの曲を選曲しなかったのか…ナンバー8やナンバー10のように―」  ナンバー8、ナンバー10等の一部でラクシュミメンバーなのではと言われているメンバーに関してはラクシュミの楽曲をステージで流しているのだが、瀬川に限っては全くと言っていい程にラクシュミの楽曲を使う事はなかった。それを不審に思ったナンバー11は検索を繰り返していく内に、リボルバーのホームページへとたどり着いた。 「これは、どういう事なの…?」  ナンバー11は瀬川についての衝撃的事実をリボルバーのホームページで知った。それが意味する事、それは…。 「間もなく、政府も動く頃だと話を聞いていますが、泳がせておきますか?」  同時刻、北千住の自宅マンションでドラゴンの覆面がテレビ電話で通話していた相手は背広に狼の覆面と言う人物だった。 「向こうが尻尾を出すまでは、様子を見るように向こうにも伝えてください―」  用件だけを伝え、狼の覆面は電話を切ったのだが、ドラゴンの覆面は政府を泳がせると聞いて驚いていたようだった。 「政府の赤字国債を減らそうと言う流れが全面的に押し出されたラクシュミ、過去にサウンドランナー事件で黒歴史の中に消えたアイドルグループ。共通するのは所属事務所が政党に献金していたという事実だが―」  過去にサウンドランナーの経験もあるドラゴンの覆面、彼は超有名アイドルを利用して赤字国債を全額返済仕様と考えている政府の考えが理解できなかった。 「政府公認の茶番劇か―」  CDチャートの様子が変わったのは、超有名アイドルの1組がファンクラブ等を利用して組織的にCD購入の流れを作っているのでは…という内容の告発がネット上で問題となった辺りである。該当のグループは芸能事務所が独占禁止法で立ち入り調査を受け、最終的には活動停止となる。 「これが繰り返されれば、国民は情報が全て偽りである…という疑いを持ち、日本その物が機能を停止する事になる。それを止める為に更なる規制等を導入すれば、逆に日本は情報等の面で大きく遅れを取るだろう―」  過剰とも言える規制で縛り、更には政府が都合よく情報を操作する事、それが意味する物を彼は懸念している―。