2:ホーリーフォース、その存在意義    西暦2010年、日本では政府公認の変身ヒーローアイドルであるホーリーフォースが一大ブームとなっていた。十人十色のデザイナーがデザインした強化型装甲で戦い、特撮ヒーローを思わせるようなド派手なアクションパフォーマンスは人々を魅了、個性的なコスプレをしたアイドルにはファンクラブが複数出来る等の人気となった。 やがて、それぞれのアイドルにスポンサーが付き、ラクシュミをはじめとしたアイドルにも劣らない人気を獲得し、そのブームは海外にも飛び火しようとしていたのである。  ホーリーフォースの先進国でもある日本では、西暦を歌姫(ディーヴァ)歴と改め、プロジェクト発足となった3月10日を歌姫記念日として国民の祝日とする等の過熱ぶりを見せていた。  その一方で人気を二分化されたが、ラクシュミをはじめとしたCDチャートをにぎわせるアイドルの人気も健在であり、その人気は未だ衰えを知らない。逆に、ホーリーフォース人気に付いていけない層を取り込んで人気を維持しているような気配さえ感じる。 「ホーリーフォース、その人気はサウンドランナー以上の物と言われている。バックには政府が付いているから、それも当たり前と言えば当たり前―」  情報を整理する為、ネット上に出回っているウィキやまとめサイトの情報をまどかは自分なりに集めていた。その中で、彼女はホーリーフォースの存在意義を問うサイトを発見し、そのホームページをチェックしていたのである。 「しかし、今でこそ人気を誇るホーリーフォースにも苦難の道はあった。それは、今から2年前の2008年にさかのぼる―」 まどかがサイトを読み進めていくと、そこには衝撃的とも言えるホーリーフォースの原点が存在していたのである。 2008年、日本はラクシュミをはじめとしたアイドルがヒットチャートをにぎわせる一方で、空前の音楽ゲームブームとなっていたのである。何組かのアイドルグループは曲が全く売れない等を理由に、ラクシュミ等の超有名アイドルが進出していない分野である音楽ゲームに足を踏み入れ、そこで再起を図ろうとしていた。 しかし、現実はサウンドランナー事件をはじめとしたアイドルグループの不祥事が影響し、ブランドイメージに傷が付くのを恐れて採用を保留する会社が多数を占めた。 サウンドランナー事件で逮捕されたアイドルグループのメンバーは超有名アイドルではなかった…と報道されていたのが、理由のひとつだった。これによって無名のアイドルグループを起用し、何かの不祥事が後になって出てきてからでは遅い。そう判断して無名アイドルを起用しないケースが続き、それが悪循環を引き起こそうとしていた。 それ以外にもファンの行動が事件に発展すると言うケースも存在した。中規模の駅伝でテレビに映ろうと有名アイドルの横断幕を作成して宣伝に利用しようとしたケース、大きく新聞に取り上げられた物では超有名アイドルのCDを購入して、チャート1位にしないと不幸が起こる―と言うような内容のチェーンメールを送ったファンクラブ会員が逮捕されたというケースも存在する。 そういったアイドル側のモラル崩壊がファンのフーリガンに近いような行動を起こす原因にも発展したのでは…と政府が判断して芸能事務所に過度の宣伝、ファンに宣伝を行わせるような誘導をしないように…という法案が国会で成立する等、音楽業界は崩壊寸前という状態になっていた。 最終的に事件性のある不祥事に発展するのを恐れた会社が取った行動は、音楽ゲームではマイナーだが実力のある作曲者、同人ゲームの楽曲で有名になった人物、動画サイト等で有名なプロデューサーを起用するようになり、アイドルが起用される事は消滅してしまったのである。 そんな悪循環を断ち切る為、ある芸能事務所で緊急会議が行われ、そこではいくつかの無名芸能事務所が意見の交換会を行っていたのである。ラクシュミをはじめとした大規模芸能事務所のアイドルグループが大ブレイクする一方、中堅事務所のアイドルが大幅に遅れを取るという状態になっていた為である。 そんな会議に集まっている芸能関係者は大規模事務所のアイドルがTV出演し、出したCDがヒットチャートを独占する現状を何とかして打開しようと考えていたのだが…。 「このような商法が永遠に続くとは考えられない。消費者に同じCDを複数枚買わせたりする、あからさまな瞬間的注目を浴びるのが狙いとなっている商法を続けるアイドルに嫌気すら感じているだろう。今こそ、新たなアイドルの形を作るべきである―」  スポーツ刈りに背広、身長170位の男性が拳を上げてアピールする。大手芸能事務所副社長であり、今回の会議の主催でもあるミカドは現状のラクシュミに例えられる売り上げ至上主義型の超有名アイドルは必要ないと豪語するのだが…。 「ラクシュミや系列事務所の影響で、我々のアイドルグループが全く売れなくなった。音楽ゲームの楽曲にでも使ってもらおうと交渉をしたが、アイドルの不祥事等で作品イメージが下がるのを恐れて不採用に―」 「ラクシュミを含めた一部事務所が税制優遇を受け、そのしわ寄せが中堅事務所等に押しつけられる今の音楽業界では、政府の影響を受けない音楽ゲームや同人作品が近い将来に支持を受けることは明白―」 「日本政府が音楽業界を管理すると言っても―やっている事は一部の有名アイドルに対してVIP待遇をしている現状では…」  さまざまな事務所が音楽業界の今後に関して不安を述べていた一方で、意見がまとまらない事にミカドはいらだちを覚えていた。 「超有名アイドルが優遇される事は、今に始まった事ではない。過去にも同じような事例はあったはずだ。赤字国債の一件やサウンドランナーの一件でも、何も訴える事をせずに放置してきた事が超有名アイドルの独裁を認めた原因と言われている。努力をせずに超有名アイドルに勝とうと言う考え自体が―」  周囲の話題を断ち切ろうと、別の人物に呼ばれていた本郷カズヤがミカドと同様に周囲の参加者に訴える。 「本郷カズヤ…特撮界のキングという現在の立ち位置が、そんなに不満なのかね?」 「君のような一流になった者には、我々のような芸能事務所の不安は分からないのだ…」 「音楽業界は、超有名アイドルだけが存在出来る戦場となってしまったのだ。この状況を何とかするのも、我々の役目―」 「君の方こそ、この場には相応しくないのではないのかな?」  しかし、周囲の反応は冷めた物であり、逆に音楽業界と無関係の人物がこの場にいると言う事に対し、不満が爆発するような状態になっていた。 「このままでは、まとまる物もまとまらなくなってしまう…」 そんな状況で、リボルバーが会議室のテレビを勝手に付ける。 『君たち、上野公園で僕と握手!』  そこでは上野で定期的に行われている超人ブレードシリーズのヒーローショーのCMが流れていた。それを見た芸能事務所の関係者は―。 「これならば行ける。スーパーヒーローに変身可能なアイドル、このアイディアならヒーロー好きな子供や親子等の未開拓となっている世代に訴える事が可能だ!」  ラクシュミのファン層は主に資金に余裕のある男性ファンが主だと言う話を聞く。これはCDを複数枚購入する為と言われているのだが、実際は定かではない。中には、ラクシュミのファンでも偽物のチケットや偽造された握手会チケット等を売り上げた利益でCDを買っていた所を摘発されたケースもあると言う話である。 「変身アイドルか…。確かにインパクトは大きいだろうが、それだけの予算があるかと言われると課題は多いだろう―」  アイディア自体は面白いとミカドは思ったが、衣装等の問題を含めてクリアしなくてはいけないハードルは非常に多かった。  変身できるアイドル、ベースとなる物が提案されてからは、一気に話がまとまっていったのである。これにはミカドも驚きを隠せなかった。 「とりあえず、今回は打開出来る案を出す事がメインでしたので、本日提案された変身ヒーローアイドルの案を数日中にまとめると言う方向で今回は解散に―」  リボルバーが会議の終了を宣言し、今日の会議は終了した。 何人かの関係者が会議室を後にする中、青髪の女性が会議室の中に議長と一緒に残っていたのである。ミカドは主催と言う関係もあって、この場に残っていた。 「ラクシュミの商法には若干以上の問題点があります。これを政府が、税収という一言だけで黙殺を続けていた事実を知らない訳ではないでしょう。既に消費者はラクシュミや他の大手芸能事務所が行っている商法に疲れ果てています。これでは政府が都合の―」  彼女はミカドに訴える。今考えるのはラクシュミに対抗できる対案ではなく、ラクシュミの行っている商法のカラクリを明らかにする事である。そうする事で、ここ最近になって目立っている一部ファンの音楽離れを食い止める事が出来る…と。 「瀬川君、確かにラクシュミの商法に関しては修正するべき個所があるのは事実だ。その一方で、政府がそれを認めている以上は我々が出来る事は限られているだろう。それでもラクシュミの商法が違法である証拠は―」  瀬川の言う事にも一理ある―ミカドはその通りと否定しない一方で、政府が公認している以上はどうする事も出来ないのが現状だと言う事も明らかにした。ラクシュミの商法が違法である証拠があれば話は別になるが…。 「証拠ですか…」  思いつめたような表情をして、瀬川は会議室を後にした。 「確かにラクシュミが行っている事には間違いがあるのは事実―。しかし、同じような商法は以前から別のアイドルも続けていたのも事実―。誤った先人の知恵を受け入れた結果がラクシュミの商法となって…」  ミカドは思う。何とかしてラクシュミの誤った商法を正す事は出来ないか…と。 「ノーリスク、ハイリターン…そんな物は何処にも存在はしない。必ずそれを行うのには何らかのリスクを伴う―リボルバー、お前さんに覚悟と言うのはあるのか?」  ミカドは会議室に残っていたリボルバーに問いかけた。リボルバーと言うのが偽名なのかどうかをミカドは問わなかったが、彼はリボルバーの真剣な目を見て、彼女の会議への参加を認めたのである。 「私が動けば、何とか―」  リボルバーはそうミカドに言い残すと、会議室を後にしていった。  数日後、政府は何処からか情報を手に入れたのか不明だが、変身ヒーローアイドルに関して非常に興味を示していた。そして、日本政府の議員がリボルバーの所属している北千住にある芸能事務所にやってきた。 「この変身ヒーローアイドルは今後の日本にとってなくてはならない貴重なコンテンツになる事は間違いない。ラクシュミも日本国内では好調だが、海外では知名度は皆無に等しい。しかし、この変身ヒーローアイドルならば海外でも人気の高い日本のアニメや特撮等のファンから好評を得られるのだが―」  荒川が見える広いVIP用会議室でリボルバーと議員が話をしていた。情報をどこから手に入れたのか…と言う部分にはあえて触れず、話は予想以上の速さで順調に進んで行った。リボルバーも情報が外部に漏れると言う事は分かっていたらしく、あえて極秘扱いにはしなかったらしい。 (このご時世では、情報は匿名掲示板だけではなく個人ブログや裏情報専門サイト、果てはつぶやき系のページ等でもあっさり判明するか―。あるいは、会議に出席した誰かが第3者に情報を流したか…)  情報が仮に外部から漏れるとした場合、何処からどういう経緯で情報が漏れるかをリボルバーは考えていた。ただ、そんな事を考えても無駄である事は議員との会話でも証明済みである。 「実は、こういう物を別件の研究中に発見しまして…」  議員がリボルバーに見せた資料、それは新種の合金に関するデータだった。プレート化した時の固さは鋼鉄以上、鉄と同じサイズのプレートにしたとしても軽さがアルミニウム並という画期的な合金である。 彼の話によると、開発中の新型車両でこの合金が使用予定だったのだが、車両として運用する際は致命的な欠点があった事が不採用の原因になった。 「実は、イメージをする事によって金属の形が変化するらしい事が研究の結果で分かったのです。ごく普通の人間では特に反応がありませんが、オタク等のようなイメージ力の強い人物がこの金属に触れると変形すると言う欠点を発見し―」  簡単に説明すると、せっかくデザインした新型車両を鉄道オタク等が多く乗った影響でデザインが変化しないか…と言う事がこの合金を採用しなかった理由らしい。 「この合金自体の耐久性は高いのですが、こういった欠点があって使用用途に困っていた所で、今回の話を聞いたのです―」  どうやら、今回の合金をリボルバーの提案した変身ヒーローアイドルのアーマー部分に使う装甲素材として売り込もうと言う話らしい。政府としては合金の提供以外にも改良に必要な技術提供等も積極的に行うと言う事だった。 「分かりました。今回の申し出、お受けいたしましょう―」  リボルバーは二つ返事で政府の提案を受け入れる事にした。今は、これに賭けるしかない…という思いもあったかもしれない。 「では、後ほど資料をまとめて、政府の方へ提出しますので、それまでお待ちいただければ…」  リボルバーの言葉を聞き、議員の方も吉報を届ける為に芸能事務所を後にした。 「話がまとまったわ。あなたにも、出来れば協力して欲しいのだけど―」  リボルバーは議員が帰った事を確認してミカドの事務所へと電話をしていた。 『まさか、例の変身ヒーローアイドルの話がまとまったのか?』  ミカドの方も電話ごしだが驚いた表情をしている。どうやら、すぐに話が決まるとは思っていなかったようである。 「あなたには、総責任者をやってもらおうと思っているのだけど…大丈夫かしら?」  そのリボルバーの申し出にミカドはこう答えた。 「大丈夫だ、問題ない」  今回のプロジェクトに関して、政府の援助についての話が発表されたのは1週間と早いペースだった。 「日本のコンテンツ事業を広める為、今回の変身ヒーローアイドル計画であるホーリーフォースを立ち上げる事になりました―」  政府援助についての話を先に発表したのは政府ではなくリボルバーだった。政府は資料を受け取って確認したばかりの為か、もう少し協議してから…と言う反応だった。この部分に関しては、リボルバーの行動の早さを予想していなかった政府の判断ミスだったと思われる。 「ホーリーフォースという新コンテンツによって、ここ最近の国内における超有名アイドル商法以上の成果を出し、第1段階が成功すれば海外でも展開を―」  リボルバーの話は続いた。彼女は、超有名アイドルが海外では知名度が低い部分を弱点とみており、海外でも人気のある日本のアニメや特撮等を取り入れたホーリーフォースが逆にヒットするのでは…とも考えているようであった。  半年という短い開発期間でホーリーフォース計画は急ピッチで進み、遂には試作型の強化型装甲を完成させた。 「デザインに関しては、初期タイプはシンプルな方がお互いに覚えやすくていい。問題は強化型装甲を使うアイドルを見つける方かもしれない―」  リボルバーは開発期間中にも募集の告知を出していたのだが、予想外にメンバーが集まらなかったのである。 「これは…」  黒髪に長身と言う男性、過去にサウンドランナーの一件でも有名となった服部半蔵である。彼はサウンドランナー事件で過去にリボルバーと面識があった為、彼女の要請に応える形で参加する事になった。 「あなたの持っている刀、ホーリーフォースの強化型装甲を呼び出す鍵…と言った方が速いかしら? その刀に強くイメージする事で強化型装甲を呼び出す事が出来る―」  リボルバーが半蔵に説明し、半蔵は実験室の中へと入る。 『刀が反応している…?』  実験室で念じた半蔵は、刀に何かの変化が起きている事を感じていた。しかし、一定の変化のみで強化型装甲が現れるような様子は全くなかったのである。 「実験は失敗みたいね。でも、現在の段階でイメージ力が一番強い数字を出している―」  半蔵のイメージ力の数値は75を示していた。目安としては、これが80を超えれば強化型装甲が現れると言う事らしいが…。 「イメージ力、それは発想力を数値にした物…と言った方が分かりやすいかしら? 普通の人間で20、イベントでも有名な同人漫画家を40、週刊誌等で連載を持っている漫画家は50辺り…と考えているわ。あくまでも目安だから、同人漫画家でも60や70という数値を出すような人もいるのは事実…」  更にリボルバーは、80を超えれば強化型装甲を呼び出す事が可能で、装着する事が出来る目安とも考えている。 「あなたが実験に参加するまでは、男性で50を超えるような人物はいなかった。女性では50をオーバーする人物はいても―」  リボルバーは強化型装甲に適合する人物が現れない事に不安を抱いていた。このままでは超有名アイドルの天下が永遠に続く事になるかもしれない…と。 「始まりもあれば必ず終わりも来る。超有名アイドル商法にも限界が訪れているのは目に見えているはずなのに、政府は未だに税収や赤字国債の償却等を後ろ盾にして、超有名アイドル商法を認め続けている―」  超有名アイドル商法に終止符を打たせるような存在、リボルバーはホーリーフォースに今回の役割を任せようと考えていた―。 「では、彼女を採用してみては…」  メンバーが集まらない事や実験に上手く適合する人物がいないという話を聞いて現れたのは、リボルバーに案を持ち込んだ議員とは別の党に所属する一人の男性議員だった。彼の顔は何故か虎の覆面で隠している為、どのような人物かは不明だが、リボルバーは事情に関して特に聞かない事にした。 「あなたは、確か…」  議員の隣にいる人物にリボルバーは見覚えがあった。例の会議で彼女と一度会った事があるからだ。 「あの時の人がリボルバーさんだったとは意外でした―」  瀬川に驚きのような表情はない。彼女は過去にラクシュミのメンバーとして在籍していた。しかし、現在は芸能活動を休止。何かの縁かは不明だが、ホーリーフォース計画の話を事務所から聞き、今回の計画に参加する事になったのである。 「君の目にかなうような人材は他には見つからなかったが、彼女ならば期待に応えられると思う―」  そう言い残し、虎の覆面をした議員は帰ってしまった。実験を見てからでも…とリボルバーは思ったが向こうにも事情はある―そう判断した。  議員が帰って10分が経過した頃、瀬川がマジシャンの衣装を着て実験エリアへとやってきた。衣装に関しては、合金の弱点であるイメージ力の強さで形状が変化しないように衣装の中にICチップを入れ、疑似的にICチップ側にデザインを記憶させておくと言う対策がされた。 「ICチップに関しては、洗濯しても問題ないような物にはしていますが―」  リボルバーが冗談交じりに衣装について瀬川に説明する。その後、瀬川が実験エリアに置かれたグレートソードを握った、その時に事件は起きた。 「こ、これは…」  周囲にいた研究員も驚きを隠せない。実験室に現れた光の柱を目撃したリボルバーも予想していた結果とは全く違う結果になった事に衝撃を隠せなかった。 「これが、イメージ力80以上の反応だと言うのか―」  半蔵は瀬川の反応を見て驚きを隠せないでいた。自分ではほとんど反応しなかった物を瀬川は使いこなせているのか…と。 「この姿は、一体…?」  数分後、瀬川は自分に起こった事に驚きを隠せなかった。光の柱が消えた後、手に持っていたはずのグレートソードはロングソードに変化し、青色の水晶で出来たブレストアーマー、同じような水晶で出来たショートソードとシールド、一番の変化は装備しているメットだろう。 「このメットの形、見覚えがある―」  メットの形もそうだったが、持っているロングソードをはじめとした物にも若干の見覚えがあった。 「これは、あのSFヒーローアニメの…」  瀬川は強化型装甲が変化したアーマー各種に見覚えがあった。  リボルバーが予想していた結果ではあったものの、デザインがリボルバーの想定していた物とは大幅に異なっていた。 「プログラムされていた強化型装甲と全く違う物が…?」  リボルバーは瀬川の強化型装甲にプログラミングしていたデザインと全く違う事に驚きを隠せなかった。そして、彼女は何かに閃いた。 「そう言う事だったのね。彼女のイメージ力は80を超えて、こちらが準備したデザインを上書きし、自分の思い描いていた強化型装甲のデザインを生み出した―」  若干だが苦笑いを含んでいたリボルバーの発言は、自分が想定していた以上の人物が目の前に現れた事を歓迎しているような部分も見られた。しかし、それを読み取れた人物が周囲にいたのかどうか…定かではない。 「日本のアイドルに、過去の栄光は存在しなくなった。ラクシュミを…あの商法を根本的に変える為にも、この力が―」  瀬川が何かに取りつかれたかのようにつぶやく。このセリフ回しは、確か世界最初のクリスタルセイバーと未来を変える為に戦ったクリスタルバスターの対決回でのセリフ回しを若干変えた物だったのである。 「どうやら、強化型装甲にはもう一つの致命的な欠点があったみたいね。私達はとんでもない物を政府に押しつけられ、それを改良する為のテストケースに選ばれたのかもしれない―」  リボルバーは更に思った。イメージ力が強い人間が触れると形状が変化するという欠点以外にも、イメージ力が最も強い人間が金属に触れると潜在的に眠るイメージを呼び起こしてしまうと言う。 「計画はそのまま進行します。しかし、今回の実験に関しては口外厳禁と―」  リボルバーは瀬川の実験を目撃した研究員と半蔵に今回の実験結果を口外しないように指示をした。この一件は、扱いを間違えると政府にとっても大きな打撃となり、日本自体が世界から孤立してしまう危険性も持っている事を意味していた。 「あの議員がもう一つの欠点に気付いて彼女を送り込んだとは考えたくはないけど―」  実験から数日後、リボルバーは瀬川を送り込んだ議員が実は別の欠点を見つけ、実験の失敗を政権交代の材料にするつもりだったのでは…と今回の結果を見て思った。 「数値としては、イメージ力80で金属の形状が変化するとしたら、今回の現象は120を超える…と言う所かしら」  わずかに記憶されていたデータから、瀬川が潜在的に眠るイメージを目覚めさせた数値を何とか割り出し、次の実験以降につなげるしかない―そうリボルバーは思った。  その後、何度かのロケーションテストを行う事でホーリーフォースの原点が完成、正式なトライアル計画開始となったのが、2009年の3月20日の事である。  2009年5月、3月に始まったホーリーフォースのトライアル版強化型装甲のデザイン募集で集まった1000通以上の応募作品の中から、複数作品が採用され、それをベースにナンバー2以降の強化型装甲のベースデザインが決定した。しかし、このデザイン募集に関しては強化型装甲の特性に関してのカモフラージュ説が残っている。  その年の7月、ナンバー9がラクシュミの活動を優先させるためにホーリーフォースとしての活動を休止、現在のフリーズが加入して今の12人になっているのだが、計画に最初から裏方として参加していたリボルバーがダークネスレインボーを名乗って参加している事には若干の違和感を持った。経過観察説もあるのだが、正確な所は全く分からないまま―。それに加え、ホーリーフォースのホームページ上でアンノウンを名乗り、芸歴不明扱いとしたのである。  その年の10月、政府はホーリーフォースが無数に増え続けてもコストがかかる事を理由にホーリーフォースの人数を現在活動している12人までに制限する事を発表。12星座や干支の数も12である事から政府が判断をしたようだが―。  その年の12月、ラクシュミ候補生をホーリーフォースに起用する事を発表。ホーリーフォースの一部メンバーが体力の限界等を理由に引退届を出していた事も直接の原因とされているが、真相は不明のまま。プロフィールに関しては一部で記載の修正が終わっていない模様だが、随時修正されているようだ。  2010年1月、数度のテスト期間等を終えて、遂にホーリーフォース計画が本格的に始動し、12人での活動がスタートする。PRの為に、ラクシュミのメンバーが応援に駆けつけるサプライズイベントが用意―。 「そう言う事ね―」  一連の情報をチェックしたまどかは、今回のホーリーフォースに関する事件が過去に起こった複数の音楽業界に関する事件と無関係と言う訳ではない…と言う事を把握した。 「全ては、日本政府が超有名アイドルに赤字国債の償却を一任するような形にしていた事が、全ての元凶…?」  同じ頃、まどかと同じサイトを閲覧していた飛翔も同じ事を考えていた。 「サウンドランナー事件も最終的には政府が関係していた事を考えると…」  今回のホーリーフォースの一件、過去のサウンドランナー事件に共通するのは、超有名アイドルが関係している事なのだが…? 「この記事は…自分が見ていた時に書いてあったか分からない―」  数日後、ロックのゲーセンに足を運んでいた七那はスクラップ記事が途中で途切れている事に加えて、記事の内容に関して一部の項目などで軸がぶれている部分等がある事にも気付いた。 「おそらくは、途中で政府が記事の存在に気付いて記載を削除した部分があるのが有力とされている。実際は、どうなったかは当時の記者しか知らないが―」  ロック自身も当時の全ての記事を回収出来た訳ではなく、一部は入手前に政府に差し替えられてしまった後の記事もあるらしい。 その記事の中には、リボルバーの実験に関しての部分等は全くと言っていい程に書かれていなかったのである。 「フリーズの一件と瀬川の実験に関しては図書館に当時保管されていた回収前の新聞をコピーしたものだから、一部の駅売り等の新聞以外は差し替えの記事が載っている物に変更されている。それに、ラクシュミに関しては新聞記事でも載らなかった事実が書籍の方で明らかにされるはずだった。しかし、今年の3月20に起こったフリーズに関しての記事は既に回収された後―」  ロックがロッカーから1冊の本を出して七那に見せる。本には書店のカバーがされていてタイトルは確認できないのだが、七那には何の本かは大体予想できていた。 「この本はもしかして―」  七那は数ページめくった地点で、渡された本の内容がどんな物が予想出来ていた。この本は出版後にラクシュミの芸能事務所が差し押さえ要請をした本である。 【今、音楽業界が危ない】  書店カバーを外した七那は入手出来なかった本が手元にある事に全身が震えていた。 「この本自体は現在も発売されている。内容に関しては、この当時に発売されたものとは全くの別物だけど…」  ロックの手元にあるのは、ホーリーフォースに関しての記事に加え、音楽業界が変えなくてはならない物、特にラクシュミのCD販売方法、全く同じ内容のCDを複数枚買わせてCDチャートの上位に進出して注目を浴びる等と言ったような商法に関しての内容を扱った本である。 現在、発売されている物はホーリーフォース関連の話はカットされ、その代用でラクシュミ以外のアイドル歌手に関しての商法批判がメインとなっている。ラクシュミに関してもある程度は触れられているが、その内容の大半は疑問が浮かぶものばかりである。 「これでは、ラクシュミ以外が違法な商法を行い、ラクシュミが正しいみたいな状況じゃないですか―」  七那の指摘はもっともである。しかし、ラクシュミが日本で最もCDを売り上げているアイドルとして有名な以上、彼女達の行動は正しい、他のアーティストの行動は間違っている流れが素通りしてしまっているのが今の音楽業界が抱える問題点なのである。 「日本政府がラクシュミの納税率が高い事に目を付け、ラクシュミと同じ芸能事務所の所属アイドルも優遇した結果、1つの芸能事務所を頂点とした音楽業界のピラミッドが完成した。ホーリーフォースはピラミッドには所属していないが、仮に所属するとすればラクシュミのすぐ下と言う事になる」  ホーリーフォースはアクション女優等のカテゴリーに入る為、今の状態では音楽業界のピラミッドには全く関係ない。しかし、仮に音楽業界へ進出するとすればラクシュミのすぐ下に所属する事になる。それは、ホーリーフォースがラクシュミと同じ日本政府直属のアイドルに該当すると言う事を意味する。 「リボルバーがそのブレスレットを君に託したその意味は、この記事を見れば何となくだが分かるはず。君が瀬川と同じ位のイメージ力を持っていた事を、直感で気付いたのかもしれない…」  単純にホーリーフォースに狙われていたから助けたという事情ではなく、別の理由があってリボルバーがブレスレットを託したのでは…そうロックは予想していた。  その頃、一人の女性が西新井駅のショッピングモールで買い物をしていた。銀髪ショートヘアにシルバーフレーム製のメガネ、袖やフリルをアレンジした改造メイド服にスカートの下はスパッツと言う異色の外見に周囲のお客も気にしているようだが、あえて服装の話題にはスルーをしているのが現状である。 「これと、これと、これ…かな?」  本屋で漫画のジャケット買いをしていたこの女性こそ、現在芸能活動を休止しているフリーズ本人である。実際、本屋の店員も彼女がフリーズなのは認知しているのだが、下手に事件は起こしたくないので接し方も若干震えがあるように見える。 「ありがとうございました…」  フリーズが店を後にした事を確認すると気持ちが整理出来たのかは不明だが、店員の震えが消えたように見えた。 「やっぱり、あの一件で彼女を見る目も変わっているという事か…」  服部半蔵が震えていた店員を見て、ふとつぶやいた。それだけ、ナンバー5の事件は世間でも影響力が大きい事を物語っていた。 「ホーリーフォースが、サウンドランナー事件と同じような結末をたどるのか、それとも別の可能性を模索するのか―」  本屋を出た半蔵は、一連のホーリーフォースに関する事件がサウンドランナー事件と被るような箇所が存在すると思っていた。 「確か、あの時も本を読んでいた―」  電車の中で購入した本を読んでいたフリーズはナンバー9に選ばれた時の事を思い出していた。     【ナンバーナイン】  2009年7月、一人の女性が秋葉原にあるビルに来ていた。この日はホーリーフォースの予備人員募集があり、50人に迫る人数の応募があった。 ホーリーフォースの事務作業等を担当するスタッフは男性でも応募できたのだが、ホーリーフォースのメインとなる強化型装甲アイドルは女性限定と言う条件があった。 『ホーリーフォースのアイドル部門で応募された皆様は、これから予備テストを行いますので所定の部屋へ…』  番号札に書かれた番号と同じ部屋へ向かう候補生達。この中にはホーリーフォースから芸能界入りを目指す者、ホーリーフォースで大活躍をしてラクシュミに選抜されないかと考える者もいた。それだけ、ホーリーフォースへの注目度が高い事を表している証拠でもあった。 「ホーリーフォースに興味は―」  黒髪で若干ロング、丸型メガネ、典型的な優等生タイプに近い真面目な女性はこう思っていた。自分の性格を何とかする為にもホーリーフォースの予備人員募集を受けたのである。彼女が、後のフリーズとなる人物…。 「9番の方、こちらへどうぞ…」  スタッフに誘導されるかのように、彼女は所定の部屋へと向かっていた。エレベーターを利用して向かっているのだが、どう考えても地下1階や2階と言うレベルではない階層表示を見て、彼女は驚いていた。 「どこまで降りるのでしょうか?」  彼女の質問にスタッフは少し黙りこむ。回答が用意出来ていないのではなく、スタッフが誰かに口止めをされているような雰囲気だった。  ビルの地下20階、そこから更に誘導されてやってきたのは、事務所の地下深くにある実験エリアと呼ばれるエリアだった。このエリアに関しては、地下鉄よりも深い場所に存在する一部の人物しか知らない極秘エリアでもある。そこでは、強化型装甲の研究や整備が行われている。このようなエリアに呼ばれた理由を彼女は全く知らなかった。 「ここは…?」  本当にオーディションルームだろうか…そんな疑問も彼女にはあった。そんな彼女の前に現れたのは、白衣姿のリボルバーだったのである。 「あなたのデータを見せてもらったわ。このデータは瀬川さんの時に匹敵、それ以上の物を感じる―」  リボルバーの言う瀬川とは、自分があこがれている瀬川アスナの事だろう…と彼女は思った。では、データとは…?  そして、リボルバーが用意したのは装飾として使うようなデザインではない、1つのブレスレットだった。それをスタッフの指示ではめた彼女は数秒後に光に包まれた。 「予想通りの…展開ね。アスナの時と似たような光景が、再び―」  リボルバーは何かを思っていた。  光の中で彼女は何かを思い出していた。自分が思い描いていた芸能界は、既にラクシュミが現れた時点で破綻していた。そして、今回のホーリーフォース予備人員に募集した理由は本来の目的とは別にあった―。 『白銀の騎士…あいつは化け物だ!』 『なんて素早い奴だ。まるで、こちらの動きが手に取るように分かっているような…』  彼女には聞き覚えがあるセリフだった。これは、ロボットアクションゲームで白銀の騎士と呼ばれる機体が初めて現れた時に流れる通信の一部である。 『肩の数字…まさか、あの9番が現れたと言うのか。ナインボールと呼ばれた―』  白銀の騎士、またの名をナインボール。ビリヤードに出てくる9番のボールが名前の由来になっているのだが、それは設定資料集か何かを読んだ時に分かった事である。 「日本政府が行っている音楽業界の管理は近い将来に破綻する。だからこそ、ラクシュミの全てを破壊しなくてはならない。ホーリーフォースは、本来のあるべき姿に戻らなくてはならない! そして―」  彼女は今まで出した事のないような声で叫ぶ。その声に反応したブレスレットは彼女の衣装を瞬時に用意し、強化型装甲も彼女が思い描くデザインに変化していった。 《ホーリーフォース、新ナンバー9を確認しました。コードネームはフリーズと命名―》  光が消えた後に現れたのは、全長3メートル近くに及ぶような小型ロボット。デザインとしては旧世代のスーパーロボットのような物ではなく、曲線系やシャープと言った3DCG全盛期を思わせるリアルなデザインになっている。 両肩の折り畳み可能なブラスター砲、全長の半分はあると思われる手持ちのバスターキャノンとビームガトリング砲、バリア発生装置に背中の12個もあるマルチビット、更にはビームサーベルにハンドガン、かなりの重武装という様子だが、それ以上に機動力はダークネスレインボーのそれと互角の予測能力を弾きだしたのである。 「これが、自分の姿―」  フリーズは鏡に映った自分の姿を見て驚いた。これが、ホーリーフォースの強化型装甲アイドルなのか…と。 「これがホーリーフォース…。この力は非常に面白い物を持っている!」  フリーズの中で何かがはじけたような気配がした。先ほどの真面目な性格が、いつの間にかツンデレのような性格に変化したのである。これは、以前の瀬川と似たような現象なのだが、フリーズにはそれ以上の物があったような気配をリボルバーは感じ取っていた。 「彼女もまた、ラクシュミ商法の犠牲者なのだろうか―」  リボルバーは思う。しばらくして、フリーズの強化型装甲と衣装が何処かへと転送された後、姿を見せたフリーズの髪色が変化しているように見えた。  その後、性格が若干不安定になったフリーズは、ツンデレヒロインが出てくる漫画やアニメ等をチェックする事で今の性格がどんな性格になっていたのかを把握した。 「これが、今の私…?」  ホーリーフォースの試験を受ける前にはサブカルチャーの勉強と称して漫画やアニメをチェックしたり、色々なジャンルのゲームをプレイしたりした。それが今回の試験結果につながったのかは不明だが、フリーズは無事にナンバー9に選ばれたのである。 「衣装もそれなりの物を用意しないと―」  彼女がコスプレ店で購入したのは改造メイド服だった。相当な事がない限りはメイド服で出かけるようになったのも、この頃からと言われている。 「まさか、真面目にサブカルチャーを勉強した結果が…こうなるとは予想外だった―」  そんな事をフリーズは思っていた。性格が影響してどこの芸能事務所も取り合ってもらえず、ラクシュミに選抜される事さえもあきらめた中、見事に勝ち取ったホーリーフォースのナンバー9…。 「もうすぐ、駅に着く頃…」  窓を見ると、電車は既に秋葉原に到着していた。  秋葉原の事務所に到着したフリーズだったが、事務所にはスタッフが数人と総責任者であるミカドが事務処理等をするのに常駐しているだけで他のホーリーフォースのメンバーは誰もいない。 「他のメンバーは誰もいないのですか?」  フリーズが近くにいた男性スタッフに尋ねる。すると、彼はダークネスレインボーが辞表を出した事をフリーズに話した。 「これをみて…」  女性スタッフの一人が、公式に申請のあったバトルの映像に記録された時間を見て違和感を持ち、他のスタッフに確認要請をする。 「これは、まさか…」  映像ではナンバー2、3、10の3人が確認できる。実際は3人がバトルロイヤルで戦っている訳ではなく、ホーリーフォースの1人と戦っている。しかし、フリーズはこの映像を見て何かの違和感を抱いた。 「映像は間違いなく、本日の物である事はステージ用のカメラ等でも確認済みです。3人が戦っている相手、これは認識コード等からナンバー5らしいのですが―」  男性スタッフの指摘を聞いて、フリーズは驚いた。 「そう、ナンバー5が…」  フリーズは表情には表わさないが怒っているように見えた。あの事件が自分の人生を大幅に狂わせた。そんなナンバー5が実は引退はせずに姿を再び現した事に―。 「しかし、デザインが今までの物と大幅に異なっている。それに、ナンバー5は負傷した翌日に補充要員を募集したのに誰も来なかった。ナンバー5が欠ける事は政府の資金援助が終わる事も意味している」  補充要員がいなくなった事で、ナンバー5が今回の事件で負傷し引退する事は資金援助の条件である【ホーリーフォースが12人いる状態】を維持出来ない為、資金援助が数日の内に途切れるという事を意味している。 「それでもおかしくないか。辞表を提出したはずのリボルバーが、すぐに辞表を撤回するような性格とは考えにくい。ナンバー5のデザインも大幅に異なっている個所等から見ても、リボルバーとは別人がダークネスレインボーになったと考えるべき―」  別の男性スタッフが指摘する。確かにリボルバーと今回の映像に登場しているダークネスレインボーはデザインが根本的に異なる。 「そうなると、何らかの形でリボルバーからブレスレットを受け取った…と」  画像を検証している最中に現れたのはミカドだった。彼も、今回のナンバー5に関しては疑問点が多いと考えている。 『本日、ホーリーフォースの新しいナンバー5が誕生し、その輝かしいデビュー戦の模様が入ってきました―』  別のスタッフがテレビのニュース番組を回すと、何と何処から入手したのか不明だが3人のホーリーフォースとナンバー5が戦っている映像がテレビで流れていたのである。テロップには視聴者提供とある。 「これは大変な事に…」  大会の模様は基本的にリアルタイムでホーリーフォースチャンネルというホームページで中継されるのだが、この映像は中継映像ではなく誰かがデジタルカメラか何かで撮影した物である。画像が何らかの形で流出した事にミカドは懸念を抱いた。 「普通であれば電波遮断システムが作動して撮影する事は不可能ですが、今回に限っては原因不明のトラブルで作動しなかった。これは、政府が何らかの形でナンバー5の存在を意図的に―」  スタッフは電波遮断システムが何らかの形で作動しないように仕向けられたのでは…とミカドに話す。  ホーリーフォースのステージは基本的に日本政府が管理するホーリーフォースチャンネルで独占先行配信されるシステムになっている為、視聴者による隠しカメラでの撮影を防ぐ意味を込めて電波遮断システムがステージ開始前には作動する。それが今回に限っては作動した様子はなかった。特に不具合報告や視聴者からの情報等は来ていない為、意図的に政府がシステムをカットしたという説が有力となったのだが―。  フリーズも事務所を出て、夜勤スタッフ等の数人が残る午後7時頃、1本の電話がミカドの元に入って来た。 『新しいナンバー5には七那虹色が選ばれたわ。向こうも何処かで情報を手に入れ、今回の襲撃を計画したのであれば―』  電話の主はリボルバーだった。彼女は事前に襲撃に関する情報を入手していたというのだが…。 「そう言う事か…ナンバー5は―」  その日、夕方のニュースを見た週刊誌の出版社では記事の差し替えに関しての指示が飛んでいた。発売日も近い為にソースの確認をするような時間がなかったのだが、有力筋の情報と言う事で信用しているような流れがあった。 「詳しいソースが不明なのが残念だが、テレビでも放送されている以上、事実と言う事は間違いないだろう。あの記事の差し替えを急ピッチで急がせろ―」  基本的に、ホーリーフォースの記事に関しては情報の事実確認等の目的で政府にも回ってくるのだが、この情報に限っては情報が回ってこなかった。テレビで放送されている以上は、日本政府も何かを知っていそうな気配なのだが…。 「どういう事だ、これは!」  午後7時、総理大臣は自分の党に所属する議員数人を自分の部屋へと呼び、更にはテレビを用意させた。 『衝撃的なデビューを飾った新たなホーリーフォースのナンバー5―』  ニュース番組では、既にナンバー5の活躍を独自に手に入れたとする映像も取り入れて紹介していたのである。しかも、夕方の民放テレビ局のニュースだけではなく、国営テレビ局も同じニュースを放送していた。 『今回の一件に関して、ホーリーフォース事務所と政府は正式なコメントを発表しておりません。一方で―』  まさか、国営テレビ局もナンバー5について報道するとは…総理大臣は驚きを隠せなかった。 「今回の件は、視聴率を気にしていた国営テレビ局側に責任がある―という事で処理をするように―」  総理大臣は国営テレビ局に一連の報道に関する報告書を出すように指示した。他のテレビ局に気付かれないように…という注文を追加するという形で―。  政府ではホーリーフォース以外にも複数のプランが水面下で動いていた。これらのプランに関しては、全てが同じ目的と言う訳ではないが、税収を上げて赤字国債を減らす目的が理由の一つにあった。 「いくら税収を安定させる為とはいえ、ここまでやるのか…」  議員の一人もこれらのプランを税収の為だけに動かすのには無理があるのでは…と同じ与党議員でも疑問を抱いていた。 (なるほど。既に別のプランも動いているのか…これは急がなくては―)  秘書は自分が手に入れた情報を何とかしてある人物に提供しなくては…と国会の急変を感じて思った。  深夜0時頃、ドラゴンの覆面はある場面の動画を見ていた。それは、フリーズとリボルバーの直接対決という結果になった例の動画である。 「これは…?」  彼は動画を何度も繰り返し見ていく内に何かの違和感に気付いた。確かにダークネスレインボーは致命傷を受けたようなリアクションをしているのだが…。 「あの時の調べてほしいと言った理由、そう言う事だったのか―」  秘書の送っていたデータには、3月20日の直接対決には違和感あり…という記述が確かにあったのである。 「そう言えば、こちらの事件も関連性が疑われる…と言う記述があったが―」  彼が虎の覆面から受け取ったデータの中には、以下のタイトルが付けられたデータファイルが存在していたのである。 【サウンドランナー事件と超有名アイドルに関する一連の事件について】 「サウンドランナー…過去に起こった超有名アイドルが関係する事件―」  ドラゴンの覆面は、過去に超有名アイドルの事件を色々と調べて政府が密かに大量の裏金を入手しているのでは…というネット情報を探していたのだが、その時にサウンドランナーと言う単語を目にしたのである。その当時は内容に関しては、全て謎のままだった。  一方でネット上でも、今回のニュースに関して疑問が多いと言う事で様々なサイトが記事として取り上げていた。 【超有名アイドル、活動休止危機か? ホーリーフォースに新メンバー加入?】 【新ナンバー5の正体とは…】 【ダークネスレインボーのデザイン変更された事実に迫る―】  様々な記事タイトルの中で、検索サイトでもホットな話題として取り上げていた物が一つ存在していた。 【ホーリーフォースと超有名アイドルの関係は、サウンドランナー事件と共通点が?】  今回のホーリーフォースの一件が、きっかけは違うものの、過去に起こったサウンドランナー事件と共通する部分があると言うネットのまとめだった。    【サウンドランナー事件】 西暦2007年、とあるアイドルグループが発表した新曲がワックワック動画と言う動画サイトで有名だった某曲のパクリではないかと言われ始める事から全てが始まった。 これを聞いた日本政府は盗作の疑惑があるかどうかを確認、その結果、某曲がアイドルグループの盗作と認定されたのである。これによってネット上やその他のサイト等の各所から批判が殺到する事になる。 某曲が盗作と認定された最大の原因となったのは、その当時に使用されていた楽曲登録を簡易化するシステムにあった。このシステムは楽曲登録の申請から、ライセンス登録までにかかる時間を大幅に短縮させる事には成功した。その一方で、ネットで公表される前に有名アイドルを抱える芸能事務所等がネット上の売れそうな楽曲に目を付けて、自分達のアイドルの楽曲としてライセンス登録をするような悪質な登録が後を絶たなかった。政府も早いもの勝ちになるような部分に関しては把握していたようだが、超有名アイドルが大量の税金を納めている関係上で放置していたという可能性が高い。 実際、今回のケースもアイドルグループのメンバーが曲データを入手してネットワークに登録した事が警察の調査で明らかになっている。しかし、政府や大手芸能事務所は自分達の都合の悪い出来事が世界へ飛び火して芸能活動に支障が出る事を恐れ、この事実を含めた事件の大半は公式に発表される事はなくなってしまった。 この事件をきっかけに、ワックワック動画が個人の音楽権利を守る為という方針の元でデジタルなデータ転送方法をアナログな輸送手段に変更し、音楽管理ネットワークを上手く介さずに音楽を動画サイトへアップ出来る方法を模索した結果、動画サイト内にあったさまざまなアイディアを融合してサウンドランナーという音楽の運び屋を水面下で発案したのである。これが本格的に稼働したのは2009年1月の事である。このサウンドランナーにはメモリーランナーと言うベースとなったゲームがあるのだが、その製作会社が関わっていたかは不明である。 2009年に稼働したメモリーランナーだったが、3月のある日、服部半蔵という名義の動画投稿者が、あるサウンドランナーが他のサウンドランナーを襲撃している様子をワックワック動画とは違う有名動画サイトで公開し、この動画を見たユーザーは揃いも揃って過去に起こったアイドルグループの事件を思い出した。 2009年4月、服部半蔵がアップした例の動画は、あっという間に100万再生を記録、日本政府も今回の一件に関して某アイドルのメンバーが関与した形跡はないと無実である事を発表した。その一方で、ラクシュミをはじめとした日本政府公認アイドルのイメージダウンをワックワック動画サイドが狙っているのでは…という話を含めて、つぶやきサイトや個人のブログでも超有名アイドル不要論が飛び出す等、政府が信用されていない事の現れだったのは間違いないだろう。 2009年7月、サウンドランナーをめぐる一連の事件をきっかけにCDヒットチャートの上位を同人シューティングゲームのアレンジサントラや音楽ゲームのオリジナル楽曲のみを集めたアルバム等が独占する状況が2カ月近くも続いた。この流れになった原因には、逮捕されたアイドルの楽曲が実はパクリだったという事実もあるが、それ以上に他の超有名アイドルの楽曲も盗作なのでは―という心理が影響したのかもしれない。 一連の事件で音楽業界の信用も失墜した状況を重く見た芸能事務所側は、自分達の過剰な宣伝等を含めた商法が今回の非常事態を招くような結果になったと反省し、今後は同じ商法を展開するような事をしないと緊急宣言を行う事で鎮静化を図った。 それから某アイドルがサウンドランナー事件に関与していた形跡を発見、音楽管理ネットワークのセキュリティ体制等が甘かった事を痛感した日本政府は、一定の条件をクリアした芸能事務所以外にはネットワークキーを発行しない事を発表。それによって、超大手と言われるような芸能事務所―ラクシュミの芸能事務所等ネットワークキーを持てなくなり、大半の芸能事務所はラクシュミの芸能事務所に吸収合併される形で消滅する。 政府の管理する音楽管理ネットワーク、それはプロテクトキーを持っている人物ならば簡単に閲覧できる物であり、プロテクトキーは容易にコピーする事も可能だった事が警察の調査でも明らかになっている。それ以外にも、今回逮捕されたアイドルメンバー以外にも芸能事務所の数社、所属アイドルがネット上等で発表されている楽曲を自分達に権利があるように書き換えた事も明らかになっている。しかし、証拠があるにもかかわらず政府が否定を続けた事で、最終的には総理大臣の交代と言う事態を招く事になった。 サウンドランナー事件に関しては、5月に某アイドルのメンバーが逮捕されるニュースが流れたはずだが、年末などの報道特番では取り上げられないケースが存在、その形跡をたどるのは困難となる位に情報操作がされている。当然だが、5月に何があったのかは当事者以外分からないようになっている。  この事件をきっかけにして超有名アイドルであるラクシュミの活動にも支障があった事は事実であり、音楽業界が再起不能になった事は間違いのない事実である。しかし、この事件が伝えようとしていた物は別の所にあったのかもしれない。 「サウンドランナー事件…これが、今回の事件と共通点があると言うのだろうか?」  ドラゴンの覆面も疑問に思う箇所は多数存在する。確かに、年末に放送された報道特番では事件は取り上げても、犯人を深く掘り下げたりするような事はなかった事が、視聴者等の疑問を増やすような結果になったのかもしれない…と。 「しかし、これでも情報が足りない―」  肝心の事件の中心は、向こうでも情報が手に入らなかった証拠なのかもしれない。