1:全ての始まり  午後1時、国会議事堂から離れたビルにある一室、そこにはチャイナドレスに狐の仮面という人物、セーラー服、変身ヒーローのスーツ姿の女性が椅子に座って目の前にいる男性の話を聞いていた。 「君達の目的は、この人物を抹殺する事である。こちらが入手した情報では秋葉原の歩行者天国にいるらしいが―」 「抹殺って、そこまでやる必要性は…」  セーラー服の女性、神姫ほむら(しんき・ほむら)は自分が疑問に思った事を男性に質問した。 「これを見ても、同じ事を言えるか?」  中央モニターに映っていたのは、無傷で歩行者天国を歩くリボルバーの姿なのだが、何か髪型等も若干おかしい―。 「リボルバーは今の音楽業界システムを覆される程の鍵を握っている。ラクシュミの為にも奴は邪魔なのだ―。政府はラクシュミだけを見ていればいいにも関わらず…」  彼はホーリーフォース反対派に属している議員のようだが、実は彼の所属する党は与党なのである。これは、賛成派が多数いた与党でもホーリーフォース計画に反対する人物がいた事を物語る。  午後1時20分、事務所ビルを後にしたリボルバーは歩行者天国付近が騒がしい事に気が付いた。 「これは…?」  様子を見にやってきたリボルバーが目撃したのは、通行人と思われる女性が3人のホーリーフォースに襲撃されている場面だったのである。本来であれば、ホーリーフォースが一般人を襲撃する事はレギュレーション違反に該当し、一番重いケースで資格はく奪等のペナルティとなるはずだが…。 「自分には既に関係のない―」  引退をしたばかりのリボルバーは、色々な事情もあってしばらくの間は様子を見る事にした。 「そろそろ覚悟してもらおうか、ダークネスレインボー」  どうやら、あの3人は何の関係もない人物を自分と勘違いしていたようだ。今日、辞表を提出した事と何の関係があるのか、あるいは別の目的があって襲撃したのか? 「ダークネスレインボーって、確かナンバー9に刺された…ナンバー5の事?」  胸を若干強調したような上着にスパッツという衣装で歩行者天国を歩いていた所、彼女は知らない内にホーリーフォースの3人に目を付けられ、追いかけられる結果になっている。どうやら、その原因は過去にダークネスレインボーが入場時に着ていた衣装と同じ物を着ていた事らしい。 「その通りだ。今のお前は我々にとって都合の悪い情報を持っている。だから、この場で消えてもらう!」  チャイナドレスを着た狐の仮面の女性が指を鳴らすと、何もない晴天の空が急に暗くなり、そこから雲を突き破る形で現れたのは鳳凰、亀、白い虎、龍という4体の動物―。 「もしかして、今呼び出したのは四聖獣…と言う事は、本物のナンバー3!」  彼女は普通であれば恐怖をするような場面で何やら興奮をしていた。目の前にいるのが正真正銘、本物のホーリーフォースである事が理由の一つらしい。 「珍しいリアクションだが、その手には騙されない!」  ほむらが呼び出したのは狼型の使役獣、呼び出された次の瞬間には狼が武者甲冑に変形し、彼女に装着される。 「残念だが、これも政府の命令だ。怨むならばダークネスレインボーを恨め」  特撮に出てきそうなスーパーヒーローが呼び出したのは、無人のオートバイだった。彼女がバイクに乗りこむと、次の瞬間にバイクは二足歩行型ロボットへと変形をする。 「ナンバー3とナンバー2、それにナンバー10…目の前には本物のホーリーフォースがいるっていうのに―」  今頃になって彼女は恐怖を感じた。ダークネスレインボーと同じ衣装を着ていた為、日本政府が放った刺客によって消されてしまうのか…と。 (ブレスレットが反応している―)  リボルバーは、カバンにしまっていたブレスレットが光りだしている事に気付き、すぐにカバンから取り出してピンチになっている彼女めがけて投げた。 「この状況を切り抜けたければ、ブレスレットの力を使いなさい!」  リボルバーが彼女に向かって叫ぶ。その声を聞いた3人は声のした方向を振り向き、そこで初めて自分達が間違った人物を襲撃してしまった事に気付いた。 「あのブレスレットを!」  ほむらが声をかけるが、投げられたブレスレットは既に彼女の手に渡っていた。 「そう言えば、あなたの名前を聞いていなかったわね」  リボルバーはブレスレットを投げ渡した彼女に名前を聞いた。 「七那虹色(しちな・れいん)、戦うネットアイドルをやっています!」  ブレスレットを受け取った七那は、早速右腕にブレスレットをはめるのだが、先ほど輝いていたはずのブレスレットは全く光らなくなっていた。そして、右腕にはめてから数秒後に異変は起こった…。 「これは…!」  七那の周囲に光の柱が現れ、次の瞬間には七那は柱の中へと消えていった。 「イメージするのよ、あなたが憧れていた存在を―!」  リボルバーが柱に向かって声をかけるのだが、七那に聞こえているかは不明である。 「向こうは後で片付けるとして、まずは出てきてくれたダークネスレインボー本人から片付けるのが先か―」  ほむらが彼女に向って薙刀を振り回すのだが、その攻撃が命中する気配はない。 「変身していないにも関わらず、あの機動力を出せると言うのか!」  攻撃が回避される様子を見ていたナンバー3が驚く。今度は、ナンバー3が使役獣の玄武、青龍、白虎、朱雀にリボルバーを攻撃するように指示をするが…。 「フリーズは何をしていたというのだ? これでは彼女の怪我が完治しているのと同然じゃないか!」  ナンバー10はナンバー3の攻撃が避けられたのと同時に内蔵型のバルカン砲で動きを封じる。今度は一定の攻撃が命中し、リボルバーの動きも先ほどよりは遅くなった。それでも高い機動力は維持されたままである。 「強化型装甲なしでも、この機動力を維持しているとは…彼女は化け物か? それともリアルチートなのか?」  ナンバー3は四聖獣を集め、各四聖獣が変形したアーマーを装着、フルパワーのナンバー3が姿を見せた。 「前任者のアーマーをそのまま流用しているとはいえ、3人相手で強化型装甲なしでは無理があるようね―」  さすがのリボルバーでも強化型装甲なしでは、この状況を変える力は残っていない。今はブレスレットを託した七那に全てを任せるしか方法はなかった。 「七那、あなたのイメージ力、見せてもらうわよ―」  光輝く柱の中、七那は考えていた。自分はホーリーフォースにあこがれてネットアイドルになって、アイドル格闘技の世界でも有名になった。しかし、襲撃してきたホーリーフォースの3人には発足当時やフリーズが現れた頃のあこがれだったホーリーフォースは存在しなかった。七那は過去とは違うホーリーフォースは、自分に必要な存在なのか悩み続けていた。 「私は、どうすれば…」  そんな事をつぶやいた七那は、あるアニメのセリフをふと思い出していた。 『この世界には神はいない。存在するのは作られた神だけだ!』  あるロボットアニメで聞き覚えのあったセリフだった。自分がネットアイドルになるべきか悩んだ時、BGM代わりに聞いていたアニメで印象に残っていたセリフである。このセリフは、ロボットに乗っていた少年パイロットのセリフだったような気がする。 「今のホーリーフォースに神と言えるようなナンバーは存在しない。それなら、自分が新しいホーリーフォースの神になる!」  強い決意を持った七那の言葉に反応したブレスレットが強く輝きだし、次の瞬間には右腕からはブレスレットが消えていた。その直後には、七那の気付かない内に自分の衣装が変化していき、見慣れない鎧が装着されていった。 《ホーリーフォース、新ナンバー5を確認しました。これより、3対1のステージマッチングを整備開始―》  システムボイスが聞こえたような気がしたが、その声は今の七那には全く聞こえていなかった。しかし、このシステムボイスは間違いなく外にいたホーリーフォース3人とリボルバーには聞こえていた。  装着が完了した次の瞬間、七那の周囲にあった光は消えていた。そして、周りには見覚えのあるビルが立ち並ぶ光景―。ブレスレットの光が強くなったのと同時に七那は秋葉原へと戻ってきたようである。  戻ってきた七那の姿は、最近放送されていたロボットアニメに出てきていたロボットに酷似した青と白を基調としたカラー、大型の剣にも見える2枚の翼、そして、ユニコーンを思わせる一角のアンテナと2つの鋭いセンサーアイ…デザインこそは若干異なる部分はありつつも先ほどのコスプレとは劇的に変わっていた姿に歩行者天国にいた観客も驚いていた。 「何だ、あの強化型装甲は―」 「まさか、ホーリーフォースの新メンバー発表のイベントか何かだったのか?」 「また新メンバー登場か、楽しみになってきたな…」 「新たな強化型装甲アイドルが誕生したのは想定外だが、さっきのシステムボイスが正式なバトル成立の物という事は―」  ナンバー10が七那に装着された見覚えのない強化型装甲を見て驚き、更には秘密裏に進めるはずだったナンバー5の抹消が、予定外である正式なステージに変更されていた事実には衝撃を隠せなかった。  周囲のスピーカーから流れだしたのはクラシックを思わせるイントロだった。基本的にホーリーフォースではボーカル曲を使うのがメインになっており、ボーカルなしの楽曲やクラシック等のような曲が使われるのは非常に稀なケースに限定される。 「あの曲は確か…」 「イントロはクラシックだが、この曲はナンバー5の―」  周囲の観客も流れている曲には聞き覚えがあった。この曲は七那のイメージした強化型装甲の元ネタとなった作品の劇中曲で、主人公機の出撃時に流れている。 【クラシックを思わせる前半に対し、スピードトランスを思わせるような後半展開の矛盾が、この曲の知名度を上げたと言っても過言ではない】  ウィキでは、このような曲の説明記述がされている。何故、この曲が急にスピーカーから流れて来たのかは不明である。 「曲の選択権は向こうと言う事なのか、それとも選択権なし…」  ナンバー3も流れてきた曲が、自分達の選択していない曲が流れた事に驚くばかりである。ホーリーフォースの3人以上に最も驚いているのは、周囲の観客であるのは間違いない。 「誰がマッチングを仕掛けたのかは知らないが、この状況はこちらにも都合が悪い。体制を立て直す意味でも退却を―」 ほむらが撤退を提案するが、他の二人は聞き入れるような状態ではなかった。 「しかし、ここでナンバー5を撃破すればライバルが減るのは確実。後で相手をする事になるのであれば、ここで倒すのも手だ!」  先にこの場で七那を倒す事が都合がよいと判断したナンバー10が七那にビームサーベルで先制攻撃を仕掛ける。何とか回避した七那だったが、自分の隣に建っている鏡張りのビルに映った姿を見て驚いた。 「これは、もしかして…」  何かを閃いた七那は、腰に装着されていた実体剣2本を装備して構える。 「このままでは、ナンバー5が能力に目覚めるか…。それは都合が悪い―」  ほむらは左肩から日本刀を外し、七那に対して切りかかる。しかし、七那は強化型装甲での戦いに慣れていないらしく、動きが若干鈍いように見えた。最初の一撃は何とか回避出来たものの、次の鞘による攻撃はクリーンヒットしてしまった。その衝撃で七那は両手に持っていた実体剣を落としてしまう。 「ダークネスレインボーと同じスピードタイプのようだが、強化型装甲を上手く使いこなせていなければ同じ―」  ほむらが刀を七那の頭上に振りおろす。もう駄目か…と思ったその時、七那は瞬間的に背中にある羽根型ザンバーを展開して刀を弾き飛ばした。 「もしかして、この武器はブレードオブレインボーのウイングザンバー―」  ザンバーを展開した七那はようやく自分が何をイメージしたのかを思い出していた。 「自分がネットアイドルになるきっかけを思い出してくれたアニメ、それが―」  どうやら、七那がイメージしたのは過去に自分が見ていたテレビアニメに登場した主人公機であるブレードオブレインボーだったのである。 ブレストアーマーや肩アーマー等のデザインは若干異なっているが、腰にあった2本の実体剣、両足の脚部アーマー一体型のブレード、背中の羽根型ザンバー2本、右肩にある大型のビーム発生機付きロングサーベル、合計7本の虹をイメージした剣を持った希望を生み出す存在―それは、七那のイメージ通りの姿に変わっていた事に驚くばかりだった。 「どうやら、私と七那ではイメージする物が違った。この辺りも時代の流れかもしれないわね」  彼女がダークネスレインボーだった時には主な武器はビームライフルと腕のナックルパートのみで、アーマーも脚部と肩の2種類だけだった。しかし、彼女の場合は超高速戦闘が可能であり、そのスピードはナンバー9ことフリーズと互角だった。 「元になった原作と同じだとすれば、7つの剣が一体化したら―」  ほむらが2人に警戒するように指示をするが、2人が指示を聞きいれるような状態ではなかった。 「これならば…行ける!」  七那が右肩から大型ビーム発生機を外して左腕に固定、大型のビームシールドを展開してナンバー10のビーム攻撃やナンバー3の火炎放射等を防ぐ。攻撃を防いだ後には七那が足のブレードでナンバー10にダメージを与え、更には落としていた実体剣を回収してナンバー3にもわずかだがダメージを与える事に成功する。 「好きなようにやらせてたまるか!」  ナンバー10が冷静さを失い、七那に向かって突進してくる。回避しようにも周囲はビルばかり、歩行者天国の周囲には無数の観客がいる。観客に被害を与えないようにするためには…七那は一つの決断をした。 「私は、負けない!」  左腕に固定していた大型ビーム発生機を外し、それ以外にも使用していた6本の剣を全て大型ビーム発生機に合体させた。その直後に発生した虹の輝きにも似た光は、いつの間にか周囲の観客を沸かせていた。 「この世界に、神は存在しない!」  七那が降りおろした虹の剣はナンバー10のロボット型強化型装甲の右腕を一瞬で切り落とした。そして、道路に落ちている右腕を見たナンバー10は―。 「通常の銃火器ですら傷を与えるのにかなりの弾数を消費する強化型装甲を、こうもあっさりと切り落とすとは―」  これ以上の戦闘は無理と判断し、道路に落ちた右腕を回収してナンバー10は撤退を開始する。撤退と同時に、このステージにおけるナンバー10の敗北が決定した。 「まだ1名が脱落しただけだ。私が負けた訳ではない! 食らえ、朱雀剣!」  ナンバー3は四聖獣のパワーを借りた必殺技である朱雀剣で七那に強力な一撃を決めようとするが、振り下ろした剣は無情にも道路に突き刺さってしまったのである。 「目の前に…いない?」  先ほどまでは間違いなく七那は自分の目の前にいた。しかし、七那は常人とは比べ物にならないような機動力で朱雀剣を振り下ろした瞬間に回避したのである。 「レインボービジョンか!」  ほむらは、今の現象が原作でも多用されていた高速回避の手段であるレインボービジョンだと言う事に気が付いた。しかし、必殺技である朱雀剣で消耗したナンバー3に残された手段はなく―。 「これで決める! オーバーザレインボーブレード!」  大型ザンバーによる連続斬撃、ナンバー3にはこれを回避出来るようなエネルギーは残されておらず、七那の攻撃途中でエネルギー切れとなって敗北した。 「ここまで来て…何も出来ずに終わるのか」  ほむらも七那に向かって行った。彼女は今の状態で負けて帰ったのでは作戦は失敗と上層部に知られてしまう事を悟っていたのかもしれない。 「これなら!」  七那は再び、ナンバー10を退けた虹色の剣でほむらに向かっていく。 七那の攻撃の前になすすべもなくエネルギー切れで、ほむらは敗北した。ホーリーフォース3人を見事に撤退させた七那だったのだが、初めてのステージと言う事もあって若干だが息が荒いように見えた。 《ステージ終了。このステージでのベストオブアイドルは、ダークネスレインボーに決定しました!》  ビルに設置されたスピーカーからステージの終了を告げるアナウンスが流れ、このステージでの七那の勝利が決まった。 「私が…ベストアイドル―」  力尽きた七那はその場で倒れ、装備されていた強化型装甲もいつの間にか何処かへと消えてしまった。七那の衣装は光の柱に包まれる前の衣装に戻っていた。 強化型装甲及び衣装に関してはステージ終了と同時にどこかへと転送される。何処へ転送されるのかに関しては、ホーリーフォースを知り尽くしている人物でも完全には把握していない程に謎が多い。 「歓声が聞こえる。これが、新しいダークネスレインボーの誕生…。そうなったら、この名前も自分で名乗る必要はないわね」  何かの決断をしたリボルバーはその場から姿を消した。そして、それ見ていた全く別の女性が七那をかかえて何処かへと向かった。 「あの3人は負けたのね…」  今の状況を背広姿の女性記者は目撃していた。どうやら、ナンバー5ではなく襲撃をしていた3人の方に興味があるようだが…。 「やっぱり、日本政府の他にも第3者がホーリーフォースを私物化しようとしている動きがあるようね…」  何かをメモしていた女性記者も、何処かへと姿を消してしまった。 「今回のゲリラライブのようなステージ…上層部で何かあった事には間違いない…」  ムチムチの体格にセーラー服という外見の女性、紅翼まどか(こうよく・まどか)はステージの一部始終を見て疑問に思った。 「今回も、サウンドランナーと同じ事が繰り返されようとしているのかも―」  全てを見届けたまどかは、特に寄り道をする事無く秋葉原駅の方へと向かった。 「サプライズ…と言うには、若干矛盾があるようなステージだったな―」  観客の一人は疑問に思っていた。最初は七那が3人のホーリーフォースに追われているような構図だったのが、急に…という部分でステージと言うには疑問が残るような箇所が多かったからである。 「ナンバー9の一件もあったからな、上層部でもホーリーフォースの扱いをどうするか悩んでいる箇所があるかも―」  上層部がナンバー9の一件を受けて動きが取れないという状態もあるかもしれない一方で、まずは新たなナンバー5が誕生した事を歓迎する方が先なのでは…という意見がネットでも半数を占める事になる。 「ここは…」  しばらくして七那が目を覚ましたのは、何処かの控室のような場所だった。テーブルにはファイルが数冊置いてあり、アルミ合金で出来た棚にはコンピュータか何かに使うと思われる基盤が整頓されて何十枚も置かれている。 「目を覚ましたみたいだね…」  七那の目の前にいたのは、ゲームセンターの制服を着たショートカットでメガネをかけた女性だった。どうやら、彼女が七那をここまで運んできたのは彼女のようだ。 「あなたは、一体…」  七那は目の前にいる女性に事情を聞こうとした。何故、あの場から助けたのか、ブレスレットの力とは何なのか…聞きたい事は色々とある。 「私はロック・スナイパー。簡単に説明すれば、ホーリーフォースのナンバー6よ。ロック・スナイパーという名前は、スポンサーであるゲームセンターのスナイパーから名前を取って―」  彼女の名はロック・スナイパー、勤務しているゲームセンター『スナイパー』でも人気の看板娘である。 「ナンバー6―どうして、敵のホーリーフォースが自分を助け―」  襲撃してきた例の3人とロックが同じホーリーフォースと言う事で、七那は警戒をしていた。しかし、ロックは七那の話を聞いて困ったような表情をしていた。 「確かに、襲撃してきた3人は何かの命令でダークネスレインボーを探していたのは事実だけど、自分はそんな目的は全くないから安心して―」  全力で否定すると言う事は、善意で助けてくれたと言う事だろう。七那はそう判断する事にした。 「それに、今のホーリーフォースは以前のフリーズが登場する前とは違って、かなりの部分で変更がされている」  ロックは机に置かれていたファイルを開いて、七那に見せる。 「これは、確かスポーツ紙で連載されていた記事だったような…?」  七那は、ロックが開いたファイルの中身である記事に見覚えがあった。 「【ホーリーフォース、その存在意義―】という連載記事。これには、ホーリーフォースの作られた理由やその当時のナンバーに関しての能力等も載っている。最近のホーリーフォースを商品の宣伝等に使うような週刊誌よりは有意義な記事のはず―」  七那には懐かしく感じていた。ホーリーフォースにあこがれていた、その当時の記事を保存している人が他にもいたという事に。 「今のホーリーフォースは一部の例外を除いて、衣装等にスポンサーの名前がプリントされています。格闘技でもスポンサーのロゴが付いたグローブやガウン等を使うケースもありますが、そこまで宣伝をする必要が―」  七那の疑問に、ロックはこう答えた。 「スーパーヒーローが実際のCMに出演しているというニュースを少し前に見た事があるだろう。その流れに乗るように企業ロゴを強化型装甲にプリントする事を認めたのが、ここ最近のスポンサー制の始まり―」  有名タレントを起用するケースがCMの大半を占めている中、CMにスーパーヒーローを起用する会社は皆無と言っていいほどなかった。しかし、ホーリーフォースが現れた事でCMにヒーローを起用するケースが多くなったという。  メリットとしては、仮に起用したアイドルが事件や不祥事で逮捕されたとしても撮影したCMが全て無駄になってしまわない事だろう。スーパーヒーローを起用すれば、仮に出演しているタレント等に不祥事が起こってもスーパーヒーローが不祥事を起こした訳ではないので、該当シーンの一部を差し替える事でCMの再利用が可能になる。 「ここ最近では、ステージで流れる曲に関しても一定のルール追加、政府の許可があればあの時のような歩行者天国などでのステージも可能…その時代に合わせての修正が出来る仕様になった。それが政府の都合のよい解釈で運用しているという大きな証拠になっている。最近では、今のホーリーフォースをラクシュミと同じだと判断している人が現れ初めて、従来のファンも減ってきている―」  その年に合わせてルールを変更や修正を可能とする事はホーリーフォースも許可している事だが、最近のルール改正は日本政府に有利なだけではなく、ある業種にも影響を及ぼしている。それがきっかけで、ラクシュミ等の一部アーティストの独断場になっている音楽業界と結局は同じになると批判をしているファンが次々とホーリーフォースから離れていっているのである。 「今、ホーリーフォースは存在意義を再確認されようとしている。この新聞記事で書かれているように―」  ロックは思う。後にこの新聞記事は反響を生み、書籍化もされた。しかし、音楽業界関係者から事実と違う記事に名誉棄損で訴えられる事件が起き、本に関しては出版停止になったという―。 「私は、ホーリーフォースの事務所に用があって…!」  何かを思い出したかのように、七那は叫んだ。どうやら、ホーリーフォースの事務所へ向かう途中であの3人に襲撃された…と言う事らしい。 「あの事務所か…」  ロックは案内をするべきなのかどうか悩んでいた。 「作戦を穏便に進めるはずが、何者かに公式のステージに変えられた事で作戦は―」 『失敗したか。だが、空席になっていたナンバー5が復活した事で別の作戦が実行できるようになったという事か』  その夜、ビルの一室ではスクリーンに映っている人物が今回の作戦を指示した議員の報告を聞いていた。スクリーンの人物は政治家らしいのだが、虎の覆面で素顔は知る事が出来ない。今回の襲撃を彼に提案したのは彼らしいのだが―。 「ただ、瀬川(せがわ)の一件も―」  報告をしていた議員は彼の前で口にしてはいけない名前を言ってしまった。 『奴は我々の予想とは全く違う行動を取った反逆者だ。ラクシュミの元メンバーと言う事で実験に呼んだと言うのに―』  表情を読み取る事は出来ないが、声のトーンから瀬川の名前を口にした事で怒っているのは間違いなかった。 『リボルバー以外にも悩ませる種が出てこなければいいが…』  虎の覆面議員は何かを懸念していた。日本政府が音楽業界をコントロールし始めてから5年は経過しているだろう。当初は反対意見もあった提案が、今ではかなり範囲に広まっている。 その一方で、ラクシュミのような一部アイドルのみがテレビで起用され続ける事に飽きている層も少なからず存在する。ラクシュミ商法に関して反対派の位置にいるリボルバーは、現在の音楽業界にとっては敵というべき存在なのである。過去に音楽業界に衝撃を走らせる事になったサウンドランナー事件、この事件が起きた事で一時期は音楽業界に冬の時代が到来したのでは…と言われた時もあった。しかし、今は当時の事件に関する真相を知っている人物も当事者を除いた一般市民等には全く知られていない。 政府としてはホーリーフォースもラクシュミと同様に何とか掌握をしようと考えているのだが、上手く事が運ばないのが現状なのである。 『何としても、リボルバーに関しては口封じをしなくてはならない。反対派のプロパガンダにされる前に…』  通信はそこで終わり、議員の方も瀬川の一件を含めてフォローするのが大変だった。 「何としても、今年中に赤字国債を減らさなければ―」  虎の覆面議員は覆面を外し、議員バッチを付け替えた。何と、彼の正体は総理大臣だったのである。 「総理、次の議題に関するデータが揃いましたが―」  総理秘書と思わしき男性がノックをして総理の部屋へと入ってきた。覆面は隠した後で秘書には見られていなかったのだが、何処へ隠したか咄嗟の事で忘れてしまった。 「分かった。そのデータもこちらで確認しよう―見せてくれたまえ」  総理の言葉を聞き、秘書が手元のデータを渡す。総理は別の会議室へ向かう道を歩きながらデータの確認をする。 「これは…?」  秘書は声には出さなかったが、総理が部屋を出た直後、棚付近に隠していた何かを見つけ、それを密かに回収していた。 「まさか、この覆面は…」  秘書は手にしていた虎の覆面に見覚えがあった。少し前に似たような覆面議員を見た事があったからだ…。  午後6時頃、北千住のビルにある芸能事務所に瀬川アスナの姿があった。彼女は例のステージを確認後、電車で北千住へと向かっていた。ある事を確認する為―。 「リボルバーさんと面会は出来ませんか?」  どうやら、この事務所に所属していた事のあるリボルバーに面会を求めているようだ。 「申し訳ありません。リボルバーは既に事務所を辞めておりますが―」  受付嬢の言葉を聞いて瀬川は驚いた。あのリボルバーがあっさりと芸能界を引退するなんて…と。  事務所を後にした瀬川は、近くのCDショップに足を運んでいた。 「ここでもラクシュミの専用ブースが…」  見慣れているとはいえ、ラクシュミのCDが店の入り口に大量陳列されているのを見ると何かむなしい物を感じる。 「赤字国債を増やさない手段とはいえ、ここまで十人十色が魅力的だった音楽業界を赤一色にしようという行動に出るなんて…」  瀬川は何かを思っていた。このまま音楽業界が日本政府の税収に利用されるだけの道具になる事は避けたい…と。それが、ラクシュミに不信感を抱き、最終的にはラクシュミを脱退した自分の決意―。 「ホーリーフォースも同じ道をたどってしまうのだろうか。フリーズが加入してしばらくたってからのフリーズ包囲網的な流れでラクシュミ候補生をホーリーフォースに投入した政府の行動は、どう考えても何かと被ってしまうような気配が―」  映画の吹き替えで有名芸能人を起用して興業的に成功を収める―と言う動きと、あの時のホーリーフォースにラクシュミ候補生を大量投入した事が瀬川には重なって見えた。  そんな彼女も、カバンの中には例の新聞記事の切り抜きがあったのである―。   『我々に用件とは―』  午後7時、総理秘書は発見した虎の覆面を被り、ある所へテレビ電話で連絡を取っていた。画面に映っているのはドラゴンの覆面をした議員―。 「実は、この情報を調べて欲しいのだが―」  秘書は自分が持っていたデータを覆面議員のパソコンに転送した。 『分かった。こちらでもデータの調査を開始しよう―』  虎の覆面が偽者である事も疑わず、ドラゴンの覆面は指示された情報を調べる事になった。そして、秘書はすぐに電話を切る。 「ラクシュミの正体、必ず暴いてくれる」  そして、秘書は次の行動に移る…。  午後7時、ホーリーフォース事務所に1本の電話が入った。 「ミカドさんですか―」  どうやら、電話の相手はミカドに用があったらしい。そして、スタッフがミカドに受話器を渡す。相手はリボルバーのようだが…。 「そう言う事か…ナンバー5は―」  ミカドは、電話の内容聞いて了解する。 「当初の計画とは若干の誤差が出たが、ホーリーフォースの空席はゼロになったという事か―」  本来であれば、面接の結果次第で七那をナンバー5に採用する予定だった。しかし、それを何処かで察知、あるいは他の裏サイトで情報を手に入れた等の手段で何者かが空席がゼロになる事を恐れて資格を差し向けた…。 「どちらにしても、ホーリーフォースに恨みを持っているような業界は―思い当たり過ぎて特定できないのが―」  急にミカドの携帯電話が鳴り出す。着信音はクラシックの革命という曲のようだが…? 『妙な情報を手に入れた。ソースに関しては奇妙な話だが…』  電話の主はドラゴンの覆面議員。ミカドとは過去に何回か交流があり、有名アイドルに対する減税対策や音楽業界の増税法案に関する情報を交換した事もあった間柄である。 「ソースが虎の覆面…? 確か、彼はスパイ容疑がかかっている人物だと言う話を数日前にしていたはずだが―」  ミカドは情報源が虎の覆面と聞いて、疑問がひとつ浮上した。彼は、数日前にドラゴンの覆面が所属する組織でスパイの可能性があるとして警戒をしていた人物だからである。 『確かに、こちらでもブラックリストに登録していた人物だ。しかし、彼が提供した情報の解析をしている途中でホーリーフォースに関係すると思われる記述も見つけた。まとまり次第、そちらにメールで送る―』  ドラゴンの覆面は伝えたい事を伝えて電話を切った。どうやら、ミカドに有益な情報をメールで送ると言う話だが…。 「音楽業界の方程式が超有名アイドルの出現で狂い始め、更には楽曲管理システムの都合がよすぎる程の仕様、それを利用した多数の盗作事件―それに加えてサウンドランナーを妨害しようと動き出したアイドルグループの存在…?」  ミカドは、もしかして…と思った。サウンドランナー事件と同じ事が、ホーリーフォースでも起こる可能性があるのでは…と。  同時刻、七那はゲーセンにいた。ロックの話を聞いて、今日は事務所へ向かうのは止めておこう…と彼女の説得に応じ、ゲーセン内で遊んでいたのである。 「見覚えのある人が…」  七那は対戦格闘ゲームの筐体で見覚えのある人物を見かけた。ジーパンと同じカラーのジャンパー、イケメンにも見えるのだが、彼の年を考えると若干の若作りという気配もする。 「あなたは確か、本郷カズヤさんでは―」  七那が彼に声をかける。本郷カズヤと言えば電攻仮面ライトニングマンという特撮番組で主役を演じ、その後の特撮界に多大な影響を与えたキングとも言うべき存在である。あの当時が20代の為、計算すると―。 「人違いだろう? そんな有名な人物がゲーセンで格闘ゲームのギャラリーをしているとは考えにくい…違うか?」  カズヤと呼ばれた人物は自分が本郷カズヤとは否定している。考えて見ればゲーセンの混雑具合を踏まえても、有名人がいるというケースは…と普通の人間なら思う。 「確かに、ゲーセンでパニック状態になるのは店側にとっても迷惑になりますからね―」  七那も切り返す。ここはロックがバイトをしているゲーセンでもある。下手にパニック状態にでもしたら、自分が出入禁止になる可能性も否定できない。 「歩行者天国のステージ、見せてもらった」  彼の口から意外な言葉が出てきた。どうやら、彼も例のステージは見ていたようだ。 「どうして、それを…」  七那は驚いた。本郷カズヤらしき人影を自分は確認できなかったというのに…。 「ホーリーフォースを続けるならば―」  言葉の途中が歓声と混ざって聞き取れなかった。何に気をつけろ…というのが具体的に分からなかったが、忠告の類である事だけは分かった。 「ホーリーフォース、警戒するべき存在なのか、それとも…」  ステージの中継を観終わった飛翔は疑問に思い、ネット上の情報を探っていた。今回のステージが何者かによる陰謀を予感させる物だとしたら、それは以前にも音楽業界に冬の時代を到来させるきっかけになったサウンドランナーと同じ―。飛翔にとっては、同じ事を繰り返して音楽業界が他の業界のように世界から冷たい眼差しで見られる事に関して耐えられなかったのかもしれない。 「これは―」  飛翔がネット上で見つけたのは、ひとつのホームページであった。そこにはラクシュミが行っている商法に関する批判、それによって芸能界のトータルバランスが崩壊寸前になっている状態である事、更には音楽業界が強力な勢力によってコントロールされているという話も掲載されていた。 「リボルバー…?」  飛翔はリボルバーと言う名前には聞き覚えがなかったが、彼女の経歴を見て更に驚いたのである。過去に彼女はサウンドランナーの採用面接において審査員を担当していた事があった―。この事実は飛翔以外にも同じホームページの記事を見ていたまどかも驚いていたのである。 「プロデューサーは、この事実を知っていたとは考えにくい…か」  あの面接の場には、リボルバーと言う名札をした人物もいなければ、それとすぐに分かるような人物もいなかった。最初は作り話の類だと飛翔は思っていた。  夜8時頃、北千住の近くにある七那の自宅には鍵がかかっていた。 「ホーリーフォース…」  七那はロックから見せてもらった資料を含めて、改めて何かを考えていたのである。 『ホーリーフォースを続けるならば―』  ゲーセンにいた人物の言葉を七那は思い出していた。口の動きを考えると―。 「ホーリーフォースを続けるならば、音楽業界の動向に…?」  音楽業界の動向…と聞いて、七那は過去にサウンドランナー事件でも音楽業界の動きが慌ただしかった事を思い出す。  音楽業界は過去に何度も冬の時代を迎えた事があった。その度に超有名アイドル商法等に関して非難の嵐が飛んだのだが、彼女達が赤字国債を償却するのに貢献したという事で放置されているような流れがあった。サウンドランナー事件でもこの事に関して指摘は何度もされていたが、政府は赤字国債を償却する手段が他にないという事で…。